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第3話 調査開始!2


 2


 乙女と佳乃は、目の前で起きていることが信じられずにいた。

 理科室は、これまで何度も授業で使っている。人体模型の「ゾウキ君1号」だって、もうすっかりおなじみだ。初めて見たときは少しビックリしたけれど、理科の田中先生が、授業の一環で「ゾウキ君のショートコント」(肺や心臓、脳がボケたりツッコんだりしながら漫才をして、自分たちの働きを解説する、大人気の時間なのだ!)をやってくれるので、すっかり恐怖感はなくなっていた。

 だから、もしも七不思議の一つが本当で、夜になってこの人体模型が動きだしたとしても、一人で心臓や胃袋を持って動かしながら、

「なあなあ、胃袋君。オレちょっと疲れてんけど、しばらく休んでエエかなあ?」

「アホ言うな心臓、お前が休んだらオレもお前も、みんなイチコロやないか」

「24時間年中無休でワンオペなんて、とんでもないブラック企業やで。お願い、5分でええねん、5分だけ交代して……」

「あっ、こら、心臓、ホンマに寝ようとするヤツがあるか!」

 なんていう漫才のようなやり取りをしてるのではないか……と、乙女は想像していた。

 とはいえ、もちろん、本当に人体模型が動いているところなんて、見たことはない。動くはずがない。

 その、動くはずのない人体模型が、いま、目の前で動いていた。

 それどころか、シュテンのことを「パイセン」と呼び、やたらとひょうきんな口調で内臓を自分の体に詰め込み直している。

「あっ、肺と心臓の場所、間違えてしもたー。これがホントのシンパイ不全症、なーんて」

「なんやねんソレ」

 あまつさえ、リアルタイムでシュテンと漫才を繰り広げている。そんなことが、本当にあり得るのだろうか。

 目が点になる二人。ふと乙女が隣を見ると、爽一もまた、自分たちと同じように真っ青な顔で硬直していた。

「??シュテン! 付喪神つくもがみがいるなら、いるって言っとけよ!」

 ようやく声を絞り出した爽一。その様子から、爽一自身もゾウキ君1号が動きだすとは思っていなかったことが分かった。

「なんや爽一、普段、エラそうなこと言っとるのに、このにーちゃんの隠気、感知できへんかったんかい」

「うっ、うるさい! ちょっと油断してたんだよ!」

「アカンなあ、爽一。油断一秒ケガ一生、やで? 祓魔師としてやっていくんやったら、行住坐臥、周囲の隠気に注意しとかんと」

「あーもう、うっさいうっさい! 保護者面すんなって!」

「そんなこと言われても、ワシは爽一の『守り鬼』なんやからしゃーないやん」

 爽一まで言い合いに加わってしまい、騒々しさに拍車がかかる。

 そんな様子を見守っていた乙女だったが、ふと気になったことがあり、爽一に尋ねた。

「ね、ねえ、御堂君。さっき言ってた『ツクモガミ』って、何?」

「ああ、それは……」

「ひと言で言うたら、長いこと使ってた道具に魂が宿って、動きだすようになったものや。物怪の一種やな」

「シュテン! 人が説明しようとしてるところに割り込むなって!」

「室町時代の絵巻物、『付喪神絵詞つくもがみえことば』に、『器物百年を経て、化して精霊しょうりょうを得てより、人の心をたぶらかす、これを付喪神と号すと云へり』とあってな。百年を経た道具が化けて、悪さをするようになる。それを付喪神と呼ぶっちゅーわけや」

「言うてもパイセン、ボク、悪さなんてしませんって。ボクはこの部屋から出られないんスから。ヒマつぶしでちょーっと夜中にBTSのダンスを練習してるぐらいで……」

 深夜の学校でBTSの曲を踊る人体模型。十分すぎるほどの怪奇現象である。

「ステップが難しいんッスよ。練習してたら、いっつも内臓が外れて転がり落ちちゃって……」

 エヘヘ、と頭をかくゾウキ君1号。

「最初から、内臓全部外しといたらエエんとちゃうん?」

 真剣な顔で妙なアドバイスをするシュテン。

「いやー、それが、なかなかそうもいかないんッスよ。内臓を全部外したら、体が軽くなりすぎてステップがうまくキマらないんッス」

「そっかー。人体模型も結構大変なんやなー」

「そうなんッスよ。50歳にもなると、内臓もあちこちガタがきて、壊れやすくなっちゃうんッス」

 セリフのその部分だけを聞くと、生活習慣病に悩むおじさんみたいだ。

「……あれ? 付喪神って、百年経った道具がなるんじゃないの?」

 乙女の質問に、再びシュテンが答える。

「『百』っていうのは、『めっちゃたくさん』ぐらいの意味なんや。きっちり百年ってワケやない。『百害あって一利なし』とか『百獣の王』、『百人力』なんていうのと一緒やで」

「そうなんだ……。じゃあ、半分の50年ぐらいで付喪神になることもあるの?」

「いや、それは普通、滅多にない。そんな短い期間で付喪神が生まれてたら、そこらじゅう、物怪だらけになってまうで。ゾウキ君、お前、いつから付喪神やっとんねん」

「ボクですか? ボクはこの学校の中では、多分、結構最近ッスよ。テレビでオッサンが『平成』って書いた紙を掲げるのをリアルタイムで見てた記憶があるから??」

「ちょっ、ちょお待てや。『平成』をリアルタイムで見てたって? そしたらお前、30年以上前から付喪神やってんのか?」

「そッスねー」

「じゃあ、製造から20年も経たずに付喪神になったってことか!?」

「あー、あんま考えたコトなかったけど、そういうことになっちゃうッスね。なんかね、この学校って、パワーがスゲーつえぇんッスよ。ただの人形だったボクでも、そのパワーを浴び続けてるうちに、ある日、なんかムズムズして動きだしたくなっちゃったんス」

「いやいやいやいや、そんな簡単に付喪神なんてなれねーから! おかしいって!」

「おかしいって言われても……ねえ。なっちゃったモンはしょーがなくないッスか? ハハハッ」

 爽一のツッコミに、乾いた笑いを返すゾウキ君1号。爽一は頭痛でもするのか、頭に手を当てている。

「ところでゾウキ君1号、さっき、『この学校の中では最近』って言ったよね? ほかにも、付喪神はいるの?」

「あー、もちろ??」

 乙女の質問に、ゾウキ君1号が答えようとしたときだった。

「誰かいるの?」

 廊下から女性の声がした。ガラリと音を立てて理科室の引き戸が開かれる。

 教頭の柏田雅子かしわだまさこ先生だった。

「あっ、柏田先生!」

 ゾウキ君1号は一瞬で台座に駆けあがり、「気をつけ」の姿勢で硬直する。シュテンも爽一のランドセルにもぐり込み、ぬいぐるみのふりをする。二人とも、さっきまであんなに生き生きと動き回っていたのが嘘のように、いつも通りの無機物に戻っていた。

「あなたたち、授業はもう終わってるんだから、空いてる教室で遊んじゃダメよ」

「でも、先生……」

「はいはい、さあ三人とも、教室から出ていきなさいね」

 言い方は柔らかかったものの、柏田は断固とした態度で三人を理科室から追いだした。

 そして、三人が入り直さないよう、ガチャンと音を立ててカギを掛けたのだった。


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