第3話 調査開始!1
第3話 調査開始!
1
キーンコーンカーンコーン。
6時間目の終わりを告げるチャイムが鳴る。その瞬間を、乙女はいつも以上に首を長くして待ち続けていた。
(今日から早速、鏡の鬼の調査、始めるんだよね! ちょっと怖い気もするけど、なんて言うか、少年探偵団みたいで面白そう!)
いつもだったら少し眠たくてやる気の出ない午後の授業も、放課後のことを考えると、楽しみで楽しみで仕方がなかった。
昨日、乙女と佳乃はみどやで秋子からこのような指示を受けていた。
「学校のどこかに、封印された鏡があるはずです。いわゆる『姿見』と呼ばれるタイプの鏡で、キャスター付きの台座の上に、高さ1・5メートル、幅60センチほどの細長い鏡が載せてあります。きちんと封印が施されたままになっていれば、鏡の上には布がかぶせてあって、その布が落ちないようにヒモで縛ってあり、封印のための呪符が貼ってあるはずです。
あなたたちの最初のお仕事は、この姿見を見つけること。そして、きちんと封印が施されたままになっているかを確かめてきてちょうだい」
鏡の鬼は、近づいた人を鏡の中に引きずり込んでしまうという。
そんな鬼を封じ込めた鏡が、この学校のどこかにある。
私たちがそれを見つけて、鏡の鬼を退治するんだ。
正確には退治するわけではなく、封印を確かめるだけなのだが、それでも、ロールプレイングゲームの探索系クエストのようで、乙女の冒険心をかき立てるには十分だった。
先生が教室から出ていくのを待って、乙女は隣の席の爽一にさっそく話しかけた。
「御堂君、調査のことだけど??」
爽一は露骨に嫌な顔をした。
「……お前、本当についてくるのかよ?」
「えっ、ダメなの? でも、おばあちゃんに『よろしく』って言われてるし」
「調査なんて、オレとシュテンだけで十分なんだよ」
「でも、学校ではシュテンの力はあんまり使っちゃだめって、おばあちゃんに言われてたじゃない。御堂君一人でこの学校全部を調べるなんて、無理じゃないかもしれないけど、やっぱり大変だよ」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
「せめて、姿見がどこにあるかだけでも一緒に考えようよ。ね、いいでしょ」
「分かったよ、もう……」
根負けして、ため息交じりに答える爽一。ランドセルの中でぬいぐるみのフリをしているシュテンは、心なしかニヤニヤしているように見えた。
「私も一緒に行くからねー」
佳乃が話に加わった。女子二人に囲まれて困惑する爽一を、同級生の男子たちはチラリと眺めるものの、
「校庭でドッジボールしようぜー!」
という誰かのひと声で興味の対象が移動し、ほぼ全員がそのまま教室を出てしまう。結局、教室に残っているのは乙女たち三人と、当番の日誌をつけている日直、教室の隅で本を読んでいる人など、数人だけになった。
「……で、どこから探すか、なんだけどね」
佳乃が少し声を落として言った。
「『姿見』って、結構大きいじゃない。そんなものを片付けておける場所って、そんなに多くないと思うのよ」
佳乃の言う通りだった。
姿見があるのは、普段、誰も近づくことのできない場所のはずだ。
「私たちが近づけない場所って言ったら、職員室とか校長室? あとは、体育館倉庫みたいな、カギのかかる場所だよね。特に体育館は、女の子の幽霊が出るとか、人の話し声がするとか言われてるんだし、超あやしいんじゃない!?」
「理科準備室とか音楽準備室なんかも、普段はずっとカギがかかってるよ」
「音楽室と理科室も、七不思議の現場だよね!」
「そういえば、校庭の隅にも『謎の倉庫』があるよ! あっちも怪しくない!?」
乙女と佳乃は思いつくままに怪しそうな場所を挙げていく。爽一は面倒くさそうに頬杖をついて聞いていたが、途中からノートを広げ、鉛筆でメモを取り始めた。
「職員室に校長室、体育館倉庫、理科準備室、音楽準備室??っと。これ全部、いまから調べるのは無理だな……。体育館はクラブ活動で使ってるけど、理科準備室と音楽準備室はもう誰もいないだろうから、今から行ってみるか」
爽一はノートをランドセルに片付けると、さっと立ち上がり、一人でスタスタ歩き始めた。
「ちょっ、御堂君、ちょっと待ってよー」
「置いていかないでー」
乙女と佳乃は慌てて爽一の後を追いかけるのだった。
理科室と理科準備室は、どちらも校舎の北側にある。理科室に特有の薬っぽいニオイが、ちょっとヒンヤリした空気の中に漂っている。
「……開かないな」
爽一は理科準備室の扉をガチャガチャと動かし、カギが掛かっていることを確かめる。隣の理科室の扉は開いていたので、三人はそちらに忍び込んだ。教室の隅で、七不思議の一つ「夜中になると動きだす人体模型」が、内臓をむき出しにして、無表情のまま何もない空間をじっと見つめている。
「シュテン。ここならオレたち以外、誰もいないから、しゃべっても大丈夫だぞ」
ランドセルを下ろし、爽一が言う。
「ホンマに大丈夫なんやろうなー? どっかに誰か隠れてたら大騒ぎになってまうで?」
明らかに面白がっている口調で答えながら、シュテンがもぞもぞとランドセルから這い出してきた。
乙女と佳乃は、そのやり取りを見ながら、
(本当に大丈夫なのかな。近くに誰かいたら、シュテンのこと、バレちゃうんじゃ……)
と、内心、ハラハラしている。
「ああ、そない心配せんでもええで。ワシはヒトの気配が読めるからな。この教室の近くに『生きてる人間』はおらん」
「……じゃあ、『生きてない人間』はいるの?」
乙女が尋ねるとシュテンはニヤリと笑い、腕組みをして周囲を見渡した。
「この部屋にはおらんな。隠気を感じへん」
そう言って、おもむろに人体模型に向かってトテトテと歩き出す。
「なあ、にーちゃん。この部屋にタチの悪いモンはおらんやろ?」
そう言ってペチペチと模型の足を叩く。
「……な? 大丈夫やろ?」
模型の前で振り返り、おどけてみせるシュテン。その後ろで、人体模型の目がギョロリと動いた、ように見えた。
「え? ……い、いま、目が動かなかった?」
「乙女ちゃんも、そう思う?」
驚く乙女と佳乃。
「シュテン、お前、タチの悪いいたずらを――」
爽一がシュテンを注意しようとした瞬間。
ガラガラと音を立てて、人体模型から、むき出しになっている内臓が転がり落ちた。
「きゃあああああああああああっ!」
びっくりして悲鳴を上げる乙女と佳乃。その目の前で、いきなり人体模型が動きだした。
「ちょっとパイセン、いきなり叩かんとってくださいよー。ショックで内臓が落ちてもうたやないですかー」
軽いノリの関西弁でボヤきながら、人体模型が台座から降りる。足元に散らばった内臓をかがみ込んで一つひとつ拾い上げ、カチャカチャと音を立てて体の中にはめ込んでいった。