第2話 祓魔の一族3
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シュテンが説明する。
「最後のほうに、『民間の専門家と協力して』とあるやろ。これ、センセのことや。子供向けの探偵小説とかマンガやったら、警察と私立探偵が協力して事件を捜査するなんてこともあるけど、公の組織が民間人に協力してもらうなんて、フツーはそんなこと、絶対にありえへん。だけど、警察の手に負えへん特殊な事情が絡んだ時だけは、話が別なんや」
「特殊な事情って……?」
「この名刺に書いてある『超常災害』のことよ。現代の一般的な科学技術や知識、常識では説明することのできない、物怪たちによる超常的な災害。それに対応するのが、私たち祓魔師なのよ。
50年前のこの事件は、鏡の中に住む鬼が子供たちを引きずり込んだことによるもの。その鬼を私が封印して、この事件は解決した、というわけ。だけど、警察が『この学校には妖怪がいます。行方不明になった子供たちは、鏡の中に連れていかれました』なんて発表したら、とんでもない騒ぎになっちゃうわ。だから、鬼を封印して、これ以上の被害が出ないようにしたうえで、表向きは『事件性はない』ということにして、捜査を打ち切ったわけ」
「そ、そんな……」
「しかし、大事なんはこっからや。鏡の鬼はセンセが封印して、悪さができへんようになっとるはずやった。せやけど最近、第二小学校の周辺で、ちらほらと物怪どもの目撃情報が出てきとる。こないだ、学校で佳乃ちゃんが見た小鬼だって、その一つや。ワシらは、鏡の鬼が何らかの理由で復活しようとしとるか、別の物怪が悪さをしてるんちゃうかと見とる」
「どうして、その……鬼が復活しようとしてるって分かるの?」
「乙女チャン、ええ質問や。ワシらみたいな物怪はな、オンキを持っとるねん」
「……オンキ?」
「漢字やと隠れた気と書いて、隠気やな。天気でも電気でも便器でもないし、陰気と似てるけど、ちょっと違うから注意してな。ここ、テストに出るで?」
「こら、シュテン。ふざけないの」
「……おっと、センセ、すんませんな。マジメな話が続くと、ついボケたくなってしもて、エヘヘ。隠気っていうのは、物怪の持つ『ニオイ』みたいなもんで、強い鬼ほど隠気も強い。そして、強い隠気はほかの物怪どもを引き寄せる力を持つんや。せやから、強い物怪のおる場所にはチマチマした物怪が集まってくる。逆に、チマチマした物怪がぎょうさん出てくる場所には、強い物怪がおる可能性が高い。そして、あの学校は、あちこちから妙な隠気が漂っとるんや」
「つまり……、あの学校はあちこちにオバケが出るっていうこと? なんかヤだなあ」
「それを調べるために、爽一がやってきたってわけや」
「そういうこと。警察の協力団体といっても、いきなり私が学校に行って『オバケが出るって聞いたから、調査させてください』って言うわけにいかないでしょ。ソーちゃんはまだ祓魔師としては見習いだけど、今回の調査に関して言えば、危険なことはまずないはずだし、小学校に転入して、直接調査をするのにうってつけだった、というわけよ」
「そうなんだ……。だけど、一つ聞いてもいいですか?」
乙女は秋子のほうに向き直って尋ねた。
「御堂君のおうちが特別な仕事をしてることは分かりました。だけど、そんな大事なことを、知り合ったばかりの私たちに教えちゃっていいんですか? 私たちが今日聞いた話を言いふらしたり、インターネットに書いたりしたら、困ったことになるんじゃないですか?」
秋子とシュテンは驚いたように互いに顔を見交わした。
「ずいぶんと聡明なお嬢さんだわ。もちろん、その通りよ。だから、この部屋には忘尽香を焚いてあるの」
「ボージンコウ?」
「軽い催眠作用のある、特殊な薬草を組み合わせて作ったお香よ。このお香の煙を吸いながら聞いた話は、煙が切れると全部忘れてしまうのよ」
「……幸運な人だけがたどり着ける不思議な駄菓子屋さんに置いてありそう、なんて思った人、手ぇ上げてー」
秋子の説明に、ニヤニヤしながらシュテンが言う。わけが分からず、キョトンとする乙女と佳乃。
「こら、シュテン。そういうこと言うんじゃないの。……で、本当だったらお嬢さんたちにはここで話したこと、全部忘れてもらってサヨウナラ、と言うところなんだけど……」
秋子は話を区切って、アメ玉ほどの大きさの錠剤を二つ取り出すと、ちゃぶ台の上に並べた。
「……ばあちゃん、それ不忘丸じゃないか! 何考えてんだよ!」
それまでずっと黙ったまま、部屋の隅で座り込んでいた爽一がいきなり叫んだ。状況を把握できない乙女と佳乃は、オロオロすることしかできない。
「いま、ソーちゃんが言ったように、この薬は不忘丸といって、忘尽香の効き目を打ち消すものなの。……さて、ここでお嬢さんたちに質問よ。あなたたちは、このままこの部屋を出て、物怪のことも鬼のことも全部忘れて、これまでと同じ、平和で穏やかな生活に戻ってもいい。だけど、秘密を守ると約束ができるのなら、この薬を飲んで、ソーちゃんに協力してあげてほしいの」
「何言ってんだよ、ばあちゃん! オレ一人で十分だって! いつもみんなに『一般人を巻き込んじゃいけない』って言ってるじゃんか! なんでコイツらに協力させるんだよ!」
「ソーちゃん、今回の調査に関して言えば、危ないことはないはずなの。鏡の鬼の封印が解けていないか、鏡の鬼以外の物怪が出てきていないか。調査するのはそれだけ。だから、この子たちに協力してもらっても大丈夫、というのが理由の一つよ」
「だけど……」
「理由はもう一つ。というか、こっちのほうがずっとずっと大きな理由なんだけど。
ソーちゃんに、友達が必要だからよ。
ソーちゃんはこれまでにも、何度か転校してきたでしょう。祓魔師をやっていくなら、あなたのお父さんやお母さんのように、将来は全国各地どころか、世界中を飛び回らなくちゃいけないことになる。大人になれば、『友達』という形にこだわらなくても、仕事で関係を持つ人や仲間はできる。だけど、いまのソーちゃんには、『学校』という世界で一緒に過ごす仲間、友達が、一人でも多く必要なのよ」
「んなっ、友達なんて自分で作るよ!」
「……って言うけど、前の学校でも全然、クラスの子と遊んだりしなかったでしょう? 学校でも、学校から帰ってからも、いっつも一人っきりで、誰かと遊んだなんて聞いたことがないわよ?」
「シューテーンー! そんなこと、ばあちゃんに言うなよっ!」
「しゃーないやん、爽一。お前が付き合い悪いんは、いまに始まったことちゃうねんから。センセも心配してくれとんやで。それに、『言うな』って言われても、ワシはセンセに聞かれたことには絶対にウソ言われへんねんし」
「ウソは言えなくても、黙ってることぐらいできるだろっ!」
「ブッフォ! ブッハハハハハ、ワシが黙ってることなんてできると思うんか? その気になれば一日中でもしゃべり続けられるんやでワシは。普段、人形のフリしておとなしゅうぶら下がってるだけでも、いろいろ大変やっていうのに! ブハハハハ」
「まあまあ、二人とも。それぐらいにしておきなさい。……と、いうわけで、あなたたちが良かったら、なんだけど。ソーちゃんと友達になって、今回の調査に協力してくれないかしら」
「もちろん!」
元気よく返事をする乙女。しかし、佳乃は答えを決めかねているようだった。
「……本当に、危ないことはないんですね?」
「絶対にない、とは断言できないわ。でも、無理やり危険な場所に連れていくようなことはしないし、行きたくないと思ったら、無理に行かなくてもいいのよ。そんなことよりも、普段の学校生活でソーちゃんと普通に仲良くしてくれたら十分なのよ」
「そういうことなら、分かりました」
「じゃあ、不忘丸をどうぞ。ちょっと大きいから、丸のみしないで、アメを舐めるみたいにゆっくりと口の中で溶かしながら食べてね」
「はーい」
包み紙を外して、薬を口に入れる乙女と佳乃。ミントのようなさわやかな香りが口いっぱいに広がり、頭がスッキリしていくのを感じた。
「じゃあ、二人とも。これからソーちゃんとシュテンをよろしくね。それから、くれぐれも秘密は守るように」
「「分かりました!」」
秋子に言われ、乙女と佳乃は元気よく答えた。その隣で、爽一は憮然とした表情で、そっぽを向いたままだった。