第2話 祓魔の一族1
第2話 祓魔の一族
1
「まず、私たちの『仕事』のことから、説明しないといけないわね」
おばあちゃんはそう言うと、ポケットから一枚の名刺を取り出した。
「警察庁警備部超常災害対策課協力団体
超常現象諸問題相談所
祓魔師・束 御堂秋子」
「け、けーさつ……」
ずらりと漢字の並んだ名刺に、目を白黒させる乙女。どういった仕事かはさっぱり分からないけれど、爽一の家が、警察に協力するような、かなり特殊な仕事をしているらしいということだけは理解できた。
「まず、祓魔師っていうのは、魔を祓う仕事をしているの。分かりやすくいえば陰陽師とかゴーストハンターとか、そんなところだわね。超常現象っていうのは、現在の科学では説明できない、いろんな物事のこと。超能力や魔法、幽霊や妖怪……。そんな『この世のモノじゃないモノたち』の相手をするのが、私たちというわけ。私も、爽一の親も、祓魔師として活動をしているの」
おばあちゃん――御堂秋子は説明する。
「で、ワシが『守り鬼』のシュテンや。両親のおらん爽一にとって、保護者兼世話係ってとこやな」
「誰が保護者だよ! しゃべって動く呪いのヌイグルミじゃないか!」
爽一はシュテンを乱暴に押し潰す。むぎゅっと潰されたシュテンは、
「んまー、お母ちゃんにそんな乱暴な口利くやなんて! どうしたのこの子は!」
「母さんじゃない!」
「ったく、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ」
「父さんでもない!」
そんな爽一の頭を、秋子がポンポンと軽くたたく。
「いい加減にしなさい、話が進まないでしょ」
「……はい」
爽一は素直に口を閉じた。秋子は話を続ける。
「警察には『捜索願』といって、行方が分からなくなった人を探す届け出が1年に8万件ほど出ているの。毎日、200人以上の人が行方不明になっているというわけ」
「え、すごっ!」驚く乙女。
「もちろん、深刻なケースは滅多にないわ。ただの家出だったり、認知症のお年寄りが家から出てどこかに行ってしまったりすることがほとんどなの。だから、大抵の人は当日か翌日、長くても1週間ぐらいで見つかっているわ。だけどときどき、誘拐されたり、事故にあったりして、見つかるまでに何カ月とか、何年もかかる場合がある」
秋子の言葉にウンウンとうなずいていたシュテンが、話を続ける。
「そうやって、事件や事故に巻き込まれて行方不明っていう場合は、警察の仕事や。だけど、そうやな……。1千人に1人ぐらい、普通の事件や事故ではない、いまの科学では説明できんような、超常現象とでも言うしかないものに巻き込まれる人が出てくる」
「超常現象って、鬼とかオバケとか……?」乙女が尋ねる。
「まあ、そんなところや。といっても、漫画に出てくるような鬼やら化け物が、いきなり出てくることは滅多にない。よくあるきっかけは『呪い』や。自分にとって都合の悪い相手を病気にしたり、けがをさせたり、『死ね』って思ったり……。そんな呪いには、恨みや憎しみといった、ヒトの負の感情がドッサリ込められとる。その呪いが引き金になって、この世ならざるモノ共が出てくる。ソイツらを退治するのが、祓魔師の仕事ってわけや」
「でも、そんな……呪いなんて、本当にあるの?」と、乙女。
「いまの子らは信じられへんかもしれへんけど、昔は陰陽師っていうのは、宮中、まあ、今で言うたら政府みたいなもんやな。その中に正式な役職として存在しとったんやで。
有名なところで言うたら遣唐使として唐へ渡った阿倍仲麻呂や吉備真備。安倍晴明に蘆屋道満。源義経の剣術の師匠、鬼一法眼なんかも陰陽師や。
と、言うても、普段から化け物退治したり、人を呪ったりしてるわけちゃうで。普段の仕事は、農作物が豊かに実るようにお祈りをしたり、天候や運勢の占いをしたり、地震や大風、病気から人々を守ったりするのが陰陽師の仕事や」
そこまで話したところで、シュテンが、急に苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「それだけやったら、ただの占い師とか、まじない師や。だけど、いつもいつも、ただ占いだけしてるワケにはいかん。たとえば、時の権力者にとって都合の悪い相手を呪ったり、誰かがかけてきた呪いを祓ったり、ホンマもんの化け物を退治したり……。それが、祓魔師なんや」
「だけど、その……。平安時代とか、鎌倉時代とか、そんな大昔ならともかく、もう21世紀だよ? 令和だよ? いまどきオバケとか、超能力とか、そんなこと言われても、信じられないよー」
「まあ、そらしゃーないわな。ワシだって、最新型のAIを搭載しためっちゃ賢い動くヌイグルミかもしらんし、オバケだって電磁波とかプラズマとか、脳の錯覚とか、いろいろ言われとるわな。せやけど――」
そう言うと、シュテンはおもむろに立ち上がり、クルリととんぼ返りをしてみせた。
「えっ!?」
乙女と佳乃が驚きの声を上げた。
宙返りを終えたシュテンは、まったくの別人に変身していた。体の大きさはそのままだったが、そこにいたのは驚くほどの美少年だった。平安時代の貴族を思わせるような真っ白な顔に、肩のあたりで切り揃えたサラサラの黒髪、白っぽい着物と袴を着けている。見た目だけなら、もののけ姫に出てきた「ハク」にそっくりだった。それは「禿」と呼ばれた童子の姿なのだが、乙女も佳乃も、そんなことは知る由もない。
それでも、さっきまでボサボサの髪から突き出すツノに赤い顔といった、いかにも鬼や妖怪を思わせる風貌だっただけに、その変わりようは驚くしかなかった。
「まあ、こんなこともできるわけや。これだって『超常現象』の一つやな。21世紀になっても、科学で説明できんようなことは、いくらでもあるんやで」
再びとんぼ返りをすると、シュテンは元の鬼の姿に戻っていた。ボサボサの髪に手を突っ込み、ガリガリと頭をかきながら、
「まあ、こんな感じやけど、いま大事なんは、『オバケとか超能力がホンマにあるか、ないか』やない。キミらが信じようと信じまいと、人ならざるモノはおる。そして、あの学校には、祓わなあかんモンがおるってことや」
「……それが、私の見た『小さいオジサン』なんですか?」
「ちょっと違うわね。あれは物怪の放つ瘴気に反応して表に出てきただけの小鬼よ。本当に危ないのは、多分、別のモノね」
佳乃の問いに答えながら、秋子は戸棚から古い新聞や雑誌の束を取り出してきた。
「これを、見てちょうだい」
乙女は、一番上にある新聞を手に取った。