表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

第1話 オニと転校生2

 2


 放課後。乙女は佳乃の元へ歩み寄った。

「ねえ、よしのん。朝、何か言いかけてたじゃない?『信じてもらえないかも……』とか。あれ、なんだったの?」

 佳乃は朝からずっと上の空だった。授業中も、何かを探しているかのように、時折、キョロキョロと教室の外を伺っており、四時間目には、とうとう森先生に「島谷さん、よそ見しないー」と注意されていたほどだ。

 佳乃は顔を曇らせ、しばらく口ごもっていた。やがて、

「私、見ちゃったんだ。昨日……」

「何を見たの?」

「……オバケ。消火器よりも小さいオジサンに、『早く帰れ!』って怒られたの」

「えっ、それ、どういうことなの!?」

「昨日、宿題のプリントを持って帰るのを忘れちゃって。学校にプリントを取りに来たら、そこの廊下で――」

「その話、ちょっと詳しく聞かせてくれない? そいつは廊下のどのあたりにいたの? 消火器よりも小さいって、具体的にはどれくらいの大きさだった? どんな恰好をしてた? なんて言ってた?」

 二人の会話に、突然、爽一が割り込んできた。矢継ぎ早の質問に、佳乃も乙女も、驚いて目をぱちくりさせる。

「あ、え、みどう……くん……?」

 困惑する佳乃だったが、爽一はまったく気にすることもなく、真剣な顔で佳乃を見つめている。佳乃は廊下に出ると、壁際に置いてある一本の消火器を指差した。

「ここにいたの。大きさはこの消火器より、ちょっと小さいぐらい。太ってて、ハゲてて、恰好は白いシャツに長いパンツ、あと腹巻もしてたよ」

 爽一は消火器に顔を近づけ、探るように、指先で表面を軽くなぞる。そして、何かに納得したのか、一人でウンウン、とうなずいた。

「あのー、御堂君? 説明してくれないと、アタシたち、何がなんだかサッパリ分かんないんですけどー?」

 好奇心を抑えきれず、乙女が尋ねた。爽一はしばらく考えていたが、

「……どこまで説明していいのか、オレにはちょっと分からないな。これから、『みどや』に来てもらえる? 知ってるよね、『みどや』」

「え、うん、もちろん」

 乙女も佳乃もうなずく。

「みどや」は兜山第二小学校のすぐ近くにある駄菓子屋だ。スーパーやコンビニには置いていないような、十円、二十円(なんと、消費税込みでこの値段なのだ!)のお菓子をたくさん売っている。学校指定のノートや文房具なども扱っているので、この学校で、「みどや」を知らない生徒は、まずいない。

 しかし、転校してきたばかりの爽一が、どうして「みどや」を知っているのだろう。

 不思議に思う乙女だったが、そのことを深く考えるよりも先に浮かんできたのは、

(みどやかあ……。せっかくだから、何かお菓子買っちゃおうかな。フルーツキャンディはこの前食べたから、特大ラムネ、カステラボール……。あっ、久しぶりにチョコボールもいいかも……)

「……乙女ちゃん、なにニヤケてるの? ヨダレ出てるよ?」

 あきれる佳乃だった。


 三人は一緒に学校を出た。並んで歩く乙女と佳乃。爽一は、二人の前をスタスタと歩いていく。

「ちょっと、御堂君、待ってよー」

 ともすれば二人は置いて行かれそうになる。

 数分も歩くと、「みどや」の店構えが目に入ってきた。「みどや」や、いまではすっかり珍しくなった、昔ながらの駄菓子屋だ。カッコいい言い方をすれば「レトロ」だが、悪く言えば古ぼけた店だ。お父さんやお母さんが子供のころから、ずっと変わらず営業しているというから、四十年ぐらいは続いているのだろう。

 爽一はスタスタと店に入ると、奥で店番をしていたおばあちゃんに声を掛けた。

「ただいま」

「お帰り。おや、お友達かい?」

「友達っていうか……、同じクラスの子。昨日、学校で『小さいオジサン』を見たって」

「……そうかい。じゃあ、ヤツが活動期に入ったかもしれないって噂は本当だったのね。いよいよソーちゃんの初仕事だね」

「うん。だけど、この子たちにどこまで話したらいいか、オレ、よく分かんなくて。それで連れてきたってわけ」

「なるほどね。分かったわ。じゃあ、せっかくだから、この子たちにもちょっと上がってもらいましょ」

 おばあちゃんはガラガラと音を立てて、店の奥の引き戸を開けた。畳敷きの小さな部屋があり、ちゃぶ台と、色あせたポットが置いてあるのが見える。

「御堂君の家、ここだったんだ……」

 目を丸くしたままの乙女に、

「そうだよ。『御堂屋』なんだから、別に不思議じゃないだろ」

 爽一が指差した先。店内の天井近くに、すっかりかすれてほとんど読めなくなってしまった看板があった。よく見れば、立派な筆文字で「屋堂御」と書いてある。

「や……どう……?」

「縦に一文字ずつ『御堂屋』って書いてあるんだ。つまり、右から左に読むんだよ」

「へー、そうなんだ……」

 感心する佳乃。

「だって私、店の前の看板しか見たことなかったもん」

 乙女が言い返した。店の前には、明るいオレンジ色のペンキで「おかしのみどや」と書いた看板があるのだ。普段、乙女たちがいつも目にしているのはそっちのほうだったし、薄暗い店内に掛かっている、ほとんど文字の消えかかった古い看板なんて、気づく人のほうが少ないだろう。

「さあさあ、立ち話もなんだから、ソーちゃん、上がんなさい。お嬢さんたちも上がって。説明してあげるわ」

 おばあちゃんに促され、乙女たちは小部屋に上がり込んだ。

 部屋の片隅に小さな陶器のツボのようなものが置いてあり、そこから白い煙がフワフワと立ち上っていた。仏壇で使う線香のような、しかし、もっと優しい花のような香りが部屋中に漂っている。その香りを嗅いでいると、なぜか、寝る直前のように頭がフワフワしてくるように感じた。

 おばあちゃんはガラスの冷蔵ケースから小さなビン入りのジュース(これも、みどや以外では売っているのを見たことがない!)を二本取り出し、栓を抜いて乙女と佳乃に差し出した。

「良かったら飲んでね」

「ありがとうございます」

 早速、ゴクゴクとジュースを飲み始める乙女。その隣で、佳乃は思いつめた顔をしていた。

「あ、あのっ、昨日、私が見たのって、やっぱりオバケなんですか?」

「そうねぇ……。私たちは妖怪とか、物怪モノノケと呼んでいるのだけど、オバケと言ってもいいわね」

 佳乃の質問に答えるおばあちゃん。それに続くように、誰かがしゃべった。

「なあ、たばね。百聞は一見に如かずと言うし、ワシの姿、見てもらうの一番早いんとちゃうか?」

 おじいちゃんのような、おじさんのような、年を取った男性の声だった。

「え、誰?」

 乙女がキョロキョロと周囲を見回す。その声は、爽一のランドセルのあたりから聞こえたように思った。とはいえ、そこには誰もいない。

 いや、いた。

 ランドセルから、何かがモゾモゾと這い出してきた。

 ボサボサの髪の毛から突き出す、二本のツノ。赤い顔。ギョロリとした大きな目。

 節分の豆まきのときに使う赤鬼のお面を、ものすごく怖く、リアルにしたような顔が、ランドセルの隙間からピョコッと飛び出した。

「よう、二人とも、学校ではチラッと見てたけど、話すのんは初めまして、やな。ドイツ生まれの京都育ち、大江山のプリンス、シュタイン・ドッチとはワシのことや。よろしくな」

「「…………」」

 恐ろしい顔つきと対照的に、関西出身のお笑い芸人のようなしゃべり方をする、手のひらサイズの赤鬼。

 乙女と佳乃は、驚きすぎて目が点になったまま硬直している。

「……あれ、スベった? 昔はこれでみんなドッカンドッカンわろてくれてたんやけど」

「シュテン! 急に出てきたらビックリするだろ! あと、『シュタイン・ドッチ』って言われても何のことか分かんないから!」

 気まずそうに頭をかく赤鬼に、爽一がツッコミを入れる。

「そっかー、残念やなあ。ワシの鉄板ネタやってんけど。新しいツカミ、考えなアカンかなあ。とりあえず、お嬢ちゃんたち、はじめまして。シュテンや、よろしくな!」

 ランドセルからスポンと体を抜くと、畳の上にあぐらをかき、右手を「よっ」と上げてあいさつするシュテン。

 乙女と佳乃はしばらくポカンとしてシュテンを見つめていたが、やがて、

「いやあああああああああああっ、しゃべったあああああああああああああああ!」

 二人の声が見事に重なった。


「さて、じゃあそろそろ、説明しましょうかね。ちょっと長い話になっちゃうけど……」

 乙女と佳乃の大騒ぎが落ち着いたところで、おばあちゃんは話を始めた。それは、とても常識外れの、乙女たちにとって、簡単には信じられないような話だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ