第1話 オニと転校生1
第1話 オニと転校生
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「お、ふぁあああ……よー」
すれ違うクラスメイトたちに、あくびまじりのあいさつをしながら、麻木乙女は教室の一番後ろにある自分の席についた。
昨日、図書館で借りた本があまりにもコワ面白くて、つい夜遅くまで読みふけってしまった。おかげで今朝は、ひどく眠い。
「……おはよう」
話しかけてきたのは、島谷佳乃。乙女の一番の親友だ。
「あれ? よしのん、何か元気ない?」
寝ぼけまなこの乙女だったが、親友の表情が暗いことはすぐに気づいた。
いつもならもっと元気でハイテンションな佳乃が、今日はずいぶんとおとなしい。いや、おとなしいというよりも、暗い。ドンヨリとしたオーラが、体全体からあふれているように思えた。
「あ、うん、ちょっと……」
口ごもりがちの答え。これも、普段の佳乃なら滅多にないことだ。
佳乃は何かにおびえるように、キョロキョロと周囲を見回している。
「実は、信じてもらえないかもしれないんだけど……」
佳乃が話を始めかけたところで、チャイムが鳴り、担任の森先生が教室に入ってきた。
「さあ、みんなー。席についてくださーい」
佳乃は悲しげな顔をすると、自分の席に戻った。
「静かにー」
森先生は、怒ったとき以外はいつも、ノンビリしたしゃべり方をする。いつもなら、すぐにみんな静かになるのだが、今日は、なかなか静かにならなかった。
先生の後ろから、見たことのない男の子が一人、教室に入ってきたからだ。
(あ……)
乙女はびっくりして少年を見つめた。
(昨日の子だ!)
昨日、「さくら公園」で桜の花びらを捕まえていた少年だった。ちょっと長めの前髪の下からのぞく、キリッとした目が印象的だった。
「だれ?」
「転校生?」
「ちょっとカッコいいかも」
男子も女子も、小声で口々に言い合っている。
「静かにー。さて、新しいお友達を紹介しますー」
森先生はそう言うと、黒板に大きな字で、
「御堂爽一 みどう そういち」
と書いた。
「御堂君は、ご両親がお仕事で海外へ行く間、お祖父さん、お祖母さんの家で暮らすことになりました。5年生の間だけですが、みんなと一緒にこの学校で勉強します。みんな、仲良くしてくださいねー。御堂君、自己紹介を」
「御堂爽一です。よろしくお願いします」
それだけ言って、軽く頭を下げる。もう少し何か言葉が続くのかと思って待っていたが、爽一は何も言わない。しばらくの間、シンとした、気まずい時間が流れる。
「あーっと、じゃあ、御堂君に何か質問したい人ー」
ちょっと困り顔の森先生が呼びかけると、何人かが手を挙げた。
「好きな芸能人はいますか?」
「いません」
「じゃあ、好きなスポーツ選手は?」
「いません」
「好きな食べ物と、きらいな食べ物は?」
「どっちも、特にないです」
「好きなゲームはありますか?」
「あんまり、ゲームやらないので……」
何を聞かれても、答えは「いない」「特にない」ばかりで、全然盛り上がらない。
唯一、違う答えが出たのは、
「得意なスポーツは?」
「特にないです。あ、でも、ずっと剣道やってます」
その時だけだった。
「じゃあ、とりあえず御堂君の席は一番後ろ。日直さん、予備室から机とイスを持ってきてー」
予備室というのは、普段、使っていない机やイス、掃除道具などを集めて置いている空き教室のことだ。日直の二人が机とイスをてきぱきと運んできて、乙女の席の隣の空きスペースにセットする。
隣の席にやってきた爽一に、乙女は声をかけた。
「アタシ、麻木乙女だよ。よろしくねっ」
爽一はチラリと乙女のほうを見ると、
「……よろしく」
ボソッと答えて席に着いた。
(なんだか無口な人だなあ……。しゃべるの、苦手なのかな?)
「あ、あのっ、昨日、さくら公園にいたよね? 桜の花びらをヒュンヒュンって捕まえて――」
「ああ、あの時いたの、キミだったんだ」
乙女の質問に不愛想に答える爽一。
(え? 気づいてたの?)
乙女は驚いた。
かなり離れたところからこっそり見ていただけなのだ。もう薄暗くなっていたし、気づかれているなんて、思ってもみなかった。
「ねえ、昨日のあれって――」
質問を重ねようとしたところで、乙女は、爽一のランドセルに不思議なものが入っているのを見つけた。
(……ぬいぐるみ?)
それは、手のひらぐらいの大きさのぬいぐるみだった。どこかのゆるキャラだろうか。でも、全然、かわいくない。むしろ、気味が悪い。
真っ赤な顔。耳元までさけた大きな口に、大きなキバ。ボサボサの髪から生える、2本のツノ――。
(オニ? ナマハゲ?)
乙女が思い出したのは、昨日読んだ本のクライマックス。大きな刀を構えた武士に、首だけになったオニが襲いかかる絵だった。武士たちはものすごく強い鬼に酒を飲ませ、寝てしまったところで首を切り落とした。ところが、鬼は首だけになっても、空を飛んで武士たちに襲いかかってきたのだ。
「……酒呑童子?」
ぼそっとつぶやく。そのとき、森先生が言った。
「はーい、授業始めるからねー。教科書出してー、おしゃべりやめるー」
乙女は急いでランドセルから教科書を引っ張り出した。
だから、気づかなかった。
爽一が、ものすごく驚いた顔で自分のほうを見ていたことに。
そして、ランドセルの中のぬいぐるみが、ビクリと動いたことに。
「酒呑童子のこと、知ってるの?」
次の休み時間、爽一から急に話しかけられて、乙女は驚いた。
「え、あ、うん……。私、昔話が好きで、よくそういう本を読んでるの」
「そっか。『桃太郎』や『一寸法師』ならともかく、酒呑童子なんて、かなりマニアックな話だから、知ってる人がいると思わなかったよ」
「うん。でも、いいの……? その、学校にぬいぐるみなんか持ってきて……」
「特別な『お守り』なんだ。だから、これのことは誰にも言わないで」
そう言う爽一の顔がひどく真剣なものだったので、乙女はそれ以上何も聞かず、うなずくしかなかった。




