ユークとリオの黄金の羊【読み切り・創作神話】
「ユーク、何をしているの?」
「星を数えていたんだよ」
「星を?」
リオはテントの外に出てユークと肩を並べた。見上げると満点の星空が広がっていた。そして濃紺のカーテンに開いた無数の穴を数えるのは不可能だとすぐに分かった。
「どこから数えているの?」
三つ年上のユークはある場所を指差す。リオは身をユークと出来る限り重ねて見ようとするが、やっぱりそれも不可能なのである。
星をかぞえることはやめて二人は夢の話をすることにした。集落のみんなはもう寝静まったあとなので、虫と夜の獣だけが耳を澄ませる平野だった。
ユークは集落のてっぺんになりたいと言った。
「てっぺんって何?」
「頂上だよ。きっと素晴らしい景色が見渡せる」
山に例えたユークは、集落を見守る一番強い兵長になりたい。ではリオはどうか。リオはユークのように上手く槍を扱うことが出来ないのが悩みだ。
ああでもない、こうでもないと言い出してはやめて、悩み抜いた末にひとつの答えに辿り着く。
「友達が欲しいかな」
「友達か、いいね」
ユークはリオにとっての唯一の友達だと言えるだろう。ユークにとっても実は同じだ。しかし二人はそのことについて悩むか悩まないかで大きな違いがある。
リオはユークよりもたくさんのことを頭で考える。疑問を持つということがリオの得意だった。どうして友達が欲しいのか。それはひとりだと寂しいからだとリオなら気づける。
「ひとりでどうやって生まれたんだろう」
リオの疑問に対してユークは答えを知っていた。
「ひとりじゃ生まれないよ。お母さんがいるんだ」
「お母さん?」
リオは自分の母を知らなかった。ユークも集落で出産を見ただけで、自分の母のことは何にも知らない。
それから二人は自分たちの母について色々なことを話し合った。
翌朝の狩りの時間。ユークとリオは自分の槍を持って出かけていた。二人は協力して一頭の鹿を追っている。
大人は一丸となって象を得るのに奮闘中だ。若手の二人はまだ修行中だろう。最悪、鹿を仕留められなくても困らないようにと分断してあるのだ。
ユークは走り回って鹿を追った。リオはすぐに体力が尽きるので鹿の走り方を見守った。
「次は左に曲がる!」
「わかった!」
その通りに鹿が踵を返し、先回りしていたユークの手に掛かる。修行中でも大功績だ。集落の人たちも喜ぶだろうと、二人で鹿を担いで戻ろうとした。
するとその時、道筋の真ん中に浮かんだ岩がひとりでに割れたのだ。岩の中からは穢れのない羽根を持つ天使が二人を見下ろしている。
「高価なものと貴様らの欲しいものを一度だけ交換してやろう」
天使は悪者の声で告げた。おそらくそれは鹿に宿っていた守護神の化身だったのだろう。知らずに槍を刺して殺したリオとユークを陥れるための罠だった。
「欲しいものなら何でもだ。家でも力でも知識でも。価値と同等のものを与えよう」
ユークとリオは喜んだ。欲しいものは真っ先に見つかっていた。二人の母だ。引き換えにする同等価値のものには、この地で最も高価になる黄金の毛を生やす羊が良いと二人で決めた。
再び天使の前に現れたユークとリオ。黄金の羊は死んだあと毛色の輝きを失わせてしまう。なので集落の人たちには黙って、つがいのうちの一匹の手綱を引いてきた。
「この羊なら一年生きられる食糧が手に入ります」
毎日命を懸けて食料を狩る彼らにとって、物々交換ではもっとも価値のある品で申し分ないものだった。羊の眩い黄金の輝きは、天使でさえも目を閉じてしまうほどである。
「なるほど。では、何と交換してやろうか」
「お母さんを下さい」
ユークとリオの母だ。天使はニヤリと悪く笑ったが、大人になる前の二人の懸命さを揺らがせることは出来ない。しかし天使はそれでこそ楽しめて悪どい。
「明日の朝、貴様らのもとに向かわせよう」
ユークとリオは喜んだ。その知らせを集落の人々にも飛び回って伝えた。
かくして翌朝。本当に現れたのだ。霧の立ち込める早朝の集落にて、ひとりの裸の女性が迷っているかのように佇んでいる。
集落の人々は女性に服を着せた。目元は確かにリオとそっくりだった。鼻筋はユークと等しい。ここで初めてユークとリオが同じ血筋であることを集落では知ったのである。
ユークは女性の右手を取り「お母さんですか」と問うた。リオもまた左手に触れながら「お母さん」と呼びかけた。
女性は両手を引っ込めて首を振る。おもむろに立ち上がると、何かを探して集落の敷地を彷徨った。
「何を探しているのですか?」
集落の大人が女性に寄り添えば、躊躇いがちに言葉を話せる。
「……わかりません」
ユークとリオはあまりにも冷たかった母の手の温度を誰にも言えなかった。二人の名前を呼んでくれず、温もりすら与えてくれない女性を母と呼ぶことに躊躇った。
二人が欲しかったものは黄金の羊を百匹集めたとしても、一万匹集めたとしても、手に入れることは出来なかったのだ。
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