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愛と正義の魔王様  作者: たじま
8/17

8、魔王様と王子様のお礼参り ~カル様と団長の押し掛け訪問かぁ……。 相手が可哀想。 もう、圧倒的ダったヨ! ……誰?~


「ふざけるなっ!」



バルバロッサ家に与えられた控え室。

コールダールがテーブルに飾られていた花瓶を壁へと投げつけた。

まさかの三連敗に、バルバロッサ家の家名は失墜、息子のアンドリューの学園退学が決定した。

それはプライドの高いコールダールにとって……いや、王国三大貴族であるバルバロッサ家にとって、あってはならない事だった。




「あの、役立たず共がっ!! 何が勝利の美酒だ!! 我が家に恥をかかせおってッ!!」


「コールダール様……」


「ええい! 気に食わん!! 帰るぞ、シャルム! こんな所にいつまでも居られるか!!」




怒りを露にしたコールダールがテーブルにドンッ!と拳を振り下ろす。

その時、


コンコン!


と、扉を叩く音が控え室に響いた。



「誰だ!! 面会はせんぞ! 後にしろ!!」



コールダールがすぐさま怒鳴り返す。

すると、扉はコールダールの意向を無視して、スーッと開いた。

コールダールが眉間に皺を寄せて来訪者を睨みつける。



「無礼であろう! 儂をコールダール・バルバロッサと知っての……」



と、そこでコールダールの言葉が途切れた。

さっきまでの威勢のいい態度が鳴りを潜める。

何故なら完全武装の宮殿騎士団パレス・ナイツが六人、まるでコールダールを威圧するように睨んだのだ。



「バルバロッサ卿、シャルダット陛下がお呼びである。ご同行願いましょう」







「これはこれは……陛下におかれましては、我が騎士の不甲斐なき姿をお見せいたし、誠にお恥ずかしい限りです」



案内された部屋に入るなり、コールダールが笑顔で頭を下げる。

いや、平静を装った精一杯の虚勢と言った方が正解か?

なぜなら部屋の奥、テーブルの正面には国王、シャルダットが無表情な顔でコールダールを見据え、その横には王子のアルベルトが、こちらは睨むようにしてコールダールを見ていたのだ。


テーブルの左右には国政を司る大臣達が居並び、壁際には赤、青、黒の宮殿騎士団団長パレス・ナイツリーダー魔術師長メイジマスターのチキチャット・ニキロールの姿まである。



「そ、それにしても皆様お集まりで……これはいったいどのようなご趣向で?

見ればこの場には相応しくない、下賤な者まで混ざっているようですが?」


コールダールが侮蔑を込めた目でアルベルトの後ろを睨む。

カルが立っていたのだ。



「言葉を慎め、バルバロッサ卿。彼は余の任命した騎士だ」

「騎士ッ!?」

「そして今回の決闘、グリューネ側の代表でもある。この場にいるに何ら不都合のない人間だ。同時に今回の一件の証人でもあり、功労者でもある。よって、余が同席を依頼した」


「証人? 功労者……?」


「バルバロッサ卿」

「は、はい。何でありましょう、陛下」

「此度の決闘の発端となった、ラウダ・グリューネの誓約書とやらだが、余も見たい。屋敷に保管してあるのかな?」

「そ、それは……」

「どうした?」

「申し訳ありません、陛下。実は決闘を貴族会に申請した際のゴタゴタで、どうも紛失してしまったようでして……」

「そうか、紛失してしまったか」

「はい」

「ところでバルバロッサ卿、貴族会承認の決闘は、必ず余に一報が来る事になっているのだが、今回はそれが来ていない。何か手続きに不備があったのかな?」

「さ、さぁ……? 私めは正規の手続きに載っとり申請しました。おそらく貴族会にて、何らかの不手際があったのではないでしょうか?」

「そう思って貴族会に問い合わせると、受理したその日に、間違いなく余宛てに書簡を送ったそうだ」

「それは……私めに言われましても……」

「ふむ……ではバルバロッサ卿、卿は誓約書にあったあの屋敷……あそこがどういう所か存じておるか?」

「どういう所……? ただの屋敷ではありませんので?」


「あそこは我が父の代より、王国魔術師キングダム・メイジであったミランダ・グリューネに土地と屋敷を貸し与え、密かに結界を張らせている、言わばセレス・アリーナの急所だ。

よってあそこは国有地。ラウダ・グリューネが自分の物でもないあの土地と屋敷を、借金の形に入れる事などあり得んのだ」


「そ、そうは仰られましても……私は誓約書にあった通りの事しか存じません」


「ふむ……あくまでシラを切るか……」

「シラを切るとは……いったい陛下は何を根拠に、私に何を認めさせたいのでありましょう?」



「ふぅ……埒があかん。カル、あれを見せてやってくれるかな?」

「承知しました」



シャルダットに軽く一礼したカルが懐に手を差し入れる。

そして梟の人形を取り出すと、壁に向けてポンと頭を叩いた。

梟の目が光を発し、壁にとある映像を映し出す。それは、



〝出来の悪い息子を持つと大変だな、バルバロッサ卿〝

〝ジャック・ボーン殿か……いつからそこに?〝

〝バカもーんって辺りだ〝

〝初めからか。趣味の悪い事だな……〝



「な……!? こ、これは?」


コールダールが言葉も継げずにワナワナと震える。

それはそうだ。

何せヨ・ハ・ルルの騎士と親しげに話しているのだから。



「これはどういう事かな、バルバロッサ卿?」

「こ、こんなのはデタラメだ! 陛下、そこな魔術師の詐術に惑わされてはなりません! 其奴は私を陥れ、栄光あるベル・アザル王国に混乱をもたらそうとする逆賊ですぞ!!」


「そこまで堂々とシラを切れるとは、いっそ尊敬に値するな。ではこれならどだ? ニキロール!」

「はい、陛下」



返事と共にニキロールがスッと杖を上げる。

するとコールダールの横に魔法陣が広がり、何かを床上に転送した。



「べ、ベリルガット……?」



それを見て、コールダールが言葉を失う。

ケルシャンロインにいるはずの長男、ベリルガットだったのだ。

ベリルガットは既に尋問を受けていたのか、憔悴しきった様子でじっと床を見つめ、父であるコールダールと目を合わせようとはしない。



「二日前、アルベルトとカルの二人がケルシャンロインの城にて聖堂騎士団テンプル・ナイツ、キタ・レンブラを処刑した。その男は処刑される前、ベリルガットの部屋から出て来たそうだ」


「そ……」


「これはその時押収した、聖堂騎士団長テンプル・ナイツリーダー、シェスタ・クレバラスのサインが入った兵士リストだ」


「な……?」


「ついでに言えば、ジャック・ボーン他、ヨ・ハ・ルルの工作員四十六名は既に処刑済みだ。

貴族会の書簡やミランダ様の手紙は、余の秘書が隠し持っていた。卿の指示でやったと自白もしている。

そして、ケルシャンロインだが……既に兵を差し向けた。反乱の企ては、これで完全に頓挫だな、コールダール・バルバロッサ」



「は、反乱!? 違う! 私は少し王都を困らせようとしただけで……」


「そこをヨ・ハ・ルルに付け込まれたのだ。息子の方は既に戦備を整え、ヨ・ハ・ルルから兵の供与も受けている。言い逃れは出来んぞ、コールダール」



「違う…… 私は……私は……」



「処罰を言い渡す! 今、この場をもってバルバロッサ家を廃絶とする。領地は召し上げ、財産は全て没収せよ!」

「御意」

「コールダール、ベリルガット、アンドリュー、そしてバルバロッサ家に連なる一族のうち、十六歳以上の男子は死罪。十五歳以下の男子と女子供は他家への預かりとする。リストを作成しておけ」

「承知いたしました、陛下」



「お、お待ちください、陛下! 私は反乱など考えてもいません!それは 息子が勝手に! どうか! どうか私には寛大な処置を! 陛下ぁ!!」



宮殿騎士団パレス・ナイツに拘束されて部屋を連れ出されるコールダールを、シャルダット以下、大臣達が侮蔑を込めた目で見つめる。

この期に及んで、自分だけは助かろうとする浅ましさに嫌悪したのだ。

やがて扉が閉まり部屋が静かになると、シャルダットが「……ふぅ」と小さくため息をついて後ろを振り返った。



「カル、ケルシャンロインを望むなら、君に与えるが?」

「お戯れはお止めください、陛下。皆が本気にします。ケルシャンロインは未だ動向の定まらぬ者に与え、忠義を見定める秤に使うのが良いかと」


「ふっ……欲がないな。まぁ、良い。礼は後々考えよう。後はヨ・ハ・ルルの件か。あそこは領土的野心が強い。今後の事もあるし、少々懲らしめておきたいところだな」

「それなら僕に良い考えがあります、父上」



そう言って、アランはにこりと笑うのだった。







ヨ・ハ・ルル連合王国。

そこはヨークガント王国、ハラパウ王国、そしてルルカン・バルト王国の三国からなる国家連合体で、今も昔も其々の国に王はいるが、それ以上にイーリス教が絶対の力を持つ宗教国家だった。

故に、ヨ・ハ・ルルの最高権力者は教皇であり、その指導の元に各国の王が国の政治を司る。そんな統治体系を取っていた。


また、其々の国にはヨークガント騎士団、ハラパウ騎士団、ルルカン・バルト騎士団が存在するが、それとは別に教皇直属の聖堂騎士団テンプル・ナイツが派遣されており、序列もこちらの方が高い。


国の中枢はヨークガント王国の首都、ハルハデルに置かれている。

ここの王城の一角に教皇の住まうセント・ラー大聖堂と聖堂騎士団テンプル・ナイツの大本営もあった。



そのハルハデル城。

時刻は昼の一時を少し回ったところだろうか?

聖堂騎士団テンプル・ナイツの大本営で午後の紅茶を楽しむ聖衣を纏った女性が一人。

スラリと伸びた身長に輝く金色の髪を靡かせ、聖職者には不釣り合いな豊満な胸を揺らす絶世の美女。

それは、ヨ・ハ・ルル最高位の魔術師、レンレンカブレだった。

そのレンレンカブレが、ピクッ!と眉根を寄せた。

城内への転移魔法の兆候を感知したのだ。




「侵入者ダ! ヨークガント騎士団へ通達、城内西の広場! 遣り手だゾ、一般兵は手を出すな! 教皇はセント・ラーか? まズい! 直ぐに聖堂騎士団テンプル・ナイツを向かわせテ!!」



レンレンカブレは怒鳴りながら席を立つと、マントを羽織り、帽子と杖を掴んで自らも慌ただしく部屋を後にするのだった。






「ほぅ……転移前に感知して防御態勢を整えるとは、思ったよりもやるな」



と言いながら、斬りかかってきたヨークガントの騎士達を魔力放出のみで無造作になぎ払う。

そのカルの圧倒的な魔力に、迎撃に集まった騎士達が明らかに怯んだ。



「カル、無駄な殺生はしたくない。教皇の位置は分かるかい?」

「そこの聖堂の中に強い魔力を帯びた者が五人、弱々しい魔力の奴を庇うようにして集まってる。たぶんそれだろう」

「分かった。僕達は教皇に用がある。悪いけど通して貰うよ」



そう宣言してアランが歩き出す。

すると行く手を阻むように三人の騎士達が立ち塞がった。いずれも聖堂騎士団テンプル・ナイツだ。

スッと剣を引き抜き、剣先をアランに突き付ける。



「はいそうですかと、通すわけ」


ごん。

「ひぃ!?」



アランとカルに怯んでいたヨークガントの騎士達が悲鳴を上げて後退る。

立ち塞がった聖堂騎士団テンプル・ナイツが、揃って首を跳ねられ瞬殺されたのだ。

しかも、彼等にはアランが殺ったのか、カルが殺ったのか、その判別すら出来ていない。

あまりにレベルが違い過ぎる。

こんなのに戦いを挑める訳がなかった。


アランとカルがセント・ラー大聖堂へと歩み去って行く。

騎士達はそれを、茫然と見守る事しかできなかった。





セント・ラー大聖堂。

本来ならイーリス教の信徒達が祈りを捧げる神聖な場所であるはずだが、至るところに金や宝石で装飾を施し、些か成金趣味が表に出過ぎている。

そんな大聖堂の扉を前にした時、カルがスッとアランの肩を掴んだ。敵が待ち伏せしていたのだ。



「露払いは俺がする」



そう言ってカルが両手を前に突き出し、バンッ!と扉を開く。

直後、



「「ぎゃあ!?」」



聖堂の中に断末魔の叫びが響き渡った。

二人の聖堂騎士団テンプル・ナイツ

が斬りかかろうと床を蹴った瞬間、床から突き出された黒い水晶に身体を串刺しにされたのだ。



「ひぃ!?」



聖堂騎士団テンプル・ナイツが油断なく剣を構える後ろで、豪華な衣装に身を包んだ初老の男が悲鳴を上げた。

それはヨ・ハ・ルル連合王国の最高権力者である、教皇チャール・ヨハンブル・テ・カンタベルだった。



「ぶ、無礼者! このような神聖な場所で血を流すとは、神への冒涜と知れ!!」



教皇、カンタベルが叫んだ瞬間、残りの聖堂騎士団テンプル・ナイツが弾かれたように斬りかかって……、



「はぁ……?」



カンタベルが腰を抜かしてその場にペタンとへたり込んだ。

聖堂騎士団テンプル・ナイツが跳びかかったと思った瞬間、それらがドサッと倒れたのだ。

見れば首から上がない。

剣をスーーーッと鞘にしまったアランが、その場に片膝をついて頭を下げる。

カルはアランの背後を守るようにして、同じく片膝をついてた。



その時、開け放たれた扉を抜けて新たな聖堂騎士団テンプル・ナイツや魔術師達が数人、聖堂の中に駆け付けてきた。

そこには聖堂騎士団長テンプル・ナイツリーダーのシェスタ・クレバラスや、カルの転移を感知した魔術師、レンレンカブレの姿もある。


教皇カンタベルに対して一見神妙に頭を垂れる二人。

それを見て、聖堂騎士団テンプル・ナイツ達は顔を見合せ、そして戦闘態勢のまま様子を見るのだった。




「イーリス様には、後程我が国の聖堂でしっかりと謝罪いたしましょう。それより、教皇、チャール・ヨハンブル・テ・カンタベル様ですね?

僕はアルベルト・オールドフィール。

こちらは我が家臣であり、友でもある、カル・マ・シリング。

今日は教皇にお聞きしたい事があり、このような形ではありますが、参上した次第です」


「ベル・アザルの……次期国王?」

「たった二人で……?」



アランの名乗りを聞いて、聖堂騎士団テンプル・ナイツがどよめいた。

ケルシャンロインの件で乗り込んで来たのが明らかだったからだ。


挨拶の終わったアランがスッと立ち上がる。

カルが聖堂騎士団テンプル・ナイツ達をキッと睨んだ。

手出しすれば殺す。

その目はそう告げていた。




「さて、カンタベル教皇……こちらの聞きたい事は一つです。此度の我が国への武力介入……それが教皇自らの命令なのか、それとも聖堂騎士団テンプル・ナイツの独断専行なのか?それをお聞きしたくて参りました」


「そ、それは……」


「と、その前に……いちおう証拠をお見せしましょう。カル、聖堂騎士団テンプル・ナイツの二人はここに、残りの者達は表の広場に転送してくれ」

「承知しました、殿下」



直後、カンタベルの目の前の床に魔法陣が広がり、ジャック・ボーンとキタ・レンブラの遺体を転送した。

それを見て、カンタベル他、聖堂騎士団テンプル・ナイツ達が言葉を失う。

程なくして、表の広場でざわざわと騒ぎ出す声も聞こえてきた。。

ベル・アザルに潜入していた者達が、揃って遺体になって転送されたのだ。


事、ここに至ってカンタベルは確信した。

今回のケルシャンロインへの支援。

ヨ・ハ・ルルの勢力圏拡大という計画は完全に失敗したのだと。



「我が国に害を及ぼそうとしたので、僕が全員処刑しました。

教皇、国交がないとはいえ、このような事をされては我が国も黙ってはおりません。それ相応の罰は受けていただく。

さぁ、返答していただきましょう。国を上げての野心なのか、それとも聖堂騎士団テンプル・ナイツの暴走なのか」



「お待ちください、アルベルト殿下」


その時、一人の騎士が歩み出た。

聖堂騎士団長テンプル・ナイツリーダーのシェスタ・クレバラスだ。



「今回の一件、教皇は何一つご存知ありません。これ全て、このクレバラスの一存にて行いました」

「では、聖堂騎士団テンプル・ナイツの独断だと?」

「御意」



アランの、まるで心を見透かすような目を真っ向から受けてクレバラスが答えた。

それを見てアランが考えを巡らす。

クレバラスは自分の意思だと言った。

だが戒律の厳しいヨ・ハ・ルルにおいて、教皇を無視してこんな事をするはずがない。

だから見え見えの嘘であるのはアランには分かっている。

もちろん、クレバラスの方でもそんな事は百も承知だ。

だがここで本当の事を言えば戦争になる。

そうなれば困るのは互いの国民だ。

だから自分の首一つで納めて欲しい。

そう言っているのだ。



「殿下、俺の広域魔法ならこの街ごと、跡形もなく消し去れます。どうせ国交もない間柄、後顧の憂いを絶たれては?」



そんな時、カルがアランに囁いた。

それを聞いて、アランが思わずフッと笑みを溢す。



「……カル、僕を引き立てようと、無理に冷酷なキャラを演じなくてもいいよ。君には似合わない」

「…………」

「そう、睨まないでくれ。僕は君を悪役にしてまで、他国の評判を上げようとは思ってないんだ。だから、裁きは僕が決める」

「……分かった」



カルが仕方ないといった顔で引き下がる。

こうなっては何を言っても無駄だと悟ったのだ。



「さて、カンタベル教皇……些か手綱が緩すぎる聖堂騎士団テンプル・ナイツには罰を受けていただきます。よろしいですね?」


「あ、あぁ……」



「カル、聖堂騎士団テンプル・ナイツの本営は分かるかい?」


返事の代わりにカルが聖堂の壁を睨む。

すると壁の一部が大爆発を起こして吹き飛んだ。

爆裂魔法を使ったのだ。



「あそこに見えてる城の一角。そこから多くの聖堂騎士団テンプル・ナイツが出てきました」

「では、あそこを吹き飛ばしてくれ」

「承知しました」



カルが右手をスッと翳す。

すると聖堂騎士団テンプル・ナイツの本営を囲むように結界が発動した。

外部に被害が及ばないようにする為の防御結界だ。

半径は約百メートル。

次いで本営の上空に巨大な魔法陣が展開した。

それは二つ、三つ、四つと次々に増えていき、五つ目の魔法陣が展開したところで光りを放つ。

直後、



ドカンッ!!!!!!



セント・ラー大聖堂の中に、いやハルハデルの街中に巨大な落雷の音が響き渡った。

一番上の魔法陣から発した落雷が、その下の魔法陣を通過する度に次々に増幅され、大本営に降り注いだのだ。

落雷の直撃を受けた大本営は跡形もなく崩れて瓦礫の山になっていた。


カンタベルは何が起こったのか理解も出来ずに固まっている。

クレバラスや他の騎士達も同様だ。

とても一人の人間の仕業とは思えない魔法の威力。

この街を跡形も無く消し去れると豪語するのも頷ける。

こんな奴がベル・アザルにいたなど、完全に計算外だった。

おまけに、王子のアルベルトだ。

ジャック・ボーンやキタ・レンブラはアルベルト自らが手に掛けたと言った。

聖堂騎士団テンプル・ナイツでも手練れの彼等、それを、まるで自ら首を差し出したのかと思えるほど綺麗に断って見せた腕前は量り知れないものがある。

こんな奴等のいるベル・アザルには絶対に手出ししてはならない。

そう固く心に誓わされるのだった。


だがしかし、ここに一人だけ違う考えの者がいた。魔術師長(メイジマスター)のレンレンカブレだ。

彼女は思った。

カル・マ・シリング、彼だけはここで始末しなければならない。

そして魔法の戦いは、何も殺傷能力だけでは決まらないと。




「さて、君の番だクレバラス卿」

「覚悟は出来ております、アルベルト殿下。どうぞご随意に……」



そう言って、クレバラスが片膝を付いて頭を垂れる。

直後、



「ぐっ!?」



クレバラスの右手がボトンと落ちた。

目にも止まらぬ剣技で、アランが断ち切ったのだ。



「あなたを殺すと、この国が潰れそうでしたので……」

剣を鞘に納めながらアランが告げる。



「寛大な措置……感謝いたします……」

溢れ出る血を押さえながら、クレバラスが唸るように答えた。



「ただし、次はありません」

「肝に……命じます……」

「早く処置を。出血多量で死にますよ?」


「クレバラス様!!」



アランに促され、魔術師達が慌てて治療にかかった。

治癒魔法の使える者もいるようなので、一命は取り留めるだろう。



「カンタベル教皇…… 数々のご無礼、お許しください。それではこれで、失礼します」



カンタベルに一礼したアランが、踵を返してカルに歩み寄る。

その時、



「このまマ帰れると……思っテるの?」

「ーーーッ!?」



アランとカルを取り囲むように魔法陣が展開した。

アランがバッと後ろを振り向く。

レンレンカブレの両目が怪しく光っていた。

その目が見つめる先はアランではなくカル。

何かしらの精神攻撃を仕掛けているのは確かだった。

しかし、



「え……? あ……や、いヤ……いやぁーーーーーーッ!?」



レンレンカブレは突然頭を抱えると、そのままドサッと倒れて動かなくなってしまった。

白目を剥き、口から垂れた涎が床まで滴り落ちている。



「レンレンカブレ様……?」



クレバラスの治療をしていた魔術師が震える声で尋ねる。

しかし、レンレンカブレはピクリとも動かない。



「残念だったな。俺に呪いの類いは効かん」



倒れた魔術師を見下ろしながらカルが告げた。

そして、何事も無かったように右手を翳してゲートを開く。



「カルッ!?」



アランの焦りを含んだ叫びが聖堂に響き渡った。

死んだと思った魔術師の女が突然バッと立ち上がり、カルの後ろから抱きついたのだ。



「えへへ、つーかマーエた!」



女が笑いながらカルの胸に掌を押し当てる。

すると紫色に光る魔法陣が発動した。

その結果……、



「それで?」



何も起こらなかった。



「へ……?なンで? 精神攻撃じゃナい、刻印系の絶対服従魔法ナのに!?」

「俺に呪いの類いは効かんと言ったろ。頭の悪い女だ。そら、返すぞ」



カルが指先で魔法陣を拭い取り、そのまま女の額にトンと押し当てる。



「いや!? ヤめて! きゃあーーーーーーッ!?」



すると女の額に魔法陣が広がり、先ほどの絶対服従魔法が発動した。

頭を抱えた女が床に踞る。

直後、



「なーンチャってぇ!!」



獰猛に笑いながら、延び上がるようにして短刀を突き出した。

苦しむ姿はカルを油断させ、短刀を転送する為のフェイクだったのだ。

もっとも、カルには通じなかったが。



「うげッ!?」



カルはレンレンカブレの腕を掴んでゴキン!とへし折ると、もう一方の手で頭を鷲掴みにした。

そのまま、ギリギリと頭蓋を締め付けながら持ち上げる。



「見逃してやろうと思ったんだがな。 まぁ、いい。そっちがその気なら手加減はなしだ。そら、こそこそ隠れてないでいい加減に出てこい」


「ちょ!? 見えルのか!? やダ!やめテーーーーーーッ!? 引っ張り出スなぁーーーーーーッ!!」



アランはおろか、仲間であるはずの聖堂騎士団テンプル・ナイツや教皇までもが我が目を疑った。

カルがレンレンカブレの頭を掴んでグイッ!と引き抜くと、まるでレンレンカブレから脱皮するようにして、ズルンと別の女が現れたのだ。



「酷いーーーッ! せっかク永遠の十七歳だっタのに! 鬼!悪魔!強姦マ!! 私の永遠を返セ!!」



床に放り出された少女が抗議の声を上げる。

さっきまで動いていた大人の身体は人形で、この少女がレンレンカブレの本体だったのだ。



「うるさい女だ。そんなに十七歳でいたいなら、延々に年を取らないようにしてやろう」

「あ、ごめんナさい。享年十七歳はヤです。はい」

「分かればいい。ところで、これが何だか分かるか?」



そう言ってカルが人差し指をピンと立てた。

指先が不気味な紫色に光っている。

それを見てレンレンカブレがにっこり笑った。



「私の最高傑作、絶対服従魔法ダな」

「正解だ」

「なんデ、あなたが使えルの?」

「なんでだろうな?」

「ホんと、なんでダろ? あハは……」

「はっはっはっ……」



「やダぁーーーーーーッ!?」



くるんと背を向け、這いながら逃げ出そうとしたレンレンカブレの背中をカルがぎゅむ!と踏みつけた。

そして、首筋に人差し指を押しつける。

直後、紫色の魔方陣が広がった。



「うそ、発動しちゃったゾ!? どうすンのだこレぇ!!」



レンレンカブレが慌てて首を押さえるが、発動した魔法はもう止められない。

まさに後の祭りだった。

ペタンと床に座りながら、涙目でうるうるとカルを見上げる。



「これでお前は一生俺の下僕だ。精々俺を楽しませろ」

「楽しマせる……? ひょっとシて、私の身体が目的……」


「チンチン!」

「ぎゃあ!? 乙女にナンて格好させルのだ! 謝るからゆるシて、ますター!!」


「なおれ」

「はぁ、はぁ……我ながら、なンて恐ろしい魔法なのダ……」


「お手だ!」

「わンッ! って、するな!」


「おかわり!」

「わンッ!! って、だかラーーーッ!!」



「カル……そろそろ帰らないかい?」

「あぁ、すまん。つい興が乗った。おい、下僕A! 俺達は帰る。お前は適当にここで余生を送りながら、この国の情報を余さず俺にリークしてろ。じゃあな」


「へ……?」

「「…………」」



レンレンカブレや教皇カンタベル、重症のクレバラスまでもが呆気に取られる中、カルが再びゲートを開いた。

そのままアランを伴って本当に消えていくではないか。

それを見て慌てたのはレンレンカブレだ。



「ちょ!? 置いてかないデ、ますター!!」



レンレンカブレが慌ててゲートに飛び込んだ。

それはそうだ。

教皇や聖堂騎士団テンプル・ナイツの目の前で堂々とスパイ宣言をされて、こんな所に居られる訳がなかった。



「教皇、クレバラスさん、シくじっちゃったのダ。ごめんネ。今までありガとー」



ひょいと顔だけ覗かせたレンレンカブレが苦笑いを浮かべる。

それを最後に、ゲートはスーッと閉じ始め、やがて忽然と消えてしまうのだった。







「ちょっと、閉じないで、ますター!! うべッ!?」



閉じ掛けたゲートに足を引っ掛け、顔からビタンッ!と倒れながらも、何とかレンレンカブレがゲートを抜け出した。

それを見て、



「……ちっ」



カルが舌打ちを漏らした。



「ますター!? 今、ちって言ったダろ、ちって!」

「気のせいだ。それより何で付いて来た」

「ナんでって、あんなこと命令されて残れる訳なイだろ!酷いヨ!!」


「ピッピ……?」

「へ?」


「あんたピッピじゃない!?なんでここにいんのよ~!?」

「げっ!? チャッキー!? 」

「チャッキー言うな!!」

「それはこっちの台詞ダ!! てか、うっわ……なニその格好? 年増の若作りはキモいぞ、チャッキー?」

「失礼な!? ちゃんと肉体年齢止めて十七歳キープしてるし~! だいたい、あんたも同じでしょうが~!」

「私は異次元に籠っテたかラ、正真正銘十七歳のまマだ。ほらホラ、肌の艶が違うダろ?」

「わ、私だって張り艶は衰えてないし~? キューティクルだって活き活きしてるし~?」

「それを若作りっテ言うんダ、二十九歳独身処女!!」

「年齢バラさないでよ~!!」


「うるさい、黙れ」

「「うべっ!?」」



カルがパチンと指を鳴らした瞬間、レンレンカブレが潰れたヒキガエルのように床に這いつくばり、ニキロールが女的にアウトな顔の歪ませ方でテーブルに突っ伏した。

カルの情け容赦ない重力魔法に押し潰されたのだ。



「わ、分かったますター……静かにするかラ、許しテ……」

「み、右に、同じです~」



満足に息も出来ないのだろう、顔を真っ赤にさせながら二人が謝罪する。

それを見て、カルが仕方ないと言った顔で魔法を解除した。



「はあ、はあ……まさか、魔法を中和するどころか、抜け出すことも出きないなんて……」

「さすが、我がますター……容赦ナい。ところで……どここコ?」



レンレンカブレが改めて周りを見回す。

そこはコールダールに裁きを下した、あの部屋だった。

カルとアランが直ぐに戻ると言う事だったので、シャルダット以下全員、お茶を飲みがら待ってたのだ。



「カル、その女性は誰だい? 君をマスターと呼んでるみたいだが?」

「勝手に付いてきた漫才師です」

「漫才師じゃない、魔術師ネ!! 私、これでも強い、もっと敬って欲しいネ」


「それで、誰なんだい?」


「ふふン、聞いて驚け。私はカル様の下僕! ヨ・ハ・ルル最高の魔術師、だった、レンレンカブレ様ダ!!」



「レンレンカブレ!?」

「あの、希代の魔術師の……?」


「うんうん、いいゾその反応」

「下僕はいいんだね……」



警戒する必要はないと見たのだろう。

アランが苦笑いを浮かべながらシャルダットの脇に腰掛けた。



「それで、君が何故ここに?」


「いい質問ダ、ナイスなミドルよ。私はカル様に自慢の絶対服従魔法を反さレ、見事、下僕へと成り下がったのダ。あはは、ナニやってんだ私!!」



何故か得意気な顔で (ない)胸を張るレンレンカブレを、シャルダット以下、その場の全員が呆気に取られて見た。

レンレンカブレと言えば、このベル・アザルにまで名の通った魔術師だ。

それを服従させた?

もしそれが本当なら……いや、ここに来ている時点で本当なのだろう。

だとすると、ヨ・ハ・ルル側の人的損失は計り知れないものがある。

とは言え、



「カル、害はないのかい?」



シャルダットが当然の心配を口にした。

そんな人間に暴れられては色々と面倒そうだったからだ。



「それはありません。俺の意思に反したり、術式を無理矢理解除しようとしたら、大声で喚きながら全裸で踊れと魂に刻みつけました。こいつが女を捨てない限り大丈夫です」


「女以前に人間終わルわ! ナンてことしてくレてんの、ますター!?」



「まぁ……大丈夫そうだな」



シャルダットが苦笑いを浮かべる。

宮殿騎士団パレス・ナイツ達も同様だ。

カルがやったと言う以上、本当にやったのだろう。

それに、もし何かあってもカルが何とかしてくれる。

そう思わせてくれる信頼感がカルにはあった。

背中を預けた戦友でもないのにそう思えるのだから、不思議なものだった。



「とりあえず、カル……彼女は君に預けよう」

「え?」

「どうした?」

「いえ……承知しました」


「ますター? なんでそんなに嫌そうなんダ?」

「……はぁ」

「溜め息つくナ! ところで……このナイスなミドルは誰なのだ、ますター?」

「……シャルダット・オールドフィール陛下だ」

「それって……国王様?」

「そうだな」

「…………」

「…………」



こほん!と一つ咳払い。

突然バッ!とマントを翻しながら立ち上がったレンレンカブレが、帽子を取って胸に抱え、スッと膝を付いて頭を垂れる。



「お初にお目にかかりまス、陛下。私はピルピーチ・レンレンカブレ。この度、故あってカル様の配下に加わりマしタ。全身全霊をもっテ、この国に尽くす所存デす。以後、お見知りおきヲ」


「今さら格好つけても手遅れだ、ヨ・ハ・ルル最高の漫才師」

「ますターが最初に言ってくれないからダろーーーッ!!」



レンレンカブレの悲痛な叫びが部屋の中に木霊した。





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