7、夜の魔王様 ~静寂なる夜、月明かりの射し込む林の奥で見つめ合うカルとアラン。触れ合う肌と肌。やがて二人の唇が近づき……。 言い方!~
「カル、ちょっといいかい?」
決闘の五日前。
カルとウォルターがリンやバルビエッタ達に稽古をつけた日の放課後。
学園騎士団の会合が終わって解散になったとき、アランがカルを呼び止めた。
「クレア、リン、すまんが先に行っててくれ」
「分かりました。じゃあ、駅で待ってますね。団長、皆さん、お先に失礼します」
「お先に」
「ああ、お疲れ様」
カルとアランに見送られ、クレアとリンベルが部屋を後にする。
それを見て、ダグラスとウォルター、デルの三人も挨拶をかわして足早に部屋を出て行った。
アランの雰囲気から、何か大事な話があると判断したのだ。
「気を使わせちゃったかな?」
「別に構わんだろう。それよりどうした?」
カルが椅子に腰掛けながら尋ねる。
アランの表情から、カルもただ事ではないと察していたのだ。
「じゃあ、率直に聞こう。カルはミランダ様の屋敷について、どこまで気づいてる?」
「……僅かだが、高濃度の魔力が湧き出してるな。おそらくセレス・アリーナの中心を流れる太い地脈が、地表近くに上がってきてるんだろう」
「さすがだね。では、敷地にかけられた結界については?」
「初めは屋敷のセキュリティの為……そう思ったが、地脈に気づいてからは、あれは湧き出す魔力を隠蔽する為の物だと覚った。あそこにいたずらすれば、やりようによってはセレス・アリーナに天変地異を起こす事も可能だからな」
「うん。話が早くて助かるよ。因みにこの事を知ってるのは極一部の人間だけだ。勿論、バルバロッサ卿も知らない筈だ」
「ほぅ……」
「そして、そんな重要な場所である以上、あそこは国有地なんだ。屋敷の回りは信用ある家臣の屋敷で囲み、王国魔術師であったミランダ様に結界を張ってもらっている……というのが正しいね。だから、失くなったラウダ・グリューネ伯爵があそこを借金の担保にするなんて事は絶対にあり得ないんだ」
「やはり、借用書は偽造か」
「間違いなくね」
「それをアランが証言してくれる。だからわざわざ決闘なんかしなくていい。そう言う事か?」
「最終的にはそうしてもいい。ただ、その前に確かめたい事があるんだ」
「確かめたい事?」
「なぜバルバロッサ卿があの土地を欲っしたのか?その意図さ。さっきは知らない筈だと言ったが、知っている可能性もある。そして知った上で欲っしているとなると大変な事になる。何せ、あの土地はカルの言うように、使い方次第で街に甚大な被害を与えられる急所だからね」
「……他国の介入を心配している……そういうことか」
「その可能性も排除出来ないって事さ」
「この事を王国騎士団には?」
「まだ確証がないからね。そこでカルに頼みがある。君ならどんな場所でも出入りが自由だろ?」
「……なるほど。俺に密偵をやれと言う事か」
「俺ではなく、俺達だね」
そう言って、アランがにっこり笑った。
それを受けて、カルが苦笑いを浮かべる。
要は一国の王子が、夜中にこそこそとバルバロッサ邸を探りたいから付き合ってくれ。そう言っているのだ。
こんな楽しい申し出を断る理由などある訳がなかった。
「いいだろう。十時になったら、皆には部屋に籠ると言ってそっちへ迎えに行く」
「ふふ、楽しい夜になりそうだね」
「そうだな」
顔を合わせてお互いくくっと笑い合う二人だった。
※
「ここで合ってるか?」
カルの開いたゲートを抜けると、そこは林の中だった。
およそ五十メートル程先の林を抜けた所に屋敷の灯りが見える。
時刻は夜の十時過ぎ。
カルとアランの二人は、予定通りバルバロッサ邸の敷地内に侵入していた。
「間違いない、バルバロッサ卿の屋敷だ。それにしても、行った事もないのに僕の頭に手を翳すだけで、ここまで安定したゲートを開けるなんて……君は王国魔術師以上だね」
「お前のイメージがいいからだ。クレアの時なんて地上二十メートルに出た。あれはさすがに焦ったよ」
「ふふ……それは災難だったね」
「土の中じゃないだけマシだったがな」
「それは災難じゃ済まなそうだね」
「まったくだ」
「さて、それじゃあ屋敷に近づいて……」
「まぁ、待て。その必要はない」
そう言ってカルはアランの肩を掴むと、おもむろに掌を翳した。
いつの間に取り出したものか、そこには小さな梟の人形が鎮座している。
その梟がスッと翼を広げた。
それに合わせてカルが掌を僅かに上げる。
すると、梟の人形は夜空へ押し出されるようにして飛び立って行った。
「あれは?」
「俺の作った魔道具だ。わざわざ屋敷に近づかなくても、あれが俺達の目になる」
カルがもう一体の人形を取り出し、そっと地面に置いた。
その梟の両目が光りを発すると、程なくして飛んで行った方のライブ映像が空中に映し出された。
「便利だね」
「俺には異世界での前世の知識と竜の叡知があるからな。こういうのも作れる」
「今……何かさらっと聞き捨てならない事を言ったかい?」
「まぁ、そのうち話す。そら、主の部屋に着いたぞ」
スルッと話をかわされた。
まぁ……そのうち話すと言うから、その時を待とう。
そう考えたアランが、スッとカルに身を寄せて映像を覗き込む。
主のコールダールは寝室のソファーに腰掛け、ワイン片手に本を読んでいた。
これといって怪しいところのない、ごく日常の一幕だ。
「アンドリューの方を見てみよう」
アランの指示で映像がスッと窓辺を離れた。
梟が羽ばたいたのだろう。
そのまま屋敷の二階付近を飛び、灯りの点いた別の部屋の欄干へと止まった。
「息子の方はお楽しみの最中だな」
天蓋付きの大きなベッドで裸の女が男に跨がっていた。
他にも二人、こちらは媚びを売るように絡みながらベッドに寝そべっている。
足先しか見えないが、侍らせている男が次男のアンドリューなのだろう。
「特に何か企んでるって感じはないな……思い過ごしだったかな?」
「まぁ、待て。ちょっと聞いてみる」
「聞いてみる? 誰に?」
「そこらの精霊だ」
「…………」
瞑想のように瞼を閉じたカルをアランが覚ったような顔で見る。
もはや聞き直すのもバカらしいのだろう。
そうして待つこと一分、カルがスッと目を開けた。
「一時間程前、ここを出た奴がいる。それも門からではなく、柵を飛び越えてな。そっちを当たろう」
「居場所は分かるのかい?」
「酒場で飯を食ってるそうだ」
「それも精霊が?」
「ああ」
「ホント……君は何でもありだな」
もはや笑う事しかできないアランだった。
※
「あの酒場かい?」
建物の屋根に身を潜めながらアランが尋ねる。
二人はカルの開いたゲートで街の中心部へと戻っていた。
「さっきの梟は?」
「人目が多いからな。それに、お前ならここからでも見えるだろう。店の奥、右手の壁際で、酒も飲まずに串焼きを食ってる奴だ」
「壁際だね……」
カルの指差す先……そこにいる男を見た瞬殺、アランが「なっ!?」と我が目を疑った。
この国に居る筈のない男だったのだ。
「知ってるのか?」
「ヨ・ハ・ルル連合王国のジャック・ボーン司祭。聖堂騎士団の一人だ」
「大物なのか?」
「大物も大物さ。奴が本当にバルバロッサ邸に出入りしてたのなら、間違いなくバルバロッサ卿は黒だ」
「ほう……」
「カル……君の意見を聞きたい。どうするのがいいと思う?」
「そうだな……まず確認だが、奴を殺すとどうなる?国際問題に発展するのか?」
「それはない。他国の領地に勝手に入ってコソコソしてる時点で、殺されても文句は言えない筈だ」
「なら、今日のところは引き上げた方がいいな」
「泳がせておくと?」
「そうだ。棲み家を見張り、出入りする人間を把握する。殺すのはその後だ」
「バルバロッサ邸は?」
「勿論、監視をつけておく。俺の得意分野だ、どっちも任せておけ」
「悪いけど頼むよ。僕はそういうのは苦手でね。それで? 次の手は?」
「明日はバルバロッサ領を見に行こう。他国とつるんでるなら、何かしらの動きがある筈だ」
「バルバロッサ領って……ホント、簡単に言うな、カルは」
「実際問題として簡単に行ける。ただ、事が大きくなりそうだ。父親には一言言っといた方がいいな」
「分かった。それは任せてくれ。じゃあ、取り敢えず……今日は帰るとしようか」
「寮まで送ろう。それとも城のがいいか?」
「いや、寮でいい。城には明日、学園から直行するよ」
「分かった」
※
決闘の四日前。
夜の十時過ぎ。
アランが昨日と同じように寮の部屋で待っていると、昨日と同じ時間に黒い渦が現れた。
そこからカルがスッと現れる。
「悪いね」
「気にするな。父親には?」
「話した。事を起こすまでは僕に一任してくれるそうだ」
「少々の事なら賊の仕業に見せかて誤魔化しとけって事か」
「そう言う事だ。じゃあ、行こうか」
「距離がある。あまり細かくイメージしないで、漠然と街だけ思い浮かべればいい。方角さえ合っていれば、俺が何とかする」
「分かった」
カルが額に手を当てると、アランがスッと目を瞑った。
昔、馬車の窓から見たバルバロッサ領の州都を脳裏に描く。
直ぐに浮遊する感覚に捕らわれた。カルがゲートを開いたのだ。
昨日よりその時間が長いのは距離があるからだろう。
そんな事を考えた瞬間、地に足が付いた。
「酔わなかったか?」
「大丈夫だよ」と答えながら目を開ける。
目の前にはバルバロッサ卿が納める州都、ケルシャンロインの街灯りが広がっていた。
「城塞都市か」
カルが呟く。
城壁に守られた城を中心に街が広がり、その周囲を更に城壁で囲む。
外敵に備えた典型的な街割りだった。
「バルバロッサ領はヨ・ハ・ルルに領地を接してるんだ。先々代が武勲に優れた方でね、外敵の備えとしてここに城と街を築いた」
「それがいまでは敵の尖兵か」
「返す言葉もないね」
「別にお前を責めてる訳じゃない。取り敢えず、城の貯蔵庫を調べよう。戦の準備をしてるなら、武器と食料をしこたま集めている筈だ。それが終わったら、国境沿いの森を適当に見て回ろう。あっちの軍隊が国境周辺にいたら戦争、居なければ内乱って事になるからな」
「分かった。じゃあ、行こうか」
※
「これは……」
城の貯蔵庫で、アランが言葉を失った。
多数の武器が荷車に山と積まれ、ロープで固定されていたのだ。
そして穀物の袋も。
「指示があれば直ぐにでも持ち出せるよう準備してあるな」
「正直、これを見るまでは半信半疑だったよ」
「腹を据えるしかないな。後は国を上げて叩くか、内々に事を済ますかの問題だ。どのみち、判断は国王であるお前の父親がやる。俺達はただ事実だけを報告すればいい」
「……そうだね。カルの言う通りだ……」
「ここはもう見る必要はない。行こうか」
「あぁ……」
カルが自ら開いたゲートにスッと消えて行く。
それを追って、アランもゲートの中へと足を踏み出すのだった。
※
「カル、父に報告したいんだけど、今晩一緒に来て貰っていいかい?」
決闘の三日前。
いつものように学園騎士団に集まった時、アランが紅茶を飲みながら、まるで世間話でもするように誘ってきた。
てっきり重臣達のいる前での会議を想像していたのだが、ゲートを抜けた先は何と国王の書斎だった。
「君がカル・マ・シリングかい? 会えるのを楽しみにしていたよ」
「ーーーッ!?」
カルが驚きのあまり呆然とする。
国王がいたからではない。
国王が気さくに話しかけてきたからでもない。
国王の周りには重臣どころか、護衛の一人すらいなかったのだ。
アランの口添えがあったにせよ、カルを完全に信用していなければ出来ない芸当だった。
<まったく、この親子は…………>
カルがスッと片膝をついて頭を垂れる。
国王にこんな信をおかれては、礼を以て応えるしかないではないか。
「今はプライベートだ。頭を上げてそこに腰掛けてくれ。ここには何の上下もない」
そう言ってシャルダットが笑いながら目の前のソファーを指し示した。
「父上もこう言ってる。さぁ、カル……」
アランに促され立ち上がったカルが、「失礼します」と断ってソファーに腰掛ける。
この辺は例え相手が国王でも物怖じしないカルだった。
「先ずは礼を言っておきたい。君がいなければ、色々と取り返しのつかない事になっていたよ。ありがとう」
「いえ、降りかかる火の粉を払ったついでです」
「ふふっ……ついでか。君にとっては国の行く末より、ミランダ様の方が大事なようだね」
「そこはお許しください。俺を我が子と呼んでくれる大事な方ですので」
「ふむ……我が子と呼んでくれる……か。竜の叡知を授かりし異世界の子供……やはり君だったんだな、カル」
「え!?」
アランが驚いた顔で父を、ついでカルを見る。
一昨日の夜、カルがさらっと流した聞き捨てならない一言、あれを初対面の父が知っていたからだ。
「ご存知なのですか?」
「昔、ミランダ様に話を伺った。戸籍を与える許可もしたからね。クレア・ティンベルの報告書に君の名があったときは目を疑ったよ」
「……そうですか。……そこまでご存知だったんですね。……母上に会うまで、俺がこの国と関わりがあるなんて……まさか身の上を知られているなんてまったく考慮していませんでした。報告書の件は俺の入れ知恵です。クレアには責任はありません」
「気にしなくていい。誰も疑問を持たなかった。良く出来た内容だったよ。他国にもあの通り報告してある。その事は一生胸に仕舞っておきたまえ」
「はい。感謝いたします」
「あの……父上? 説明をしていただけませんか?」
「うん? アルベルトにはまだ何も?」
「知れば迷惑をかけると思いましたので」
「そうか……アルベルト」
「はい」
「彼は異世界からの転生者だ。幼き頃に炎帝竜に拾われ、叡知を授けられたね」
「転生者?」
「ただ、彼は竜の叡知の情報量に耐えきれずに死にかけていたんだ。
それをミランダ様が魔法をかけて助けた。
助けた代償として、彼は十数年の眠りについたんだ。
本来なら魔法が解けるまで、炎帝竜が彼を見守る筈だったのだが、その前に身罷ってしまったのだろう。
結果、魔族達が彼を手にし、彼の魔力を利用して先の戦争が勃発した。
この見解、間違っているかな?」
「ご明察の通りです」
「報告書の入れ知恵というのは?」
「決死隊が魔王を倒したのではなく、魔王として魔力を利用されていた彼が意識を取り戻し、彼の意思で魔族達を殲滅した。そんなところだろう」
「じゃあ……カルが魔王?」
俺には人に言えない秘密がある。それはお前に迷惑のかかるものだ
あの時のカルの言葉が脳裏を掠める。
あれはこういう事だったのだ。
「アルベルト」
「はい」
「お前に問いたい。人を殺めた剣に罪はあると思うかね? 」
「人を殺めた剣に?」
「そうだ」
「……いいえ、剣に罪はありません。罪があるのは、剣を人を殺める道具として使った人の方です」
「そう。その通りだ。……と言う訳だ、カル。君は何も気にしなくてよい。……とは言え、もし君に少しでも罪悪感があるのなら、私に仕え、この国の為に尽くして欲しいかな?」
「それは……申し訳ありません。光栄ですが、その申し出は受けられません。先約がありますので」
「先約?」
カルがシャルダットの横をチラリと見る。
それに気づいたシャルダットが、ふっと笑った。
「我が子ながら、手の早い事だ。なら仕方ない。諦めよう」
「すみません、父上」
「構わんよ。カルはアルベルトの善き片腕となるだろう。父親としては喜ばしい事だ。さて、話が長くなってしまったね。報告をお願いしようか」
「はい。ヨ・ハ・ルル側の人員は騎士が二十一人、魔術師が二十五人。三ヶ所のアジトに別れて潜伏してます。場所は街の北寄りに二ヶ所、東寄りに一ヶ所です」
カルが話し始めるとアランがテーブルに街の地図を広げた。
ペンを手渡されたカルが地図上に丸く印をつける。
城の近くに二ヶ所、ミランダ邸の近くに一ヶ所だ。
「数と配置から察するに、東寄りのアジトの敵が地脈を使って街に災害を引き起こし、残りの敵が王城に侵入、陛下を弑逆する。そんなシナリオでしょう。
ただバルバロッサ卿と連携しているのかと言われると、甚だ疑問が残ります」
「なぜだね?」
「バルバロッサ卿の手の者が少な過ぎます。
災害を引き起こした後、城に駆け付けたバルバロッサ卿が賊を殲滅したと称して王権を握るにしても、一定の戦力は必要になります。
なのに戦力はケルシャンロインに留めたままです」
「城を襲撃するのは、ヨ・ハ・ルルの独断だと?」
「考えられるのは、結託しているのは長男のベリルガットの方で、バルバロッサ卿は利用されているだけ。あちらは完全に戦支度でしたので」
「そうなるとバルバロッサ卿の目的は?」
「王都に災害を引き起こすとしても、そこまで大きな災害になるとは思っていないのではないでしょうか?
ですので反乱ではなく、災害の際の不手際を責め、王家の信用を失墜させて王国内での自分の発言権を強める。そんな権力争い程度にしか考えていないのでは?」
「ふむ……」
シャルダットが腕を組んで思考する。
カルはバルバロッサ卿とヨ・ハ・ルル側との連携が出来てないと言った。
状況から察するに、シャルダットとしても同意見だ。
確かに反乱を起こすには戦力が少な過ぎる。
「ベリルガットの目的は何だと思うね?」
「国の中枢が破壊されれば、地方は自衛を大義名分に好き勝手できます。それこそ、相手が先に仕掛けてきたと称して他領に攻め込むことも」
「ケルシャンロインの独立か」
「地理的にも、経済的にも、ヨ・ハ・ルルはその後ろ楯に持ってこいの相手です」
「ふむ……あまり猶予はないな。決行は屋敷を手に入れたその日か。なら街に潜伏した敵は決闘の前に排除するのが懸命だな」
「決闘前夜。それも人知れず……ですね」
「騎士団は使わない方がいいと?」
「アジトとは別に、街中に連絡員がいる可能性があります」
「なるほど。それで、バルバロッサ領の方は?」
「許可をいただけるなら、明日、俺とアランでケルシャンロインの城に侵入します。目的は長男、ベリルガットの誘拐」
「ふむ……主犯が行方不明になれば、城方はバルバロッサ卿に指示を仰ぐ。それまでは動きようがない。そう言う事だね」
「はい。その間にこちらは片付いてます」
「ふふ……君が味方で良かったよ。ケルシャンロインはともかく、アジトの方はどうするつもりだね? 」
「俺がアジトの中にいる人間を全員、転移魔法で転送します。転送先はアランの目の前」
「なるほど。我が国が誇る竜騎士が手ぐすねひいて待ってると言う訳だ。聖堂騎士団もびっくりだろうね」
「場所は西の郊外を予定してます、父上」
「ふむ……郊外か……」
「何か?」
「俺もすぐに駆けつけます。逃がすことは絶対にありません」
「いや、それは心配していない。考えていたのは死体の方だ」
「死体は土中にでも転移させれば済むと思います」
「ふふ、若いな。死体は外交のカードに使えるよ」
「外交のカードに?」
「……そこまでは、考えていませんでした……」
「よし、場所はリベルダット国立闘技場にしよう。あそこなら広い。アルベルトも殺りやすいだろう。
闘技場には魔術師長のチキチャット・ニキロールに結界を張らしておく。回収もこちらでやる。少しはこちらにも働かせてくれ」
「分かりました」
「では、そのように……」
「しかし、そうなるとわざわざ決闘をする事もないのかな? ケルシャンロインとアジトの件が片付いた時点で、騎士団を使ってバルバロッサ卿を捕縛すれば事が済む」
「いや、それはご遠慮ください。せっかくやる気になってる皆に水を差します」
そう言ってカルが笑う。
何せバルビエッタは恥を忍んで夜這いをかけ、リンベルに至っては魔剣士生命を失う危険まで犯したのだ。
「ミランダ様の子供達か。君の騎士団と言った方が正解かな?」
「リンベル以外は一時的にパスを繋げているだけです。それに、騎士は称号です、陛下」
「私が許す。全員、騎士の称号を与えよう。君の魔力を得た時点で一流だ。もっとも……まだ給料は払わんがな。
だがそうなると、呼称が必要だな。
……確か、あの屋敷には綺麗な薔薇園があったね」
「はい。母上が作り、今はリンベル達が端正込めて手入れしています」
「なら、騎士団の名称は薔薇の騎士団でどうだね?」
「薔薇の騎士団……ですか」
「紋章は後日、提出したまえ」
「では、実力を示したその時に、ありがたく拝命させていただきます」
※
「クレア、お前の顔が見たい。今から来れるか?」
『ふふ、大丈夫ですよ。紅茶でもお持ちしますか?』
「頼む」
『では、用意したら伺いますね』
クレアとの念話を終えたカルがベッド脇のデスクへと移動する。
引き出しを開けてペンとメモを手に取り、つかつかと歩いてソファーに行って深々と腰掛ける。
時刻は夜の十一時過ぎ。
シャルダットとアランの三人で明日以降の打ち合わせを終えたカルは、いつもよりも早くミランダ邸に帰宅していた。
「薔薇か……」
テーブルの上に飾られた一輪の薔薇を見ながらメモ帳に軽くデッサンしていく。
シャルダットに言われた騎士団の紋章を考えているのだ。
薔薇を睨みながら正面から見た構図、真上から見た構図、そして斜め上から見た構図と続け様に三枚のイラストを完成させるカル。
だが正直に言って、いまいちどれもパッとしなかった。
俺にはセンスがないな……と諦めてペンとメモをテーブルに放った時、コンコン!と扉を叩いてクレアが部屋に入室してきた。
「お待たせしました、カル様」
「クレア」
「はい、なんですか?」
「絵は得意か?」
「は? 絵ですか? 写生なら……それなりにできますけど……」
クレアが苦笑いを浮かべながらテーブルに紅茶セットを置く。
表情から察するに、おそらくカルと似たようなものなのだろう。
「あら、お上手じゃないですか」
カルと並んで腰掛けながらクレアが微笑んだ。
テーブルにあったメモ帳が目に入ったのだ。
「いや、リアル過ぎる。もっと砕けたのがいい」
「砕けたの?」
「騎士団の紋章にするんだ」
そこでカルは初めて、この数日の出来事をクレアに報告した。
そして今日、国王シャルダット・オールドフィール本人から騎士の称号を送られる内示を得た事を。
「まぁ……最近夜おそくまで出掛けてると思ったら、そんな事をされてたんですね」
「心配させても何だと思って黙っていた。だがいつまでも教えないでいると気になるだろう?」
「気にはなってましたけど、カル様を信じてましたし……。それに……」
「それに?」
「殿方のやることをあれこれ詮索しないのが、いい女でしょう?」
「ふふ……そうだな……」
「もう! なんでそこで笑われるんです?」
「そんな可愛く拗ねるな、構ってやりたくなる」
「えっ!? 構ってくれるんですか!?」
「構っていいのか? まだ皆起きてるぞ?」
「そこはその……カル様が優しくしてさえくだされば……」
「それは無理だな。お前の可愛いい反応を見ると、俺も抑えが効かなくなる。やはりこの一件が片付いてから家でゆっくりと、だな……」
「ふふ、そうですね……」
クスッと笑ったクレアがカルに抱きつき、チョンと唇を重ねてきた。
今はこれしかできないが、それでも充分幸せなクレアだった。
「クレア……」
「なんですか?」
「報酬の件、すまなかったな」
後ろめたいからだろう。
おかわりのカップを差し出しながら、
わざとそっぽを向いて謝罪するカル。
アンドリューの退学を取り付ける為、クレアを餌にしたことを言っているのだ。
「あぁ……初めは驚きましたけど、カル様は負ける戦はされない方ですし。それに、……もしも負けたら、私を連れて逃げてくださるのでしょう?」
「万に一つも負けないが、もし負けたら奴等を灰にしてとんずらする。俺のクレアに色目を使った時点で万死に値するからな」
「ふふ、大惨事になりそうですね……はい、おかわり入りましたよ」
クレアの差し出したカップを摘まんで香りを楽しみ、くっと一口煽る。
少し温くなったが、それだけに飲みやすい。
おまけに味もいい。
この屋敷の茶葉が良いのもあるが、クレアの淹れ方が上手いのだ。
なんでも神官コースに通っていた時、嗜みとして覚えたらしい。
クレアは料理も出来るし、お菓子やケーキも作れる。
器量が良くて、良く気配りもできて、なによりいつも笑顔が絶えない。
少女のようにあどけなく甘えてくる事もあれば、しっかりとした意見に驚かされる事もある。
そして何より、身体の相性がいい。
一生連れ添うには最高のパートナーだった。
こんな良い女を失うくらいなら、世界を敵に回してもいい。
そう思えるほどだ。
「ところで、カル様?」
「うん?」
「さっきの件ですけど、リンに描いて貰ったらどうですか? 得意そうですし」
「リンか……ふむ、そうだな。あいつなら得意そうだ。ちょっと呼んでみるか」
※
灯りを落とした薄暗い室内で、リンベルが蹲まるような格好でベッドに横たわっていた。
さっきまで一緒だったクレアの姿はない。
先ほど、カルに呼び出されて部屋を出て行ったのだ。
きっと、二人で恋人らしい事をシてるのだろう。
そう思うと、リンベルの胸がきゅっと疼いた。
カルとの魔力契約を結んだあの時、リンベルはカルの愛は望まないと言った。
それは、カルがクレア以外の女性を愛することは決してないと分かっていたからだ。
だがリンベルとて年頃の女の子だ。
諦めから口ではああ言ったが、本心を言えばカルに抱かれたい。
クレアのように頭が真っ白になるくらい、めちゃくちゃに愛されたい。
キスをしながら抱きつき、全身でカルを感じ、身体の奥でカルの愛を受け止めたい。
そんな事を考えていると、知らず知らずのうちに手が伸びていた。
パジャマの上から小さな胸を擦る。
カルが優しく愛撫してくれているのを想像しながら太ももをスリスリと擦り合わせる。
そんな時だった。
『リン! まだ起きてるか?』
「うわぁ!? かか、カル? び、びっくりした!?」
『?? すまん、なんかしてたか?』
「え!? な、ナニもしてない、よ?」
『なにキョドってるんだ。それより今から俺の部屋に来れるか?』
「え……? カルの部屋? 私も……お邪魔しちゃって、いいの?」
『?? 別に構わんぞ?』
「そ、そうなんだ……うん、分かった。でも……」
『でも?』
「シャワーだけ、浴びていい?」
『リン、だいたい想像できるが、それは誤解だと言っておこう。クレアと俺はお茶を飲んでるだけだ。変な想像してないでとっとと来い』
「そ、そうなの?」
『そうだ。紅茶を淹れとく。冷めないうちに来い』
「分かった。ならすぐ行く」
※
「こんなのでどう?」
「上手いな……」
「ホント、上手!」
リンベルから手渡されたメモ帳を見て、カルとクレアが感慨の声を上げる。
カルに頼まれたリンベルが、ササッとペンを走らせて描いて見せた薔薇の紋章。
それは簡素な切り絵風に花びらを表現した、それでいて一目で薔薇と分かる良く出来た代物だった。
「リンに頼んで正解だったな。これで申請しておこう」
「申請? カル、それなにに使うの?」
「俺達、薔薇の騎士団の紋章だ」
「なな、なにそれ!? 」
「実は陛下に内示をいただいた。今度の決闘で俺達が勝つと全員騎士の称号を下される」
「マジで!? 」
「マジだ」
「ならカル! 絶対に勝つから、私の鎧にその紋章入れてもいい?」
「鎧に? そうだな……ちょっと早い気もするが、構わんだろう。ついでにバルビエッタ達や、俺の鎧にもやってしまおう」
「カル様、さっきの話から察するに、私も騎士の称号が貰えるんですか?」
「陛下は俺からパス供給された者達に騎士の称号を下されると言った。ならクレアも当然貰えるだろう」
「ねぇ、クレアの鎧ってどんなの? 」
「そういえばまだ無いな。マルグレーテに与えた装備と同じようなのでいいか」
「ならカル、全員胸当てに焼き付けよう。お揃いになる」
「そうだな。じゃあ、クレア……先ずはお前とマルグレーテのを決めよう。モデルになって貰っていいか?」
「私ですか? 別に構いませんよ……って、 きゃあ!?」
ソファーにお上品に座っていたクレアが、突然足を上げてうずくまった。
カルがパチンと指を鳴らした瞬間、着ていたパジャマが光となって忽然と消えたのだ。
「か、カル様! わざわざ裸にしないで下さい!」
「鎧にパジャマは似合わんだろう?」
「だからってパンツとブラだけなんて酷いです!」
「マルグレーテは胸当てだけだっけ?」
「胸元のプレートアーマーだな」
「なら脱がす必要ないじゃないですか!? ねぇ!ねぇ!」
「カル、クレアの胸がおっきくてムカつ……邪魔だから、ブラとパンツも取り上げよう」
「今、ムカつくって言ったよね!! あとパンツ関係ないよね!!」
「クレア、うるさい。夜だから静かにして」
「酷い!?」
「俺的には魔術師=ローブというのが気に食わんと常々思ってる」
「ならショートブーツにストッキング、ミニスカを黒系でまとめてみたらどう? 」
「それなんだが……こんなのはどうだ?」
カルが再びパチンと指を鳴らす。
するとクレアの身体が光に包まれ、上はTシャツにケープ、下はショートキュロットにニーハイ、ショートブーツという、全体的に黒系統で統一された衣装が現れた。
胸元には、例のプレートアーマーも装着されている。
「あ、いい感じです!」
クレアが喜びを露にする。
正直、上から下までダーク系の衣装はクレアだったら選ばないコーディネートだが、ダーク系統だけに魔術師に見えないこともない。
「気に入ったなら何よりだ」
「でもカル様、なんでこんな衣装を持ってらしたんです?」
「初めて服を買ってやった時、クレアの好みを聞いたらナチュラル系がいいと言っただろう?それ以来、日の目を見ないでいた服だ」
「あぁ……あの時の……」
クレアが遠い昔を懐かしむようにふふっと笑った。
要は初めて抱かれた時、宿でシャワーを浴びてる間に買い揃えてくれた服という訳だ。
「ねぇ、カル……?」
「なんだ?」
「やっぱりこれじゃダメ。クレアは胸の主張が激しいから、プレートアーマーとビキニにしよう」
「ちょ!? 今、いい感じにまとまりかけてたのに、なに言ってるの!!」
「大丈夫、カルも喜んでる」
「…………」←想像中
「カル様!?」
「安心しろ。他の男どもにクレアの肌を見せるのは業腹だと悟った。それより今思ったんだが、学園の制服にプレートアーマーってのも合いそうだな……」
「さすがカル。でもそういう事なら、制服の下はスク水がいい。それで完璧」
「……なるほど」
「いやぁ!? ちょ、カル様! パンツパンツ!!」
再び強制着替えをさせられたクレアが、スカートの裾を慌てて押さえる。
なんかスースーすると思ったら、ノーパンだったのだ。
「制服は持ってきてるが、スク水はないからな」
「分かった。ちょっと待ってて、私の持ってくる」
「無理にスク水着せなくてもいいじゃないですか!」
こうして夜遅くまであーだこーだとカルとリンベルに弄られるクレアだった。
※
「随分と熱心だな、ベリルガット」
決闘の二日前。
時刻は夜の十一時。
場所はケルシャンロイン城の書斎。
父に代わってバルバロッサ領を預かっている長男のベリルガットが、読んでいた資料を閉じて呆れたように来訪者を見た。
ニヤニヤと笑う、妙に人懐っこい顔の男を。
「レンブラか……ノックくらいしたらどうだ?」
「おいおい、城の抜け道まで教えといてそれはないだろう?堅いこと言うなよ」
「……まったく……で?どうした?」
レンブラと呼ばれた男はベリルガットの前に歩み寄ると、一枚の書面をスッと机の上に置いた。
「傭兵募集に応募するウチの兵士リストだ。数は三百人。団長の許可も貰ってる」
ベリルガットが書面を手に取り、中に目を通す。
レンブラの他に名の通った騎士が十人、それに魔術師もいる。戦力としては上々だった。
「そうか。クレバラス殿には感謝すると伝えてくれ」
「あいよ。それとこれは俺からの土産だ」
レンブラはそう言って、今度はポケットの中から小さな包みを取り出した。
「これは?」
「ルリータ産の最上級チーズだ。これがまたワインに良く合う。あれこれ心配してねぇで、これで一杯やって女でも抱くんだな」
「ふっ……」
ベリルガットが思わず笑みを溢す。
キタ・レンブラ……ヨ・ハ・ルルの聖堂騎士団の一人で狂犬の異名を持つ男だ。
礼儀作法はなってないし、言葉使いも馴れ馴れしく、一度キレると手がつけられない。
とても騎士とは思えない性格だが、仲間と認めた相手には妙に気を使うという可笑しな男だった。
「そうだな。今日は久々に一杯やるとしよう」
「そうしろ。長い付き合いになるんだ、せっかくだから長生きしろよ。そんじゃ、俺は帰るわ」
「なんだ?一緒に一杯やらないのか?」
「悪いな、宿に女待たせてんだ」
「ふっ……長い付き合いになるとか言いながら、付き合いの悪い事だ」
「夜は女優先なんだよ」
そう言ってレンブラは踵を返すと、ヒラヒラと手を振って部屋を後にするのだった。
月明かりが差す薄暗い廊下を音もなく歩き、ある部屋の前でスッと立ち止まる。
抜け道へと続く部屋の入口だ。
念のため後ろを振り向いて誰も居ないのを確認し、ドアノブに手を伸ばす。
ぞわッ!!
突然、背中に悪寒が走った。
振り向き様、剣を抜き放って一閃させる。
「……あ?」
そのレンブラの世界がぐるんと回った。
ごん!と鈍い音とともに額に痛みが走る。
目の前に誰かの足が見えた。
何故か地面が近い。
きーーーんと耳鳴りまでする。
なんで?
思考が纏まらない。
視界が段々狭まっていく……。
そこでレンブラの意識は永遠に途切れるのだった。
「瞬殺とは畏れ入る。これでも一応、聖堂騎士団なんだろう?」
カルが首を落とされた男を見下ろしながら尋ねた。
「そうだね。キタ・レンブラだったかな?」
「なんか……俺はお前とも互角に戦えると思ってたんだが、自惚れだったようだ。仕官を選んで正解だったよ」
「ふふ……それこそ謙遜だよ。カルは正面から戦うより、搦め手のほうが得意だろう?」
「まぁ……違いない」
互いにくくっとおかしそうに笑いながら歩き出す。
今度はベリルガットを捕縛する為に。
キィ……
扉の軋む音が書斎の中に小さく響いた。
「レンブラか? だからノックくらいしろと……」
「残念、ハズレだ」
「ーーーッ!?」
再び資料を読んでいたベリルガットがバッ!と顔を上げる。
目の前には黒ずくめの服に黒いコートを着た黒い髪の男……カルが、赤い目で差すようにしてベリルガットを見ていた。
※
「ふんふんふーーーん、ふふっふふっふふーーーん。ふーふーふふふふ、ふーふーふふふふ……」
月明かりが照らす夜空の下に、ご機嫌な鼻歌が響き渡る。
黒いとんがり帽子を目深に被り、黒いローブに身を包んだ、一見すると若い……、
「失礼ね! まだ若いわよ!!」
…………。
「……なに? 呪われたいの~?」
……若く、気品に溢れた凄い美人の女性が、手に持った杖をくるくると回しながら歩いていく。
「そうそう。 ふっふふーーーん!」
その女性が手に持った杖の先で時折トンッ!と壁を突く。
するとそこに真っ赤な魔法陣がパッと広がり、直後にはスッと消えていく。
外部への音と光を遮断し、衝撃を跳ね返し、同時に外部への逃走を禁止する。
一度入ったら出られない。
そんな大規模結界が張られていく。
ヨ・ハ・ルルの工作員を処刑する為に、ベル・アザル王国、王国魔術師長のチキチャット・ニキロールが張っていく。
ここはリベルダット国立闘技場。
決闘前夜。
時刻は夜の八時を少し回ったところだった。
「王子~、終わりましたよ~」
闘技場の中央で仁王立ちするアランにニキロールが告げると、アランがスッと後ろを振り向いた。
「ありがとう、ニキロール。後は僕がやるから、結界の外に下がっていてくれ」
「はーい、分かりました~」
にっこり笑顔のニキロールが闘技場から退場する。
そして、観客席へと続く階段に向かって歩きながら、手に持った杖でトンッ!と床を突いた。
その瞬間、闘技場内に設置された十二個にも及ぶ魔法陣が一斉に起動し赤く浮かび上がった。
「さ~て、見学見学~」
再び杖をくるくる回しながら、ニキロールが階段を上がっていく。
その先は闘技場を見下ろせる通路だ。
キョロキョロと左右を見回し、目的の人物を見つけたニキロールが通路を左に進んでいく。
そこには、これまた剣を杖代わりにして仁王立ちする一人の騎士がいた。
「ニキロール殿、ご苦労である」
厳めしい顔で騎士がニキロールを労う。すると、
「まだ最後に一仕事残ってるけどね~」
と、ニキロールが帽子の鍔を上げてにっこり笑った。
厳めしい顔の騎士はヨハネス・ヴェネグリット。
宮殿騎士団、青の隊隊長だ。
「処刑人は五十人だっけ? お手並み拝見だね~」
「正確には四十六人である。まぁ、王子なら何の問題もあるまい。むしろ我々がいては邪魔である」
「いやいや、私が興味あるのはカル・マ・シリングとかいう魔法使いの方~」
「魔術師?」
「騎士さんには分からないかもだけど~、建物の中にいる人間を、それも複数人同時に転移させるなんて、そうそう出来る事じゃないからね~?だって見えないんだよ~? よっぽど魔力探知能力に優れてないと無理だね~」
「ニキロール殿は?」
「うーん、無理じゃん?」
「無理?」
「予め位置が分かってて、そこから動かないってゆー条件なら出来るだろうけどね~」
「それを、学生が……?」
「あは~、興味出たでしょ? あ、きたきた~!」
ニキロールが手摺に掴まりながら身を乗り出す。
直後、空中に十数個の魔法陣が現れ、そこから人がバタバタと落ちてきた。
「な、なんだ!?」
「どこだ、ここは?」
闘技場に放り出されたヨ・ハ・ルルの騎士や魔術師達が何事かと辺りを見渡す。
部屋で寛いでいたら突然目の前が光り、気付けはここに強制転移されていたのだ。
「これからあなた方を処刑します。理由は分かりますね?」
スッと剣を抜いたアランがずけりと告げた。
それを見て、その場の全員が固まった。
「アルベルト……オールドフィー……」
男の言葉が途切れる。
同時に、その場に転移させられた者達全てがドサッと崩れ落ちた。
アランがサッと二度、三度剣を振るい、全員の首を瞬時に撥ね飛ばしたのだった。
※
その日、ジャック・ボーンは二人の部下と共に外出していた。
城に侵入する際、陽動の為に正門付近の家々に火災を起こす。
その下準備として、借りた部屋に油樽を運ばせてあるのだが、それに異常がないか巡回して確認していたのだ。
何せ決闘の結果によっては、決行は明日に繰り上げになるのだから。
「クレマン、ヤング、腹が減った。飯を食べて帰ろうか」
そう言ってジャック・ボーンが後ろを歩く二人に声を掛けた。
だが、いつまで経っても二人からの返事がない。
不審に思って振り向くが、そこには誰もいなかった。
ついさっきまで一緒にいた筈なのに。
「クレマン? ヤング?」
立ち止まったジャック・ボーンが、二人を呼びながら剣の柄に手を掛けた。
二人が姿を隠す理由がない。
そして、自分に断りもせずにどこかに行く筈もない。
ジャック・ボーンがスッと左を見る。
……誰もいない。
今度は右を見る。
……やはり誰もいない。
小さく息を吐きながら視線を前に戻す。
「……??」
目の前に掌があった。
「ぐあッ!?」
その掌が額に触れた瞬間、ジャック・ボーンの身体は弾かれたように後ろに吹き飛んだ。
「な、何が……?」
身体を起こそうとしたジャック・ボーンの手が何かに触れる。
固く、丸い何かに。
それが何であるかを覚った時、ジャック・ボーンの顔が凍りついた。
クレマンの首だったのだ。
「く、クレマン……? 」
いや、クレマンだけではない。
ヤングの首も転がっていた。
それどころか、見知った顔が何人も転がっていた。
しかも、気づかぬうちに転移までさせられている。
「こいつで最後だ」
「ありがとう、カル」
ジャック・ボーンが震えながら後ろを振り向く。
アランが剣を振り下ろすところだった。
※
「終わったようであるな」
ヨハネス・ヴェネグリットが他人事のように呟きながら頭を下げる。
ニキロールも同様だ。
アランが後は頼むとばかり、こちらに視線を向けたのだ。
程なくして、アランはカルと一緒にゲートの中へと消えていった。
夥しい数の死体を残して……。
「さ~て、お仕事お仕事~」
杖をくるくる回しながらニキロールが階段を降りていく。
あの夥しい数の死体を城の倉庫に転送する。
それが、ニキロールに与えられたもう一つの仕事だった。
「ニキロール殿」
「うん~?」
ヴェネグリットに呼び止められたニキロールが立ち止まって振り向く。
「彼はどうだったね?」
「シリング君~? そうだね~……私なんか足元にも及ばないね~」
「ニキロール殿より?」
「うん。この年で隠居させてもらえそう~って、思える位の腕。正直、予想以上かな~」
そう言ってニキロールはご機嫌に笑うのだった。