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愛と正義の魔王様  作者: たじま
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6、魔王様と薔薇の騎士団 ~はぁ、はぁ、はぁ、カッコいい、カッコいい、カッコいい!! あの、カル様……リンが…… そっとしておいてやれ~


「何だ、お前がアンドリュー・バルバロッサだったのか」



決闘四日前の放課後。

カルが、まるで親しい友人に挨拶するような気軽さで男達を呼び止めた。

先日、バルビエッタに数人がかりで絡んでいた男達だ。

その男達の中心にいる人物、あの時のリーダー格の男がバルバロッサ家の次男、アンドリューだったのだ。


カルの後ろではクレアとリンベルが顔を見合わせている。

カルが、「とりあえず挨拶にいくか」と言うので付いて来てみれば、学園に通うアンドリューに会いに行くという意味だったらしい。



「自己紹介は必要なさそうだな。あの屋敷を賭けた決闘の件で確認がある」

「確認?」

「決闘を行う剣士を家の関係者がフォローするのは有りか否かだ」

「関係者でもない貴様に答える義理はない」

「なら答えろ。俺は関係者だ。なんせミランダ・グリューネの義理の息子なんだからな」

「義理の息子? ふん、そんな戯言が通るとでも……」

「シリングは母の旧姓だ。貴族のくせに、そんな事も知らんのか?」


「し、知っているわ!!」


「そうか、侮辱してすまなかった。謝罪しよう。さすがはバルバロッサ家の子息だ」

「ふん、当然よ。私はアンドリュー・バルバロッサだ。……だがまぁ、良い。それなら答えてやろう。もちろん有りだ」

「そうか。それを聞いて安心した」

「しかし……そう言う事なら話は変わるぞ?」

「ほぅ……どう変わるのだ?」

「勝った際の報酬だが……そうだな……」



そこで言葉を切ったアンドリューが、クレアの胸元から腰、そしてスカートから覗いたふともも、足先へと嘗めるように視線を走らせた。

途端にクレアの背筋をぞくぞくっ!と悪寒が走り抜ける。



「あの女達が負けたら、クレア・ティンベルを貰おうか。グリューネ家の関係者としてこの申し出……当然受けるであろうな?」


「クレアを? ふむ……まぁ、よかろう」

「え?」



当の本人であるクレアが唖然とするほど、カルはアンドリューの申し出を簡単に受けてしまった。

そしてそれは、その場に居合わせた者達も同様だ。

全員言葉を失ってカルを見ている。

唯一の例外はリンベルだった。


「心配ない」


リンベルがクレアの手をそっと握った。

要は負けなければいい。

そして、その自信がリンベルにはあったのだ。



「ふははははははははッ!! 聞いたか皆の者! この者は自分の女を差し出すと言ったぞ! おい貴様、ここにいる皆が証人だ。今さら引き下がれんからな! 覚悟しておけ!!」


「負けなければいいだけだ。それよりこちらの要求だが」


「要求?何の事だ……?」


「あきれた奴だな。お前は新たに勝利の際の報酬を増やした。そして俺はそれを受け入れた。ならこちらも新たに要求する権利が発生したのは当然だろう」


「そ、それは……」


「なんだ?まさか今さら引き下がるつもりじゃあるまいな?王国に名だたるバルバロッサ家の貴族様が?」


「そ、そんな訳があるか! 私はアンドリュー・バルバロッサ!逃げも隠れもせん、要求を言え、要求をッ!!」


「ふむ……即座に覚悟を決めるとは、さすがはバルバロッサ家の一員というところか」

「当然よ」

「では俺の要求だ。こちらが勝ったら、お前にはこの学園を自主退学してもらおう」


「自主……退学?」

「そうだ」


「ふ、ふざけるな!そんな要求が飲めるか!!」



アンドリューが顔を真っ赤にして吠える。

それはそうだ。

この学園は一種のステータスだ。

卒業すれば人生に箔がつく。

貴族にとっては家格が上がるだけでなく、軍部や政界に太いパイプができるというメリットもある。

だがしかし、もし途中退学しようものならどうなるか?

それはその者の人生の終わりを意味した。

この国では一生陽の目を見ない。

それどころか他人からは蔑まれ、家名にも傷がつく。

そんなリスキーな条件を飲める訳がなかった。


だが、こうなることは予見していたのだろう。

カルが懐に手を差し入れ、中から小さな梟の人形を取り出した。

そして、その梟の頭をポンと叩く。

すると梟の両面から光が発せられた。



『私はアンドリュー・バルバロッサ!逃げも隠れもせん、要求を言え、要求をッ!!』



その光が写し出したのは、なんと先ほどのアンドリューの威勢のいい姿だった。



「そ、それは……?」

アンドリューがワナワナと震えながら指差す。


「俺の開発した魔道具、記録装置という奴だ。で……?さっきお前はこう言っていたが? まさか貴族のくせに、臆して前言を翻すつもりじゃないだろうな?」


「そ、それは……」


「ベル・アザル王国に名だたる三大貴族、その一つであるバルバロッサ家の子息が、まさか自分に都合の悪い条件が出た途端、やっぱりあれは無しでしたとかぬかすつもりじゃないだろうな?そんな卑怯な輩が堂々と貴族を名乗ってる訳がないよな?」


「あ……わ……わた…………」


「うん? どうした、声が震えてるぞ?そんなに俺の出した条件が怖いのか? 」


「べ、別に怖くなど……」


「なんだそうか。 さすがバルバロッサ家の一員だな。 俺は心が広いから、さっきの要求を取り下げてやってもいいと、そう思っていたのだが……」


「ほ、本当か!? なら……」


「但し! その時は今回の決闘の一件も白紙にさせてもらう!

その上で、借金の借用書とやらをもう一度法務局にて審査してもらうぞ!

今度はバルバロッサ家の息のかかった者でなく、然るべき人間に見て貰ってな!! 」


「なっ!?」


「分かってるとおもうが、もし偽物だと分かればバルバロッサ家を文書偽造で訴える。

先に審査したとか言う者も収賄の疑いを含めて調査させる

さぁ、どっちがいい? 決闘か? 白紙か?

お前が選べ!!」



「あーあ、完全にカル様のペースだなぁ……」

「なんかカル……手慣れてる?」



だんだん相手が哀れに思えてくるクレアとリンベルだった。







「バカもーーーーーーーーーんッ!!!!」

「ひぃ!?」



バルバロッサ家の屋敷で、主のコールダールが顔を真っ赤にして吠えた。

息子のアンドリューが女欲しさに勝手に報酬枠を増やし、その見返りとしてとんでもない要求を飲まされたからだった。



「何でお前はそうバカなのだッ! 女に目が眩んで勝手な事をしおって! 負けたら学園を自主退学だぞ! その意味も分からんバカなのか、バカ息子がッ!!!」


「だだ、だって父さん……決闘を白紙にされて困るのは父さんだし……」


「お前が余計な事をしなければそんな事にはなっとらんわッ!!!!」

「ひぃ!? ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」



「ああ、腹立たしい!こんなバカの為に儂が苦労をしなければならんとは……」

「ご、ごめんなさい……」

「ええい! 顔も見たくない! 下がれ!!」

「は、はい!父さん!」



アンドリューが頭を抱えるようにして、そそくさと部屋を出ていく。

そしてパタンと扉が閉まると、「はぁ……」と大きく溜め息をついた。



「まったく!……シャルム! シャルムはおるか!!」



「お呼びでしょうか、コールダール様」

扉の外で待機していた執事のシャルムが、扉を開けて恭しく頭を垂れる。



「例の決闘の件……万全を期す事にした。飲み物に毒物だけでは心許ない。お前の進言通り魔術師を使う。場合によっては殺しても構わん。どうせ場所も医師もこちらの手の内だ。理由はどうとでもなる」

「承知いたしました。では、今晩の内に手配をしておきます」

「うむ。それとカル・マ・シリングとかいう魔術師も調べておけ。この件が片付いたら、たっぷりと礼がしたい。念入りにな」

「心得ております。では……」




執事のシャルムが再び頭を下げて部屋を後にする。

まだ気が収まらないのだろう。コールダールはソファーにドカッと座ると、残っていた紅茶を一気に飲み干した。




「出来の悪い息子を持つと大変だな、バルバロッサ卿」

「ジャック・ボーン殿か?」



紅茶をテーブルに置いてから忌々しそうに窓辺を見る。

いつの間にか男が一人、笑いながら立っていたのだ。



「いつからそこに?」

「バカもーんって辺りだ」

「初めからか。趣味の悪い事だな」

「気を使ってると言って欲しいな。ところでさっき言っていた、カル・マ・シリングとかいう魔術師……私が始末してもいいが?」

「ジャック・ボーン殿が?」

「同盟の証……と言いたいところだが、正直暇でね」

「暇なら帰ったらどうだね? 儂に目付けは必要ないと分かっただろう?」

「目付けとは心外だな。こちらは護衛のつもりでいる。大事な大事な同盟者のな」

「ふん、とにかく必要ない。余計な騒ぎを起こされるのは迷惑だ。それに……」

「それに?」

「儂の楽しみを奪うな」

「ふっ……性格の悪い事だ。人の事は言えないな、バルバロッサ卿」

「一緒にするな。これは教育だ。学生風情が我が家に逆らうとどうなるか、きっちり教えてやらんとな」



そう言ってコールダールはニヤリとほくそ笑むのだった。







同時刻。



「父上、お話しがあります」



執務室の机に向かって読書をしていた国王、シャルダット・オールドフィールが、来訪者を見てフッと笑みを浮かべた。

息子のアルベルトが訪ねて来たのだ。


アルベルト・オールドフィール。

この国の第一王子で、またの名をアラン・オリバー。

要は学園騎士団アカデミー・ナイツの団長、アランだった。



「お前が訪ねて来るとは珍しいな、アルベルト」

「実は、父上に確認したい事がありまして」

「確認したいこと?」

「ラウダ・グリューネ伯爵の未亡人、ミランダ・グリューネの、その屋敷についてです」

「グリューネの屋敷だと?」



その瞬間、シャルダットがスッと目を細めた。







「決闘の場所が変わる?何の事だ?」



決闘の二日前。

バルバロッサ家の屋敷で主のコールダールが執事のシャルムを睨み付けた。

何を言っている?

そんな顔だ。



「場所は既に我が家の別宅にて決定している。貴族会にも承認されている。それを、誰が、どのような権限でそのような戯れ事を?」

「そ、それが……シャルダット陛下が、今回の決闘をご覧になりたいと仰せになって……」


「陛下が……? 」

<……誰かが決闘の件を漏らしたか……ちっ!>



コールダールが忌々しそうに眉をしかめる。

さすがに国王直々の沙汰では反対できなかった。



「……それで?場所はどこになったのだ?」

「じょ、城内の闘技場です」


「城内っ!? あんな目立つ場所で!?」

「しかも、希望する者は自由に見学してよいと……」


「バカな!? 家と家の決闘に観客だと!? 陛下はいったい何を考えておられる! 」

「そ、それが……私にもさっぱり……」


「ええい! とにかく、警備員でも清掃員でもなんでもいい、こちらの手駒になりそうな奴を急いで探せ! これでは魔術師を潜り込ませる事もできん!」

「そ、それが……既に闘技場は宮殿騎士団パレス・ナイツにより厳重に警備されており、今から罠を仕掛けるのは勿論、当日に刺客を紛れ混ませるのも困難かと……」


「何だと!?」

「そ、それだけでなく……当日の控室の警備から飲料水に至るまで、全て城方にて手配するとの通達が……」


「そ、それでは……こちらの用意した手は……?」

「全て使用は困難かと……」


「何たる……何たる事だ……これでは万一……」


「コールダール様……いかがいたしましょう?」


「ドレストンだ……」

「は?」


「ドレストンを呼べ! ドレストンだけではない、ライツにハッキネン、それとブルックマンも呼べ!こうなったら小細工なしで、正面から堂々と打ち負かしてやるわ!!」






日は変わって、決闘前日。



「バルバロッサ家のメンツが変わった?前日の今になってか」

「は、はい」

「それで? 誰に変わったんだ?」

「そ、それが……」


マルグレーテが書面をカルに手渡す。

それをバルビエッタやアルバータ、エレノアが後ろから覗き込んだ。

そしてその名を見た瞬間、


「「なっ!?」」


驚きのあまり言葉を失った。



「シュタイン・ドレストンに、バーバリュー・ブルックマン、キラ・ハッキネンにメロリー・ライツ。強いのか、クレア?」

「いずれも王国騎士団キングダム・ナイツの名だたる方々です。特にシュタイン・ドレストン卿は、王国騎士団キングダム・ナイツの十指に数えられる強者です」



「む、無理だ……ジェフリー・キスリングだけならともかく、……これでは、いくらなんでも私達では太刀打ちできない」



アルバータが悔しそうに下唇を噛む。

実際、カルの魔力で強くなったとはいえ、相手は歴戦の騎士。

実力だけでなく、戦いの駆け引きでも引けを取るだろう。

正直、自分達には荷が勝ちすぎだ。



「なりふり構わず来たな。となると、さすがに圧勝は無理か」


「は?」

「圧勝?」



アルバータ、エレノア、マルグレーテがポカンとした顔でカルを見る。

そんな大それた事を考えていたなんて思ってもいなかったのだ。



「カル様、ひょっとして圧勝する気でいたんですか?

「当たり前だ。グウの音もでないほどの力の差を見せつけ、仮面無しでは表も歩けないほど徹底的に恥を掻かせてやる計画だったんだが……万一にも怪我をされては母上が心を痛めるか。仕方ない、とっとと三勝して終らすことにしよう」


「三勝って……王国騎士団キングダム・ナイツ相手に三人勝つなど……」


「問題ない。リン、バルビエッタ、お前達は必ず勝つ。そうだな?」

「はい」

「もちろん」


「という訳でこれで二勝。名目上、エレノアとアルバータには出場してもらうとして……マルグレーテ、お前は下がれ。魔術師だ。恥にはなるまい」


「はい、分かりました。カル様」


「し、しかし、カル様……マルグレーテを下げるとなると、後一人は誰に? まさかカル様が自ら?」

「俺がやってはお前達の溜飲が下がらんだろう?」


「では……誰が?」


「もう一人いるだろう。グリューネ家にゆかりのある、それでいて憤りを感じている最強の助っ人が」


「え?」



ニヤリと笑ったカルが部屋の隅をチラリと見た。

そこには優雅な素振りで紅茶を入れる一人のメイドの姿があった。


「…………?」


「あぁ……」

「なるほど」


「??…………?」



何の事か分からず首を傾げるフィールを見て、なんだか納得する一同だった。








そして、決闘の日はやって来た。


城内の闘技場は国王が観覧するとあり、まさに蟻の這い出る隙間もないほど宮殿騎士団パレス・ナイツによって厳重に警備されていた。

そしてそれは控室も同様で、奇しくもバルバロッサ家の企みを妨げる役目を完璧に果たしていた。

と言うより、バルバロッサ家の企てを阻止するため……と言っても差し支えない警備だった。



その城内の一室。

アランがスッと立ち上がった。

部屋の扉を開けて、国王のシャルダットが入室して来たのだ。



「アルベルト、待たせたな」

「こちらこそ、我が儘を言って申し訳ありませんでした」

「いや、構わん。それより礼を言わなければならないのはこちらの方だ。昨日はご苦労だったな」

「いえ、僕はその場で剣を振り回しただけですので。その言葉はカルにこそお願いします」

「もちろん、そのつもりだ。では彼の騎士団……薔薇ナイツ・オブ騎士団・ザ・ローズの初陣、見学させてもらうとするか」

「はい。お供します、父上」







「これはこれは、態々このような所にまで足を運んで頂けるとは……」



闘技場に隣接したバルバロッサ家の控室。

王国騎士団キングダム・ナイツの十指が一人、シュタイン・ドレストンが立ち上がって来訪者を迎えた。

王国三大貴族であるバルバロッサ家の主、コールダール自らが訪ねてきたのだ。



「こちらで無理を言ったのだ、これぐらいの礼は当然よ。それより今日は頼みましたぞ?」

「お任せください、コールダール様。我ら一同、王国騎士団キングダム・ナイツの誇りにかけ、必ずやコールダール様に勝利の美酒をプレゼントいたしましょう」



ドレストンが胸を張って答える。

その後ろにはバルバロッサ家に使えるジェフリー・キスリングを始め、王国騎士団キングダム・ナイツの頼もしい面々が並んでいた。

これで負ける事など万に一つもあるまい。

勝利を確信したコールダールがニヤリと笑った。







「久しいな、ダグラス、ウォルター、お前達も見学か?」

「こ、これはダグリュース卿!?」



闘技場の観客席で決闘の開始を待っていたダグラスとウォルターが慌てて席を立つ。

声をかけたのが、なんと王国騎士団筆頭キングダム・ナイツリーダーのブラウン・ダグリュースだったのだ。



「ダグリュース卿もこの決闘を?」

「ああ。初めは興味もなかったが、さすがにドレストンまで引っ張り出されてはな……いくらなんでも権力に物を云わせ過ぎだ。腹に据えかねたので、いざという時は加勢させて貰おうと思ってな」


「ダグリュース卿が?」

「加勢を!?」


「そうだ。それに……お前達もそのつもりなのだろう?」

「俺達ですか?」

「聞けば、学園騎士団アカデミー・ナイツの第四席がこの決闘に絡んでるとか?」


「いや、そうなんですけど……」

「たぶん、俺達は勿論……ダグリュース卿の助力も必要ないんじゃないかと……」


「必要ない? 相手は王国騎士団キングダム・ナイツが五人だぞ?」


「まぁ……見てれば分かるといいますか……なぁ、ウォルター?」

「そうですね。とりあえず、ピンチになるまでは戦いを観戦してましょう」



そう言ってダグラスとウォルターは複雑な表情で笑うのだった。







「これより貴族会承認による、バルバロッサ、グリューネ、両家の決闘を執り行う。

両家、騎士道精神に則り正々堂々と戦うように。

それでは第一回戦を始める。先鋒、前へ!」



裁定者の呼び出しを受け、バルバロッサ側の控え席ではメロリー・ライツが静かに立ち上がった。

そのまま入場口から闘技場へと入り、開始線へ至ると貴賓席に向かってスッと一礼する。

シャルダット国王とアルベルト殿下に挨拶したのだ。しかし、



「グリューネ家の方は誰だ?」



ダグリュースが思わず呟いた。

グリューネ側の控え席からは誰一人として立ち上がる気配が無かったのだ。



「いや、来たようです」


その呟きにウォルターが答えた。

グリューネ側の開始線に黒い渦が発生したのだ。

直後、中から一人の女性が現れる。

スラリとした高い身長に、若葉のような淡い緑をした短い髪の女性。

それはカルの召使サーヴァントい、フィールだった。



「何者だ?」

貴賓席へ挨拶を済ませたフィールにメロリーが問いかける。



「私はグリューネ家のメイドで、フィールと申します」

「メイド?」

「あなた様の相手は不肖、この私が務めさせていただきます」



ライツがフィールを一瞥する。

場違いなメイド服に大振りな剣を抱えた女を。



「構わんが、こちらも王国騎士団キングダム・ナイツの誇りがある。手加減はせんぞ?」

「どうぞお構いなく」



フィールはペコリと頭を下げると、剣の鞘を払い、だらりと構えた。




<フィール、母上が留守に気づく前に終わらせろ>

<承知いたしました、カル様>




「なんだ、あのメイド? 剣の持ち方も知らないのか?」



見学していた観客達が思わず呟くほど、フィールの構えは無造作なものだった。

だがそれはそれ。

素人だろうが女だろうが、対峙した以上は全力で叩き潰す。

ライツがスッと腰を落として剣を構えた。



「始めッ!!」

「ーーーなッ!?」



ライツが目を見張って立ち尽くす。

開始の合図とともにメイドの姿が揺らいだ。

そう思った時にはメイドの姿を見失っていたのだ。

ライツに油断はなかった。

なのに見失ったのだ。直後、



ドカンッ!!!

「がはっ!?」



ライツが壁に叩きつけられた。

空間転移かと思うほどの速さで瞬時に移動したフィールが、ライツの脇腹を蹴り飛ばしたのだ。そして、



「ひッ!?」

ズガンッ!!



壁に叩きつけられ、即座に立ち上がろうとした矢先、顔面の横にフィールの剣が深々と突き刺さった。

ライツの歯がカタカタと震える。

頬からツーーーっと血が滴り落ちた。

フィールがその気なら、ライツは完全に殺されていた。

手も足も出ないとはこの事だった。



「私は忙しいのです。敗けを認めないなら、このまま壁ごとあなたの首を斬り落とします」


「ま、参った……」



射貫くようなフィールの眼に睨まれ、ライツが戦意を喪失した。


会場中がシーンと静まり返る。

この場に居合わせた観客全てが呆気にとられ言葉を失っていた。

対戦相手のドレストンやコールダールは勿論、シャルダットや王国騎士団筆頭キングダム・ナイツリーダーのダグリュースも同様だ。

どこの誰かも分からない、それもメイド服の女に、王国騎士団キングダム・ナイツが敗れたのだから当然だ。

それは開始から僅か5秒の出来事だった。



<ご苦労だった。では、母上を頼む>

<はい、カル様>



開始線へと戻ったフィールが鞘を拾って剣を納める。

そして、貴賓席のシャルダットにペコリとお辞儀すると、カルの開いたゲートに消えていくのだった。




「なんだったんだ……あのメイド」


その場に居合わせた全ての者達がそう思った。







「皆さん唖然としてますね」

「ふっ……いい具合に場が暖まったようだな」

「えぇ……? 冷えきってるの間違いじゃないですか?」

「冷えきってるのは向こうだけだ。 なぁ、バルビエッタ?」

「はい」

「次はお前だ。実力の差を見せつけてやれ」

「了解です、カル様」



バルビエッタがニヤリと笑った。







「信じられんが、あのメイドの強さは本物だな」

「はい」

「あんな奴がグリューネ家にいたとは……」

「問題ありません、皆さん。決闘は勝抜き戦ではなく、団体戦。残りのメンツの腕前は知っています。もうこれ以上、ビックリ箱はありません」



そう言って、キスリングがゆっくりと席を立つのだった。







「こ、これより第二回戦を始める。次鋒、前へ!」



闘技場へ足を踏み入れたバルビエッタが、歩きながら左手を真横に翳した。

すると等身大の魔方陣がパアッと広がり、左手から右手へと瞬時に駆け抜ける。

カルに贈られた白い鎧を纏ったのだ。


相手の二番手はジェフリー・キスリング。

互いににらみ合いながら開始線まで進み、立ち止まると貴賓席へと向き直った。




「もう出てきたのですね、ジェフリー・キスリング」

貴賓席に礼を取りながらバルビエッタが呟いた。



「流れを持っていかれると面倒なのでな」

それを受けて、同じく貴賓席へ頭を下げながらキスリングが答える。



礼の終わった二人が、開始線で再びにらみ合った。

バルビエッタは少々緊張しているのか、その表情は硬い。

対して、キスリングの方は口許に笑みを浮かべて余裕の表情だった。

初戦のメイドには正直驚かされたが、残りのメンツは全員知った顔だ。

勿論、その実力も熟知している。

これ以上番狂わせは起きない。

その自信の現れだった。



「すごい魔力ですね」



溢れる魔力を隠そうともしないキスリングを見てバルビエッタが呟いた。

それに答えるようにキスリングがニヤリと笑う。



「その魔力、バルバロッサ家の魔術師とパスを繋げて魔力の底上げをしている。そうですね?」

「ふっ……サポーターがアタッカーに魔力供給するなど、戦場では当然の事。これが家と家の戦いだ。よもや卑怯とは言うまいな?」

「いいえ……それを聞いて安心しました。では、こちらも気兼ねなく」


「なに? 」



直後、キスリングの顔がサアッと青冷めた。

突然バルビエッタから、膨大な魔力が溢れ出したのだ。



「ば、ハカな!?」



キスリングがワナワナと震える。

格下と侮っていた小娘の魔力が、自分よりも上?

王国騎士団キングダム・ナイツである自分よりも?

魔術師数人のブーストを貰っている自分よりも!!



「それは冷や汗ですか?王国騎士団キングダム・ナイツ殿?」

バルビエッタがスッと剣を抜いた。



「嘗めるな!!!」

それを見てキスリングが反射的に剣を抜き放つ。

冷静さを失ったままで。



「始め!!」



裁定者の合図とともに両者が地を蹴った。

様子見などまったく考慮していない。

互いに一撃で相手を倒すべく、すれ違い様に斬撃を叩き込む。

二人の剣が交錯する。



ザンッ!!



両者一太刀。

互いの位置を入れ替え、残心の構えを取るバルビエッタとキスリング。

先に動いたのはバルビエッタだった。

剣先についた血糊をサッと振り払い、そのままスーーーッと鞘に収めたのだ。

直後、キスリングの身体がグラリと傾いた。



「しょ、勝者……バルビエッタ・ニタ!!」




それを見て、コールダールがわなわなと震えた。

まさかの二連敗に、もう後が無くなってしまったのだ。





「よくやった、バルビエッタ」

「カル様のおかげです。ありがとうございました」



笑顔で迎えるカルに、バルビエッタが満面の笑顔で答える。

その向こうでは、脇腹を深々と斬り裂かれたキスリングが担架で運ばれて行くところだった。







「はぁ……情けない。あの程度の魔力の差など、剣の腕でどうとでもなろうに。所詮は飼い犬か」

「ドレストン卿……」

「次は俺が行く。お前達は奴等のような醜態は晒すなよ」


「「はっ!」」



ドレストンが待ちきれないとばかり闘技場へと入場してきた。

それを見て、裁定者が慌てる。



「だ、第三戦を始める! 中堅、前へ!」





「リンベル、油断するな」

「頼みましたよ」

「任せて。勝って騎士の称号も必ず手に入れる」



アルバータとエレノアに背中を押され、リンベルが闘技場へと足を踏み入れる。

相手は王国最高の騎士団、その十指が一人、シュタイン・ドレストン。

だがリンベルに気負いはなかった。



「出たな、悪の親玉」

「言葉には気をつけろ。私は王国騎士団キングダム・ナイツ、シュタイン・ドレストンだ。私の立つ側、それが正義である」



「黙れ! カルに逆らう時点で悪と知れ!!」




「リンベルちゃん、なんかテンション高くねぇか?」


王国騎士団キングダム・ナイツ相手に人差し指を突きつけて啖呵を切るリンベル。

それを見てダグラスとウォルターが苦笑いを浮かべた。

カルに逆らうって……。




「ふん、勝手な言い分を……。だがまぁ、良い。これから力の差というものを教えてやろう。腕の一本は覚悟しておけよ?」



ドレストンが静かに剣を抜き放つ。

そこには油断などまったくない。

さすがは王国最高の騎士団、その十指が一人と言ったところか。




「リンッ!!」


突然カルに呼ばれ、リンベルがスッと後ろを振り向いた。



「遠慮はいらん、かましてやれ!」

「ふふん、承知ッ!!」



ニヤリと笑ったリンベルが、サッと右手を空に翳す。



「戦闘形態、移行!!」



叫ぶと同時に手の先に真っ赤な魔方陣が広がった。

それが頭の上から足先まで高速で移動して瞬く間に紅い鎧を纏わせる。

カルに貰った、例の鎧だ。

胸元には銀色の薔薇の紋章が燦然と輝いている。



「準備オッケー、始めていい」



「は、始め!!」



リンベルに促されて裁定者が開始の合図を出す。

だが二人は動かない。

先の戦いとは真逆の展開だった。



「ふん、俺をライツやキスリングと同じと思うなよ? 王国騎士団キングダム・ナイツ、十指が一人、このシュタイン・ドレストンが、学園騎士団アカデミー・ナイツなど足元にも及ばんということを……」



「ハァッ!!」

ドバンッ!!!!


「ーーーなッ!?」



余裕の表情から一転、ドレストンが急に言葉を失った。

リンベルが気合いを入れた途端、膨大な魔力が溢れ出したのだ。

それは、先のバルビエッタなど比べ物にならない質と量だった。



「あーはっはっはっはっはっはっはぁ!! 」

「な、なんだこの……膨大な力は?」



「漲る魔力!(バッ!)

溢れだす気品!(シュバッ!)

そしてこの素敵に無敵な強者のムーヴ!(キメ!)

あぁ……私は今、確実にカッコいい!!(うっとり)」




「ふ、ふざけるなッ!!」



こちらを見向きもせずに自分 (の魔力)に浸るリンベルに、ドレストンが叫びながら左手を突き出した。

それに気づいたリンベルが咄嗟に左手で顔面を庇う。

直後、リンベルの眼前に大爆発が起こった。



「はははっ! バカめ!格好つけて油断しおって。勝負は既に始まって……なにっ!?」



ドレストンが驚愕の表情を浮かべた。

上半身が吹き飛んでもおかしくない爆裂魔法を食らわせたのに、なんとリンベルが無傷で佇んでいたのだ。

いや、傷はあった。

リンベルが眺める人差し指の先、そこにちょこっとだけ火傷のような赤い痕が……。



「ふむ……今の攻撃は、ちょっとムカついた。しかたない、私の本気を見せてやろう」

「あ、あの攻撃を食らって……あれだけ?」




「 噴けよ炎! 呼べよ焔! 万物残さず灰塵と帰せ! (お願いします、炎帝竜様←小声)

豪火炎帝剣、抜刀ぉーーーーーーーーーッ!!」



ゴバッ!!!!!!

「なっ!?」




リンベルが剣を抜いた瞬間、闘技場が熱気に包まれた。

恐怖のあまり、警備に当たっていた宮殿騎士団パレス・ナイツが一斉に剣の柄を握ったほどだ。



「なななななんだあれは!?」

「けけ、剣から炎が溢れだして……」

「ここまで熱気が伝わってくるなんてよっぽどだぞ!」

「あれ……魔剣じゃないのか?」

「魔剣!? な、何でそんなのを一介の学生が……?」

「知るか!」

「おい! み、見ろ!奴の上に焔が集まって!?」

「ま、まるで……太陽…………」



観客達が信じられないといった顔で言葉を失う。

そしてそれは、バルビエッタ達も同様だった。

仮契約とは明らかに違う魔力の量。

カルの魔力が無制限に使えるという本契約。

その状態で炎帝剣を手にしたリンベルの本気は、自分達とはここまで格段の差があったのだ。





「あーはっはっはっはっはっ!!

見るがいい!恐れるがいい!そしてひれ伏すがいい!!

我こそはカル・マ・シリング、第一の従者! 炎を司る魔剣士、リンベル・ラーゼン!!

今、貴様に、裁きを下す者であーーーるっ!!!」



「そ、そんな……そんな……!? 」



リンベルの操る焔に押されるように、ドレストンが一歩、二歩と後ずさる。

これだけ離れているのに顔が焼けるようだった。

近づく事など到底不可能な膨大な熱量の塊。

人間は太陽には勝てない。それと同じだ。

こんなのに勝てる訳がなかった。



「命乞いなら五秒以内に……って、残念もう時間切れ。灼熱の業火に焼き尽くされて死ぃねぇーーーーーーーーーッ!!!! 」


「ひぃ!?」



暗黒太陽メテオ・稲妻落ストライクとしーーーーーーーーーッ!!!」


「まま、参ったーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」




ポヒュ!!

「へ……? 」



涙と鼻水を垂れ流しながらドレストンが手で顔を覆った瞬間、突然リンベルの焔が消えた。

いや消えたと言うより、剣と共に振り下ろされた焔が突然真横に軌道を変え、黒い渦の中に吸い込まれて、スッと消滅してしまったのだ。

それはまるで小さなブラックホールだった。



「カル、なんで?」



黒い渦が消えるとリンベルが尋ねた。

焔を吸い込んだ黒い渦はカルの横にあった。

要はカルが闘技場に入り、焔を異次元に飛ばしたのだ。



「いくら何でもやり過ぎだ」

「それは問題ない。ちゃんと、寸止めする予定だったから」



「「寸止め?」」

クレアやバルビエッタ達が首を傾げる。



「あんなの寸止めしたところで、相手は消し炭になるのがオチだぞ」



うんうん。

ツッコんでくれてありがとう……と、満足げに頷くクレア達一同。



「むぅ!……カルが遠慮するなって、言ったのに……」

「そう拗ねるな。また今度、全力でやる機会を作ってやる」


「ホント? 分かった。じゃあ、我慢する」

「ふっ……で、裁定は?」



カルが裁定者を振り向く。

そこで裁定者がハッと我に返った。

右手を振り上げ、そのままバッ!と降り下ろしてリンベルを差し示す。



「しょ、勝者! リンベル・ラーゼン!!」




「「わぁーーーーーーーーーッ!!!」」




その途端、闘技場に大きな拍手と歓声が上がった。

皆、ドレストンを破ったリンベルに称賛の声を送っている。

警備に当たっていた宮殿騎士団パレス・ナイツまで我を忘れて拍手しているほどだった。





「リンベル伝説の始まりだな」


歓声を背にカルが右手をスッと上げる。

その手にパチン!とハイタッチして、リンベルが満面の笑顔を浮かべた。



「私じゃない。カルの……ううん、薔薇の騎士団の伝説の始まり」

「ふっ……そうだな」

「とりあえず、ご褒美。頭撫でて」

「今日だけだぞ」

「えへへ」



カルに頭を撫でられ、リンベルが嬉しそうに目を瞑る。

それはリンベルにとって、何よりのご褒美だった。



「さて……後二人残ってますが?」



それを横目にカルが後ろを振り返る。

いつの間にかブルックマンとハッキネンの二人が近づいていたのだ。

それを見て、リンベルもじゃれるのをやめて二人を睨みつける。だが、



「決着はついたのだ、辞退させていただこう」

「我々も義理で駆り出された身でね」


そう言ってブルックマンが苦笑いを浮かべ、ハッキネンが首を竦めた。



「懸命な判断ですね。あっちのように無様に負ければ、王国騎士団キングダム・ナイツ除名は確実でしょうし」

「そういうことだ」



カルやブルックマン、ハッキネンが嘲笑を浮かべながらドレストンを見る。

たった一度、不意打ちで攻撃しただけで剣すら交えずに降参し、あろうことか仰向けで気を失い、失禁までしている男を。

確かに、あんな醜態を晒しては王国騎士団キングダム・ナイツの除名は確実。

それどころか、恥ずかしくて外も歩けないだろう。




「それになにより……」

「君達を敵には回したくはないな」


二人が笑顔を浮かべる。

本人達の言うように無理やり駆り出されただけに、そこには何の蟠りもなかった。



「こんな事がなければ、俺達は誰とも敵対しませんよ」

「肝に命じておくよ」

「それでは、失礼する」



そうしてブルックマンとハッキネンは貴賓席に深々と礼をすると、そのまま退場していった。







「魔剣も驚いたが、凄まじい魔力ブーストだ。だがそれを差し引いても、彼女の実力は確かだ。お前達が私の助力も必要ないと言った理由が良く分かるよ」

「はい」

「彼女の席次は、確か四席だったな? なら彼女を従えるお前達の実力はそれ以上という事か」


「「え……?」」


「ふふ……お前達の入団、楽しみにしているぞ。それではな」

「「お、お疲れ様でした!」」



ダグリュースが階段に消え去ると、ダグラスとウォルターが困った顔で見つめ合った。



「ダグラス……どうする?」

「どうするって……頑張るしかねぇだろ」

「頑張る……か。確かに頑張るしかないな」

「はぁ……それにしてもリンベルちゃん、ハードル上げ過ぎだぜ」

「まったくだ」



この先、卒業まで続くであろう特訓の日々を思い浮かべ、二人は複雑な表情を浮かべるのだった。







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