3、学園騎士団(アカデミー・ナイツ)の魔王様 ~めんどくさい。 誰のせいですか~
ざわざわとざわめく教室。
ここは聖導学園内にある、魔術科、戦闘魔術コースの教室。
そこでは今、新たに編入する事になった生徒について、あれこれと噂が飛び交っていた。
言わずと知れた、カルとクレアの事だ。
元々クレアはその容姿と清楚なイメージに加え、神託によって災害を予見してからは神格化されて、生徒達の間ではセレス・アリーナの聖女とまで呼ばれていた。
そのクレアが昨日、テラスでデキちゃってる宣言をしたのだ。
それも女子の目撃情報によれば、容姿端麗で、落ち着いた雰囲気のかなりイケてる男と。
これで噂にならない方がおかしかった。
おまけに、あのシャルマン・カマンドールが、編入テストで二人揃って学園最高のSランクに推薦したという。
あのクレア・ティンベルが恋に落ちた男とは、いったい何者なのか?
どんなドラマチックな出会いだったのか?
その容姿と雰囲気から、どこぞの国の王子ではないのか?
いや、この国の王家に連なる者らしい。
憶測は憶測を呼び、噂にどんどん尾ひれがついていく。
そんな教室にカマンドールが静かに入室してきた。後ろには噂の二人を伴っている。
途端に雑談がピタリと止んだ。
「編入生を紹介する。カル・マ・シリングとクレア・ティンベルだ。二人とも、自己紹介をしたまえ」
「クレア・ティンベルです。神学科、神官コースから編入してきました。よろしくお願いします」
「カル・マ・シリングだ。よろしく頼む」
「二人とも扱いは編入生だが、現時点で既に君達よりも遥か高みにいる。よって、私は彼らをSランクに推薦し、承認された。彼らに学び、精進するように。以上だ」
そこでカマンドールは言葉を切り、一同を見渡した。
異議を差し挟む者は一人もいない。
「さて……君らにとって私の授業はつまらんだろうが、まぁ……これも義務だと思って我慢してくれたまえ」
「いえ、先生の石柱と多重結界には感服しました。一種の芸術と言っても過言ではありません。色々と学ばせていただきます」
「ふっ……君に言われても嫌味にしか聞こえんが、まぁ、いい。私の知る全てを教えよう」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いします、カマンドール先生」
挨拶を残して二人が席に着く。
この日から、カルとクレアの魔術科での学園生活が幕を上げたのだった。
※
「ここなら良いだろう」
放課後。
カルはクレアを伴って魔術科校舎の裏庭へとやって来た。
人気のない所でクレアの重力制御魔法の訓練をする為だった。とは言え……、
「これは酷すぎるな……」
カルが腰に手を当て、呆れたように裏庭全体を見渡した。
飲み物のカップや食べ物を包んでいた紙くずやティッシュが至るところに散乱していたのだ。
「貴族の人にとっては、ゴミは持ち歩く事なく捨てる物。それを拾うのは従者や平民だと思ってる節がありますので」
「ふん、俺の視界にゴミがあるなど不愉快だ」
「え?」
手近のゴミを拾おうと前かがみになったクレアが驚いて目を見張る。
カルが「精霊よ!」と声を発した瞬間、拾おうとしたゴミがスーーーッと浮かび上がったのだ。
いや、それだけではない。
裏庭中のゴミが空中に浮いていた。
そしてそれらは風に舞い、見る見る大空へと飛んで行ってしまった。
「……カル様? なにをしたんですか?」
「精霊どもに命じて、ゴミを捨てた本人に突き返させた」
「そんな事できるんですか?」
「この世界の人間は大なり小なり魔力を帯びている。それは指紋と一緒で人それぞれだ。精霊どもはゴミに僅かに残っていた魔力の痕跡を元に本人を特定できる」
「へぇ……」
「ついでに精霊どもにはいたずらを許可した。これで少しは捨てた奴も反省するだろう」
そう言ってカルがニヤリと笑った。
それはもう、すごい悪い顔で。
「あの……スッゴいイキイキとしたお顔してますけど、いったいなにをやらせたんですか?」
「具体的にはホットドッグの包みを裏返し、ケチャップの付いた方を尻に張り付けさせたり、水を満たしたカップを頭に被せたり、ビショビショに湿らせたティッシュを顔面に張り付けるよう仕向けた」
「また、そんな嫌がらせを……」
「嫌がらせではない。これは教育だ。俺が通う以上、この学園で悪は認めん。こんな初歩的なマナーも守れん奴は、守れるようになるまで教育する」
「カル様って……ホント、なんで魔王なんてやってたんですか?」
クレアが笑いを堪えきれずにクスクスと笑った。
悪は認めんなんて、とても元魔王の台詞とは思えない。
校舎の向こう側から多数の悲鳴が聞こえてきたのは直後の事だった。
きっと、学園中のゴミが生徒達を襲ったのだろう。
「話が逸れたな。 ではやってみろ、クレア。コツは昨日教えた通りだ」
「はい!」
キッと気を引き締めたクレアが右手を前に突き出した。
そして前方を見据える。
そこには直径五十センチ程の黒光りする球体があった。
それがスーッと持ち上がり、直後にはクレアに向かって一直線に飛んできた。
端から見れば、見えない巨人が球体を持ち上げ、そのまま投げつけたのかと思った事だろう。
その球体が、今度はクレアの手前でピタリと止まると、ズンッ!と地響きを上げて地面に落下した。
時間にして、僅か三秒ほどの出来事だった。
喜びを露にしたクレアが振り返る。
「上出来だ」
「えへへ、やったーッ!」
クレアがピースした右手を高々と上げて満面の笑みを浮かべる。
それはそうだろう。
カルの手解きがあったとはいえ、昨日の今日でここまで出来れば立派なものだった。
何せクレアは今、二つの重力制御を同時に行ったのだ。
一つは自分の周囲に外に弾くベクトルの重力圏を作りあげ結界を張った。
その上で球体を制御し、結界にぶつけさせて球体を弾いて見せたのだ。
カルの膨大な魔力があったとはいえ、クレアの魔術師としての力は本物だった。
「驚いたな。クレア君もそうだが、その球体は私の術だね」
振り向くと、そこにはカマンドールが立っていた。
二人が何やら始めたので、気になって見ていたのだろう。
「カマンドール先生程ではありませんが、石柱を真似して作ってみました」
いたずらのバレた子供のようにカルが苦笑いを浮かべた。
実際、カマンドールの作った石柱はこれより高度なものだった。
土中の岩石を固めるだけでなく、細かく編み込んだ魔力で全体を包み込んで強度を上げていたのだ。
おまけに昨日は、その上に多重結界を張って見せた。
石柱に張った魔術に干渉する事なく三重にだ。
それは大雑把なカルの及ぶところではなく、繊細で細やかな、まさに芸術と呼ぶに相応しいものだったのだ。
それがカルをしてカマンドールに師としての礼を取らせる理由だった。
「先生は土魔法を得意とする、それも防御に特化した家系の方ですね?」
「ふっ、君に隠し事はできんな」
カマンドールがスッと右手を翳す。
すると地面から土が盛り上がり、瞬く間に壁が現れた。
「石柱はこれの応用だ」
「なるほど。ところでその技ですが、その場の精霊を使うのではなく、精霊を召喚してはどうです?」
「精霊を召喚?」
「そうすれば術の強度も、規模も、桁違いになります」
「私は魔術師だ。召喚師ではない」
「別に禁忌という訳ではないのでしょう? それとも、永い年月をかけて培った一族のプライド……というやつですか? 聞こえは良いですが、エレメンタル魔法はそれを行使する時点で大なり小なり精霊を使役しています。今さら召喚しても大差ないのでは?」
「返す言葉もないが、実際そんな事は考えた事もないし、なにより私には召喚術式なんて使えんよ」
「そんな大それた召喚は必要ありません。先生、右手をよろしいですか?」
そう言ってカルが右手を差し出した。
その手をカマンドールが何の気なしに握ると、掌がポウッと光った。
「これは?」
手を放したカマンドールが自らの掌を見る。
何かの術式を刻印されたのだ。
「召喚術式。俺のオリジナルです」
「召喚術式? こんな小さな魔法陣が?」
「土の精霊のみを召喚します。上位精霊は無理ですが、そこらにいる精霊なら召喚できます。それを把握し、一気に魔力を流し込んでさっきの術式を発動させてください」
「…………」
半信半疑ながらも、カマンドールが右手を翳すと、掌に魔法陣が広がった。
カルの授けた召喚術式が発動したのだ。直後、
ズンッ!!
「なっ!?」
カマンドールが我が目を疑った。
先っきとは比べ物にならぬ程の大きさと強度を持った、まさに鉄壁と呼べる代物が出現したのだ。
「クレア、下がっていろ」
「はい、カル様」
カルがクレアの訓練で使った球体を睨み付ける。
直後、それがカマンドールの作り出した壁に弾丸並みのスピードで激突した。
ドガンッ!! と腹に響く轟音と共に、カルの飛ばした球体が粉々に砕け散る。
それはカルの作った球体より、カマンドールの作った壁の方が硬いという事だった。
「こんな秘奥を、赤の他人の私に簡単に譲ってしまっていいのかね?」
「秘奥という程ではありません。それに、一方的に術を盗んだ身としては気がひけてましたので」
カルが照れくさそうに笑う。
それはひどく惹かれる笑顔だった。
クレアも、まるで我が事のように喜んでくれている。
それを見てカマンドールの頬にもつい笑顔が溢れた。
「ありがとう。では遠慮なく、我が術の糧としよう」
「あぁ、いたいた。 おーい、お前ら!!」
突然声を掛けられ、カルとクレア、そしてカマンドールが振り向く。
すると銀髪でガタイの良い男が一人、フレンドリーに手を振りながら近づいてくるところだった。
武術科を表す白地に赤をあしらった制服で、腰には剣を下げ、肩には短いマントを掛けている。
その男と目が合った瞬間、ほんの一瞬だが、カルが眉をしかめた。
そのまま不機嫌そうに男を睨み付ける。
「お前らがカル・マ・シリングと、クレア・ティンベルだよな?」
「そうだが、お前は誰で、何の用だ?」
「あれ?俺の事知らない?」
「知らん」
「クレアちゃんは知ってるよね?」
「ヴェスカライズ先輩……って、くらいしか知りません」
「知り合いなのか?」
「学園騎士団の方です」
「あぁ、昨日言ってたあれか」
カルがチラリと男を見る。
肩から下げた見慣れぬマントは学園騎士団の証なのだろう。
「そんな訳で……俺はダグラス・ヴェスカライズだ。で、用事ってのはあれだ。お前らがいつまで待っても団室に来ないから迎えに来たんだよ」
「来ないからと言われてもな……、場所は知らんし、探す気もなかったからな」
「いや、そこは探せよ」
「ついでに言えば、行く気もない。 お前のように不躾な奴と同行するのはごめん被る」
「か、カル様……少しお言葉が……」
「気にするな。安い挑発に乗ってやってるだけだ」
「挑発……?」
「へぇ? 剣士でもないのに分かるんだ?」
「町のチンピラのように、あれだけ殺気をバラ撒いてればな」
「あの、カル様? いったい……?」
「そいつはニヤニヤ笑いながら、妄想の中で俺の首を何度も跳ねてたのさ。まぁ、妄想の中でしか勝てんから、そんな事をしてるんだろがな」
「言うねぇ。なら一丁、試してみるかい?」
その途端、ヴェスカライズの雰囲気がガラリと変わった。
フレンドリーなものから一変、殺気を帯びたものになったのだ。
「いいだろう。クレア、相手をしてやれ」
「えぇ!? なんで私が!?」
「俺が出るまでもない。お前で充分だ。 カマンドール先生、よろしいですね?」
「双方同意の上なら、私には止める権利がない」
「私は同意してません!」
「では、裁定者をお願いします」
「分かった。引き受けよう」
「えぇ~? あの……ホントに私がやるんですか?」
「力試しにはちょうどいいだろう」
「力試しにSランクって……まぁ、カル様が仰るならやりますけど、お願いですから、危なくなったらちゃんと助けてくださいね?」
「心配するな。初めから全力でいけば絶対に負けん。こんな剣を振り回すしか能のない脳筋ゴリラより、魔術師の方が格上だという事を教えてやれ」
「なんで火に油を注ぐんですか!」
「女を苛める趣味はねぇんだか……掛かってくるなら手加減は無しだぜ」
「あの、そこは手加減していただけると……」
クレアがヴェスカライズをなだめようと愛想笑いを浮かべる。
だがヴェスカライズは貼り付けたような笑顔で睨んでいた。
カルに挑発されて頭に血が登っているのだ。
<もう……カル様もわざわざ挑発することないのに……>
仕方なくクレアも気を引き締めた。
カルの言うように初めから全力全開でいかないと怪我では済まなそうだったのだ。
この辺りは何度も軍に従軍していて肝の座っているクレアだった。
クレアが目を瞑り、大きく深呼吸した。
魔術師は澄んだ水面の如く、心は常に冷静であれ。
カルの言った言葉を心に反芻する。
<大丈夫、カル様が絶対勝つって言ったんだ。私はそれを信じる!>
「どうぞ!」
「こっちもいいぜ」
ヴェスカライズが脱力した姿勢でニヤリと笑った。
足の裏に魔力を貯めて、開始と同時に一気に解放、距離を詰める気なのだ。
<剣を抜くまでもねぇ。クレアちゃんには悪いが、ラッシュ噛まして終わりだ。そんでその後はあいつ……俺が化けの皮剥がしでやるぜ、シリング>
「では……始め!!」
「ーーーなッ!?」
開始と同時に距離を詰めると思われたヴェスカライズが、ガクンッ!と、まるでつんのめるようにして膝を折った。
足の裏の魔力を解放して地を蹴ろうとした瞬間、クレアの重力魔法に捕まったのだ。
<じ、重力魔法だと……? これが? あ、あり得ねぇ……>
家柄上、王国魔術師と手合わせした事もあるヴェスカライズだが、これはそんなレベルじゃなかった。
まるで腿から下を土中に埋め込まれたかのような感覚だった。
足を前に出そうにも、びくともしない。
それどころか、だんだん自分の体重も支えられなくなってきた。
膝がガクガクと震える。
腰がゆっくりと下がっていく。
堪えろ! 手を付けたら終わりだ! !
そう心で叫びながら歯を食いしばる。
何とか上体を起こそうと必死に足掻く。
だがそれも叶わなかった。
このままでは押しきれないと見たクレアが、ヴェスカライズに掛ける重力を更に重くしたのだ。
もはや普通の人間にこの重力魔法から抜け出す事は不可能だった。
ヴェスカライズはやがてゆっくりと片膝をつくと、絞り出すように、
「参った……」
と、負けを認めた。
クレアが「はぁ……」と、大きく安堵の息を吐く。
ヴェスカライズが重力魔法の枷を破って立ち上がりそうで、正直ヒヤヒヤしていたのだ。
「よくやったな、クレア」
「えへへ……疲れました~」
カルに褒められ、クレアが乾いた笑みを浮かべた。
それだけ気力も体力も消耗したのだろう。
そのクレアから視線を外したカルが、今度はヴェスカライズを振り向いた。
「さて、言いたい事はあるか?」
追い討ちをかけるようにカルが問いかける。
だがヴェスカライズは胡座をかき、無言で俯いたままだ。
よほどショックだったのだろう。
と、思っていたのだが……突然パンッ!と膝を叩いた。そして、
「いやぁ、完敗だ! 正直見くびってた! 世界は広いなぁ! あっはっはっは……!」
心底おかしそうに、天を仰いで笑いだした。
学園騎士団といえば、卒業後は王国騎士団の入団テストが推薦人無しで受けられるほどの猛者揃いだ。
それを率いるランクSともなれば、王国騎士団の入団は既に約束されている。
なのに、そのダグラス・ヴェスカライズが手も足も出なかったのだ。
それも格下と見くびっていた魔術師に。
もう笑うしかなかった。
「さっきは悪かった。この通りだ、許してくれ!」
笑いを収めたヴェスカライズが、スッと頭を下げた。
そこには先輩も後輩も、貴族も平民もない。
格上の相手に失礼を働いたなら素直に謝罪する。
これがヴェスカライズの性格なのだろう。カラッとしたものだった。
「分かった。謝罪を受け入れよう。こちらも挑発してすまなかった。 カマンドール先生、裁定者ありがとうございました」
「私は開始の合図を出しただけだ。大した事はしていないよ。しかし、自分で推薦しておいて何だが、クレア君の重力魔法は凄まじいな。まさにSランクに相応しい力だ」
「ありがとうございます」
カマンドールに褒められ、クレアが満面の笑みを浮かべた。
そしてそれはカルも同様だった。
まるで弟子を褒められてるようで、つい頬が緩んでしまう。
なんだが今日は満足したから、もう帰るか。
そんな流れになりそうな雰囲気に、
「えーと……話が纏まったところでいいか?」
と、ヴェスカライズが慌てて話しに割って入った。
「これは俺の頼みなんだが……一緒に団室に来てくれねぇか?」
「そういえば、そんな話だったな。すっかり忘れていた」
「そんな気がしてたわ」
「はっきり言おう。俺は学園騎士団に興味がない。興味があるのは、クレアと放課後のお茶をどこでするのかと、その時何を食べるかだ」
「へえ、ならちょうどいい。今日のお茶は団室のテラスにご招待って事でどうだ?」
「団室って、テラスがあるんですか?」
「あるぜ。学園騎士団の本営は別棟だ。庭には噴水もあるし、今はバラが見頃だぜ?」
「カル様!!」
目を爛々と輝かせたクレアがカルに振り向いた。
その顔に、「お前の為を思って言ってるんだがな?」と一言言ってやりたかったが、口から出たのは別の言葉だった。
「……分かった。招待されよう」
※
カル達の案内された学園騎士団の本営は、学園敷地のほぼ中央に位置する、大きな時計塔の北西にあった。
その屋敷はヴェスカライズの言うように学園の校舎とは完全に別棟で、柵で仕切られて門扉まである。
それどころか、明らかに罠が仕掛けられていた。
やり過ぎな気はするが、これも有事に備えての事なのだろう。
建物に向かって右側には詰所と練兵場があり、今も剣檄を交える音と掛け声が響いていた。
「お疲れ様です、ヴェスカライズ隊長」
「お疲れさん!」
まるで自宅のような気軽さで屋敷に入ったヴェスカライズは、警備にあたる団員達に見送られながら西側へと続く廊下に進んだ。
角を曲がり、窓に沿って暫く進むこと一分。
前方に一際目立つ重厚な扉が見えてきた。
それが学園のSランク達が集う、学園騎士団の中枢だった。
「帰ったぜ~!」
ノックもせずに扉を開けたヴェスカライズを、
「お帰りなさい、ダグラス先輩」
と、紅く短い髪の女剣士が無表情に出迎えた。
「あれ、リンベルちゃん一人? アランは? ウォルターとデルもいねぇけど?」
「さっき学園長に呼び出されて出掛けた。ウォルター先輩とデルは付き添い」
「ありゃ、行き違いか。 まぁ、いいや。先にリンベルちゃんだけ紹介しとくか。例のカル・マ・シリングとクレア・ティンベルだ」
「カル・マ・シリングだ」
「クレア・ティンベルです」
「よろしく」
リンベルと呼ばれた少女がペコリと会釈する。
「で、こっちの美人だけどツンツンしてんのが……」
「セクハラです、ダグラス先輩」
「えぇ、今ので?」
「うん、セクハラ」
「あぁ、もうしゃーねぇな。この女剣士は騎士団四席、リンベル・ラーゼンだ」
「セクハラ」
「どこが!?」
「??……はて? 言われてみれば……ちょっと失言。どうもダグラス先輩に名前を呼ばれると、つい反射的にセクハラだと思ってしまう。不思議……」
「それって、酷くねぇか? ねぇ、クレアちゃん」
スルッ!
「およ?」
同意を求めて肩に手を掛けようとしたダグラスの手が空を切った。
クレアがスッと肩透かしを食らわせたのだ。
そのまま貼り付けたような笑顔をダグラスに向ける。
「すみません、カル様以外はちょっと……」
「それがスキンシップだと思ってるなら大間違い。注意して、セクハラ第二席、セクハライズ先輩」
「間違った紹介やめてくれねぇかな!?」
「失礼、セクハラ第二席、ダグラス・セクハライズ先輩」
「そこじゃねぇよ!」
「?? ……セクハラにかけては、第一席……? 」
「なに可愛く首傾げてんだ!セクハラが余計なんだよ!」
「大声出さないで。妊娠しちゃう」
「するか!」
「なんだここは?」
「あはは……」
なんだか漫才を始めた二人を見てカルが呆れ、クレアが苦笑いを浮かべる。
これが厳格で知られる学園騎士団の中枢?
……もう、帰るか?
と本気で思うカルだった。
「おっと、いけねぇいけねぇ。シリングが呆れてるわ。リンベルちゃん、とりあえずお茶にしようぜ」
「お茶? 歓迎のお茶会なら用意できてる。でも新団員たるもの、団長の帰りを待つべき」
「あぁ、この二人な……実は入団じゃなくて、ただお茶飲みに来たんだわ」
「お茶を飲みに?入団の挨拶じゃなくて?」
「最初は力ずくで連れて来ようとしたんだけどよ……」
「今度はパワハラですか? パワハライズ先輩」
「それはいいから! とにかく力ずくで勝負して、負けたちまったから、仕方なく頼み込んでお茶しに来て貰ったんだよ」
「負けた? ダグラス先輩が? じゃん拳?」
「いんや、ガチの勝負だ」
「ガチで?……ふーん、魔術師とはいえ、Sランクは本物みたい。シリングさんは、どんな魔術でダグラス先輩を?」
「いや、負けたのはクレアちゃんの方」
「え……?」
「まぁ、実際にはあれは引き分けだろうな。よーいドンで始めれば、遠距離主体の魔術師の方が遥かに有利だ」
「つってもなぁ、同じ土俵に上げて貰えなかったからな。負けは負けだ」
「ダグラス先輩が? 同じ土俵に、上げて貰えなかった?」
「重力魔法さ。クレアちゃんのはすごいぜ?なんせ俺はスタートラインから一歩も動けなかった。って訳で負けを認めて、お茶に誘ったって訳だ。悪いがお茶の用意してくれるか?」
「そ、そうですね。 そういうことなら、お茶にしましょうか」
※
「いいお庭ですね」
クレアがうっとりした顔で目の前の庭園を見回す。
林に囲まれ、色とりどりのバラが咲き乱れて噴水まである。確かに見事なものだった。
なんだか放課後に、〃ここでタダでお茶が飲める〃という特典だけでクレアは入団しそうな雰囲気だった。
「スコーンもある」
「ありがとうございます、リンベルさん」
「同じ学年なんだから、さん付けは必要ない」
「なら、リンでいい?」
「別に構わない。ところでクレアって、あの神官のクレアでしょ?」
「え、えぇ……」
「神様の加護を失って、魔術師になったって聞いてたけど、そっちの才能も凄いんだ」
「まぁ、正直言うと……魔力はカル様のなんだけどね」
「シリング君の?」
「俺もカルでいい。その代わり、俺もリンと呼び捨てにする」
「分かった」
「いいねぇ、名前で呼び合う。これが仲間ってやつだな」
「ダグラス先輩が呼んだら、セクハラで訴えます」
「なんでだよ!」
「おい、ダグラス。そこのスコーンを取ってくれ」
「やっぱなしだ! なんかお前に言われると無性に腹立つわ!」
「だろうな」
「ホント……なんでお前はそんなに偉そうなんだ?」
「強いからだ」
「あぁ、もう分かった。お前はそれでいいや。ところで、さっきの話の続きだけどよ……」
「セクハラにかけては第一席だそうだな?」
「そこまで戻んな!」
「あれって本当なの、リン?」
「うむ。セクハラにかけては学園最強の剣士。息をするようにセクハラをする。ついた二つ名が、歩く天然性的嫌がらせダグラス・ヴェスカライズ!」
「嘘だろ!? 俺、そんな二つ名で呼ばれてんのか!?」
「ホントのようなウソの話し」
「ウソじゃねぇか!?」
「でも二つ名って、あるだけでカッコいいよね」
「こんなのカッコよくねぇよ!」
「俺の名前はダグラス・ヴェスカライズ。人は俺を、歩く天然性的嫌がらせと呼ぶぜッ!! (ニヤリ)…………どう? カッコいい?」
「……はっきり言って、サイテーかな?」
「やっぱり?」
「よく考えたら、セクハラだもんね」
「通報案件」
「だから言ってんだろ!!」
「お前達、それくらいにしてやれ。ダグラスが吠えるとせっかくの紅茶が不味くなる」
「はい、カル様」
「分かった。カル」
「何で俺がアウェイなんだよ!?」
「それで、さっきの続きだが……」
「聞けよ!」
「結論から言えば、俺とクレアはパスで繋がってる。それによって俺の魔力を常に引き出せる」
「隷属契約?」
「そんなものはしていない」
「……それって、ひょっとして……十八禁的なヤツでパスが繋がるっていう、あれ?」
「そうだ。相性が良いのもあるがな」
「ふーん、それで魔術師に転向ね。じゃあ、御神託ってのはもう無くなったのかい?」
「どうでしょう? そうホイホイ下される物でもなかったですし……」
「それより、クレア」
「なに?」
「いつ結婚するの?」
「えーと……(チラリ)」
「本当は十八になったら直ぐと思っていたが、学園に通う事になったからな。とりあえず、卒業してからだ」
「えへへ~~~!」
クレアが満面の笑顔でカルに寄り掛かった。
はっきりと結婚を口にしてくれて嬉しかったのだ。
それを見てダグラスとリンベルもつい笑顔になる。
なんか恋人同士もいいな……と、本気で考えさせられる二人の仲の良さだった。
その時、
「お待たせ」
金色の髪の青年が二人の男を引き連れてテラスへと入ってきた。
それを見て、ダグラスとリンベルが慌てて席を立つ。
「お帰りなさい、団長」
「お疲れさん!」
「ただいま。君達がカル・マ・シリングとクレア・ティンベルだね? 話はリンベルから言遣って聞いてるよ。ああ、そのままで!」
そう言って笑うと、団長はダグラスとリンベルの間にスッと腰かけた。
それを見て、腰を上げかけていたカルとクレアも腰を降ろす。
「先ずは自己紹介かな? 僕はアラン・オリバー。学園騎士団の騎士団長をしている。アランと呼び捨てにしてくれ。君達と同じ二年生だ」
「カル・マ・シリングだ。故あってクレアと縁を結び、なぜかこの国の王より入学許可を貰ってここにいる。魔術師だ。カルでいい」
「よろしく、カル」
「あぁ」
「えーと、クレア・ティンベルです。カル様に命を助けられて、縁を結んで、神官剥奪されたんで魔術師になって、それでここにいます」
「よろしく、クレア」
「はい、よろしくお願いします」
「彼らも紹介しよう。そっちの栗色の髪の剣士、彼は第三席のウォルター・マンフレット、三年生。
それで後ろの藍色の方がデルニック・ミストバーン。体術が得意な双剣使いで彼も同じ二年だ。席次は五席」
アランに紹介され、二人が軽く会釈をする。
「以上、我々五人が学園騎士団の幹部、ランクSという訳だ。他にダグラスとウォルター、デルの下に各々七人の団員がいるが、まぁ……それは追々紹介しよう。 計二十六人で、学園騎士団だ。
と言う訳で、リンベル……自己紹介も終わった。改めて皆にお茶をくれるかい?」
「はい、団長」
「私も手伝います」
「ありがとう、クレア。でも大丈夫だから座ってて」
「そう?」
「君達は客人だ。遠慮しないで寛いでいてくれ」
「は、はい」
「それより悪かったね。ダグラスが粗相をしたんだって?」
「いや、それは……てかリンベルちゃん、そんな事まで言付けしたのかよ……」
「必要でしたので。それとセクハラです」
「えぇ……?」
「相手はクレア。 しかも、ダグラスが手も足も出なかったんだって?」
「なにっ!?」
「ダグラス先輩が……?」
ウォルターとデルが驚いてクレアを、そしてカルを見る。
ダグラスが手も足も出なかったとなると、クレアは確実に第二席の実力がある。
そして、おそらくはカルも……?
「君はもっと強いんだろうね、カル?」
「そうだな。俺はもっと強い」
「だろうね。魔力の量で言ったら、君は僕の倍はある」
「団長の倍ッ!? 」
「嘘だろ?」
「本当さ」
「魔力が見えるとはな……さすがは竜騎士だ」
ガチャン!!!
「??……え?……え?」
驚いたクレアがキョロキョロと周りを見る。
リンベルがティーポットを落としたと思ったら、アラン以外の団員が揃って立ち上がり、剣の柄を握ったのだ。
「そう殺気立つな。誰にも話さん」
平然と紅茶を飲みながらカルが告げる。
アランがコクンと頷いた。
それを見て、ダグラス達も静かに腰を降ろした。
「しかし驚いたな。なんで分かったんだい?」
「俺は魔力が見えるだけでなく、色を識別できる。風の精霊ほど薄くなく、エルフのように深くない緑。そして宝石のように輝くエメラルドグリーンは暴風竜特有のものだ」
「そこまで分かるとは、ますます驚きだ」
「魔力量が半分ってのは謙遜しすぎだな。三分の二近くはあるだろう」
「おいおい、三分の二って……マジでアランより上なのかよ」
「加えて強靭な身体。この国の王家はみなそうなのか? 」
「……隔世遺伝でね。竜の血が現れたのは僕だけだ。それも数十年ぶりさ」
「ふっ、そうか……」
「カル様……なんか、ホッとしてます?」
「さすがに竜騎士がホイホイいたら俺でも勝てん。とっとと逃げ出すか、頭を下げて家臣になるかの二択だからな」
「僕一人なら勝てると?」
「俺は戦いを好まん。が、売られたケンカは買う主義だ。俺は強いからな。結果は考慮しない」
「良かった。僕もケンカは嫌いだ。ならこれならどうだろう?」
そう言って、アランがスッと頭を下げた。
「なんのつもりだ?」
「頼む。僕の家臣になってくれ。この先、君の力が僕には必要だ」
「お、おい……」
ダグラスが慌てて腰を上げる。
カルが見抜いた通り、アランはこの国の王子だ。
それが頭を下げるなど、あってはならない事だった。
「どこの馬の骨とも分からん初対面の男に頭を下げるなんて、正気か?」
「正気も正気さ。それだけ君が気に入ったんだ」
「それと言葉を間違えているぞ? 家臣ではなく団員だ」
「間違えてなどいないさ」
顔を上げたアランがカルをじっと見つめた。
その目を、カルが負けじと睨み返す。
言い間違いではないとアランは言った。
要は、ここで臣下になってくれとカルに頼んでいるのだ。
素性も知れない男に、将来の王が頭を下げて。
やがて根負けしたカルが「はぁ……」とため息をついた。
「とんだお人好しもいたものだ。お前達の気苦労が知れる」
「まぁ、こうだから仕えられるんだがな」
「ですね」
ダグラスとリンベルが苦笑いを浮かべた。
チラリとウォルターとデルを見れば、二人も満足そうに笑っている。
それだけこのアランという男に惚れているのだろう。
「臣下の件は待ってくれ。俺には人に言えない事情がある。それはお前に迷惑のかかるものだ。だが学園騎士団には入ろう」
「分かった。期待して待ってるよ」
「ふっ……クレア!」
「はい」
立ち上がったカルがテーブルの横にスッと移動した。そして片膝をつく。
クレアはその後ろに両膝をついて項垂れた。
「我ら、カル・マ・シリングとクレア・ティンベル両名、学園騎士団への入団を希望します。団長、許可を」
「許可しよう。歓迎するよ、カル、クレア」
こうして、秋風の吹き始めた十月……元魔王は、学園入学二日目にして学園騎士団へと入団するのだった。
おまけあとがき。
「ところでアラン、学園長の呼び出しって何だったんだ?」
「ああ、さっき学園全体を覆う結界が発動し、学園中のゴミが生徒達を次々と襲ったんだ。その件についてだよ」
「あぁ、あれか」
「まったく、だれがやったんだか。 うちの団員も何人か被害にあってるぜ」
「あぁ、あれをやったのは俺だ」
「は?」
「カルが……? 」
「いったい、何であんないたずらをしたんだい、カル?」
「この学園は良い所だが、ゴミのマナーがなっていない。だから精霊を使い、ゴミを捨てた本人にそのままゴミを突き返させた。それだけだ」
「じゃあ、被害にあったのは……」
「ゴミを捨てた奴だけだ」
「なるほど。完全に自業自得。弁解の余地もない。私も学園中のゴミには憤りを感じてた。カルの行いは完全に正義、まさに学園騎士団に相応しい所業。みんなもそう思うよね?」
「「ま、まぁ……?」」
「じゃあこの件は、学園の妖精さんによる些細な反抗と言う事で解決。カル、この魔法は一日一回、できればお昼時間の終了間際に発動させて」
「ふっ……俺も小さな悪からコツコツと正さねばならんと思っていた。その件、承知した」
「よろしく」
「そういえばカル様、この学園って飲み終わった空き缶をポイ捨てする人もけっこういるんですけど」
「なに!? そんな輩もいるのか?」
「地上に落ちた瞬間、鼻柱に向けて跳ね返すなんてどう?」
「うむ、それでいこう」
「……なんか」
「だんだんヤバくなってねぇか?」
「ですね……」
「ところで、カルに相談。この街中の犬のうんちを、飼い主に突き返す事は? 」
「ふっ、もちろん可能だ」
「じゃあ、頭の上に」
「いいだろう」
「ちょ!?」
「それだけはやめてくれ!!」