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愛と正義の魔王様  作者: たじま
2/17

2、学園の魔王様 ~カル様の制服、似合いますね。 元がいいからな。それよりスカート短くないか?~


「あれがクレアの生まれた街か」

「はい。セレス・アリーナです」



柔らかな風が頬を撫でる丘の上で、カルとクレアが遠くに見える街を望んでいた。

時刻は午後の一時を少し回った頃だろうか?

空は晴れ渡り、雲一つない青空がどこまでも広がっていた。




城壁で囲った大きな城を北側の斜面に据え、その南側に扇状に広がるようにして

セレス・アリーナの街はあった。

途中、城壁で区切られてるのは、貴族達の居住区なのだろう。

街外れの東側には馬を飼う牧場も見える。

それらを取り囲むように街の東と北は小高い山が連なり、北から伸びた尾根の先端が街の北西に張り出している。

逆に西から南にかけては平野部で、西から流れてきた大きな川が北からの支流と合流、緩やかに弧を描きながらセレス・アリーナの西側を嘗めるようにして流れていた。

東側にも西側ほどではないが川が流れていて、ちょうど二本の川に挟まれた中洲のような所にセレス・アリーナの街はあるのだった。

どちらの川にも橋を掛け人の往来ができるようにしており、川向こうも街が広がっている。

だが主な往来は地形の開けた南側、つまり今いるこの丘の方角だった。



<背後が山で、左右はそこそこ大きな川か。要衝ではあるが、俺の広域魔法なら造作もないな。それよりあれは線路か? となると、工業の近代化が始まってるようだな……>



元魔王の性でそんな事を考えてると、


「カル様、ここからは歩いて行きましょう」

とクレアに声をかけられた。



「別にまたゲートを開いてやっても構わんが?」

「いえ、街の入り口に検問所があって人の出入りをチェックしてます。なので、ここからは歩かないと」

「そうか。まぁ、天気も良いし、散歩がてら行くか」

「はい!」



カルが差し出した手を、クレアが嬉しそうに掴む。

仲睦まじく手を繋ぎながら、二人がゆっくりと丘を下っていく。


カルとクレアが契りを結んだあの日から一ヶ月が経過していた。

その間、二人は辺境の町で宿を借り、そこで楽しく暮らしながら互いの愛を深めあって過ごしていた。

そうしなければならない理由があったのだ。

なぜなら敗退した兵達がセレス・アリーナに帰り着くのに約二週間掛かる。

それより先にクレアが街に帰ってしまうと、いろいろ不都合があったからだった。




「ベル・アザル王国、その首都か。でか……まぁまぁ、栄えてはいるようだな」

「カル様のお城に比べたら雲泥の差でしょう? だってあそこ、なんにもなかったですもんね」

「余計なお世話だ。で?これからどうするのだ?」

「取りあえず、事の顛末を報告しないと」

「報告?」

「この国は連合軍として、三百人の騎士団を筆頭に兵士千五百人を魔王軍討伐に派遣してたんです。私はその一員でした」

「兵士でもないクレアが派遣?」

「言ってませんでしたね。私、元神官だったんです。お祈りしてると希に御神託があって……」

「神託? その日の天気でも教えてくれるのか?」

「大雨なら過去に一度。まぁ、そんな感じで、ちょっとした未来予知ができたんです。軍ではけっこう重宝されてたんですよ? 」

「だろうな」

「今回はまったく役に立ちませんでしたけどね……」

「俺がいたからな。ところで、さっきの口振り……もう神官ではなくなったのか?」

「え? あぁ……そうですね。純潔を失いましたので……」

「ふん、くだらん。その程度で資格を失うとは、神様とやらもずいぶん心が狭いな」

「神様ではなく教会……って、言った方が正解ですね」

「同じことだ。まぁ、代わりに俺の加護はついたんだ。それで我慢しろ」

「カル様の加護……?」

「身体の奥であれだけ俺の精を受け続けているのだ。身体中に魔力が漲っているはずだか?」

「私に魔力が? うーん、どうだろう……今まで魔法なんて使えなかったし……良く分かりません」

「まぁ、そのうち分かる。それよりこのまま行くのか?」

「まさか。取りあえず私の家に行きましょう」

「ほぅ……? その年で持ち家か。立派ではないか」

「集合住宅の一室ですけどね。そこで文を認め、使いを出して軍に報告します。陛下が謁見したいと仰せになられたら、その時は登城ですね。一人住まいなんで、気兼ねしないで寛いでください」

「お前の手料理が食えるのか。それは楽しみだ」

「はい。楽しみにしててください」



そう言って、クレアはにっこりと笑うのだった。







執務室の机に向かい、この国の王、シャルダット・オールドフィールがクレアの報告書に目を通していた。

その目の前では軍務を司る大臣が、一言も言葉を発することなく、ただじっと王が読み終わるのを待っている。




クレアの認めたのは報告書というだけあって、その文は長文だった。

かいつまんで言えば、


連合軍は魔王軍との決戦に挑んだものの、力及ばず敗退したこと。

しかし、連合軍を率いていた騎士団長、ペール・バーンは諦めず、兵の中から決死隊を募り、最後の手段に出た。

即ち、捕虜になったのを装って油断させ、魔王城に乗り込み、魔王本人を討つ。そう言う作戦を立てたこと。


その時、自分は怪我をして決死隊からは外されてしまったこと。


そして結果的に、決死隊は魔王を討ち取ったか、或いは相討ちになったのだろう。

その時放出された膨大な魔力で付近一帯に大爆発がおき、魔王軍は城ごと跡形もなく消え去ってこの世から消滅したこと。


それらの事が事細かに認められていた。



そして最後に私事ではありますが……と前置きした上で、


怪我をした自分はカル・マ・シリングなる魔術師の青年に助けられ、手厚く看病をされるうちに恋に落ち、それゆえ神の加護を失ってしまいました。

誠に申し訳ありません。


そう謝罪の言葉で締めくくられていた。




「このレポート、どう思う?」

読み終わった報告書を閉じながら王が尋ねた。


「逃げ帰った兵の証言と一致しております。ティンベルの報告、まず間違いはないかと……」

「そうか……なぜ魔王軍が消滅したのか謎であったが、連合騎士団長、ペール・バーン殿が、その身を犠牲にして世界を救ってくれたのだな」

「はい。まさに騎士の鑑のような御方でありました」

「うむ。この件、連合を組んだ他国に急いで知らせよ」

「は!」

「ついでに動向を調べるのも忘れずにな。共通の敵がいなくなると、ちょっかいを出す国が現れるやも知れん」

「承知しております」

「それと我が国の全国民に告げよ。ペール・バーン殿他、犠牲になった決死隊の冥福を祈り、明日一日喪に服すよう」

「畏まりました、陛下」

「うむ。……ところで、ティンベルはどうしている?」

「一時の感情にて純潔を捨てた事、深く反省しており、現在自宅にて陛下の御沙汰を待っております」

「ふむ……まぁ、大役をこなしたのだ。罪に問う事はあるまい。神官の資格は教会より剥奪されるであろうが、今まで通り学園に通う事は許してやれ」

「勿体なき御言葉、ティンベルに代わりお礼を申し上げます」

「それと、ティンベルと契りを結んだとかいう魔術師……」

「カル・マ・シリングでございます、陛下」

「そのシリングとか言う男も街に来ているのであろう? ならティンベルと共に学園に通うのを許そう。手続きをせよ」

「身元の知れぬ男でごさいますが……宜しいのでございますか? 」

「あのティンベルが、その地位を棄ててまで身を捧げたのだ。ただの魔術師ではあるまい」

「はぁ……」

「それにあれだけの美人が神官のしがらみから解放されるのだ、ボディガードの一人くらいは必要であろう?」

「確かに。では、そのように取り計らいます」








「学校……?」

「これ……」


何を言っている?

そんな顔で問い返すカルに、クレアがスッと二枚の紙片を見せた。

一枚は軍からの返書。

そしてもう一枚は、なんとカルの王立聖導学園編入の許可証だった。



「俺はこの世の理の全てを知る身だ。今さら学校もあるまい」

「うーん……でも、陛下の御厚意を無にするのはどうかと思いますよ、カル様?」

「俺はクレアを愛し続けると約束したから、ここにいるだけだ。この国の王に使えた覚えはない」

「そうですか……ところで、カル様?」


「断る」


「私、これでも学園では人気者です」


「だから断る」


「カル様を知った身ですので、結婚相手として見られる事はもうないでしょうけど、その代わりに都合の良い女と思われているかも知れません」


「都合の良い女?」


「だって、貴族達にとってはカル様は取るに足らない下賎の出……失礼。とにかく、そんな男から女を奪い、囲ってしまっても、誰も罪には問わない。そう思われているはずです」


「…………」


「想像してみてください、カル様。そんな貴族の男達に私が言い寄られ、地位を盾に脅迫紛いの言葉で身体の関係を迫られている。そんな情景を」


「…………」


「もちろん私はカル様一筋です。この身も、心も、全てあの日、あの時、カル様に捧げております」


「………」


「ですが、私はしがない中流階級の出……おまけに両親は既に他界しており、守ってくれる学友も貴族達には逆らえないでしょう。その上……」


「……分かった」


「はい?」

「分かった。通ってやる。だからその芝居掛かったキャラはやめろ」


「えへへ、やったぁ! 私、ぜひカル様と一緒に学園ライフを送りたかったんです」

「まったく……」



満面の笑顔になるクレアを見て、カルが苦笑いを浮かべる。

だがその顔は、少し嬉しそうに見えるのだった。






ベル・アザル王立、聖導学園。

それは国の将来を担うであろう優秀な若者達が切磋琢磨する、謂わば国家主導の人材育成機関だった。


ここには剣術や体術といった戦闘系スキルを学ぶ武術科、魔術師や召喚師といった魔法系を学ぶ魔術科などの学部を始め、クレアの通っていた神官育成の学部、絵画に音楽といった芸術を司る学部、歴史学や魔法学といった学術系の学部まで、多種多様な学部が設けられていた。




そんな聖導学園内のカフェテリア。

とあるテーブルを遠巻きにしながら、ひそひそと話す数人の女生徒達がいた。

彼女達の中心には真新しい制服に身を包んだ、どこか気品のある青年が一人、椅子に腰掛け、優雅に足を組みながら生徒手帳を静かに読み耽っていた。

黒い髪に紅い目をした、一見して只者ではないと分かる青年……要はカルだった。


カルがこんな所で何で生徒手帳を読んでいるのかというと、まぁ暇だから……というのもあるが、これはカルの性格だった。


生徒手帳とは、謂わば聖導学園という閉ざされた世界のルールブックだ。

強い者が好き勝手にできるこの世界で、強い者を押さえつけ、従わせる事によって弱者と同列の地位に落とし、纏めて秩序という名の鎖で繋いで従わせる為だけにある数々の規制事項。(※あくまでカル個人の判断)

これを理解せずして、ここで自由に生きていく事などできまい。


それが生徒手帳を読み耽る理由だった。

とは言え、クレアに言わせれば「何で魔王なんかやってたんだろう?」と、真面目に考えさせられるほど勤勉な性格のカルだった。




「お待たせしました、カル様」


声を掛けられ、カルが読んでいた生徒手帳から視線を外して前を見る。

用事を済ませたクレアが此方に近づいて来るところだった。

途端に女生徒達から小さな驚きの声とため息が漏れる。

気になる男性の相手がクレアと知って、とても太刀打ちできないと諦めたのだ。


そのクレアはというと、カルと同じく白地に青をあしらった学園の制服を着ていた。

スカートから覗いた素足が眩しい。




「説教は終わったか?」

生徒手帳をパタンと閉じてカルが尋ねると、


「はい」

と満面の笑顔が返ってきた。



「思ったよりも早かったな」

「ぐちぐちと長くなりそうだったので、「女神イーリス様への信仰心は些かも変わっておりません。ただ、生涯愛すべき伴侶に巡り会ってしまったのです。これもイーリス様のお導きと心より感謝しております」って、幸せいっぱいな笑顔で答えたら、なにも言われなくなりました」

「のろけで神官を黙らせるとはな。やるではないかクレア」

「えへへ……」

「で? 後は編入テストか」

「テスト自体は直ぐに済みますから、終わったら外のテラスでお茶にしましょう、カル様。行ってみたかったカフェがあるんです」

「そうだな。ではとっとと終わらすか」






三十分後。

カルとクレアは練兵場にいた。

目の前には後ろ手に組んだ魔術師コースの教師が無表情な顔で立っている。

編入テストの試験官だ。



「クレア・ティンベルとカル・マ・シリングだな?」

「はい」

「そうだ」



そうだ?

カルの偉そうな態度に教師の眉がピクリと動いた。

が、あくまで平静を装って話を進める。



「私は魔術科教師のシャルマン・カマンドールだ。これからお前達がどれ程の力を持っているのかランク付けのテストを行う。その結果により学内での地位も決まるので全力で行うように」



そう言ってカマンドールがスッと身体をずらして後ろを振り向いた。

そこには黒光りする石柱が二本立っている。

魔術科のテストで使われる、魔力を練り込んで作られた特別製の物だ。



「どのような魔法でも構わないから、あれを攻撃してみろ」



偉そうな態度の教官にカチンッ!と来るものがあったが(お互い様)、ぐっと我慢するカル。

こんな事で教師に絡んで今後の学園生活を乱すのは論外だった。(←凹ますの前提)



<やり過ぎるなよ、クレア>

<カル様こそ>



二人がそっと目配せをする。

ただでさえクレアが人の目を引くのに、こんな所で目立って注目されてしまっては平穏な学園生活を送れなくなる。

だから学部内でのランクはBプラスか、Aマイナス辺りが目標だった。


とはいえ、今まで神官であったクレアが、魔法のテストでここまで自信満々な理由……それは昨夜にあった。







「クレア、お前にこれをやろう」



そういってカルが差し出した掌の上には、銀色に輝く指輪があった。



「結婚指輪ですか!?」

指輪を握りしめ、パアッ!と花が咲いたような喜色を浮かべたクレアの表情が、


「違う」

と無表情に否定され、見る見る萎んで枯れた。



「カル様……乙女の純情を弄ぶと馬に蹴られますよ?」←といいつつ、然り気無く左手の薬指に嵌める。

「勝手に勘違いする方が悪い」

「そうですけど……それで? この指輪はなんですか?良く見るとちっちゃい文字がびっしり刻まれてますが」

「この指輪は俺と繋がってる」

「カル様と? 繋がってる?」

「そうだ。これを身につけていれば、もしお前に何かあっても俺にはすぐに分かるという事だ」

「……それって、なんだか運命の赤い糸みたいですね」

「もっと即物的だな。なぜならこの指輪を介した俺の魔力で、クレアでも魔術を行使できるようになる」

「私が魔術を?」

「そうだ。俺の加護がついたと言ったろ? もうお前の身体は俺の一部のようなものだ。隷属契約もなしにパスは繋がっている。後はこれを使い魔力を安定供給させる。ついでに念話もオーケーという代物だ」

「へぇ、便利ですね」

「そこらの一流を自称する輩など足元にも及ばん魔術師の誕生だな」

「それはいいんですけど……私、魔力があったとしても魔法の知識がありませんよ?」

「問題ない。まぁ、普通は誰か識者に付き、長い年月をかけて会得するものだが、もっと手っ取り早い方法もある」

「手っ取り早い方法?」


「魔道書だ」


「そんなの持ってるんですか?」

「たくさん持ってるぞ。俺には必要ないからな。それで?どんな魔法を使いたい?」

「そうですね……どうせなら治癒の魔法がいいです。カル様に万一の事があったときに便利そうですし」

「回復が必要な怪我を俺が負うとは思えんが……まぁ、いい。治癒だな。ならば……」



突然、カルの目の前に黒い渦が現れた。おそらくどこぞの空間に繋がっているのだろう。

そこに手を突っ込み、再び引き抜くと、そこには一冊の分厚い本が握られていた。



「開いてみろ」


クレアが手渡された本を左手で持ち、右手で表紙を捲る。

その瞬間、パアッ!と足元に光り輝く魔法陣が広がった。

それに合わせて魔道書の文字が空中にスーッと浮かび上がり、クレアの頭の周りをくるくると高速で回りだした。

魔道書のページがパラパラと勝手に捲られ、クレアの回りを文字が旋回しては消えていく。

その度にクレアの頭の中には魔法の知識が流れ込んでいた。



<凄い、頭の中に直接……これが魔道書…………でも、これって…………>



そうして最後の文字も虚空に消え去ると、クレアの足元の魔法陣もスーッと消滅してしまった。

後には両目を瞑ったクレアが静かに佇んでいる。



「どうだ? 」

カルに問い掛けられ、クレアがそっと瞼を開けた。


「えーと……はい、魔法の知識はつきました。これなら魔術も使えそうです」

「そうか」

「ただ……」

「ただ……?」

「大変申し上げ難いのですが……これ、治癒魔法の魔道書じゃありません」


「なに!?」


「たぶん重力操作系の魔法ですね。なんだか、今なら人間をぺちゃんこにできる気がします。しませんけど」


「そう……なのか?」

「はい……」

「…………」

「…………」

「……どうやら、間違えたようだな」

「みたいですね。ところで、カル様」

「なんだ?」

「やり直しって……できますか?」

「無理だな」

「ですよね?」

「…………」

「…………」

「……すまん」

「いえ。でも……ぷっ…… ふふ、ふふふふ……なんか、これでもいいかなって気がしてきました」

「そうなのか?」

「だって……カル様に対して不敬な輩がいたら、「頭が高いですよ」って、平伏させられますので」

「そんな事に重力魔法を使うな」

「だって……」


よほど自分の思い付きが可笑しかったのだろう。クレアはいつまでもクスクスと笑っていた。







とまぁ……そんな事があって、昨晩めでたくクレアも魔術師の仲間入りをした訳だが……。



<ふん、神官崩れとどこの馬の骨とも分からん輩が、我が伝統ある聖導学園魔術科に編入するだけでも畏れ多いというのに、それが陛下の鶴の一声とは……まったく、世も末であるな……>



この時、不満たらたらな目で二人を盗み見たカマンドールとカルの視線が交差した。

なぜならカルが不敵に笑いながらカマンドールを睨みつけていたのだ。



<生意気な。どのような手段で陛下に取り入ったのかは知らぬが、私に対してそのような態度を取るとどうなるか、身を持って知るがいい>



まったく物怖じしないカルの態度に怒りを覚えたカマンドールが、二人に悟られないよう石柱に防御結界を張った。

それも三層からなる多重結界という念の入れようだ。

代々魔術師を排出している貴族の名家だけに、プライドの高さが見て取れる。


だがしかし、カルにはそんな事はお見通しだった。

カマンドールが密かに石柱に結界を張ったのを見て考えを改めた。

そっちがその気なら、目にものを見せてやろう……と。



<クレア>

<はい?>

<予定変更、手加減はなしだ。全力でかましてやれ>

<えっ!? いいんですか? ぜったいマズいことになりますよ?>

<構わん。密かに石柱に結界を張られた。大方、傷も付けられない俺達を見て嘲笑うつもりなんだろう。そんなムカつく事をされるくらいなら目立った方がマシだ>


<カル様って……案外負けず嫌いですね?>


<うるさい。やるぞ>

<もう……どうなっても知りませんからね?>



「では、始めたまえ」



ニヤリとほくそ笑むカマンドール。

ランクAの生徒でも石柱を破壊するのは困難なのに、多重結界まで施されていては傷一つ付くまい。

そう高を括っていたカマンドールの顔が、直後に青ざめた。



「えい!」

「ふん……」



クレアが上から叩き潰すように掌を振り下ろし、カルがつまらなそうに人差し指をピンッと弾く。

たったそれだけで石積みの一つがボゴンッ!!と土煙を上げて潰れ、もう一つ至っては、網目状に切り裂かれてバラバラと崩れ落ちてしまった。



「は……?」



変わり果てた石柱を見て、カマンドールが唖然とする。

そこには貴族の余裕もプライドもなかった。







「……些かやり過ぎたか?」

「やり過ぎましたね。まぁ、今さらですけど……」


カップをソーサーに戻しながらカルがチラリと前を見る。

クレアがカップを両手で持ち上げ、ちびちびと飲みながら非難するように見ていたのだ。




ここは学園内にある屋外のカフェ。

テストの終わった二人は、クレアの要望通りここに来て打ち上げをしていた。

テーブルの上にはそれぞれチーズケーキとモンブランが置かれており、そしてその中間……テーブルの中央には、金色に輝く、青いラインの入った階級章が二つ。

青いラインは魔術科を表し、そして金色の階級章はランクSを表していた。

そう。BでもAでもなく、Sランク。



「カル様?」

「なんだ?」

「学園内、それも全生徒含めて、Sランクなんてのは五人しかいません。それがどういう意味か分かりますか?」


「? 飯がただにでもなるのか?」


学園騎士団アカデミー・ナイツに強制入団させられるって事です!」


「なんだ、その真面目な坊っちゃんが好んで入りそうな団体は?」

学園騎士団アカデミー・ナイツって言うのは、学園の頂点に君臨する団体で、学園の秩序の維持が主な仕事です。

学部間の争いがあればそれの仲裁をし、場合によっては武力介入する、文字通り学園内の騎士団です。

そして騎士団と名乗る以上、全生徒の模範となるよう規律正しい生活を強要されます。カル様のようにポケットに手を突っ込まれるのはもちろん、こうやって外でお茶するのだって禁止されて……って、なんですか? その「うわ、超面倒くさい」って顔は?」

「超面倒くさい」

「口に出さなくても分かってます。だから止めたのに……」

「まぁ、やってしまったことは仕方ない。どんなに不都合な現実でも、受け入れなければ先には進めんぞ?」


「分かってますよ……はぁ……ラブラブな学園生活を送る私のプランが、まさか初日で終わりを迎えるなんて……」



嘆息しながらクレアが階級章に手を伸ばし、そのまま胸ポケットに仕舞い込んだ。

家に帰ったら縫い付けるつもりなのもあるが、取り敢えず今日のところは人に見られたくなかったのだ



「その分、家では甘えさせてやるから許せ。それよりあの男……確かカマドウマとかいったか?」

「カマンドール先生です。失礼ですよ?」

「あれだけ凹ましてやったのに、よく推薦人になってまで俺達をSランクにしたな」

「カル様と同じで、きっと公正な方なんでしょう」

「ふむ……そうだな。そこは認めるしかないか。さっきの術式もなかなかだったし。仕方ない、少し態度を改めるとしよう。それより、こんなありふれたカフェがお前の来たかった場所なのか?」

「え? あぁ、はい。なにしろ神官は嗜みが第一、外でお茶をするなんて許されない行為でしたので」

「つまらんしがらみだな」

「まぁ、そういう役職でしたので。だから外で風を感じながらお茶を飲むなんて初めてですし、それがカル様と一緒なんて、もう感無量です。惜しむらくは、これが最初で最後って事ですね……」

「別にこれからも毎日やればいい。なんか言われたら、巡回の合間にここで情報収集をしてると誤魔化せばいいだろう」

「ふふ……なんだか私達、学園騎士団アカデミー・ナイツの問題児になりそうですね」

「個性は大事だぞ。特に組織ではな。同じ考えしか持たん輩を集めると、ろくでもない意見も真っ当に思えて判断を誤るものだ」

「カル様が仰ると説得力がありますね」

「ふっ、これでも組織の長だったからな」

「ふふ、ですね」



可笑しそうにクスクスと笑う二人。

その時、横を通りかかった一人の女生徒が「あれ……?」と、驚いたように立ち止まった。



「クレアさん……?」

「あ!? マルグレーテ! こんにちは」

「こ、こんにちは……」

「ちょうど良かった。今度、神学科から魔術科に編入したの。よろしくね」

「え? クレアさんが?」

「うん、そうよ」

「俺はカル・マ・シリングだ。同じく今日付けで編入した。よろしく頼む」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします、シリングさん」

「ああ」

「そ、それよりクレアさん……」

「なに?」

「その……神学科から編入になったって事は……その、男の人と……そう言うこと?」

「え? ええ……まぁ……」



クレアが頬を紅く染める。

分かっていた事とはいえ、面と向かって確認されるとさすがに照れたのだ。

だが、目の前の生徒はクレアとカルの事を茶化しているようには見えない。

何か言い辛そうにクレアを見ながら、モジモジとしているのだ。

それを見て、クレアは嫌な予感が頭を過った。



「あの……それがなにか?」

「いえ、その……こ、これはあくまで噂ですよ? その、クレアさんの、変な噂が学園で流れてて……」

「変な噂?」

「生き残った兵士が、クレアさんは魔王軍に捕まったって。……だからその、クレアさんが神の加護を失ったのは、魔者達に、その……」



嫌な予感が当たった。

生き残った兵士に連行されていく様を見られていたとは思わなかった。

頭が真っ白になる。

顔が強ばるのを自分でも感じた。



<ど、どうしよう……なにか言わないと……このままじゃ、噂を肯定することになっちゃう…………確か……陛下への報告書では……なんて言ったっけ…………>


……予めカルと打ち合わせしていたはずなのに、いざとなると頭は空回りしてなにも思い浮かばない。何も考えられない。

やっぱり事実だったのかとマルグレーテが疑いの目でクレアを見ている。

その時、



「それはないな」



と、テンパるクレアを横目に、カルが話に割って入った。



「こいつの処女を奪ったのはこの俺だ。間違いない」

「で、ですよね? やっぱり、根も葉もない噂ですよね?」

「あぁ、根も葉もない噂だな」



取り敢えずカルに否定され、安堵の表情を浮かべたマルグレーテの顔が……、


「なんせ不安に震えるクレアを抱き上げ、強張るあそこを押し広げながら強引に捩じ込み、一気に奥まで突いた俺が言うのだ、間違いない。血だらけになったのが何よりの証拠だ」


「そ、そうなんですね……」

直後に固まった。



「街に帰った日、服が新調されてただろう? 聞いてないか?」

「そ、そう言えば……そんな話も……」

「実はパンツも服も血で汚れてしまってな」


「へ、へぇ……」


「とにかくこいつが可愛くてな、脱がす暇もなく、何度も何度も続け様にしてしまったんだ」


「な、なんどもなんども……?」


「あぁ、二十回はイったな。最後は血と粘液でベトベトになったまま、互いを擦り付けるようにして……」


「ああ、あの! ごめんなさい!! 変な事を言って、 失礼しましたーーーーーーッ!!!」



カルの生々しい告白に、ついに耐えられなくなったのだろう。

マルグレーテは顔を真っ赤にさせると、大声で謝りながら走り去ってしまった。

興味津々で遠巻きに眺めていた他の生徒達も、黙って顔を俯けている。



「……やれやれ、危なかったな。今後もこういう事があるかも知れん。気をつけろよ、クレア?」


「…………」


「どうした?」

「その……お気持ちはたいへんありがたかったのですが、もう少し言い方ってものが…………」



これから、どんな顔してマルグレーテに会えばいいのよぉ……と、

マルグレーテに負けず劣らず真っ赤な顔をさせたクレアが、いつまでもふるふると羞恥に震えていた。








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