18、宰相研修の魔王様 〜どっちかと言うと、教員研修かな?〜
「お聞きになりましたか、ギルバータ様?」
ランプの灯りが赤く照らす室内に、焦りを含んだ男の声が響く。
カチャカチャと小さな音を立てながらカップを並べ、ポットにお湯を注ぐ四十代半ばの男。
貴族ではない。が、身につけた綺羅びやかな装飾からただの平民でないのは明らかだった。
男の名はベン・ハーゲン。
レーベンハイト家の収めるキタ州の州都、リッテンバウムで古くから商いをしている商人だった。
そのハーゲンが自ら淹れた紅茶をスッと差し出す。
するとそれを受け取った男は不機嫌丸出しといった顔でカップを煽り、一気に半分程飲み干してしまった。
この男はギルバータ・ペンシルバール。
イスメラルダの伯父にあたる人物で、
今は亡きイスメラルダの父親から領内運営を任されるほど信任の厚い人物だった。だが、
「……まったく……イスメラルダめ、勝手な真似をしてくれる」
そのギルバータが吐き捨てるように呟いた。
歳下とはいえ、イスメラルダは主筋にあたる。
そのイスメラルダに対する言葉としては些か穏当ではなかった。
それもその筈。
弟、アレイスターの信頼を良い事に、この男は領内の税金や鉱山の上がりを着服し、私腹を肥やしていたのだ。
領内運営の財源が減っている。その事に弟が疑念を持つや、事故に見せかけて即座に殺害する。
それほど腹黒い男だった。
両親を亡くし、消沈しているイスメラルダに結婚を勧めては?と、ウラバスに持ちかけたのも、誰あろうギルバータだった。
懇意であるウラバスの腰巾着をイスメラルダの夫に迎えれば、収賄を咎められる事は絶対にない。そう算段しての事だったのだが、事態は急変した。
次期国王であるウラバスに追い詰められたと感じたイスメラルダが、何とレーベンハイト家を王家に返上してしまったのだ。 (レーベンハイト家は廃絶していたが、国王の妹を娶るにあたり、トレルバータよりアレイスター・ペンシルバールに与えられたもの)
そしてあろうことか、その後の運営を任されたのは宰相のランドルフ。
政治と金に詳しい男が見れば、予算財源と実収の差、そして宝物庫に残った財貨から、不正があった事は一目で見抜くだろう。
いや、それどころか弟夫婦に手をかけた事すら露見する可能性がある。
それが不機嫌の理由だった。
「……ウラバス殿下も陛下からご叱責を受け、部屋に閉じ籠もっておられるとか?」
「カールソンがしくじった以上、もはや取り込む事は出来ん。ならいっそ、イスメラルダには死んでもらった方が都合がいいな」
「ギルバータ様、あからさまな王族への反逆は同調致しかねますぞ?」
「ふん、そんな言い分が通るとでも思ってるのか?」
「あ、あれは私の存じぬ事です」
「今更何を言っているのです、ベン・ハーゲン」
「こ、これはミレーヌ様!?」
ハーゲンが驚いて立ち上がり、恭しく頭を下げる。
それだけ身分の高い人物ということだった。
それもその筈。扉を開けて入ってきたのはギルバータやアレイスターの母親、ミレーヌ・ペンシルバールだった。
イスメラルダにとっては祖母にあたる人物で、元王国魔術師。
夫に先立たれてからは女だてらに領内経営を切り盛りし、二人の息子を立派に育て上げた切れ者。
国の意向で次男のアレイスターが領主となったとはいえ、ここリッテンバウムでは実質上の最高権力者だった。
「母上様、なぜこのような所に?」
「買い物ついでに寄らせてもらいました。そうしたら、あなたの馬車があったもので。それより、何やらハーゲンが弱音を吐いていたようですが?」
「そ、それは……」
「お前と私達の関係は、既に引けぬ所まできています。バレれば一族もろとも打首です」
「そのとおりだ。もはや我等は一蓮托生と知れ」
「し、しかしギルバータ様……領地も返上した以上、もうイスメラルダ様はこちらに帰ってこられないのではありませんか?それなら、わざわざ……」
「あの日、アレイスターは危険を察知していた。でなければ、当日になって護衛を入れ替えたりはしない。
となると、何らかの形で娘にメッセージを残している可能性がある」
「メッセージですと!?」
「可能性の話しだ。だが有り得ぬ話でもない。
そんなパンドラの箱は永遠に封印しておかなくてはならん。絶対にな」
「では、どうあっても?」
「我等が生き残る為だ。もちろん、ランドルフにも死んでもらう」
「ランドルフ様も!?」
「当たり前だ。むしろランドルフの方こそ、殺しておかなければ災いとなる」
「…………」
「ふっ……そんなに心配するな。我等が表立つ事はないし、足が付くような事もしない。安心しろ」
「ふふふ……あの女 (クシャトリアのこと)に誑かされた弟と違い、ギルバータは頭の良い子です。任せておけば大丈夫ですよ」
そう言って、ミレーヌはくすりと笑うのだった。
※
セレス・アリーナにあるレイゼバッハ王国大使館、その玄関ホール。
時刻は朝の九時を少し回ったところだろうか?
そこには今、大使館に勤める者達全員が集まり、ピンと背筋を伸ばしていた。
「来られます」
魔術士である男が静かに呟く。
するとホールの床に魔法陣が広がり、淡く光を放ち出した。空間転移魔法だ。
程なくして男三人と女一人が転移してきた。
男の一人はレイゼバッハ王国宰相、オルバレン・ランドルフ。
他の三人は護衛の騎士と、この転移魔法を行使した魔術士だった。
その魔術士の女がチラリと手首を見る。
直後、ブレスレットに嵌め込まれていた魔鉱石が粉々に砕け散った。
「さすがに連続転移には無理があったようだな、シャルドネ」
「予備がございますので、ご安心ください」
「うむ。早ければ明日の早朝、遅くても明後日の夕方までには王都に帰る。それまでゆっくり休んでいてくれ」
「畏まりました、ランドルフ様」
「遠路遥々、ようこそお出でくださいました、ランドルフ様」
「久しいな、グレゴルー。すまんが彼女を休ませてやってくれ。少々無理をさせた」
「承知いたしました。誰か、彼女を部屋にご案内しろ」
「畏まりました」
「では、こちらに……」
そう言ってグレゴルーと呼ばれた男が先に立って歩き出した。
廊下をいくつも曲がり、階段を上がって二階の応接室へと案内する。
「して、此度はどのようなご要件でベル・アザルへ?」
紅茶を持参したメイドが退室すると、そこで初めてグレゴルーが尋ねた。
「早急に後始末をせよと、陛下から仰せつかった」
「後始末……とは、対抗戦の事でしょうか?」
「他に何がある。お前が思っているより、此度の一件は遥かに大事になっているぞ」
「大事とはまた……高が学生の大会如きで……」
「その高が学生の大会で、魔剣ディルバレットを使用するという前代未聞の暴挙を犯したのにか?」
「な、なぜそれを!?」
「知らぬと思ったか、たわけ。カールソンが無様に敗退した事も、魔剣が真っ二つになって失われた事も、陛下は既にご存知だ。
なぜカールソンが対抗戦の大将に成り代わったと本国に報告しなかった?
なぜ魔剣の使用という暴挙を黙認した?」
「そ、それは……」
「……まぁ、良い。今尋問しても始まらんし、私の目的はイスメラルダ様だ。
お前はカールソンに便宜を図っていた事実から、此度の一件の最重要参考人となっている。
職務は解かれ、本国への召喚も決定した。これ以上、自分の立場を悪くしたくなければ私の指示に従え」
「か、畏まりました」
「で? カールソンと取り巻き達はどうしてる? 身柄は拘束してあるんだろうな?」
「カールソン様は……」
「様……?」
「あっ!? い、いえ……か、カールソンは放心状態で部屋に籠もっております。部下達は昨日の傷がまだ完全に癒えておらず、ベッドで養生中です」
「グレゴルー……分かっていると思うが、奴等は罪人だ。その罪人共にベッドを与える許可をしたお前を、他人はどう見るかな?」
「た、直ちに監禁、逃げ出さないよう兵士を見張りに付けます!」
「それが懸命だな。それと一つ忠告しておく。万一逃亡を許すような事があれば、全ての責任はお前に降りかかる。警備には万全を期す事だ」
「しょ、承知しております! それでは!」
「ボッシュ、付いていってやれ」
「はっ!」
※
所変わって、こちらは聖導学園、学園騎士団の営舎。
その隊長室の床にも魔法陣が広がり、アラン、イスメラルダ、スイレン、そしてカルの四人が現れた。
「皆さん、お帰りなさい。カル様、お疲れ様でした」
「ああ。クレア、早速で悪いがお茶を淹れてやってくれ」
「ふふ……分かりました。直ぐにお淹れしますね」
「頼む」
「それで……どうだったの、カル?」
「あの顔を見れば分かるだろう?」
リンベルが尋ねると、カルがニヤニヤ笑いながらイスメラルダとスイレンに顎をしゃくった。
二人とも心此処にあらずといった顔で半ば放心している。
それを見て、デルニックも苦笑いを浮かべた。
「まぁ、寝耳に水だったろうしね」
実は今さっきまで、四人は王城にあるシャルダットの執務室にいたのだ。
学園対抗戦の決勝戦、アランは父親に断りもなくイスメラルダと婚約した。
それを父親であるシャルダットへ報告したところ、三日目の今日、カルの手引きで会おうという事になったのだった。
相も変わらず護衛もつけないところは、とても国王とは思えない気さくさだった。
「それで、団長……王様との面会はドんな感じだったのダ?」
「さすがはレーベンハイト家といったところかな。礼儀作法はもちろん、優雅で完璧な所作だったよ。もちろんスイレンもね」
「優雅な所作で頭を上げた瞬間、
「お義父様! 必ずやアラン様と私でオリバー家の武名を轟かせ、新たな三大貴族の一角となって見せますわ!」
なんてドヤ顔で啖呵を切ったのにはさすがに驚いたがな」
「仕方ないじゃありませんのおぉーーーーーーーーーッ!!」
「因みにその時、スイレンはさすがはイース様って顔で満足気にうんうん頷いてた」
「その話しには触れないでください!! 恥ずかし死にしてしまいますぅーーーーーーーーーッ!!」
カルに指摘されたイスメラルダとスイレンが頭を抱えて蹲る。
まぁ……一国の王に、王子と一緒に武勲を立てて出世しますなどと的はずれな事を言ったのだ。無理もあるまい。
「だいたい、なんで皆さんして殿下の事を黙ってらしたんですの!!」
「そうですよ! おかげで陛下の面前でいらぬ恥をかいたじゃありませんか!!」
「挨拶の後、僕が紹介がてら事情を話す予定になってたんだけど……」
「間髪入れずとはあの事だな。まさか、アランに口を差し挟む隙すら与えんとは……さすがは閃光の嫁だ」
「そんなので褒められても嬉しくありませんわ!!」
「ふふ……まぁ、落ち着け。事情を知った陛下も笑ってらしただろう? お前達がほじくり返さない限り、この件は二度と話題に登らんから安心しろ」
「そ、そうでしょうけど……」
「いまいち釈然としません……」
「まぁまぁ……紅茶でも飲んで、やな事はみんなごっくんしちゃお? はい、どうぞ」
「あ、ありがとうごさいます、クレアさん」
「いただきます……」
「アルバータ特製のクッキーもある。食べて」
そう言ってリンベルが小皿を差し出すと、イスメラルダとスイレンは礼を言って手を伸ばすのだった。
「……それにしても、アラン様はなぜ、わざわざ王子である事を隠されていたのですか?」
お茶とお菓子で落ち着いたのだろう。
暫くすると、イスメラルダが思い出したように尋ねた。
「王子と名乗ったら、皆、敬うだけで本音の付き合いをしてくれないだろう? それが嫌だった。って、言うのが理由だよ」
「分かるような、分からないような……」
するとカルがスッと立ち上がった。
そして手を胸に当て、イスメラルダに対して恭しく頭を下げる。
「何はともあれ……陛下の許可が下りた以上、あなた様は殿下のお妃になられるお方です。今後はイスメラルダ様をお見かけしたら頭を下げ、気安く声等掛けぬよう全校生徒に通達いたしましょう」
「そ、それは止めてください、カル様!?」
「ふっ……そうなるだろう? だからアランも王子を名乗らないのさ」
我が意を得たとばかりカルがニヤリと笑う。すると、
「分かりました。でも、それと教えてくださらなかったのは別のお話しですからね?カル様」
と、イスメラルダがにこりと笑いながら返すのだった。
その後は、お茶をしながらイスメラルダとスイレンの今後の事について、あれこれと相談が始まった。
特に問題なのは二人の飛び級。
イスメラルダが、どうせならアランと同じ学年で一年を過ごしたいと言い出したのだ。
まぁ……それについては、既にカルが学園長と事務方に確認を取り、学科テストに合格すれば許可するとのお墨付きを貰っている。
そしてイスメラルダについはおそらく問題ない。名家のお嬢様らしく、既に一学年上の授業内容をある程度把握していたからだ。
だから問題なのはスイレン。
こちらの学力は至って普通だったのだ。
そんなスイレンをどうやって飛び級テストに合格させるか……そんな相談をしていたのだが、カルがおもむろに両目を閉じた。
「……誰か来たようだな」
カルが呟く。
暫くすると廊下を慌ただしく駆けて来る足音が響き、扉の前でピタリと止まった。
「失礼します! 只今、事務員に案内されて、オルバレン・ランドルフという方が護衛の騎士二名を伴って面会に来られました!」
「オルバレン・ランドルフ?」
アランが驚きを顕にし、イスメラルダが顔を強張らせる。
オルバレン・ランドルフといえばレイゼバッハ王国の宰相の名だ。
そんな大物がわざわざここに足を運ぶとなると、間違いなくイスメラルダの一件だろう。
「直ぐにご案内してくれ。丁重にね」
「はっ!」
カルが目配せして立ち上がる。
するとアランとイスメラルダ以外の全員が席を立って壁際に整列した。
程無くして、「ご案内しました」という団員の声が部屋に響いた。
「おお!? 大きくなられましたな、アル……あ、いや……アラン殿……でしたかな?」
「ふふ……お久しぶりです、ランドルフ卿。どちらでも結構ですよ」
「では、ここではアラン殿とお呼びしましょう。
この度のイスメラルダ様とのご婚約、誠におめでとうございます。
これで両国の絆も深まったと、陛下もたいへん喜ばれておいででした」
「ありがとうございます」
そういって和やかに握手を交わす二人を見て、皆の緊張が一気に緩んだ。
特にイスメラルダとスイレンは強制召喚も覚悟していただけにホッと安堵の表情を浮かべている。
二人の緊張する顔を見るや、挨拶にかこつけて早々に不安を払拭してやる機微は、さすがは一国の宰相といったところだった。
「取り敢えず立ち話もなんです。ご覧のとおり大した饗しもできませんが、お掛けください。リンベル、紅茶を用意してくれるかい」
「はい」
「急に押し掛けた身です。どうぞお構いなく」
そう言って、ランドルフは案内された応接用のソファーに腰掛けるのだった。
その後は何気ない話に花を咲かせ、気づけば陽も傾き始めていた。
そして雑談も一区切りついたところで、アランが微笑みながら切り出した。
「それでは、そろそろ非公式でこんな所までお出でくださった、その理由をお聞きしましょう」
と。
「これはこれは……つい年甲斐もなく話しに花を咲かせ、失礼いたしました。私のお伺いした理由は他でもありません。イスメラルダ様にこれをお渡しし、陛下のお言葉を伝えるのが目的です」
そう言って、ランドルフが一枚の紙片を取り出してテーブルの上に差し出した。
それはイスメラルダの戸籍抄本だった。
それを手に取り、目を通したイスメラルダが、直後に目を丸くする。
「わ、私がレイゼンバーグを!? これは?」
「一国の王子とご婚姻されるのに、捨てたレーベンハイトを名乗る訳にもまいりますまい?」
「で、ですが……」
「陛下のお言葉もあります。ゲイツ」
「はっ!」
恭しく一礼した護衛の騎士が背中のバックから梟の人形を取り出す。
そして胸に抱えたまま、その頭をポンと叩いた。
すると、何もない空中にレイゼバッハ王国国王、トレルバーダ・レイゼンバーグの姿が現れ、そしてあろうことか、スッと頭を下げた。
『此度の一件、儂の管理不行き届きが原因である。誠にすまなかった、イスメラルダよ。
あれも悪気があった訳では無い。ただ力の無い身なりに必死なのだ。許してやってくれ。
さて……今更とやかく言うつもりは毛頭ない。これからはレイゼンバーグを名乗るが良い。
勿論、何かあれば儂が後ろ盾となる。お主の将来に幸があらん事を祈っているぞ』
そこで映像は途切れた。
皆、言葉なく放心している。
国王自らの謝罪と寛大な処置に感動しているのだ。
その静寂を破ったのはランドルフだった。
「そういう訳です、イスメラルダ様。今後は陛下が父代わり。なにかあれば実家であるレイゼンバーグを頼ると良いでしょう」
「はい、感謝いたしますと陛下にお伝えください」
「畏まりました。それでですが……イスメラルダ様、実は此度の件で、私がレーベンハイト領の財産管理を任されました。
面倒な事は全て私が引き受けますが、お屋敷には思い出の品々もお有りでしょう。
引き継ぎがてら、一度本国へお帰りになられませんか?
もちろん、身の安全は保証いたします。なんでしたら、ここにいる方々をご招待されたら良いでしょう」
「え? よろしいのですか?」
「もちろんです。どうです、アラン殿? 身分を隠されてますので国賓……という訳には参りませんが、その分、自由に我が国を見て回れるかと存じますが?」
「そうですね。僕もイースの生まれ育った街を見ておきたいと思います。それに……」
「それに?」
「イースと一日でも離れ離れになるのは耐えられそうにありませんので」
「まぁ……」
「ははは……これは一本取られましたな。では、そのように。……ところで話は変わりますが……これを王宮に転移されたのは、ひょっとしてあなたですかな?」
そう言って梟の人形を手に持ちながら、ランドルフがにこやかにカルを見た。
カルは黙ったままだ。
それを見たアランが、ふっと笑う。
カルは警戒しているようだが、別に隠し立てするような事でもない。
「ご明察のとおりです、ランドルフ卿」
「やはり」
アランの返答を聞いて、護衛の騎士達が驚きを隠しきれない顔でカルを見た。
まったく隙のない男なので警戒してはいたが、まさか騎士ではなく魔術士だったとは。
「それにしても、良く分かりましたね、ランドルフ卿?」
「勘です。いや、恥を掻かなくて何よりでした。
さて……私の用も無事に終わりました。
私は明日、一足先に転移魔法で発ちますが、皆さんには馬車を用意させておきましょう。
長旅となりますが、ごゆるりと参ってください」
「ランドルフ卿、明日発たれるとのことですが、私達もそれにご一緒させていただく事はできますか?」
「さすがに、この人数を一度に……というのは……」
「心配いりません。カルなら可能です。だよね?」
「はい」
なんの躊躇もなく自信満々に応えるカルを見て、ランドルフと護衛の騎士達は言葉なくカルを見つめるのだった。
※
「二人とも、彼をどう思った?」
面会の終わった帰り道。
馬車に揺られながら、ランドルフが思い出したように尋ねた。
「友好的で助かったと、実はホッとしております」
「とても勝てる気がしませんでした。魔術士相手にこんな気持になるのは初めてです」
「他の二人の剣士も尋常の腕ではありませんでした」
「それほどか……やはりアルベルト殿下の器量だな。良い人材が集まる」
比べてはいけないと思いつつも、つい溜め息の漏れてしまうランドルフだった。
※
翌日。
時刻は十時過ぎ。
学園を休んだカル達一行は、レイゼバッハ王国大使館の応接室にいた。
そこには見送りのグレゴルーの他にランドルフと護衛の騎士であるボッシュとゲイツ、そして魔術士のシャルドネもいる。
そして転移するのはグレゴルーを除いた総勢十二人。
「えーと……シリング君? 本当にこの人数を転移できるのですか?」
シャルドネが当然の不安を口にした。すると、
「転移ではなく、ゲートを開く」
と、カルが事も無げに答えた。
「ゲート魔法ッ!?」
シャルドネは勿論、ランドルフ達も驚いた顔でカルを見る。
AとBの空間を捻じ曲げて直接繋げるゲート魔法は、物体をAからBへ移動させる転移魔法とはレベルが違う。
見えない先の空間を把握するという繊細さは勿論、繋げた空間を固定し続ける集中力も必要な上に、消費する魔力は桁違い。
普通は魔術士数人掛かりで行う大規模魔術なのだ。
シャルドネが行う予定だった連続転移だって、濃度の高い魔鉱石を身につけ、途中途中で魔術士数人のブーストを受けて初めて可能になるのだ。
それをたった一人で?
普通なら不可能だった。
「シャルドネと言ったか? 俺なら、ナビさえしっかりしてればレイゼバッハまで直に行ける。最終目的地点だけをしっかりイメージしてくれ」
「え? は、はい!」
年下にいきなり名前を呼び捨てにされて面食らったが、それも一瞬。
シャルドネがスッと頭を垂れた。
その頭にカルがそっと手を翳す。
すると、シャルドネの身体をカルの魔力が包み込んだ。
それはシャルドネにとっては初めての経験で、思わずうっとりするほど心地の良いものだった。
<何て綺麗な魔力……気持ち良い……>
「魔力に浸ってないで、しっかりイメージしろ」
「し、失礼しました!」
カルに叱られ、シャルドネが真っ赤な顔で謝罪する。
脳内イメージを共有してるのをすっかり忘れていたのだ。
気を取り直したシャルドネが頭に到着予定地点をイメージする。
レイゼバッハ王国首都、ヴェラ・イルカにあるランドルフ家の応接間を……。
「もういいぞ」
カルが手を離すと、シャルドネがそっと目を開けた。
そして目を見張る。
目の前には重厚な扉が出現していた。
中は黒い渦を巻いた異空間だ。
シャルドネが尊敬の眼差しでカルを見る。
一つ年下の、とても無愛想な魔術士を……。
「あれ? 立派な扉がある。 いつもは黒い渦だけなのに。ひょっとして、カッコつけた?」
「うるさい」
リンベルのツッコミにカルが頬を染めて視線を逸らす。
どうやら図星だったらしい。
そう思うと、年下のカルが急に身近に感じるシャルドネだった。
※
「驚いた。本当に我が屋敷だ……」
ゲートを抜けたランドルフが、感慨深気に呟く。
疑っていた訳では無いが、いざ目の当たりにすると驚かずにいられない。
こんな大規模魔術を、一介の学生がたった一人で行ったのだから。
「お、お帰りなさいませ旦那様」
それは出迎えた執事やメイド達も同様だったらしい。
予め連絡をもらっていたとはいえ、初めて見るゲート魔法に、皆、驚きを隠せないでいる。
まぁ、当然か。
そう思うと、ランドルフは急におかしさが込み上げてきた。
「カシム、気持ちは分かるが客人だ。取り敢えず、お茶の用意をしてくれ」
「し、失礼いたしました。さっそくご用意いたします」
そこで初めて客の存在に気付いたのだろう。
カル達に恭しく一礼した執事が、メイド達を促して退室していった。
「さぁ……皆さん、おかけください……と、失礼。全員は無理ですね。椅子をご用意しますので、少々お待ちを」
ランドルフが苦笑いを浮かべる。
客用ソファーは三人掛けが二つだったのだ。
「その必要はありません。俺とデルはこのままで結構です。だろ?」
「そうだね。僕達は気にしないで、みんなで掛けて」
「そんな!? デルニックさんはお客様です、それなら私が」
「ここではスイレンもお客様だよ」
「あっ……!?」
「ふふ……カル達もああ言ってるんだ。ここはお言葉に甘えよう」
「そうですわね。でないと、ランドルフ卿がいつまでたっても座れませんもの」
「イスメラルダ様? まだそこまで気を使っていただく歳ではありませんが?」
ランドルフの拗ねたような物言いが可笑しく、応接室には笑いが溢れた。
アラン達は勿論、護衛のボッシュ達もクスクスと笑っている。
だが、そんな中にあって笑っていない者達がいた。
カルとレンレンカブレだ。
<なぁ、ますター……これっテ……>
<あぁ、盗聴されてる。精霊だな>
<見つけた。外の木の上にいるのダ>
<いや、もう一人……敷地外にもいるな。おそらく逃亡を手助けする役だろう>
<どうすル? やっちゃウか?>
<俺達がやるのはまずい。シャルドネにやってもらう>
念話での会話を終えたカルが扉を振り向く。
ワゴンを押したメイドが入室してきたのだ。
運びながらジャンピングも済ませたのだろう。
ポットの紅茶をカップに注いだメイドが、ソーサーを持ってアランに歩み寄ろうと振り向いた時……、
「おっと……」
「きゃあ!?」
……その肘がカルに当たった。
跳ねた紅茶が、カルの袖をちょっぴり濡らす。
「し、失礼いたしました!? シミになってしまいます、直ぐにお召し物をお脱ぎください!」
メイドが慌ててカルに謝罪する。
まぁ、カルがわざと当たるように身を寄せたのだが、知る由もない。
「これくらい、軽く洗えば大丈夫だ」
「ですが……」
「気にするな。シャルドネ、悪いが洗面所に案内してくれ」
「は、はい」
そう言ってカルはシャルドネを伴うと、ランドルフに一礼して部屋を出ていった。
<……う〜ん、さすが我がますター……まったく違和感がない>
そのあまりに自然なフェードアウトに舌を巻くレンレンカブレだった。
「シリング君、本当に申し訳ありませんでし……た」
歩きながら振り向いたシャルドネが、キョトンとした顔で立ち止まる。
カルが人差し指を口元に立てていたのだ。
そしてシャルドネの手を取り、指で文字を書き込む。
と、う、ち、ょ、う、さ、れ、て、る……と。
次いでシャルドネの頭にポンと手を置く。
言葉を介さず、直接話をする為だ。
<精霊魔術だ。術者本人と、逃走役がいる>
<二人ですね?>
<ここから狙えるか?>
<詳しい位置を教えてくだされば>
<術者は部屋正面の木の上、右側に張り出した枝の付け根だ。隠蔽術式を使ってる。もう一人は屋敷の外、同じく木の上だ>
<術者を叩きます。残りはボッシュ様にお任せしましょう。いきます!!>
言うやシャルドネが杖を握って両目を瞑る。直後、
バチンッ!!
「ぎゃあ!?」
術者を雷撃が襲った。
「なんだ!?」
アラン達が慌てて身構える。
悲鳴とともに、突然木の上から人が落ちたのだ。
同時に、シャルドネが部屋に飛び込んできた。
「ボッシュさん! 盗聴されてました!」
「なに!?」
「もう一人います! 屋敷の外!!」
「ゲイツ、庭の奴を確保しろ!」
「はっ!」
「シャルドネ!私を飛ばせ!!」
「はい!」
言うや、ボッシュがシャルドネの転移魔法でスッと消える。
ゲイツは「失礼!」と断って窓から外に飛び出していった。
「デル! リンベル! 二人の援護を!!」
「「了解!!」」
窓から飛び降りる二人を横目に、アラン、イスメラルダ、スイレンが即座にランドルフの周囲を固める。
レンレンカブレとシャルドネは扉の外を警戒する為に廊下へと消えた。
そしてクレアは既に窓の外に物理的な結界を張っている。
何の打ち合わせもせずにここまで連携できるのはさすがだった。
防御態勢が整ったのを見定めたカルが外の様子を伺う。
どうやら術者の二人は、既に捕らえられたようだ。
それを眺めながら、
<どうも雲行きが怪しくなってきたな……>
そう心で呟くカルだった。
※
「大変お騒がせいたしました」
騒ぎが一段落すると、ランドルフが皆に向かって謝罪した。
屋敷を伺っていた賊達は屋敷の兵士達によって捕縛、尋問の為に連行されていった。
王城へ連絡していないのは、ランドルフ個人を狙った犯行と見ているからだろう。
「ランドルフ卿……先程の賊は、ランドルフ卿に危害を加えようと?」
「まさか。それはないでしょう。私の立場上、敵……とまではいきませんが、蹴落としたいと思っている輩は多いのです。
今回も、私が何処かに転移したので探っておきたかった……そんなところでしょうか?」
「そうですか。それを聞いて安心しましたわ」
「ははは、ご心配をおかけしましたな。
さて……何だか慌ただしくなってしまいましたが、馬車をご用意いたしました。イスメラルダ様のお屋敷には既に使いを出しておりますので、荷物を持ってあちらにお移りください」
「まぁ……こんな状況でそこまで? ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「お気になさらず。こちらでの滞在期間は三日を予定しております。それまでに荷物の整理と、王都の観光をお済ませください。
そして四日目の朝、当方から迎えの馬車を差し向けます。それでリッテンバウム(レーベンハイト領の街で経済の中心地。レーベンハイト家の本屋敷もある)の方へ。
私は色々とやる事もありますので、一足先にリッテンバウムへ参っております。何かあれば、屋敷のカシムへお申し付けください」
「分かりました」
「街の案内はイスメラルダ様にお願いしてもよろしいですかな? それとも、こちらで手配を?」
「いいえ、私にお任せください」
そう言ってイスメラルダが得意気に胸を張る。
もう二度と訪れる事はないと覚悟していただけに、その顔には笑顔が溢れていた。
愛するアランと一緒に散策できるとあったら尚更だ。
こちらの学院に通っていた頃、スイレンと良く立ち寄ったカフェや街の教会、運河沿いの公園……、今からどこに連れて行こうかワクワクしている顔だった。
もちろん、スイレンも。
それを横目に、カルがスッと歩み出た。
「ランドルフ卿」
「なんでしょう?」
「一足先にお立ちになるとの事ですが、廃絶になるレーベンハイト領の後始末をされる……という事ですか?」
「はい」
「後学の為に、その手練手管を側で見学させていただく訳にはいかないでしょうか?」
「君が? 私は別に構わないが……いいのかね?」
「正直、観光よりもガラに合ってますので。アラン、構わないか?」
「カルがそれでいいなら構わないよ」
「それなら私もご一緒しますね、カル様」
「そうだな。頼む」
「それじゃあ、私も」
「当然、召使いである私も行くのダ」
「遊びに行くんじゃないんだ、お前達はアラン達を頼む」
その一言にリンベルとレンレンカブレの眉がピクリと動いた。
<頼む……ね>
遊んでいろ……ではなく、頼む。
敵の目的がランドルフ卿の動向調査だけだったとは思えない。
間違いなくレーベンハイト領絡みの事件だ。
俺はそれを解決してくる。
だからそれまでイスメラルダを頼む。
そう言っていると解釈したのだ。
「分かったのダ。ますターが良いって言うなラ、イース達と楽しく観光してるのダ」
「うん。ミランダ様へのお土産は、任せて」
「あぁ、任せるよ。と言う訳です、ランドルフ卿。ベル・アザルまで鳴り響いたレイゼバッハ名宰相の手腕、とくと拝見させていただきます」
「ははは……ベル・アザルの未来の宰相殿にそこまで言われては、私も下手な事はできませんな」
そう言って、ランドルフは可笑しそうに笑うのだった。
「それじゃあ、さっそく参りましょう! 荷物を置いたら、運河沿いにある美味しいランチのお店にご案内いたしますわ!」
そう言ってアランの手を取ったイスメラルダを先頭に、一行は部屋を出て行くのだった。
※
「さて……シリング殿、一応聞いておきたい。ここに残ったのは、本当に領内経営のノウハウを得たいからかね?」
見送りを済ませ、ランドルフの私室に案内されると開口一番そう問われた。
部屋にはカルとクレアの他に、ランドルフとボッシュとゲイツのみ。
そしてその質問に対して、
「違います」
と、カルはきっぱり答えた。
「では、何が目的かな?」
「その前に、お伺いしてもよろしいですか?」
「なにかね?」
「一国の宰相の屋敷は、そんなにホイホイと密偵が潜り込んでくる所なのですか?」
「……どういう意味かな?」
「賊とはいえ、精霊を使った盗聴と隠蔽術式は大したものでした。
シャルドネがここにいないのは、他に何か仕掛けがあるかどうか点検して回っているからでしょう。
それ程の手練れを、ただの動向調査に使用するとは思えません。
あきらかに、その先を見据えた偵察。
そう判断し、イースをここから逃がしたのでは?」
「…………」
「また、この一件を王城へは知らせていません。
それは捕らえた事を公にしたくなかったから。
おそらく賊を雇った奴が城にいる。もしくはその手の者がいる。そう思われたのではありませんか?
以上の事から、これはレーベンハイト家に関わる揉め事と考えました。
時期的に見て、まず間違いないでしょう。
そして事がイースに関わることなら、それを全力で排除する。それがここに残った理由です」
「ふむ……なぜ君がそこまで?」
「アランの嫁ということは、俺にとっても主になる方です」
「……なるほど……君は既にイスメラルダ様に忠誠を誓っている……そういう事か」
「はい。そしてそれは俺だけではありません。同行した全員が同じ思いです。
だからリンベルとレンレンカブレはあちらに残りました。
あの二人に任せておけば、例え命を狙うのが目的だったとしても全く問題ありません。
期限はアラン達が馬車でやって来る四日目の夜。それまでにイースに降りかかる火の粉は振り払います」
「……分かった。正直、君がいてくれると心強い。
そしてそういうことなら、私も腹を割って全てを話そう。陛下から賜った、もう一つの使命をね」
その一言を聞いてカルとクレアが居住まいを正した。
一国の王の勅命、それを聞くとあっての事だったのだが、それを見たランドルフがくすりと笑った。
「そう畏まらなくてもいい。少し時間がかかる。軽く腹ごしらえをしながら話しをしよう。
その間に、同行させたい方もいらっしゃるだろうからね」
二人の緊張を解すように、ランドルフはそう告げるのだった。
※
「あっ! あそこが空いてますわ!」
イスメラルダがアランの手を取ってテラス席へと先導する。
ここはイスメラルダとスイレン一推しの運河沿いにあるカフェ。
大きな窓のある広い店内には木漏れ日が優しく降り注ぎ、見晴らしのいいテラスには運河からの爽やかな風が吹き抜ける。
一般的なカフェと違ってテーブルとテーブルの間隔が広く、客の身なりも良い。
おそらくちょっとお高い店なのだろう。
おかげでランチ時だというのに、六人という大人数でもテーブルを寄せて腰掛けられた。
注文する品はもう決まっている。
「ローストビーフと生ハムのサンドがお勧めですわ!」
「この街に来てあれを食べないのは人生の損失です!」
と二人のアピールが凄かったのだ。
「ここは街中に運河が張り巡らせてあるんだね。水路のおかげで街が広く見える。いい街だ」
「はい。水の都……とまではいきませんが、この街は水の便を最大限活用できるよう設計されておりますの。二人乗りのゴンドラもありますので、後でそれに乗って街中を案内いたしますわ」
「それは楽しみだ」
「……なぁ、リン?」
「なに?」
「私達って、ひょっとしテ邪魔者なんじゃないカ?」
レンレンカブレがこそっと囁く。
アランとイスメラルダはもちろん、デルニックとスイレンの二人も良い雰囲気だったのだ。
それを横目に、リンベルがスッと席を立つ。
「ちょっとお花を摘んでくる。レンレン、行こ」
「うん? 分かったのダ。 団長、リンとトイレ行ってくるのダ」
「お花摘み」
スンと澄ました顔で否定するリンベルが、レンレンカブレを伴って店内に消えていった。
「あ〜あ、今頃ますターとクレアも楽しくやってるんだろうなぁ……」
「二人っきりじゃないし、それはない」
「……なぁ、リン?」
「なに?」
「リンって、やっぱりマジメだな」
「薔薇の騎士団たるもの、主を守るのは使命」
「やっぱりマジメか!」
「そんな事ない。単にご褒美目当てなだけ」
「ご褒美?」
「無事に使命を全うしたら、カルに抱きしめながら頭なでなでしてもらうつもり」
「なるホど!」
「ところで、どう?」
「うん? いまのところ魔術を行使してる奴はいないのダ」
「カルの、思い過ごし?」
「屋敷を移動しテ直ぐ出かけたかラ、まだ対応しきれてないだけじゃないのカ?」
「とすると……」
「動くとしたら屋敷に帰ってからダな。まぁ、もう手は打っテあるかラ、私に任せておくのダ」
そう言って、レンレンカブレは自信満々に笑うのだった。
※
コンコン!
「ランドルフ様、ウラバス殿下をご案内いたしました」
執事が扉を開けて頭を下げる。
ランドルフを始め、カル達は既に席を立ち、頭を下げていた。
食事をしながらランドルフが話した国王の勅命。
それは死んだイスメラルダの両親が本当に事故であったのか? その真相を究明するというものだった。
ただ事が王族の死に関わるだけに、それは内密に行う。
そして、それに同行するよう命じられたのが、なんとトレルバーダ国王の長男であるウラバスだった。
『いつまでも不貞腐れてないで、頭と体でも使ってこい』
と、城を追い出されたらしい。
<ほぅ……剣の腕は三流と聞いてたが、どうやら俺の魔力量を感知できてるようだな……>
ウラバスの気配からそう察したカルが感心したように呟く。
というより……カルの見たところ、ウラバスは一流と言えるだけの魔力量を有していた。
それこそイスメラルダに匹敵する程に。
だが悲しいかな、レイゼバッハでは魔術士は剣士よりも格下扱いされている。
カルやアランにしてみたらバカバカしい限りだが、魔術は卑怯という観念が根強いのだ。
だから魔力はあっても制御する鍛錬はしていない。
おそらく知識も学んでいないだろう。
宝の持ち腐れとはこの事だった。
「ようこそいらっしゃいました、殿下」
「来たくて来たのではない。……が、アレイスター卿が事故で亡くなったのではないという不穏な噂も気になっていたのでな。 それより……なぜ、その男がここにいる?」
ウラバスがカルを睨みつける。
学園対抗戦でカールソンを歯牙にもかけなかった男……それが目の前にいて警戒しているのだ。
「今回の一件、協力者という立場で参加いただいております」
「協力者?」
「改めてご紹介いたします。アルベルト殿下の片腕たるお方で、カル・マ・シリング殿と申します。腕前はもうご存知ですね?
そしてそちらの女性はシリング殿の婚約者で、クレア・ティンベル殿。彼女も手練れの魔術士。
お二人共、アルベルト殿下、そしてイスメラルダ様に忠誠を誓う者です」
「……信用できるのか?」
「できます」
ランドルフがウラバスの目を見返しながらきっぱりと答えた。
それにウラバスが一瞬気圧される。
それをカルは見落とさなかった。
ランドルフは五十に近いとはいえ騎士、その負い目から怯んだのだろう。
<この王子に足りないのは自信だな……>
ふとそう思うカルだった。
「まぁ、お前がそう言うなら俺は構わん。こちらの邪魔さえしなければな」
「邪魔もなにも……ウラバス殿下は、シリング殿と行動を共になさっていただく予定です」
「なに?」
「シリング殿には既に了承を得ております。彼は超の付く一流の魔術士です。彼のやること、考えること、それらは殿下の将来に必ずや役立つ事でしょう」
「……まるで、師と仰げと言っているように聞こえるな」
「そう言っております」
「…………」
「…………」
ウラバスがランドルフを無言で睨みつける。
剣士は諦めて魔術士になれ。そう言われたようなものだったからだ。
が、根負けしたのはウラバスだった。
悔しいが、ランドルフの言う事に間違いがあったことは無い。
魔術士如きを名乗るつもりは毛頭ないが、……まぁ、知識を得る分には構わぬか……そう思い返したのだ。
そして、一度そうだと納得すれば人に頭を下げるくらいの器量をウラバスは持っていた。
「シリング殿、よしなに頼む」
胸に手を当て、スッと頭を下げて礼を取るウラバス。
これにはカルの方が驚いた。
イスメラルダとの確執から、さぞ性格の悪い、傲慢な御曹司だろうと想像していたからだ。
「頭をお上げください、殿下」
頭を上げたウラバスをカルがじっと見つめる。
敵意は消えていた。
まるで澄んだ水面の如く、静かな心でカルを見返してくる。
それは魔術士にとって一番必要とされる素質だった。
<一つ、この男を鍛えてみるか……>
気づけば、そんな事を考えていた。
因みに、ウラバスはカルよりも二つ年上だった。




