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愛と正義の魔王様  作者: たじま
11/18

11、執事喫茶の魔王様 〜カル、天才!! そう褒めるな。元いた世界に、そういった要素の喫茶店があった。それだけのことだ。 それでメイド喫茶かぁ? ……。黙った。黙ったね。〜



「お待たせしました、カル様」



月曜日の朝。

先に学校の支度を終えたカルがテラスの花に水をやっていると、制服姿のクレアがひょこっと顔をだした。

カルが水差しを置いて後ろを振り返る。

そしてそのまま動きを止め、じっとクレアに魅入ってしまった。

にっこり笑ったクレアが、朝日に照らされて眩しいほど綺麗だったのだ。



「……エッチなこと考えてます?」

「そんな訳あるか」

「……ホントですか?」

「本当だ」



クレアがじとっ……とした目でカルを見る。

朝の時間がなくなったそもそもの原因がカルのいたずらだったのだ。



「さっきはお前の反応が可愛くて、つい調子に乗った。許せ」



そう言って笑いながらクレアの頭をポンと叩く。

たったそれだけでクレアの拗ねた顔が忽ち笑顔に変わった。

こんな他愛のないやり取りが、何よりも幸せだったのだ。




<とりあえず、素足に見惚れてたのは黙っておくか>


「どうしました?」

「なんでもない」




そう言って鞄を手に取り、玄関を出て鍵を閉める。



「じゃあ、行くか」

「はい!」




クレアが満面の笑顔でカルの差し出した手を握った。

すみれの花香る三月。

朝の日常の一幕だった。





マンションを出た二人は、手を繋ぎながら駅に向かうなだらかな坂道を下っていく。

道の左右の花壇には紫を始め、白や黄色のすみれが咲き誇り、各家庭の玄関扉にはすみれを編み込んだリースが飾られていた。

セレス・アリーナの春の訪れを祝う、バイオレット・フェスティバル (すみれ祭り)が近づいているのだ。


街には笑い声が溢れ、元気な子供達が我先にと学校へと走り去って行く。

それを母親達が笑顔で見送る。

住宅街だけでなく、駅へと続く商店街も賑やかだった。

既に屋台がちらほらと立ち始めていたのだ。

皆、週末の祭りを楽しみにしている証拠だった。


そんな街の喧騒を他所に二人が駅舎の中へと入っていく。

時間が時間だけに列車の中は混雑しているが、ホームの方はそこまでではなかった。乗車口に二人か三人並んでいる程度だ。




「あっちへ行こう」



そう言ってカルがクレアの手を引いてホームの後ろの方へと歩きだす。



<あっちが空いてるのかな?>



とクレアは思ったが、パッと見る限りそんな事はなさそうだった。

だがそこで、クレアはふと気づいた。

カルの向かう先に、杖を突いた一人の老婦人がいることに。


くす。


あのお婆ちゃんが心配なんだろうなぁ……と思うと、つい笑顔が溢れるクレアだった。




二人が老婦人の後ろに並んですぐ、ホームにピーーッ!と警笛の音が鳴り響いた。

列車の接近を知らせ、注意を促す為に駅員が吹いたのだ。

ほどなくして列車がホームに入線してくる。


案の定、列車の中は混雑していた。

身動きできないほどではないが、席は一つも空いていない。

いつものように吊革に掴まったカルにクレアが身を寄せる。

例の老婦人はクレアのすぐ横だ。

ほどなくして列車が動き出すと、車内がガタンと大きく揺れた。ポイントを通過したのだ。

その煽りを受けて老婦人が転倒しそうになるが、クレアが空かさずその背中を支えたので事なきを得た。



「大丈夫ですか、お婆ちゃん?」

「すみませんね、吊革に手が届かなくて……」



老婦人が苦笑いを浮かべる。

背が低く、吊革に掴まるとかえって安定しなかったのだ。



「ちょっと待っててくださいね、お婆ちゃん」



老婦人に笑顔で答えてから、クレアが少し離れた座席をキッと見た。

そこには聖導学園の制服を着た体格のいい男が一人、目を瞑りながら腕を組み、大きく足を広げて三人分の席を占拠している。

取り巻きと思える複数の男達が吊革に掴まっているから、どこぞの貴族の御曹司なのだろう。



「あの……」



クレアが座席を詰めて貰おうと声をかけるより早く、カルがその肩を掴んで止めた。

そのまま老婦人をクレアに任せて、カルが件の男に詰め寄る。




「おい」

「……なんだ?」


男が不機嫌そうに目を開けた。



「身体の弱い方がいる。席を詰めてくれないか?」

「断る」

「ほう、何故だ?」

「見れば分かるだろう。俺はこの通り、体格がいい」

「それで?」


「なに……?」


「体格がいいからなんだ? 通常の三倍の運賃でも払ってるのか?

そうではあるまい。

ここにいる乗客は皆、体格に関係なく距離に応じた運賃を払うことになっているからな。

それはつまり、お前より小さな女性やお年寄りも、お前と同じ額の運賃を払っているということだ。

なのにお前のその態度はなんだ?

縮こまれとは言わんが、その腕組みを解き、広げた足を狭めろ。

それが公共施設を使うにあたってのマナーだ」


「ふん……貴様、私をドルチェミラン・セルバリッチと知っての物言いかね?」


「知るか。そんな免罪符は自分の取り巻きだけに使え。

そしてこれは親切だと言っておく。

これを物言いとか言う時点で、お前の器が知れるというものだぞ」


「なんだとッ!?」


「教えてやろう。

人が人に敬意を払うのは、その人物に対してだ。血筋ではない。

血筋にへいこらするのは弱みを握られた奴か、取り入って良い目をみようとする奴だけだ。

お前の先祖がどれだけ偉業を成した人間かは知らんが、それを盾に威張り散らすな」



「貴様ぁ!?」



怒りを露にしたドルチェミランが、立ち上がって剣の柄に手を掛けた。

それを見て、カルがニヤリと笑う。



「なんだ?決闘か?いいぞ。俺は売られたケンカは買う主義だ。そら、先手を譲ってやるから早く抜け」



まさに一触即発。

それを見て慌てたのは取り巻き達だ。




「ど、ドルチェミラン様、お止めください……」

「こいつ、学園騎士団アカデミー・ナイツです」


「なに!?」



その一言でドルチェミランの顔がサッと青冷めた。

確かに良く見れば見覚えがある。

と言うか、例の決闘でグリューネ家の代表を務めた、義理の息子とか言う奴ではないか。



<たかがグリューネの分際で……それも年下のくせに、我が名誉あるセルバリッチ家に口答えするとは……>



ドルチェミランがわなわなと震えた。

だが聖導学園の生徒が学園騎士団アカデミー・ナイツに、それも席次持ナンバーズちに逆らうのはナンセンスだった。

何故ならそれらは全員が全員、各教科のランクS、勝てる訳がない。

おまけに、あそこにはダグラス・ヴェスカライズとウォルター・マンフレットの二人がいる。

上級貴族であるあの二人に報告されるのは、面倒以外の何物でもなかった。




「ちっ! 行くぞ!!」



ドルチェミランは忌々しそうに舌打ちすると、ちょうど駅に着いたのを幸い、列車を降りて行った。

そこはまだ学園駅ではないのだが、これ以上カルの顔を見ていたくなかったのだろう。

それを取り巻き達が慌てて追いかける。

尻尾を巻いて逃げるとはこの事だった。




「「おおーーーーーーーーーッ!!」」



その時、列車の中に大きな歓声が上がった。

皆、ドルチェミランの態度を快く思っていなかったのだ。



「やるな、兄ちゃん!」

「スカッとしたわ!」


「褒めるな。当然の事をしただけだ。それよりご婦人、席が空いた。早く座るがいい」

「さぁ、お婆ちゃん、お手をどうぞ?」


「ありがとうね」



クレアに介添えされながら腰かけた老婦人が嬉しそうに微笑んだ。









一方、カルのせい(逆恨み)で一本後の列車で登校する羽目になったドルチェミランの不機嫌は最高潮に達していた。

ここまで取り巻き達と一言も口を利かないまま列車を降り、仏頂面なままで校門を抜け、



「ぶわっ!?」



た途端、飛んできた紙ナプキンが顔にペタリと張り付いた。(←カルの広域美化魔法)



「くそ! 今日は何なんだ!!」

「だ、大丈夫ですか、ドルチェミラン様……」

「えーーーい、うるさい!!」



口を濯ぐ為にと取り巻きの一人が差し出したドリンク缶を掴み取り、怒りに任せて足元の地面へ投げつけ、



ゴンッ!!

「あがっ!?」



た途端、跳ね返ったドリンク缶がドルチェミランの鼻柱に直撃した。(←リンベル発案、カルの広域美化魔法)


哀れ、ドルチェミランはそのまま気を失い、盛大に地面に倒れ込んでしまった。

それを他の生徒達がクスクスと笑いながら通り過ぎて行く。

居たたまれなくなった取り巻き達は、そそくさとドルチェミランを担ぎ、その場を立ち去るのだった。










放課後、学園騎士団アカデミー・ナイツ本営。

そこでは今、週末に開催されるバイオレット・フェスティバル、オープンキャンパスに向けての最後の打ち合わせが行われていた。


それは若者達にとって、待ちに待った一日。

何故なら聖導学園はベル・アザル中から選りすぐられた、ごく一部の者しか入学を許されない超エリート学校だ。(コネを使って取り巻きを入学させる貴族もいるが……)

それ故、このオープンキャンパスは毎年好評で、特に学園の最高峰に位置する学園騎士団アカデミー・ナイツの催す喫茶店は、男女を問わず大人気だった。




「……以上だ。まぁ、運営委員の奮闘で、全て順調に事は進んでる。

提出された当日の警備計画にも目を通したけど、特に指摘するようなところもなかった。予定通り団員達に任せて大丈夫だろう。

なので、僕達は僕達の事に専念すればいい。

では、リンベル……そちらの報告をお願いできるかい?」

「了解」



そう返事をして、リンベルが静かに立ち上がった。



「先ずは毎年恒例、学園騎士団アカデミー・ナイツカフェだけど、場所は中央広場のテラスに決定した」


「中央広場のテラス? 」

「一番人気の場所じゃないか。リンベルちゃん、良くあんな所、押さえられたな」


「抽選会場にいた女子全員が結託してオーケーしてくれた」

「結託……? レンレン、まさか変な洗脳魔術とか使ってないだろうね?」


「すルか!」


「安心して。これ全部、写真撮影付き予約席のおかげ」

「ああ、リンベルちゃんが絶対ウケるって言ってた、あれか」

「そう。効果覿面。なんせ、あの予約席には指名券が付いてる。好きな殿方と一緒に『チェキっと写るンです!』で記念撮影するには、シチュエーションも大事。それには、あのテラスは絶好のロケーション」

「『チェキっと写るンです!』ねぇ。魔力を流すと、絵画よりリアルな写真ってのがその場で印刷されるんだっけ? 便利だよな」

「でもあんな人気商品、良く持ってたなリンベル。高かったんだろ?」

「カルがタダでくれた。あれはカルの会社、S&Mカンパニーの製品」


「は?」

「カルの、会社?」


「話が逸れた。それで厨房の方だけど、そっちは私とクレア、それとレンレンで……」


「ちょちょ、待てってリンベルちゃん! カルの会社って何だ!?」


「ダグラス先輩、うるさい。セクハラでぶん殴りますよ?」

「何ドラゴンソードに手ぇ掛けてんだ!? 洒落じゃ済まねぇんだよ!!」


「まぁまぁ、リンベル。今のは僕も気になるよ」

「まぁ、団長がそう言うなら……」



元々、ダグラスをからかっていただけなのだろう。

アランに言われるとすんなり引き下がるリンベルだった。



「それで?カル、いつの間に起業したんだい?」

「起業って程じゃない。魔法工学科に魔道具を研究してる、オレンジ髪で活発な女がいるだろう?」

「ひょっとして……スレンダ・メロディーラインのことかい?」

「そうだ。 梟の記録装置を見せろ見せろと煩いから見せたら意気投合してな。俺の知識と奴の知識、それとレンレンの入れ知恵で色々作ったから、それを売り出すのに会社を作った。それだけだ」

「それだけだって……相変わらず簡単に言うな、君は」

「俺は金とアイデアを出しただけだからな。実際の運営は奴がやってる」

「メロディーラインが?」

「ああ、しっかりした女で信用もできる。仕事のパートナーとしては最適だな」

「因みに最近、私とリンの監修でコンソメの素とか、鶏ガラの素とか、魚介ダシの素とかの粉末調味料も発売したんですよ」

「粉末の調味料?」

「そう。あとトマトケチャップとかソースも。S&Mカンパニーは成長企業。魔道製品だけでなく、食料品にも手を伸ばす」


「何か……僕の知らぬ間に色々とやってたんだね……」


「まぁ……その、なんだ……黙ってて悪かった」

「別に気にしてないよ」

「そうか。ならいい」


「では、話を戻す。団長、カル、ダグラス先輩、ウォルター先輩、それとデルの五人がホール担当。もう執事服は手配出来てる。

私達女性陣が裏方を仕切るのはいいとして、問題はメニュー」

「何が問題なんだい?」


「テラスの厨房でパスタとか簡単な料理なら出来るけど、規模が大きくなった関係で対応に時間が掛かる。

それになにより、写真撮影付き予約席の関係で三十分の時間制にしたから、料理は絶対無理。

なのでドリンクの他はクッキーとケーキのみで行くしかない。……と、思う。

団長が許可してくれれば、後は業者に手配するだけ」


「料理がメインじゃないからね。それでいいだろう。許可する」


「了解、ではそのように。

次に映画の方だけど、これは幸運の女神、クレアが武術科校舎にある大講堂を引き当てた」


「えへへ」


「これで予定より大幅に人員が収容できる」

「ポスターのデキがいいからか、そっちの前評判も凄いぜ」

「前売り券は三十分デ完売なのダ!」

「俺の所にも、まだ前売り券あるかと問い合わせが引っ切り無しにくる。人気は本物だな」

「僕の所もです」









「執事喫茶ねぇ……」



会合も終わった帰り道。

クレア、リン、レンレンと並び立って歩きながら、カルがポツリと呟いた。



「不服なノか、ますター?」

「いや、別に不服って訳じゃない」

「元々、学園騎士団アカデミー・ナイツは毎年喫茶店をやってるんですよ、カル様」

「そう。学園の顔である学園騎士団アカデミー・ナイツの、それも席次持ナンバーズちがウェイターをやるとあって、毎年列も出来る程の大人気。今年はそこに執事服という要素を入れた。これで売上一位は確実」

「それだ。正直、接客業はめんどくさいが、決まった以上は全力でやるつもりだ。俺が思ったのは、男の執事喫茶なんかより、女のメイド喫茶を売りにした方が需要がありそうだと思っただけだ」


「私達の?」

「メイド喫茶?」



カルに言われ、クレアとリンが顔を見合わせる。

正直、そんな発想はなかったのだ。



「学園には女よりも男の方が多いだろう?」

「でも、毎年男の方もたくさんいらっしゃいますよ?」

「そうなのか?」

「うん。学園騎士団アカデミー・ナイツは学生にとって、謂わば目標のようなものだから」


「なるほど……」



<要は純粋に憧れってことか……。俺の元いた世界が不純過ぎるんだな>

と苦笑いするカルだった。



「それに、学園騎士団アカデミー・ナイツの、それも席次持ナンバーズちに女が在籍していること自体、稀なこと。普通は男しかいない。私一人でも十年ぶりの快挙と言われてた。それが今年は三人。はっきり言って異常事態」

「そう言うもんか」

「そう言うもの」

「それはそうと、……よく服まで新丁する予算があったな。結構したんだろう?」

「毎年、お祭り前に清掃員を雇って大々的に校内の清掃をする。でも、今年はその必要がなかった」

「あぁ……アレか」

「そう、アレ。みんなカルのおかげ。思ったより余ったんで私とクレアとレンレンのメイド服も注文した。おかげで、カルに正統派のメイドというものを見せてあげられる。楽しみにしてて」

「ふっ……楽しみにしてるよ。リン・プロデュースの映画も最高のデキだしな」

「ホント、リンにあんな才能があるなんて思わなかった」

「ここはこうシよう、あそこは顔のアップが欲シいとか、すらすら出るのはびっくりしたノだ。まさに頭隠しテ尻隠さずダな」

「能ある鷹は爪を隠すじゃないかな?」

「何にせよ、私は思った事を口にしただけ。それを実現できたのはカルの脳内イメージ映像化装置のおかげ。ありがと」

「礼には及ばん。俺も楽しかったしな」

「ホント?」

「私達だけじゃない、団長やダグラス先輩達も楽しそうだったよ」

「ふふ、なら良かった」









その頃……。


「今日は散々だった……」


疲れきった顔のドルチェミランが、大きく「はぁ……」とため息をついていた。

朝の一件でケチがついたのか、この日のドルチェミランは不幸の連続だった。

校門での空き缶を手始めに、階段では足を滑らせて転倒し、講義が始まれば教科書を忘れた事を講師に叱責され、トイレに立てばお気に入りの万年筆を便器に落とす。

昼食を摂ろうと食堂に行けば満席で、やっと席を確保していざ注文すれば既に品切れ。

今もこうして歩いているだけで、足にちり紙が纏わり付いてくる始末だった。




「ドルチェミラン様、どこかに寄って行かれますか?」

「帰る。どうせ、今日はろくなことがない。ったく、これも全てグリューネの小僧のせいだ(←言い掛かり)」

「ドルチェミラン様、グリューネではなくシリングです」

「同じことだ」


「あっ!? 噂をすればですぜ、ドルチェミラン様」




そう言って取り巻きの一人が指差す先を見て、ドルチェミランの不機嫌な顔が益々不機嫌になった。

カルとクレア、それにリンベルとレンレンカブレの四人が、楽しそうに談笑しながら校門を出て行くところだったのだ。




「ふん、学園騎士団アカデミー・ナイツだからと、偉そうに……」



<まぁ……実際、偉いんだけど……>


と、心でツッコむ取り巻き達。

何せ、学園騎士団アカデミー・ナイツは完全なる実力主義。

コネで入団するのは不可能な上、騎士団を名乗る以上、その人格も選考の対象となっている。

他者に優しく、正義を重んじ、そして何より強い。

そしてそれ等を取りまとめるのが、突出した力を持つランクSの猛者達。

こんな集団が学園の生徒達から絶対的な信頼を得るのは当然の帰結だった。

結果、学園騎士団アカデミー・ナイツは学園内の運営を取り仕切り、あらゆる揉め事の仲裁権を持っている。

生徒会と風紀委員を兼任しているようなものだった。




「そう言えば、ドルチェミラン様……毎年恒例の学園騎士団アカデミー・ナイツカフェ、今年は執事喫茶らしいですぜ」

「執事喫茶? 」

「おまけに、女子はメイド服を着るらしいです」


「何だと!?」

「あ、あのクレアちゃんやリンベルちゃん、それにピルピーチちゃんがメイド服!?」

「そそ、それでおもてなしなんて事をしてくれるのか!?」


「表は男連中だろうから、裏方だろうけどな」

「それでも構わん! メイド姿がチラリとでも拝めるなら!」


「ただ、前売り券は既に完売。 好きな相手を指名して『チェキっと写るンです!』で記念撮影してくれるっていう指定席券は、高値で転売されてるそうだぞ」

「それな~!」

「くそ、欲しかった!」

「まぁ、並べば中には入れるんだ。取り敢えず、メイド服姿は拝んどかないとな」

「そうだな」

「今から楽しみだ」



「執事喫茶か……」

その時、ドルチェミランがニヤリと笑った。



「どうされました、ドルチェミラン様? 」

「すごい悪い顔してますぜ?」


「普段スカしたあいつらが、品格を疑われるような格好で人前に出たらどうなると思う?」

「そりゃあもちろん、学園騎士団アカデミー・ナイツの品位を下げるかと……」


「そうだろう、そうだろう。ふふ……ふふはははははは……!!」



突然ご機嫌になったドルチェミランの笑い声が高らかに鳴り響く。

それを見ながら、



<また、どうしようもない事を考えておられるんだろうな……>

<とばっちりが来なければいいが……>



と不安にかられる取り巻き一同だった。









そうして週末のバイオレット・フェスティバルがやってきた。

この日は天気にも恵まれ、絶好の祭り日和。

街は朝早くから活気付き、街の喧騒がそのまま学園内にも流れ込んでいるかのように、生徒達も皆フェスティバル一色で浮き立っていた。




そんな学園内の喧騒の中心に位置する中央広場のテラス。

開店を一時間後に控え、団員達がいそいそと掃除や開店準備に追われる中、店内ではカルがリンベルの手配しておいた執事服とメイド服が入っている段ボール箱の中を、じーーーっと眺めていた。




「リン」

「なに?」

「これがお前の言う、正統派メイド衣装なのか?」

「もちろ……ん?」



振り向いたリンベルが、カルが摘まんで持ち上げたメイド服を見て固まった。


色は指定通りの黒だが、シャツはなく、代わりにあるのは白い襟と黒いリボンだけ。胸元はどう見ても黒いフリルで飾られただけの黒いブラジャー。

いや、ブラジャーと呼ぶのもおこがましい。小さな三角形の布が紐で繋がっているだけなのだ。

これでは胸の谷間はもちろん、下乳すらも丸出しだ。

そして下に至っては、もはや何の役にも立っていない小さな白いエプロンに、黒の超ミニスカートと純白のニーハイ。

如何わしいにも程がある。


「…………」

「…………」



互いに無言で見つめ合う二人。

それに気づいたクレアとレンレンカブレが、カルの持ったメイド服を横からそっと覗き込んだ。



「え……?こ、これ着るの? お腹が丸出しだし、上はフリルの付いたブラだよ?」

「おぉ、パンツが丸見えなのダ」



「……カル?」

「なんだ?」

「なに、その衣装?」

「知るか。俺が聞いてるんだ」


「…………」

「…………」


「……あの……カル様? これ、着ないですよね?」

「当たり前だ」


「……なるほど……分かった」

「なにが?」

「真犯人」

「ほぅ……」

「犯人はこんな衣装を喜ぶような変態。そして、逸早くこれを拝もうと真っ先にやって来るはず。つまり……」

「つまり?」


「よう! お疲れさん!」


その時、扉がガチャ!と開き、 (運悪く)笑顔のダグラスが現れた。

皆の視線が一斉に注がれる。



「決定。案の定、犯人はダグラス先輩」

「なんのだ!?」









「誤解もいいとこだぜ。だいたい、俺なら衣装は水着にする!」



事の経緯を聞いたダグラスが身の潔白を証明するが如く高らかに吠えた。




「ますター、変態が大声で何か言ってルぞ」

「歪んだ自己性癖は便器に向かって主張してください。マジ、セクハラで燃やしますよ?」


「そこまで引くな! 場を和ませる小粋なジョークに決まってんだろ!」

「どうだか?」

「うん? どうしたのダ、クレア?」


「いえ、そうなると……やっぱり犯人はダグラス先輩なのかなぁ、と……」

「あん?なん……で?」



そこでダグラスの言葉が途切れた。

クレアが衣装の入った箱から取り出し、ぷらりと摘まんで見せたのが、何と黒いビキニ(と言っても、男性用の競泳水着)だったのだ。



「く、クレアちゃん? なにそれ?」

「ダグラス先輩の大好きなビキニの水着ですね」


「へ、へぇ……」

愛想笑いを浮かべるダグラスの頬を冷や汗が伝った。



「ダグラス先輩、なにか言うことは?」

「誤解だ!!」









「つまり、女子の正統派メイド服が如何わしいメイド服に、そして男子の執事服が黒いビキニと蝶ネクタイにすり替わっていると?」

「そういうこと。団長、犯人のダグラス先輩に死罪を」

「だから誤解だって!」


「まぁ、待てリン。仮にダグラス先輩が犯人だとして、その動機はなんだ?」

「動機?」

「ダグラス先輩も同じ水着を穿くんだ。ある意味被害者とも言える」


「そうだそうだ!」


「男子のビキニは被害者と見せかける為のカモフラージュ。そして動機は、私達の……クレアの生足、へそ出し、胸元ポロリを見たいから」



「アラン、火炙りでいいか?」



「ちょっと待てぇ! カル、こんな所で火を出すな!

おい、ウォルター! デルまで! 何こっそり椅子引いてんだ! 俺を見捨てるんじゃねぇ!!」


「まぁ、待ってくれカル。気持ちは分かるけど、ここは押さえてくれ」

「ふん、分かっている。今のは軽い冗談だ」


「お前のマジ顔は冗談に見えねぇんだよ!」


「ダグラスもそこまでだ。それよりもっと建設的な話をしよう。何せ開店まで1時間もない」

「だが、アラン……このままこの衣装でやるのは論外だ。もう制服でやるか、うちの催し自体を中止にするしかないと思うが?」

「でも、ウォルター先輩……執事喫茶って事で前売り券は完売、指定席券なんてプレミア付いて転売されてるくらいですよ?今さらそれは……」


「まぁ、待て。アラン……一つ確認なんだが」

「なんだい?」

「城に行けば、メイド服や執事服など有り余ってるんじゃないのか?」

「そうか! 今から僕とカルで取りに行けば良いのか!」

「学園内での転移魔法は……まぁ、緊急時と言うことで事後承諾でいいだろう。それと犯人だが……これは俺に任せておけ」



そう言って、カルはニヤリと笑うのだった。










「ラコタ、お前の手に入れた予約席は十一時だったな?」

「はい、ドルチェミラン様」



学園内のベンチにドカッと腰掛けながら、ドルチェミランが大きく足を組み、晴れ渡った空を見上げた。

そして、あの忌々しいカルのビキニネクタイを大空に思い描く。

冷静を装いながらも羞恥に震えるその姿は愉快以外の何物でもなかった。



「ふふん、前売り券が仇になったな。これでは今さら中止も不可能だろう。これで奴らの無様な姿を拝めるという物だ」



一方、その周囲では取り巻き達が、こちらはソワソワした表情で予約した時間が来るのを今か今かと待ちわびていた。



「クレアちゃんがあの服着るのかぁ……」

「む、胸から目が離せない」

「リンベルちゃんのあの、スラッとした足も綺麗だろうなぁ……」

「ぴ、ピルピーチちゃんがあの背徳的な衣装を……俺、今日という日を絶対心に焼き付けるよ」

「そうだな……」

「ば、ばか……泣くなって」

「だってよ……」



涙まで浮かべ始めた取り巻き達を眺めながら、ドルチェミランがそっと瞼を閉じた。

そして今度は、美人揃いで有名な学園騎士団アカデミー・ナイツの女子達が、男子の欲望の詰まったあの服を着たところを思い浮かべる。


クレアのあの大き過ぎず、それでいて形の良い、ツンと張り出した胸の膨らみに食い込む黒いブラジャーを……、


リンベルの引き締まった、だが決して筋肉質ではない、彫刻のように流麗なウエストを……、


そしてピルピーチの、足を閉じても隙間のできる、あの細い足とミニスカニーハイが織り成す最高のコラボレーションを……、



にまり。


つい頬が弛んでしまった。



「ところで、ドルチェミラン様?」

「な、何だ? 」



慌ててにやけ顔を納め、ドルチェミランがスッと目を開いた。



「その梟の人形……くりっとした目で時折頭を傾げて、とっても可愛いですね?」

「梟の人形?」



ベンチに腰かけたドルチェミランが、取り巻きの一人が指差す先を見る。

そこはドルチェミランの隣、背凭れの上で、いつの間にやら手乗りサイズの梟の人形が一羽、ちょこんと鎮座していた。

くりっとした目で、ドルチェミランをじっと見つめながら。



「何だ、これは?」

「ドルチェミラン様のじゃありませんので?」

「違う」



その時だった。



「いたぞ!!」

「シリング六席の情報通りだ!!」


「「なな、何だ!?」」



突然現れた学園騎士団アカデミー・ナイツに取り囲まれ、ドルチェミラン達があきらかに動揺した。

心当たりが有りすぎたのだ。



「き、貴様等! 私を誰だか知っての狼藉か!!」

「黙れ! ドルチェミラン・セルバリッチ! テラスへの不法侵入と窃盗、並びに威力営業妨害の疑いで身柄を拘束する!!」

「ななな、何だと!?」



<何でバレた!?>

その言葉を飲み込み、途方にくれながらお縄につく一同だった。









「お待たせしました。これより開店します。最初のお客様、こちらへどうぞ」


「「きゃあーーーーーーーーーッ!?」」



朝十時。

学園騎士団アカデミー・ナイツ席次持ナンバーズちが勢揃いする中、団長のアランがカフェのオープンを宣言すると、中央広場には黄色い歓声が響き渡った。

もちろん、アランを始め全員が真っ当な執事服とメイド服を着用している。

カルの機転のおかげだった。




「さすが団長なのダ」

「ちょっと笑顔を振り撒くだけで、すごい歓声」

「ダグラス先輩やウォルター先輩、デルも人気じゃ負けてないみたいだね~」



笑顔で案内されていく女性客と、それを見送る順番待ちの女性客達の興奮と熱気。

それは予想していた以上のものだった。

のだが、



「はぁ……なっていな……」



それを眺めていたカルが、何故かやれやれと言った顔でため息をついた。



「カル様……?」

「どうしたの?」

「なにがダメなのダ、ますター?」


「アランも含め、皆、普段から執事は見慣れてるだろうに……仕方ない、俺が執事喫茶のなんたるかを見せてやろう」



そう言ってカルは表情を引き締めると、次の客を迎え入れる為にツカツカと歩いて行ってしまった。

それを三人が首を傾げながら見送る。



「何か問題あったのかな?」

「さぁ?」






「あっ!? 私達、シリング君だ!」

「やった!」

「あ、あの……シリング君……その服、とっても似合って……」



女性客が喜びを露に話しかける。

だが、それが聞こえていないかのようにカルはピタリと立ち止まると、右手を胸に当て、スッと頭を下げた。そして、



「お帰りなさいませ、お嬢様」

「「え……?」」



カルの客が、いやその場の女性客全員が言葉を失った。

カルの接客が予想外だったのだ。

だがその静寂も、続くカルの一言で悲鳴へと変わった。



「お疲れでしょう。お茶の用意ができております。さ、こちらへ…… (にこ)」



「「きゃあーーーーーーーーーーーーッ!?」」



「うぉっ!?」

「何だッ!?」



それは店内で接客をしていたダグラスやウォルター達がビクリと肩を震わせるほど、大きな歓声だった。




「うるサいのだ……」

「そっか。執事って言えば、ああだもんね」

「うーん、確かにフィールはあんな感じナのだ。要は団長達は成りきレてないって、ますターは言いたかっタのだな。なぁ、リン…………って、どうしたのダ、リン?」



「き……」

「き?」


「きゃあーーーーーーーーーッ!? 私も! 私もカルにおもてなしぃーーーーーーーーーッ!!」


「落チ着け、リン」



目をハートにさせて駆け出そうとするリンベルの首根っこをレンレンカブレがひょいと掴んだ。

ホントに客の列に並びかねない勢いだったのだ。



「私達は迎える側だからねぇ。ほらほら、そろそろ厨房に入らなきゃ」

「行くノだ、リン」


「やだぁーーーーーーーーーーーーッ!?」



後ろ髪を引かれるとはこういう事なのだろう。

クレアの重力魔法で物理的に浮かされ、レンレンカブレに襟を引かれて連行されて行くリンベル。

やがてその悲痛な叫び声は、厨房の中へと消えて行くのだった。









「うわっ!? 」

「な、なんだこれは……?」

「すごい人気ですね〜」


カルやリンベル達の様子を見ようと学園騎士団アカデミー・ナイツカフェへとやって来たバルビエッタ達四人が、その余りの繁盛ぶりに思わずたじろいだ。

入り口はおろか、テラスを取り巻くようにして人、人、人の垣根が出来ていたのだ。



「どうやら中に入れない人達が、せめて一目だけでも執事服をお目にしようと群れてるようですね」

「まるでゾンビの群れだな」

「男子もいるって事は、リンベル達のメイド服も目当てなのかなぁ」



エレノアとアルバータ、マルグレーテが呆れたように呟く。

その時、女子達の間から『きゃあ!?』と大きな歓声が上がった。

誰に対してかは知らないが、カルが窓の向こうの店内からチョイチョイと手招きしたのだ。


バルビエッタ達が無言で顔を見合わせる。



「私達……だよな?」

「ご飯でも奢ってくれるんでしょうか?」

「まさかぁ」

「とりあえずカル様が呼んでるんだ、行かねばなるまい」



アルバータの意見に頷きあったバルビエッタ達は、突き刺す視線を背中に感じながら店内へと入って行くのだった。









「いいところに来た。実は人手が足りん。すまんが手伝ってくれ」

「あぁ、そういう事ですか。もちろん、私達は構いませんが……でも、よろしいのですか?」

「何が?」

「だって私達……」

学園騎士団アカデミー・ナイツじゃありませんけど……」


「俺が許す。今、トラブルがあって他の団員が出払ってる。猫の手も借りたいところだ。

更衣室に予備のメイド服があるから着替えてこい。

そしたらバルビエッタは中でクレア達の補佐を、残りはホールでテーブルの片付けとセッティングを頼む」


「分かりました。そういう事でしたら、お手伝いさせていただきます」

「頼まれましょう!」

「異議はない」

「ですね」









「クレア、手伝おう」

「バルビエッタ!? どうしてここに?」

「カル様に頼まれた。食器洗いはレンレンで、軽食の準備はリンベルか。なら紅茶の準備は私がやろう。クレアは全体の指揮を頼む」

「ありがとう! 助かるよ〜」

「得意分野だ、任せておけ。ところで……あれはどういう状況なのだ?」

「え? あぁ……」



バルビエッタの指差す先を見てクレアが「あはは……」と苦笑いを浮かべる。

そこではリンベルが目にいっぱいの涙を溜めながらケーキを切り分けていた。



「執事に成りきったカル様に心撃ち抜かれたみたい。今すぐ飛んで行って接待受けたいけど、ここの仕事があるでしょ?」

「そのジレンマで泣いてるという訳か……」



その時、リンベルの首がぐるんと回ってこちらを見た。会話が聞こえていたのだろう。

そして、


「あれはズルい……反則……お客が恨めしい……」


そう呟くと、亡者のような虚ろな瞳で再びケーキを切り分け始めた。



「なんか、呪われそうなケーキだな……」



そう言ってバルビエッタは苦笑いを浮かべるのだった。









「お疲れ様です、ウォルター先輩。 これは私が引き受けます」



ウォルターが接客の終わったテーブルを片付けていると、横から伸びた手がスッと食器を掴んだ。

驚いて振り向けば、そこには笑顔のアルバータが立っていた。



「アルバータ殿?その格好は?」

「カル様にヘルプを頼まれました。片付けとセッティングは私達が引き受けますので、先輩達はお客様をお願いします」

「そうか。助かる。ではすまんが、後を頼む」

「はい、お任せください」




テーブルのセッティングをアルバータに任せ、ウォルターが踵を返して立ち去る。

が、ニ、三歩歩くと立ち止まり、スッと後ろを振り向いた。そして、



「アルバータ殿」

「はい?」

「その衣装、とても似合ってるぞ」

「え……?」



突然の不意打ちにアルバータの頬が真っ赤に染まった。

クスッと笑ったウォルターが再び踵を返して立ち去る。

それを見送るアルバータの顔には、嬉しさが滲み出ていた。










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