1、実は転生魔王様 ~なんで魔王なんてやってたんですか? 知らん~
「……ん…………ん…………ん…………」
炎の灯りがゆらゆらと漂う薄暗い広間に、女の呻き声が静かに響く。
きゅっと引き結んだ口元から絶える事なく漏れ続ける呻き声。
長く艶やかな金髪を三つ編みにした蒼い目の女が、数人の魔族達に犯されていたのだ。
空中の魔法陣から伸びた鎖に両手を拘束され、立ったまま後ろから衝かれ続ける女。
抗っても無駄だと諦めているのだろう。
歯を食いしばり、なにもない虚空をただじっと睨み続けていた。
そんな女を、豪奢な椅子に腰掛け、足を組み、肘掛けに身体を預けながら無気力に見据えている男がいた。
漆黒の鎧に漆黒のマント、漆黒の兜に漆黒の仮面を被った全身黒尽くめの男。
それは人間の敵である魔族達を統べる者、魔王だった。
ここは魔王軍の居城にある謁見の間。
つい先日、魔王軍と人間達との間で一大決戦があった。
そして結果は魔王軍の勝利。
人間達の軍勢は敗れ、散り散りになって撤退した。
この女は軍の中核を担うグループに属していたのだが、騎士団長他全て殺され、ただ一人捕虜になったのだった。
「……お願い……もう、殺して…………」
果てた魔族が次の魔族と交代するまでの束の間の休息。
その時、大粒の涙をボロボロと溢しながら女が懇願した。
それを見た魔族達がくくっと愉快そうに笑う。
だがその瞬間、魔王の脳裏にはある記憶が過った。
霞み掛かった視界が鮮明になり、思考が活性化する。
沸々と怒りが込み上げてくる。
魔王は無言で立ち上がると、おもむろに右手を前に翳した。直後、
ボンッ!!
「「なっ!?」」
女を後ろから衝こうとしていた、馬の頭をした魔族の頭が爆ぜた。
何が起きたのか分からず茫然とする魔族達。
だがそれをやったのが自分達の王だと知った時、魔族達は当然慌てた。
「ま、魔王ッ!?」
「いったい、何をするッ!?」
「失せろ、外道ども」
「「ーーーッ!?」」
魔族達が驚いて目を見張る。
直後、この場にいた魔族は全員、魔王によって粉々に砕かれてしまった。
魔王がパチン!と指を鳴らすと、女を戒めていた鎖が光となって消えた。
拘束を解かれた女が床に崩れ落ちる。
魔王は陛を降りて女に歩み寄ると、おもむろに兜と仮面を脱いだ。そして脇へと放り捨てる。
黒い髪に紅い目をした魔王の素顔は、どこからどう見ても人間のそれだった。
「…………?」
もう身体を動かす気力もないのだろう。女は虚ろな瞳で魔王を見上げている。
その傍らに片膝を衝いた魔王が、スッと女を抱き上げた。
そのまま踵を返し、今度は陛にそっと下ろして座らせてやる。
「これで口を濯げ」
そう言って魔王が掌を翳すと、そこに忽然と水が現れた。
女は言われるままにその掌へと口をつけると、口を濯ぎ、直後には咳き込みながら脇へと吐き出した。
「腹の中を洗ってやる。じっとしていろ」
「あ……や…………」
女がピクン!と震えた。
魔王が女の足を開き、指先を差し入れてきたのだ。
すぐにお腹の奥深くに温かみを感じ、やがて指の隙間から大量の水が溢れ出してきた。
「種族も違うし、孕む事はないだろう」
女が訳が分からないと言った顔で男を見る。
魔王であるはずの男を。
そんな女から視線を外し、魔王が後ろを振り向いた。
どうやら騒ぎを聞きつけた他の魔族達がやってきたらしい。
「騒がしくなってきた。場所を変えるぞ」
そう言って男はマントを外すと、女の肩にそっと掛けてやった。そのまま女を再び抱き上げる。
害意がないのが分かったからか、女も特に抗うことなく男の背に腕を回して抱きついた。
そして、気づけば空の上にいた。
空間転移。
眼下には今まで居たであろう大きな城があり、その周囲には魔王軍十万の軍勢が屯している。
「五キロってところか」
魔王はそう呟くと、城を中心に直径五キロの結界を張った。
眼下では魔物達が何事かと騒ぎだしている。
なにをする気なんだろう?
回らぬ頭で女がそう思った時だった。結界内で大爆発が起きたのは。
それは一瞬の出来事だった。
城の上空が光った。
そう思った時には結界の中を光が満たし、後はこの大爆発だ。
生きている者など一人もいないのは明らかだった。
なのに男は眉一つ動かさずに眼下の光景を眺めている。仲間であるはずなのに涼しい顔だ。
そして確かな事は、散々人間達を苦しめた魔王軍が、今この瞬間、地上から跡形もなく消え去ったという事だった。
「行くか」
誰にともなく呟くと、魔王は目の前の空間にゲートを開いた。
そして女を抱き抱えたまま、その中へと消えていくのだった。
※
ゲートを抜けると、そこは森の中だった。
目の前には綺麗な泉がある。
魔王は女を木の根本にそっと下ろしてやると、無言で枯れ枝を拾い始めた。
ここで野宿するつもりなのだろう。
「……なんで?」
魔王が焚き火を始めると、女がポツリと呟いた。
「なんでとは?」
「なんで、私を助けたんです?」
「助けたかったからだ」
「魔王が?」
「そうだな」
「別に……助けなくても、よかったのに」
「不服か?」
「私……もう生きてても、しょうがないですし」
「しょうがないとは思わんがな」
「だって……魔族に犯されたんですよ?…………こんな穢れた女……気持ち悪がって、誰も近づかない。……きっと、汚物を見るような目で見られて、……避けられて、……影でくすくす笑われて……私にはもう、生きる場所がなくなっちゃったんです。
いっそ、一思いに殺して欲しいです」
女は嗚咽を漏らしながらそう訴えた。
それを見て、男が「ふぅ……」と小さく息を吐いた。
まるで呆れたように。
「お前が自分で思ってるほど、穢れているとは思わんぞ。 少なくとも俺はな。だがまぁ、そこまで言うなら望み通り殺してやる」
「え……? 」
その瞬間、景色が変わった。
森の中にいたはずなのに、見渡す限りの夜空と月が目に入った。
空間転移。
そう理解する前に世界がひっくり返り、今度は地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。
「きゃあーーーーーーッ!? いや、いや、……助けて……いや! いやぁーーーーーーーーーーーーッ!!! …………ひゃれ……?」
気づけば男に抱き抱えられて、もといた森の中にいた。
心臓がバクバクとうるさいほど高鳴っている。
「死にたいんじゃなかったのか?」
涙をボロボロ流す女を見下ろしながら男がニヤリと笑った。
その顔を見た瞬間、急に怒りの感情が込み上げてきた。
「人でなし! あんなの、誰だって助けてって言うに決まってます!!」
「そうか?本当に死にたい奴なら、死を受け入れていたと思うがな」
「…………」
「そう睨むな」
「意地悪……どうせ私は、死ぬ勇気もない女ですよ……」
女は男の胸に顔を埋めると、今度は声を殺して泣き始めた。
「何回犯された?」
暫くすると、魔王が尋ねた。
「そんなの、覚えてません……痛くて……怖くて……悔しくて……早く終わってって……ずっと祈ってた……初めてだったのに……きっと、一生記憶に残って……ずっと、苦しむんだ……死ねもしないで……ずっと、ずっと…………」
「なら、俺がその記憶を塗り替えてやろう」
「塗り、替える……?」
女がきょとんとした顔で男を見上げた。
記憶を消去でもするのかなと一瞬思ったが、それは違った。
「これから俺が、奴等にヤられた以上にお前を犯す」
「え?」
「お前の身体に俺というものを刻みつけてやろう。
何度も何度もイカせてな。
そして俺以外の奴など、頭の中から追い出してやる。
お前はそれを黙って受け入れろ。
そして心に刻め。
俺が一生、お前の側にいている。
一生、お前だけを愛してやる」
「あ、愛してって……こ、こんな所で?……待って……」
「待たん。いくぞ」
「!? や……」
女がぎゅっと両目を瞑って男に抱きついた。
直後、男が侵入してきた。
※
気がつけば男に優しく頭を撫でられていた。
しかもあろうことか、男に跨がったまま、その胸に頬を埋めている。
「……なんで、助けたんです?」
女が気だるそうに尋ねた。
実際、身体がくたくただったのだ。
「助けたかったからだと言ったろう?」
「なんで急に、助ける気になったんです?」
「ああ、そう言う事か」
女の質問の意味を理解したのだろう。
男は女の髪を優しく撫でながら、遠い昔を懐かしむように夜空を見上げた。
「……俺は、ずっと夢の中にいたんだ。
頭の中にはいつも靄がかかってて、何も考えられなかった。
お前が目の前で犯されていても、何も感じる事がなかった。
まるで別世界の事のように、ただボーッと見ていた。
それがあの時……お前が殺してくれと泣いた時……急に視界が開け、頭の中の靄が消え、そして思い出したんだ。前世の記憶ってやつをな」
「前世の、記憶……?」
「昔、愛した女がいた。いや、単に好意をよせていただけかも知れん。
とにかくその女が男共に犯された。
集団で寄って集ってな。
女はその日のうちに自殺したよ。誰に相談するでもなく、孤独に……。
後からそれを知った俺は当然怒り狂った。
だがそれ以上に許せなかった。
女を取られた事がじゃない。
女が短絡的に命を絶った事でもない。
一人の女の人生をめちゃくちゃにし、死に追いやったというのに、誰からも裁かれる事なく、何の罪の意識も持たず、平然と生き続けている男達が許せなかった。
だから罰を与えた。
男達を捕まえ、逃げられんように足の腱を切り、両目を焼き、二度と女に悪さができんよう、局部を叩き潰した。
男達は泣きながら叫んだよ、こんな事をしてただで済むと思うなよ! ってな。
だから俺は笑いながら言ってやったのさ。思う訳なかろう、とな。
俺は奴等の目の前で、自らの首を掻き切った。
後悔などなかった。
死の刹那、ざまあ見ろ!と満足して逝ったのを今でもしっかりと覚えている」
「それで、だ。ここで問題なんだが」
「……?」
「そうして死んだ筈の俺が、……人間である俺が、何であんなところで魔王をやってたんだ?」
「ぷっ!?……そんなの……知りません……」
女が可笑しそうにクスクス笑った。
「それもそうだな」
それを見て男も自嘲気味に笑う。
自分が知らないのに他人が知るはずがない。
「まぁ、そう言う訳だ。お前と昔の女が重なった。だから死んで欲しくなかった。それが助けた理由だ。納得したか?」
「……はい…………ところで、その……」
「うん?」
「あの……何回くらい……イキました?」
「二十回ってとこか?」
「二十回も……?」
よほど恥ずかしかったのだろう。
紅く染めた頬を見られないよう、女は男の胸に顔を埋めるようにして抱きついた。
「……頭が真っ白で覚えてなかったんですけど……私、そんなにイッてたんですね」
「今のは俺のイッた回数だ。お前はその倍以上はイッてたぞ」
「…………」
「どうした?」
「……魔王様って、無敵なんですね」
「魔王だからな。ところでどうだ?」
「どう、とは……?」
「奴等の記憶は消えたか?と聞いてるんだ」
「あぁ……さぁ、どうでしょう? でも……」
そう言って女はそっと瞼を閉じると、幸せそうに微笑んだ。
「目を瞑っても、もう魔王様の顔しか浮かばなくなりました」
「……そうか。それは何よりだ」
「こうしてぎゅっ!てすると、強く抱きしめてくれたの、嬉しかったです」
「お前が可愛かったからな」
「!?…………」
「…………」
「あ、頭を優しく撫でてくれたのも、嬉しかったです」
「お前が可愛かったからな」
「…………」
「…………」
「……そ、それでその……なんだか、心が満たされて……魔王様が、どんどん愛しくなりました……」
「俺も愛しいぞ。お前は可愛いからな」
「…………」
「黙ってどうした?」
「なんでもありません。魔王様って、普通なら言い辛い事も、簡単に仰るんだなと思っただけです」
「思った事を口にしているだけだ。それより痛くはなかったか?」
「え……?」
「大丈夫だったのか?」
「……は、初めはちょっと……魔王様の、キョーアクでしたので……」
「実は俺もびっくりしてた。すまなかったな。でも、すぐに慣れたんだろう?」
「そ、それは……はい……」
「大声で喘いでたもんな」
「そ、それは魔王様が敏感なトコばっかり責めるから……」
「お前が可愛く鳴くからだ」
「だ、だいたい……何度も何度も待ってって言ったのに、待ってくれなかったのは酷いと思います」
「お前が可愛く鳴くからだ」
「あ、あんなの……声を我慢できる訳ありません……魔王様の意地悪……」
「お前が痙攣させながら大声で喘ぐのが悪い。だいたい俺は一度止めてやったろう?なのに、お前が腰を……」
「ち、違う! あれは魔王様が……」
「俺のせいにするな。自分からスリスリと擦りつけて……」
「やぁ!? やめて! 分かりました!分かりましたから、もう許してください!!」
「許して欲しかったら、ちゃんと俺の顔を見て話せ」
「うぅ…………」
「ほら、どうした? ちゃんとこっちを見ろ」
「……ま、魔王様……私が羞恥に震えるのが、そんなに楽しいですか?」
「ふっ……楽しいな」
ガブッ!!
「噛むな」
「 魔王様、ホントは私のこと、お嫌いなんでしょう?」
「そんな事はない。今のはちょっとからかい過ぎたと自分でも思ってる。だから許せ」
「そう思うのでしたら、ちゃんと優しくフォローしてください」
「フォロー? こうか?」
「あっ……」
「それとも、こうか?」
「やっ……」
女がブルッと震えながら再び抱きついた。
そして、うっとりとした顔で瞼を閉じる。
お尻を撫でられたあと、再び優しく侵入してきたのだ。
「魔王様……ズルいです……」
「そうか?」
「そうです。……でも」
「でも?」
「……大好きです」
「俺もだ」
「……魔王様?」
「うん?」
「魔王様のその、……一生懸命愛してくれてる時の顔を思い出すと、なんだか幸せなキモチになります」
「キモチよくなるの間違いだろ?」
カブッ!!
「だから噛むな」
「今のは魔王様が悪いと思います!」
「茶化して悪かった。それで?」
「すごく心も満たされて、幸せですって言いたかったんです」
「これから何度でも、そう思わせてやる。だから安心しろ」
「……ふふ、はい……じゃあ、お願いします」
返事とともに、女は身体中でぎゅっと男を抱き締めるのだった。
※
「それはそうと、魔王はよせ。俺のことはカルでいい」
一通りの事が済んで女が余韻に浸っていると、魔王がそんな事を言った。
「カル……様?」
「カル・マ・シリング。確かそんな名前だったはずだ」
「はず?」
「奴等に名乗った事などなかったからな。十数年ぶりに記憶を漁った」
「カル様……ですか。 ねぇ、カル様?」
「なんだ?」
「ふふ……なんでもないです。名前を呼んだだけですので」
「ふん。さて……これからどうするか。取りあえず、お前の街に行くか? それとも他にどこか行きたい所はあるか?」
「取りあえず、シャワーが浴びたいです」
「シャワー?」
すりすり。
「……そうだな」
「わざわざ触って確かめないでください。カル様のえっち」
「となると近くの町、宿屋ってところか?」
「あと服も。私、裸なんで」
「お前がシャワーを浴びてる間に揃えておく」
「お願いします。でも、その前に……」
そこで初めて、女は男の顔を……カルと名乗った男の顔をじっと見つめた。
だが急に恥ずかしくなったのだろう。頬を染めて再び抱きついた。
「その……クレアです……」
「クレア?」
「私の名前……クレア・ティンベル」
「ふむ、クレアか。良い名だ。クレア」
「はい? なんですか?」
「なんでもない。名前を呼んだだけだ」
「…………」
「…………」
「カル様……?」
「なんだ?」
「なんでもありません。呼んだだけです」
「ふっ……」
「ふふ……ふふふ……」
したり顔で見つめあっていた二人だが、どちらともなくクスッと笑うと、後は堰を切ったように楽しそうに笑いあうのだった。
※
「ところで……カル様って、おいくつなんですか?」
「十七だったかな?」
「私のいっこ上? 月によっては同い年なのかな?私てっきり、三百歳くらいかと思いました」
「そんな訳があるか」