無能令嬢の軌跡
軽いノック音が部屋に響く。
読んでいた本に栞を挟み本棚にしまう。
「どうぞ」
「ララ様失礼致します」
ギィ
部屋に訪れたのは黒と白を基調したメイド服で身を包んだ40代くらいの女性であった。
「確か貴方はサウンド様の…」
「はい、サウンド公子様のメイドをして
おりますサキエルでございます」
メイドは綺麗なカーテシーをしながら名乗る。
「どんなご用件で?」
「はい、サウンド様が貴方様を自室にお呼びですか」
「サウンド様が?直々にですか…失礼日程はいつと?」
「明日の午後3時と仰せつかっております」
幸い明日予定は無い
仮に存在して居たとしても、許嫁たる彼の招待は無碍にはできないが。
「分かりました、伝えてくれて感謝致します」
「もったいないお言葉」
そう言ってメイドのサキエルは部屋を出ていった。それにしても要件とはなんなのだろうか。
気になりながらも明日に備えてベットに身を預けた。
窓から差し込む日光と鳥の鳴き声で目を覚ます、時計を見ると若干の寝坊である事に気づき、ベットから跳ね起る
ドタバタと音を立てないよう気をつけクローゼットの横に立てかけてある、底の浅い木のバケツを床に置き手をかざす
「生まれろ生命の母よ《クリエイトウォーター》」
魔力の消費と共に手から水が生まれる。
いつもより勢い良く作り出した事もあって10秒程で想定の量まで貯まった
「見られては…ませんね」
念のためカーテンを閉める。
裾をまくり生み出した水の中に手を入れて魔術で熱を生み出す徐々に水の温度が上がっていき、適温になった所で手を出した。
作り出したお湯で顔を洗い、寝癖をブラシでとかす。
再びバケツの上に手をかざし、次は水ではなく吸水性の高い土を少量作り出した、みるみるお湯は吸われ姿を消したのを確認した後窓から落とした。
いくら親指程度の大きさとは言え毎日作り出しては捨ててを
繰り返していると自室の窓の下の庭に小さな山ができていた
明日にでも何処かに捨てに行こうかな
「はぁ…全ての人が他属性を扱えれば、こんな事しないで済むのに…」
炎
地
潮
颯
聖
呪
の六属性で構成される神の授け物 "魔術"
人は六つの内"1つ"適正属性持ち、産まれる。
どのような方法は分けられているのか、それは魔術専門家が集い研究している魔術教会でも分かっていない。
だが私は呪を除く五つの属性が扱え、物心ついた時魔術の魅力に支配された私は貴族たる為、受けさせられたマナーやバイオリンの修練の合間合間を見つけては魔術の訓練に費やしていた。
1年程前即ち十四になる頃には全属性最上級の難易度と威力を誇る破級とまでは行かないが、習得に40年かかると言われる 1つしたの級、究極を習得していた。
だが私はこの事を誰にも打ち明けて居ない、家族にも親しい友人にも許嫁にも、理由は三つ。
特異な能力として家のシンボルとして祭り上げられ政治戦争に巻き込まれたく無いから
似たような事だが、均衡を保っている貴族間でのバランスが
崩れ争いがが起きる可能性を捨てたいからだ。
最後に、妹のアンリの気に触ると、どうなるか分からないから…
よって表向きには、潮に適性がありソルナペード家に産まれながら未だ初級までしか扱えない、
'無能"と言う事になっている。
「どうぞ」
「ララ様朝食の準備ができております。本日はご家族全員居らっしゃいますよ」
「珍しい…」
伯爵家ともなると、多忙であり家族揃って食卓を囲むと言うのは稀な事なのだ
「着替え終わったら向かうわ」
衣服にシワや埃が付いていないか姿見で確認し部屋を出て
やたらに長い階段を降りる。
「ご無沙汰しております、父様母様兄上…アンリ」
「座って良いぞ」
「ありがとうございます」
父の許可を貰い、私は長方形の食卓の一番入り口に近い席に着く、一般的な風習で、ある若いからこの席に着いている訳ではない
"家庭内での地位が一番低いからだ"。
対面には兄のクアンタ.左には母マリア、左斜め前にアンリ、父のフィリップは入り口から最も遠い左奥に座っている。
「失礼します」
部屋に来たメイドが食事を食卓に綺麗に並べると
邪魔にならない部屋の隅に佇んだ。
「いいぞ」
父の許可が降りて初めて他の者の食事が始まる。
並べられたのは主にパンとスープである。
会話は無く響くのは無機質な食器の音だけ。
「ララ、侯爵子との関係はどうだ」
沈黙を破ったのは父だった。
「はい、特に問題はないように思います。
本日も自室へ呼び出されております」
「そうか、クアンタ例の件は」
例の件?なんだろうか。
「はい。相手側との交渉を侯爵様が平行線を脱してくださり、理想案とまではいきませんでしたが妥協点を付けてくださいました。結果公爵様を筆頭に賛同を得られました。
反対派もいるものの賛同派が多数なので時間の問題かと、詳しい事は三日後の会議にて提示すると仰せつかっております」
「ほう、よくやった」
父が上機嫌だ。例の件というのはそれほどの物なのか…。
「クアンタ、今日の夜私の自室に来い」
「はい」
私はこの家族関係が嫌いだ、おおよそ家族間の会話と呼べる物はなく、口を開けば政治、政治、政治、政治…
「出かける。食器は下げておけ」
「かしこまりました旦那様」
「お父様」
「どうした、アンリ」
「実は魔術で躓いている所があってね、玄級なんだけど…」
「近い内に時間を作っておこう」
「すまないね、アンリ最近は忙しいものだから」
「気にしないでお兄様お仕事頑張ってね」
食欲を満たした父は、ナプキンで口元を軽く拭い
話したいことが終わったのか早々にどこかへ出かけた。
「さて、僕も私用があってね。母様お先に失礼します」
「ええ、気をつけてクアンタ」
「お母様、私もお先に失礼したします」
兄に続いて姉もどこかへと出かけた。
私も魔術の訓練でもしよう。
「母様、私も魔術の鍛錬に向かおうかと思います、失礼します」
「待ちなさいララ」
母様に呼び止められ、歩みを止め振り返った。
「貴方2ヶ月後には結婚が認められる16歳になると自覚していて?」
「はい」
母は私の目をじっと見つめる。ジリジリとした眼光はつい目を逸らしたくなってしまう…。
「なら良いわ。魔術の訓練も程々に。
そしてスピカ侯爵家に遅れる事は無いように」
「間違ってもそのような事は起きないと誓います」
向かったのは魔物が多く人目の少ない、暗闇の森と言われる地帯。
「さて、今日は多重展開を練習してみますか」
両手で異なる魔術を同時に使う技術、魔術協会でも行える人数が少ない。
「ふぅー、」
ゆっくり、ゆっくりと足元から魔力を両手に流す。
意識するのは血液。
身体中を巡る血と共に魔力を高めること。
「生まれろ生命の母よ」
左手に20cm程の水の玉が生まれた。
「落ち着いて焦らずに」
一度深呼吸し右手に意識を集中させる。
「精錬なる生命の父よ」
ボワッ
手のひらに火種が起きた。
このまま気を離さずに行けば…
ポチャッ
「あっ、」
右手に集中していると左手の水球が離散してしまった。
「まだまだ!もう一回!」
ジュワッ
「あっ……」
ポッチャ
「片手に意識集めちゃうと、どうしても消えちゃうな…」
100回ほど試し、あと少しキッカケがあれば上手くいきそうな手応えはあったが一度も成功することはなかった。
「そろそろ帰ろうかな」
これ以上続けると約束の時間に遅れる為帰りの支度を始めた
と言っても持ち物カゴに詰めた例の土の山だけだが…
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
突如森の奥から悲鳴が聞こえ、私の足は無意識に奥へと向かっていた。
少しずつ悲鳴やら獣の遠吠えだかが混じった騒音に近づく
「居たっ!!」
森の中の開けた草原に、親子が一匹の魔物に襲われていた。
人差し指に魔力を込め、
生み出した5cmほどの水を剣のように鋭くする。
「蒼弾!!」
放った水の弾は目にも止まらぬ速さで脳天を貫き、魔物は地に倒れた
「大丈夫ですか?」
親子に目視で確認できるほどの大きな傷は見当たらない
よかった間に合ったようだ。
「お姉ちゃん後ろ!!」
親に抱き抱えられた女の子が叫ぶ
反射的に振り返ると、森の主と言われる5mを超える犬のように四つ足で歩き鋭い牙と爪オマケに体に電気を纏う怪物が
突っ込んできていた…それも二匹…
まずい!広範囲魔術は間に合わない!
やるしかない!
「一か八かだ!!」
時間はない可能な限り早く速く迅く魔力を両手に収束させる
人差し指に若干の冷たさと熱を感じるような気がする
でも、目で確認しようと気を逸らせば失敗する、
「行け!蒼弾焔弾」
"両の人差し指から放たれた"水と炎の弾丸は襲い掛からんと迫る獣の頭を貫き絶命させた。
やった、できた!できた!
いけないいけない今は親子の方が大事だ
「うそ、怒電狼を一瞬で…」
「すごい!すごい!凄いよお姉ちゃん!」
「あ…な、なんとお礼を申して良いか…」
「いえいえ気にしないでください、人として当たり前のことをしたまでですよ」
「ねぇ!ねぇ!お姉ちゃんはなんで二個魔術を使えるの!なんで違う属性を使えるの?神様の遣いなの?」
キラキラと好奇心に溢れた瞳を真っ直ぐ向けられる
この輝きを守れてよかった
「あはは、そんなんじゃないよ
それにしてもなんで子連れでこんな危険なところまで来たんですか?」
「実は…実家の母が病にかかったと手紙が来まして帰ろうかと…戦争が始まると聞きますしね」
「戦争…ですか?」
「はい、この頃騎士団もなんだか慌ただしくて、つい先日も騎士が一人隣国のアスラン王国の者によって殺されたと聞きます」
そんな情報聞いたことがない、後日兄上辺りにそれとなく聞いてみよう。
「なるほど…それは不安ですね、よろしければ安全な所まで送りましょうか?」
「そ、そんな返せる物なんてありませんし…一応銃持ってきて居ますし…」
「お返しなんて必要ないですよ、それに銃なんてここの魔物には殆ど聞きませんしね、人助けは回り回って自分に帰ると言いますし任せてください」
「…では頼んでもよろしいですか」
「ええもちろん、そういえば名前を聞いてませんでしたね、
私はララです」
「私はミグル、この子はリルルです」
その後は特に魔物が襲いにくるなどの危険な目に遭う事はなく無事、安全な道まで辿り着けた。
「ここからは安全ですよ騎士の方が巡回してますしね」
「本当にありがとうございました」
「良いんですよ、でもさっきの魔術の事はどうか…」
「はい!口にしないと誓います」
「うん!私とお母さんとお姉ちゃんだけの秘密ね!絶対守るよ!」
「安心しました、それではお気をつけて」
「お姉ちゃんまたね!」
久しぶりに家族の温かさと言う物に触れた気がする。
あぁ、夕日が私を照して身も心も暖かかい。
カチカチ
なんだろう胸の辺りで歯車のような音がする
音の主は時計だった、いや今はそんな事より重要な事があった
時計が指し示している時間はとっくに
"約束の三時を過ぎていたのだ"




