再会
それは今でもヒロの心にぐさりと刺さっていた。
それはヒロにとってとげのようなものだった。
野原 ヒロは女性不信である。
それは告白しても振られ続けたからだ。
女性から否定された結果、彼は女性を信じることができなくなった。
ヒロは女性を否定的に見るようになった。
それだけでなく、早くも自分の人生から女性を排除するようになった。
女性には近づかないし、話しもしない。
ヒロにとって女性は理解不能な存在なのだ。
これは今であれば、女性が男性に何を求めているかヒロが知らなかったからだろう。
今から思えば、それは女性に対する、ヒロのセンスのなさだった。
ヒロは愛することを知っていた。
ヒロが拒絶されるのはその愛ゆえであったのだ。
それは当時のヒロには理解できない感情だっただろう。
月州共和国が建国されて20年たった。
月州共和国は月州共和国憲法によって誕生した。
共和国の支配的宗教、国教はシベリウス教である。
シベリウス教とは預言者シベリウスによってもたらされた宗教で、別名「聖道」とも呼ばれる。
月州共和国とはシベリウス教が理想の国家を作ろうという運動から生まれた。
シベリウス教の組織は「聖道会」といい、信徒がまじりあう組織であり、月州全土をカバーしている。
シベリウス教ではシベリウスの著作すべてを「聖典」としていた。
シベリウスは主に宗教的な文学作品を作っていて、生涯にわたって、作品を作り続けた。
それらはすべて「アヴェシュタ(Aweschta)」と呼ばれている。
聖典アヴェシュタの中で主な作品はヘルデンリートで、シベリウスは最もこの作品に力を入れていた。
ヒロは先進的過ぎたのかもしれない。
いまだ「愛」を知らない国民が多数であった時代であった。
シベリウス教は愛の宗教である。
恋は陶酔をもたらし、一時的なもので永続しない。
しかし「愛」は違う。
愛は一時的なものではない。
それはずっと続くのだった。
ヒロはシベリウス教の信徒であった。
ヒロの「愛」は告白した女性たちには理解できなかったのかもしれなかった。
そういった女性たちはみな「恋」で動いていたのであって、「愛」で動いていたのではなかったのだろう。
だが、今のヒロにそれはわからなかった。
ヒロは転校した。
両親の仕事の都合からだった。
シベリウス教では当初建物を「聖堂」と呼んでいた。
しかし、「聖道」と区別するため、「教会」と呼ぶようになった。
「教会堂の」略である。
ヒロは日曜日、教会に顔を出した。
それは新しいコミュニティーに出席することだった。
ヒロは長イスに座って、牧師がアヴェシュタを朗読するのを聞いていた。
それはヒロが知っている個所だった。
ヒロは読書家であった。
ヒロはアヴェシュタをすべて読破している。
そんなヒロの隣に、一人の女性が現れた。
白いブラウスに白いロングスカートといったいでたちの女性だった。
髪は長く茶色だった。
「失礼ですが、ここに座ってもよろしいでしょうか?」
「はい、いいですよ」
ヒロはそっけなく答えた。
「私は綾崎 月奈と申します。あなたのお名前は?」
「野原 ヒロです」
相変わらず、ヒロは女性に対してぶっきらぼうだった。
「え? ヒロ君?」
「?」
「私! 覚えてない? 小さいころ、よく遊んだ!」
「ええ!? もしかして月奈!?」
ヒロにとっては衝撃的だった。
綾崎 月奈はヒロの幼なじみで10年まえに別れた女の子だった。
その女の子と教会で再会したのだ。
「ほんとに久しぶりだね。どうしてこの教会に?」
「ああ、こっちかに引っ越してきてね。おやじとおかんはまだいそがしくて教会には来れなかったんだ。それで俺一人でこの教会にやって来たんだよ」
「ヒロ君が引っ越してきたことは知っていたけど、まさかここで会うなんてね……そう言えばもう聞いた?」
月奈が身を乗り出して尋ねてくる。
成長した月奈はヒロの目から見ても美少女だった。
ヒロはあまり意識しないようにしながら。
「何を?」
「私。ヒロ君の家に同居することになったから」
「えええええ!?」
ヒロは思わず大声を出した。
それを聞いて周囲の人たちの視線が集まる。
「あっ、すいません!」
「アヴェシュタの朗読中です。静かにするように」
ヒロは牧師から注意された。
「え? 同居って何!? おやじからは何も聞いてないけど!?」
「だって、今日言うって竜二さんも瞳さんも言っていたよ?」
「まったく、おやじとおかんめ……」
「ねえ、ヒロ君。今晩家にうかがうからよろしくね」
「あ、ああ……」