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09.黒いポッチ

「……それじゃあ、……出発しましょうか」

 まだ二日酔いが治りきっていないエステルの弱々しい号令の下、俺達はそれぞれ馬車に乗り込んだ。


 エステルとチャロは荷台、俺はグロリアから事前に指示されていたため、彼女と一緒に御者台だ。

 奴隷がいる場合、馬車を準備したり操縦したりするのは基本的に奴隷の仕事らしいのだが、俺は操縦できないため、しばらくはグロリアが操縦しつつ俺にその仕方を教えるというわけだ。


 ちなみに、ここからヴァシアの町まで魔物はほぼ出ないらしい。

 ゆえに彼女達はみな軽装だ。

 グロリアとチャロは昨日と同じようなラフな格好、エステルはローブのみだ。


「タケル、カリオペの谷を抜けたら代わってもらうから、それまで私の操縦の仕方をよく見ておくのよ」

 グロリアはそう言うと、馬に掛け声をかけて馬車をゆっくりと走らせ始めた。


 ……ゆ、揺れる。


 よく見ておけとは言われたものの、正直、俺は目のやり場に困った。

 何せ馬車が揺れるたびに彼女の胸がプルンプルン揺れるからだ。

 いやまあ、もちろんそんなところを見る必要はないのだが……。


 T字路からアルキス王国へ行く道に入り、そのまましばらく西に進む。

 すると、前方に異様に高い城壁が見えてきた。

 左右の山の間を塞ぐように立ちはだかっている。

 この町の他の城壁とは明らかに違う重厚感。

「カリオペの関所よ」

 グロリアが教えてくれた。


 カリオペの関所はミロン王国が警備しているが、現在、ミロン王国と隣国のアルキス王国は友好関係にあるため、関所を通ること自体はそれほど難しくない。

 ただミロン王国はこの交通の要衝を利用して、通行する者から通行税を徴収している。

 税は人と物にかけられているらしい。


 関所に近付くと、その周りはたくさんの人と馬車、そして、それらが巻き上げる砂埃で騒然となっていた。

 税徴収のために、関所の通行が制限されているのだ。

「ここ混むから早く抜けたかったんだよね」

 グロリアがうんざりしたようにぼやくと、

「……ごめん、私のせいね」

 荷台のエステルが申し訳なさそうに謝った。

 昨日飲んでいる時、グロリアが朝早く出発しなくちゃいけないと言ってたのは、こういうことだったのか。


 俺達は馬車の列に並び、一時間ほどかかってやっと役人達がいる所にたどり着いた。

 関所なだけに武装した警備兵らしき人も何人かはいたが、緊迫した雰囲気はほとんどなく、手続きもいたって事務的な感じだ。

 ただ、警備兵が御者台のグロリアを見た途端なぜか厳しい表情をする。

 まるで危険人物にでも出くわしてしまったかのように……。


 けれども、彼女がカードのような物を見せると、すぐにその表情を緩めた。

 エステルとチャロも同じような物を見せた。

 後でグロリアに聞いた話によると、彼女達が見せたカードはバウギルドの組合員証、通称バウカードと言って身分証明にもなるらしい。

 ちなみに、奴隷の身分証明は近くに主人がいれば拘束リングを見せるだけだ。


 身分確認の後、関所の役人は通行する人数と荷物の量を確認して、速やかに税の金額を提示。

 エステルが支払うと、警備兵は「もうお前達に用はない」と言わんばかりに大声を出した。

「行ってよし!」

 それを聞いて、グロリアがまた馬車をゆっくりと走らせ始める。


 パカ、パカ、パカ、……


 カリオペの谷は左右の山がそれほど高くなく、道も険しくないため馬車は順調に進んだ。

「急なカーブの時は少し手綱を引いてね。ほら、馬が速度を落としたでしょう」

 走っている最中、グロリアは馬車の操縦の仕方をとても丁寧に教えてくれた。

 俺も、彼女の手綱さばきに集中する、何度も彼女の急峻な胸の谷間に気を取られそうになりながら……。


******


 昼を少し過ぎた頃、左右の山々が途切れ、開けた場所に出た。

 カリオペの谷を抜けたのだ。

 辺りは草原が広がっており、所々に牛や羊が放牧されているのが見える。

「ここはアルキス平原よ」

 グロリアが教えてくれた。


 アルキス平原は、アルキス王国の約半分を占める大平原だ。

 魔物がほぼ駆逐されているため、家畜の放牧が盛んに行われている。

 イメージ的には北海道って感じだ。


 その平原をしばらく進んだ後、グロリアは馬車を路肩に寄せつつゆっくりと停止させた。

「じゃあタケル、今度はあなたが操縦してみて」

 とうとう俺が操縦しなければならなくなったのだ。

 彼女は俺に手綱を渡すと一旦御者台から下りて、今度は俺の左側に乗り込んだ。

 ……大丈夫かなぁ。

 教えてもらった限りではそれほど難しくないようだが、何しろ生き物が相手だ。

 自動車の運転のようにはいかないだろう。

 ただ、これが奴隷の仕事というのなら仕方ない。

 俺は緊張を抑えつつ、思い切って馬に掛け声をかけた。


 パカ、パカ、パカ、……


 俺の心配をよそに、馬車は何の問題もなく進み始めた。

 馬はちゃんと俺の指示通りに動いてくれている。

 まあ、とはいっても道は一本道でそこそこ整備もされているから、ほとんど指示する事などないのだが……。


「なかなか上手いじゃない」

 しばらく俺の操縦を見ていたグロリアが褒めてくれた。

「いやあ、たぶん馬が初心者の俺に気を遣ってくれているんですよ」

「そんなことないわ、馬はちゃんと御者を見ているから、この人なら大丈夫って判断したのよ」

「そうなんですか。それならうれしいです」

 奴隷と馬、似た様な境遇だから気が合うのかもしれない。



 それからしばらく馬車を操縦し、多少の余裕ができ始めた頃、

「……ところで、タケルは闇エルフの私が怖くないの?」

 唐突にグロリアが変な事を聞いてきた。

 昨日エステルにこの世界のエルフについて教えてもらったが、闇エルフが怖いだなんて一言も言ってなかったはずだが。

 俺は首を傾げつつ聞き返した。

「闇エルフって怖いんですか?」

「悪魔の種族、と言われているわ。何でも人を食うとか」

「はは、それは怖いですね」

 ちょっと笑ってしまった。

 奴隷の俺にさえ優しいグロリアが悪魔のはずはない。

 ひどい冗談だと思った。

 しかし、グロリアは真面目な表情で話を続ける。

「少し前に所属していたパーティーの奴隷は、私の近くにまったく寄ってこなかったわ。私から話しかけたらガタガタ震えだすし……」

「そうなんですか?」

「ええ。宿屋だってそう、私一人だと馴染みの宿屋以外はほぼ確実に断られるわ」

「……」

 そう言われて、昨日グロリア達が宿屋の食堂に現れた時、一瞬周りの客が静かになったことを思い出した。

 あれはグロリアの巨乳を見て驚いていたわけではなかったらしい。

 それに、さっきカリオペの関所の警備兵がグロリアを見て一瞬厳しい表情をしたのも、闇エルフを怖れているがゆえの事か。


「……みんな闇エルフを怖がっていたんですね」

「そうよ。……でも、泣く子も黙る闇エルフの事を知らない人がこの世の中にいるとは思わなかったわ」

 グロリアは奇特な者でも見るような目で俺の顔をのぞき込んだ。

「えーと、あの、信じてもらえないかもしれませんが、実は俺、異世界の人間なんですよ」

「異世界の人間?」

「ええ、どういうわけかこの世界に迷い込んじゃったみたいなんです」

「そ、そうなの?」

 俺がおかしな事を言い出したのでグロリアは少し戸惑っているようだ。

「十日くらい前の事なんですが、……」

 俺はこれまでの経緯を掻い摘んで彼女に話した。


「……というわけなので、この世界の事がまだよくわからないんです」

「なるほど、それで私を見ても平気だったのね」

 グロリアはまだ完全に理解していないようだったが、とりあえずは納得したらしく、何回か小刻みに頷いた。

「……でも俺、グロリア様のこと全然怖くなんかないですよ」

「えっ?」

「奴隷の俺にも優しく接してくれるし、馬車の教え方も丁寧で、とてもいい人だなあって思っていたところです」

「……」

 グロリアの漆黒の顔がわずかに赤くなったような気がした。

「少なくとも、寝ている人を蹴って起こすようなエステル様よりずっと優しいです」

「何ですって!」

 冗談で言ったつもりだったのだが、エステルが真に受けてしまったらしく、荷台で怒鳴り声を上げる。

「冗談です! エステル様もすっごく優しいです!!」

 俺は慌てて言い直した。


「…………」

 そんな俺をグロリアはしばらく無言で見つめていたが、そのあと急に色っぽい微笑を浮かべたかと思うと、その妖艶な唇を俺の耳元に寄せてくる。

「もっとも人は食べないけど、男は食べるのよね。今日はタケルに馬の手綱さばきを教えてあげたけど、次はベッドの上で女の手綱さばきを教えてあげるわ。もちろん、とおっても優しくね」

 そう言うと、グロリアは勢い良く俺の左腕に抱きついてきた。

 彼女の大きな胸が、左腕に思いっきり当たっているぅぅぅ!!

 ……ああ、なんて柔らかいんだぁ、まるで水風船のようだぁ。

 俺は彼女の胸の感触を堪能するために、全神経を左腕に集中。

 そんなわけで、神経の制御を失った顔はだらしなく緩んだ。

「奴隷に変なこと教えないで」

 後ろからエステルの不満げな声が聞こえる。


******


 しばらく進むと、山はまったく見えなくなり、見渡す限り草原となった。

 あちこちに羊の群れが見える。

 グロリアはさっきからずっと俺の左腕に水風船を当ててくれている。

 エステルは荷台で何かの本を読んでいるようだ。

 チャロはずっと静かにしている、寝ているのだろう。


 日差しが強い。

 俺は昨日まで着ていた奴隷服を頭の上にのせて日差しを防いでいたが、それでも首の辺りが日焼けでひりひりし始めた。


 ……?

 なのに、隣に乗っているグロリアが全然平気そうなのに気付く。

 俺なんかよりよっぽど露出度の高い服を着ているのに。

「闇エルフは日焼けしないんですか?」

「えっ?」

 聞いてみると、突然でびっくりしたのか、彼女はしばらく考えていたが、

「どうかなぁ?」

 と言いつつ、いきなりタンクトップの胸元を前に引っ張り、中をのぞき込んだ。

 ……おおっ!?

 おそらく彼女は、日焼けによって服のある所と無い所で肌の色に違いがあるか確認しようとしたのだろう。

 しかし、その行為は俺にとって、いや男にとって何とも言えない情緒があった。


 ……す、すばらしい。

 感動が下半身を襲う。

 グロリアが引っ張ったタンクトップの中に、大きな漆黒の水風船が二つ、窮屈そうにしまわれているのがばっちり見える。

 もう少しで先っぽまで見えてしまいそうだ。


 ……そういえば、闇エルフの乳首は何色だろう?

 純粋に思った、いわゆる好奇心というやつだ、決してスケベ心ではない。

 そう下半身様も言っておられる。


 俺は検証のため、グロリアに気付かれないようゆっくり頭を傾けながら、タンクトップの奥の方に視線を少しずつ入り込ませていった。

 徐々に水風船の全貌が明らかになってゆく。

 ……も、もう少し、……あと少し。

 そして、好奇心が今まさに満たされようとしたその瞬間、

 ……うっ!?

 なぜか背後から強烈な殺気が!

 尋常じゃない、ダークベアに睨まれた時以上のものだ。

 ……な、なんだ!?

 あまりの恐怖に体が硬直してしまい、何とか目だけを動かして後ろを確認すると、そこには、青い眼光をギラギラさせながら俺を睨んでいる魔物、……いや、エステルがいた。

 ……。

 俺は凍りついた、立っていたら絶対に腰を抜かしていたことだろう。

 好奇心は一瞬で消え失せ、俺は震えながらぎこちなく頭を元の位置に戻した。


「日焼けしないみたいね」

 そんなこととは露知らず、肌の色の確認を終えたグロリアが、悪戯っぽい笑顔を浮かべながらその結果を俺に報告する。

「……そ、そのようですね」

 俺は顔を強張らせつつも、何とか冷静に答えた。

 ……それにしても、なんでエステルはあんなに怒るのだろう。


******


 日が傾き、辺りが薄暗くなり始めた頃、前方に小さな宿場町が見え始める。

「お疲れ様、タケル」

 そこでグロリアが微笑みながら労をねぎらってくれた。

 今夜はあそこで泊まる予定らしい。

 ……よかった。

 俺は今日一日、何事もなく馬車を操縦できた事にとりあえず胸を撫で下ろした。

 それほど難しくはなかったが、初めての事だから結構疲れた。

 今夜はぐっすり眠りたい。


 そんなふうに思っていると、

「エステル、今日から大部屋にしない?」

 不意にグロリアが後ろを振り返ってエステルに提案する。

 この世界ではパーティー単位で宿泊することも多いため、宿屋には四、五人程度が泊まれる大部屋も用意されているらしい。

「いいわよ、その方が割安だし。……それにタケルとの仲を疑われないで済むしね」

 エステルは同意したが、なぜかちょっと怒っているような気が……。


「チャロは?」

 グロリアはチャロにも確認したが、

「……タケルの隣じゃなければいい」

 と、彼女は条件付きの同意だった。

 ……もしかして嫌われてる!?

 一瞬不安になったが、まあ女の子なんだからそれが普通の反応だろう。



 宿場町には数軒の宿屋が並んでいた。

「ここにしましょう」

 その中でエステルが指定したのは、まだ石組みの壁が新しい二階建ての宿屋だ。


 俺は宿屋の前に一旦馬車を停め、そこでエステルとチャロを降ろした。

 それからはグロリアの指示に従い、馬車を宿屋の裏手に移動させ、所定の場所に付けた後、馬を馬車から外す作業にとりかかる。

「馬はあの小屋に入れるのよ」

 ここでもグロリアは、宿屋での馬車の停車作業をとても丁寧に教えてくれた。

 本当にいい人だ。

 最後に荷台から必要な荷物を取り出して俺達は宿屋に入った。

 ちなみに、馬車の荷台には鍵がかけられる収納庫が備えられているから全ての荷物を宿屋に運び込む必要はない。

 取り出すのは日用品と貴重品くらいだ。


 その宿屋にはちょうど四人部屋があった。

 十二畳ほどの広さだろうか、奥に窓があり、ベッドが四つ整然と並んでいる。

 田舎だからアルテミシアやカリオペの宿屋ほど綺麗ではないが、それでも野宿に比べればよっぽどましだ。


「えーと、じゃあ……」

 部屋に入ると、エステルは誰がどのベッドで寝るかを手際よく決めた。

 一番奥からチャロ、エステル、グロリア、俺という順番。

 まあ、無難なところだろう。


 その後しばらく部屋でくつろいでいたが、

「夕食の準備ができましたので、食堂へお越しください」

 と、宿屋の女将が呼びにきたので、俺達は一階の食堂に移動した。


 食堂には大きめの長いテーブルが一つだけ置いてあり、そこで宿泊客と宿屋の家族が一緒に食事をするというスタイルだった。

 街道沿いにある小さな宿場町の宿屋は大抵このような民宿風であり、料理も基本的に「おまかせ」らしい。


「葡萄酒はどうされますか?」

 お酒についても食べる前に女将に聞かれたが、エステルは必要以上に首を横に振った。

 さすがに懲りたらしい。

 料理は牧畜が盛んなだけあって羊の肉を使ったものだ。

 カリオペの宿屋より味は落ちたが、その代わり量は多く、十分満足できるものだった。



 食事が終わり、宿屋の家族に軽くお礼を言った後、俺達はぞろぞろと部屋に戻った。

 俺は最後に部屋に入ってドアを閉めたのだが、その直後、

 ……!!?

 事件が起こる。


 なんと俺の前を歩いていたグロリアが、

「さあ寝よう!」

 と言うなり、いきなり勢いよく服を脱ぎ始めたのだ。


 まず彼女の綺麗な背中が、次いでプリンとしたお尻と、妖艶な漆黒の肌がドンドンがあらわになっていく。

 一応パンツは履いていたが、紐のような物でほぼ丸見えだ。


「うっ」

 そんなすばらしい光景を前に、しかし、それがあまりにも不意だったため、俺は不覚にも目をそらしてしまった。

「ちょ、ちょっと、奴隷といったって一応タケルは男なんだから少しは隠しなさいよ!」

 エステルが顔を真っ赤にして注意したが、

「え? 私は全然平気よ」

 グロリアはまったく意に介さず、ほとんど裸の状態でベッドに寝転がっている。


 ……はっ、乳首の色!

 一度は目をそらした俺ではあったが、好奇心はどうにも抑えられない。

 ……グロリアは平気と言っているんだから見ちゃいけないわけじゃない。

 ……むしろこっちが恥ずかしがるからエロくなるんだ。

 俺は自分に都合良く思い直し、ごく自然な動作を装いながら好奇心を満足すべく「チラ見」を断行する。

 ……!?

 が、しかし、残念ながらそこにあったのは、すでに毛布に包まれた彼女の体。

 ……な、なんてこったぁ。

 俺は自分の度胸の無さに思わず天を仰いだ。



「……うぅん、……あぁん、……」


 ……寝られない。

 その夜、俺は隣で寝ているグロリアの色っぽい寝言のせいで、疲れているにもかかわらず気になってなかなか寝付けなかったのだった……。


******


******


 ………………?


 少しベッドが揺れたような感覚があって目が覚めた。

 視界は、薄暗い、たぶん、日の出前だ。

 ……まだ、……大丈夫。

 全然寝足りていなかった俺は、朝になっていなかったことに安心して、もうひと眠りしようと目を閉じ――

 ……んん?

 その時、すぐ目の前に丸くて黒っぽいポッチのような物があるのに気付いた。

 二つ並んでいる。


 ……なんだ、これ?

 寝る前に、こんなもの、あったっけ?

 俺は考えた、寝ぼけた頭でぼーっと、半分眠りながら。

 こういう形の、物といえば…………、

 …………あ、ああ、押しボタンスイッチか。

 俺はそう判断した、眠すぎて、こんな所にそんな物があるかまでは頭が回らない。


 ただ、ボタンスイッチとは不思議なもので、あれば誰しも押してみたくなるもの。

 そんなわけで、俺は半分無意識で手を伸ばし、何となく右側のポッチを人差し指で押してみた。


「ウゥン」


 変わった音が出た、少しこもったアナログ的な音が。

 ポッチは柔らかいゴムのような材質だった。

 ……ラジオのスイッチか?

 そういえば、実家の物置にある年代物のラジオのスイッチに何となく似ているような気もしないではない。


 ……とすると、左はチューニングダイヤルか?

 俺は今度は左側のポッチをつまみ、とりあえず左方向に回してみた。


「ああぁん」


 今度ははっきり聞こえた、どうやら大人向けのラジオ番組が放送されているみたいだ。

 俺の頭の上辺りに音源がある、たぶんスピーカーだろう。


 俺は周波数を合わせるつもりでチューニングダイヤルを小刻みに回しながら、何と無しにスピーカーの方をぼんやり眺める。

 ……あれ?

 しかし、そこにあったのはなぜか女性の寝顔。

 闇に溶け込むような肌をもつ綺麗な女性だ。

 ……ああ、なんだグロリアか。

 それが誰の顔なのかはすぐにわかった。

 ……でも、ラジオのスピーカーがグロリアの寝顔とは一体どういうことだろう?

 俺は寝ぼけた頭でとんちんかんな事を考えながらゆっくり目線を戻していった。


 まずグロリアの顔があり、次に首があり、鎖骨があり、ふくらみがあり、ポッチがあった。

 ポッチはグロリアの顔と繋がっていた。

 ……なんだ、ラジオじゃなくてグロリアのポッチか。

 俺はやっとつじつまがあったことに満足し、また寝ようと目を閉じた。

 すると、寝ぼけた頭の中にグロリアの顔と黒いポッチの画像が交互に浮かんでくる。


 グロリアの、ポッチ、……グロリアの、……ポッチ、……グロリアの……ん?

 ……うっ!?


「うわああっ!」

 俺は寝ぼけが一瞬で吹っ飛んで、ベッドから転げ落ちた。


「えっ、何!?」

 その騒ぎにエステルが飛び起き、すぐに俺のベッドで寝ている裸のグロリアを発見する。

「グロリア、何やってるの!」

 エステルはヒステリックに叫んだが、

「……何って、寝てただけよ」

 グロリアは悪びれもせずにあくびをしている。

「どうしてタケルのベッドにいるのよ!?」

「……えっ、ああ、寒かったからちょっと入れてもらったのよ」

「寒かったって……、それなら服を着ればいいじゃない」

 エステルが呆れて言うと、

「ああ、なるほど」

 グロリアは一応了解したようだったが、しかし、俺のベッドから出ようとはせず、そのまま毛布に包まり寝てしまったのだった。



 結局、俺は闇エルフの乳首の色を感触付きで確認することができた。

 ……寝ぼけてなかったらもっと色々詳しく調査できたのに。

 俺は悔やんだが、でも「旅は長いからまだチャンスはある!」と開き直った。


 ……しかし、次の日から俺の隣はエステルが寝ることになった。

 そして俺は、施錠されたのだった……。

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