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『策略と醜態』

「ほう、逃げられたか」


 豪華な装飾が施された椅子に腰掛ける男は、面白そうに眼を細める。逃がしたことを咎めないことから、やはり逃げられることも想定の範囲内のことだったのだろう。


「申し訳ありません。……ですが、本当は逃げられることをご存じだったのでは?」

 

 形だけの謝罪をし、その手前で(こうべ)を垂れる軍服の男――ゼニスは、呆れたように言い返す。殿下はその言葉に頷きながら肯定の言葉を述べる。


「そうだな、その可能性があることは()()()()()。――して、どちらの方角に向かったのだ?」


 やはり、と思う間もなく殿下は彼らの行き先を尋ねる。まるでそんなものは大した問題ではないというかのように。


「確か、南方へ飛んで行きましたね。途中降下していたので、そこからどこへ向かったのかは不明ですが……」


 私の言葉を聞くと、殿下はクツクツと笑い出した。怪訝(けげん)な表情で見つめる私に、楽しくて仕方がないというかのように弾んだ声で話し出す。


「何、()()()()()辿()()()()()のかと思ったら可笑(おか)しくてな」


「……それで、これからどうするつもりです? 南部の町一体に兵を送りますか?」


 含みを持たせる殿下の台詞に(いぶか)しみつつ、今後の方針を尋ねる。


「いや、その必要はない。即刻兵をベゴニアへ向かわせろ」


「ベゴニア、ですか?」


 ベゴニアは南部でも最南端にある町だ。確かに南方へ向かったとはいえそこまで行くとは考えられなかった。


「ああ、そうだ。ただし町に兵は入れるなよ。ベゴニア南部の入口付近で待ち伏せろ」


 何故そこまで限定的に絞り込めるのか(はなは)だ疑問だが、確信めいた表情から十中八九彼らはそこに現れるのだろう。


 的確な指示を出しつつ、胸の内は誰にも明かさない。そんな殿下の態度にため息をつく。


「そこまで分かっているのに、真意が見えないのは不満ですね」


 直接問いかけても殿下の態度は一貫して変わらない。


「何、もうじき分かるさ。お前は俺の指示に従っていればいい。その腕のこともあるだろうしな」


 殿下は私の右腕を見やる。撃ち抜かれた場所が良かったのか包帯を巻く程度で済んでいた。しかしこれでは当分使えないだろう。


「腕に二発食らったそうだな。だがまだ左腕がある。次は俺もベゴニアへ向かおう。もちろんお前もな」


 この男が動くということは次で必ず捕まえるつもりなのだろう。手負いの私まで連れ出してくれるのは寧ろ好都合だった。


 そうでなくてもあの少年には借りがある。殿下が捕える前に何か一矢報いたいところだった。しかしそれより気になるのは――


「……何故そうまでして、あの少年に(こだわ)るのです?」


 一瞬、殿下は真顔になった。だがすぐにいつもの不敵で余裕のある表情に戻った。


「何……ただの暇潰しだよ。このつまらん世界のな」


 そう、あの男(クロム)でしか、この世界は何も変わらないのだから。



◇◆◇



「着いたぜぇ、兄ちゃん」


 ガタンと音がしたかと思ったら商人にそう言われる。どうやら予定通りベゴニアに着いたようだった。


 俺たちは商人たちに礼を言って別れ、噂の霧が出る所を聞き込むことにした。山があるところと言っても、本来ベゴニアより南部は山だらけであり、どの辺りなのか全く見当がつかないからだ。こういう時は地元民の目撃証言に限る。


「……あんた達、何しに行くんだ」


 最初は聞きたいことがあると言うと気前良く答えてくれていたのに、霧の事を持ち出すと警戒したような目付きで睨まれる。


「どうしても南部にある村に行きたいんだ。霧があるところが目印だと聞いたんだが……」


 男は胡乱(うろん)げな眼差しで俺たちをみる。何かを探っているような視線に居心地が悪くなる。


「南部には山しかない。行っても村なんかないぞ」


 返ってきたのは拒絶だった。あの様子だと他の地元民に聞いても同じかもしれない。だが、これで村があるということに確信が持てた。明らかに知っていて隠している。


「そうですか。……行こう、ミティス」


 男に背を向けると同時に強い風が吹いた。その拍子に、ミティスが被っていたフードが外れてしまう。綺麗なミティスの黒髪が、(ちゅう)を舞うように広がった。


「!!!」


 それを見ていたのか男は絶句していた。無理もないミティスの容姿はまるで芸術品の様に美しい――


「て……天使、様?」


 呆然とした様子でその場から動かなくなった男は確かに『天使』と呟いた。何故ミティスを一目見て天使と分かったのか? いや、今はそれどころではない。


 男の声が思いの外大きかったせいで他の住民からも視線が向けられていた。ベゴニアでの天使の扱いがどうなのか分からないが、面倒なことになるのだけは避けたい。俺は相手の出方を伺うように慎重に声をかけた。


「……ミティスのことを、知ってるのか?」


「ミティス……そう、ですか。ミティス様というのですね……」


 ミティスの名を呟き俯きがちに考え込む男は何かを思案しているようだったが、やがてゆっくりと顔を上げた。


「先程のご無礼をお許し下さい。我々は貴女様が訪れるのをずっとお待ちしておりました」


 さっきまでと打って変わって丁寧な物言いをする男に目を見開く。ここでは目立つので詳しい話をしたいという申し出を受け入れ、そのまま連れられて町の中央にある大きな屋敷に案内される。


 どうやらここはベゴニアの長の家らしく、伝統的な工芸品や独特な模様の織物が飾られている。建物の造りはレンガや石ではなく木を使っているらしい。言われてみれば仄かに木の匂いを感じられた。


 さらに驚くことに座り物は椅子ではなく厚みのある平たい敷物だった。靴を脱いで部屋に入ることにも驚いたが、床に直接座るようなスタイルにも心底動揺した。

 

 落ち着かない様子の俺とは正反対にミティスは静かだった。この部屋に通された時も迷うことなく敷物に座っていたし、出された『緑茶』という飲み物も普通に飲んでいた。緑色の温かい液体に取っ手のないカップを前に、俺はそれを飲むことができないでいた。

 

 ミティスはもう飲み終わったのか最後にズズッと音を立てて(すす)っていた。途中まで静かに飲んでいたのに急に音を立てられて吃驚(びっくり)する。


「ミティス、音を立てるなんてはしたないぞ。気を付けろよ」


 注意するもミティスはキョトンとした表情でこちらを見つめる。


「クロムは飲まないの?」


 俺の注意を聞いてたのか否か、手つかずのお茶に気付いたミティスにそう投げかけられる。不思議そうに見つめられるが俺からしたらミティスの方が不思議だ。


「いや……俺は、ちょっと」


 言い淀む俺に何か察するものがあったのか、尋ねるように聞かれた。


「もしかして、緑茶飲んだことない?」


「……こんな緑色の紅茶は飲んだことないね」


「緑茶も元を辿れば紅茶と同じ茶葉なのよ。違うのは発酵させたかさせてないかくらい」


 話しながらミティスは飲み終わった自分のカップをもう一度手に取ってみせる。


「お茶はこうして両手で持つの。そして飲み終わる最後に音を立てて吸い切るのがマナーなのよ」


「へぇ……」


 世間知らずだと思っていたミティスの意外な一面を知った。これが紅茶と同じものから作られていることにも驚嘆(きょうたん)したが、ミティスがそのことを知っていたことにも驚いた。


 取りあえずミティスの言うように両手で持ち、躊躇(ためら)いながらも緑茶を飲む。紅茶と違い香りはイマイチだが、渋みが薄く仄かに甘いような気がした。


 思いの外飲みやすく、喉が渇いていたこともあり半分以上飲んでしまった。飲み切りたい気持ちもあるがミティスの言うとおり最後に啜るのがマナーなら、俺もやらなければならないだろう。


 紅茶を(たしな)む身としては音を立てて飲むことにかなりの抵抗があるし、そもそも啜ったことがない。ここは諦めて残すことにしよう。そう思う俺の心境を見透かすかのようにミティスは提案してきた。


「今は誰もいないし、せっかくだから練習してみましょう」


「れ、練習!? 何もそこまでしなくても……」


 慌てて遠慮する俺をジッと見つめ続けるミティスに根負けし、渋々啜る練習をする。


 ズルッズルッと途切れ途切れに啜る俺に、珍しく難しい顔をしながらミティスは冷静にアドバイスをする。


「もっと勢いよく飲むのよ」


「こ、こうか?」


 ズゾーッと勢いよく啜ると同時にガタンと横引き扉が開いた。現れたご老人は目を丸くして俺を認めると、ニッコリ微笑んだ。


「おやおやお客人、良い飲みっぷりで」


 あまりの恥ずかしさに身体がカッと熱くなる。穴があったら入りたい気分だ。羞恥に震える俺とは対象的に、ご老人は気を良くしたのかお茶菓子を出してくれた。黙々とお茶菓子に手を伸ばすミティスを尻目に、俺は一人決心する。


 ――もう二度と、緑茶は飲むまいと。

ここまで読んで下さってありがとうございます!先週は投稿できず申し訳なかったです。これからも週一、もしくは隔週で投稿していきますので、最後までお付き合いいただけますと幸いです!

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