『刻まない時計』
ガタンゴトンと馬車を揺らしながら、ベゴニアとの中間地点である『ピアニー』という町に向かっている。もともとそこに用があったらしく1泊する予定らしい。ベゴニアまで乗せてくれるとのことなので、俺達もそこで一晩明かすことになるだろう。
今俺はミティスと同じ馬車に乗っている。話すことはせずボーッと外を眺めていた。
思い出すのは先程の軍服の男。俺を狙い、ミティスに銃を向けた。
何故そんなことをしたのだろうか? 連れ出した俺を狙うなら分かる。だが、ミティスを狙う理由はないはずだ。ミティスを連れ戻しに来たというわけでもなさそうだったし、俺に用があるというのも意味がわからない。
(知らぬ間になんか恨みでもかったか?)
そんな疑問を覚えつつ、外の風景を眺め続ける。サルファーやウィスタリアと違い人工物が少なく、道も舗装されていないので自然が目立つ。剥き出しの土に木々が生い茂る様はどこか懐かしさを感じさせる。
(あれ? この景色、どこかでみたことあるような……)
久々の既視感に違和感を覚える。俺は生まれも育ちもサルファーなので、この辺りには来たことがないはずなのだが。
何だか、ミティスに出会ってからこういうことが多い気がする。そういえばウィスタリアに着いた時もそうだ。来たことなんてないはずなのに迷うことなく宿屋も分かったし、抜け道も把握してた。
覚えがないはずなのに、何故か覚えている。得たいの知れない感覚に急に居心地が悪くなった気がした。
過った思考を振り払うようにブンブンと頭を振り、再び外の景色を追う。そんな時だった。
「……ねぇ」
「な、何?」
ミティスの方から話しかけてくるとは思わず、少しドキリとした。平静を装いながらも返事をする。
「さっきの人、貴方のことを貴族と言ったわ。何故何でも屋をしてるの?」
あの軍服の男が言ったことを覚えていたかと、一瞬顔が歪む。別に大したことではないのだが、
「元だよ、元! 没落したんだよ、俺が小さいときにね」
そう、あれは俺が10歳の頃、何をやらかしたのか泣きわめく父とそれを叱責する母が記憶に蘇る。
あらかた人の良かった父が騙されたか嵌められたかされたのだろう。財産を没収され家も追い出された。全てを失った父は役に立たなかったので、母が実家を頼りつつ何とかしていたように思う。
その間俺は孤児院に預けられていたので詳細は分からない。俺が12歳になった頃には人並みの生活を送れるくらいには立て直していた。
家族のところに戻れたのもその頃だが、孤児院生活のお陰で自立することを覚え、早々に家を飛び出して今に至る。
「今は立派な平民だ。気にすることはない……って、そういや天使ってそういう階級の差ってあったりするのか?」
聞かれるまで今まで天使に対して疑問を持たなかったが、今頃になって気になってきた。
「一応位はあるけど、地底人ほど扱いが違ったりしないわ。あくまで役職。仕事をする上での役割分担だもの」
人間ほど貧富の差はないということか。
「……前から思ってたけどさ、その地底人ってのは何なの?」
何となく差別的な意味合いを持っていそうだと思っていたが、この際ついでに尋ねてみる。
「羽を持たない者あるいは地上に住む者は総じてそう言われてるわ。貴方たちが私を天使と呼ぶのと一緒よ」
「じゃあ、本来君たちは自分のことを何て呼ぶんだ?」
「天上人」
「人……」
「私たちの明確な違いは、羽があるかないかだけだもの」
「ふーん?」
(羽もそうだけど、人間は空には住めねぇけどな)
これだけで大分違うと思うが、ミティス……いや、天使からするとそれだけの違いらしい。今一釈然としないが価値観の違いだと思って納得してみる。
そしてふと思い出す。幽閉された天使の噂が、もう何十年も前の話しであったということに。ところが実際会ってみると、同い年か少し下くらいの年若い少女だったわけだが。ミティスは人と変わらないと言うが、やはり天使は年を取るペースが遅いのだろうか?
「そういやミティスって、ずっと幽閉されてた割に年取ってないね」
そんな疑問を持ち、ついそのまま話してしまう。言ってしまってから女の子に対して失礼だったかと思い、言い直そうとしたが……
「そうね。もうずっと年を取ってないもの」
「んんっ!?」
衝撃の発言に耳を疑う。年を取ってない? それじゃあ目の前にいるこの少女は一体いくつだというのか? いや、そもそも年を取らないとはどういうことなのだろうか?
固まる俺を尻目に、ミティスは胸元から何かを取り出し俺に見せてきた。
「これは私の懐中時計。見て、刻が止まっているでしょう?」
差し出してきたミティスの手には花の模様が施された綺麗な金色の懐中時計があった。確かに時計は16時20分頃を指して止まっている。
「これは私がここに落ちた時間。それ以来、ずっと止まっているわ」
傍目からではヒビ割れもなく壊れてはいないようだった。止まっているというのなら巻いても動かないのだろうし、きっとミティスが意図しているのはそういうことだけではないのだろう。見た目は15、6に見えるが恐らくここで100年以上は過ごしていることになる。
「……天使って長生きだったりする?」
「言ったでしょう? 私たちの違いは、羽があるかないかだって」
それが意味することは、もうミティスの家族や知り合いはいないということだった。いくつかイレギュラーなことはあるが、本当に生き方は人と違いはないらしい。軽い雑談のつもりだったが、複雑な気持ちになってきた。
「ミティスは…………」
咄嗟に出そうになった言葉を押し止める。それはきっと、何度も何度も考えていたことかもしれない。今更それを口に出して言いたくはないだろう。不思議そうにこちらを見るミティスに罪悪感が沸く。
気を紛らわせるために再び外に眼を向ける。気付けば夕日が見え始め、辺りが橙色に染まってきていた。ミティスは、この時間帯に落ちてきたと言う。
――その時、ミティスはどう思ったのだろうか? この美しい夕焼けを見て、絶望に一人、心を痛めていたのだろうか?
思えば、最初から感情の起伏が薄かった。会話のテンポが合わないのもそれは天使だからだとか、性格によるものだと思っていた。でももしかすると、この長い時間を独りで過ごす間に、そうならざるを得なかったのかもしれない。
この美しい天使が、本来どういう人だったのか、もう分かる人はいないのだ。そう思うと、わずかに胸が痛んだ気がした。




