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『幻の村』

「う、ん……ここ、は……」


 目を開けるとそこには木製の天井があった。理解が追い付かずしばし呆けていたが、ハッと我に返り身体をガバッと起こした。


 どうやら何かの馬車の中にいるようだ。俺を寝かせるためか荷物が少々端に退けられていた。中には他に誰も居らず周りの様子を伺っていると、外からミティスの話し声が聞こえてきた。


 ソッと馬車の扉を開く。外ではミティスと御者らしき人達が会話しているのが見えた。


「……そう、…………!」


 ミティスが俺に気付いたようだ。遅れて御者の人達も起きた俺に気付き近付いてきた。


「おうおう兄ちゃん、情けないねぇ! こんな可愛い子残して倒れちまうなんて」


 快活なおっさんにバンバンと背中を叩かれ地味に痛い。


「そうだぞ坊主。お前さんを抱えてオロオロしてたこの子が気の毒だったぜ」


 どうやらあの墜落? の後、ミティスが看ていてくれたらしい。急降下による気絶なんて恥ずかしいし、ミティスの素性を知られると厄介なので黙っておく。


「助けていただきありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」


 ()()()()片足を引き右手を腹部に沿わせ軽く会釈する。御者と思われる人達は俺の丁寧なお礼に吃驚したようで目を丸くしていた。


「いやぁ、そんな貴族みたいな挨拶されると緊張しちまうよ! 楽に話してくれや」


「……そう言ってくれるとありがたいや。俺も堅苦しいのは嫌いなんだ」


 苦笑いしながら安堵する。どうやら俺達のことを普通の一般人だと思っているらしい。追手が来てややこしくなる前に去った方が良いだろう。


「……では俺達はこれで」


 適当に話を切り上げ、そそくさと去ろうとするが何故かミティスが着いてこない。眼で訴えてみるが何やらミティスもジッと俺の方を見つめている。……こういう時は何か言いたいことがあるんだよなぁ。


「ミティス、どうした?」


「……この人達が、もしかしたら花畑があるところを知ってるかもって言ってたの」


「え? 本当に!?」


 前途多難だった花畑探しに光明が見えた。


「期待されてるとこ悪いが心当たりがあるってだけだぜ?」


 それでも無謀にこの世界を探すよりは全然マシだった。踵を返しておっさんに詰め寄り是非聞かせて欲しいと懇願すると、俺の勢いに気圧されながらも話してくれた。


 何でもこの世界の端には忘れられた村があり、そこに住む人々は代々何かを護っていると云われているそうだ。何人もの人間がその噂を聞き村を目指すが見付からず、結局こうした口伝だけが残ったのだと言う。


「それと花畑とどういう関係が?」


「まぁまぁまぁ。話しは最後まで聞けって」


 おっさんは急かす俺を(なだ)めつつ続きを語り出した。




 これは先々代から受け継がれていた口伝なんだが、ある時大雨で道に迷った御者がいたんだ。その日は運悪く雨に加えて風雷(かぜかみなり)と酷い天候で、さらに視界を(おお)うほどの濃い霧が出ていたそうだ。彷徨(さまよ)いながら雨に打たれ過ぎて馬も御者も徐々に衰弱していった。


 そんな時だった。豪雨の中チカッ、チカッと何かが光っているのが見えた。それは段々近付いてきて、あぁ……お迎えが来たのか、と御者は思ったそうだ。


 そのまま近付く光を眺めているとそれは人のようだった。ただ、服装が一昔も前のもので違和感を感じたそうだ。


 意識が朦朧(もうろう)としてた御者はそれを最後に気を失った。そして目を覚ました時、見知らぬ部屋にいたんだ。古ぼけた木造の小さな小屋に、傍には見覚えのない年若い女がいた。


 目が覚めた御者に女は色々聞いてきたそうだ。そのほとんどが今では当たり前のことばかりで、不思議に思った御者は聞いてみたそうだ。


 「あなたは何者なんだ?」と。女は「私たちは天使様の()()()()()を護っている。そしてそのための加護を与えられた民だ」と答えた。




「天使だって!?」


 関連が全くなかった話に急に『天使』というキーワードが入ってきた。そうなると気になるのは一体何を護っているかというところだが……。話を遮ったのを詫び、続きを促す。




 何を護っているかまでは教えてくれなかったそうだがな。その女は御者が回復するまで面倒を見てくれ、数日後には元気になった。


 そして御者が帰るとき、こう言ったそうだ。


 「ここには(よこしま)な気持ちを抱く者は辿り着けない。だからあなたはきっと良い人。ここを真っ直ぐに進みなさい。霧が視界を遮るけど、振り返らないで進めば外に出られる。……でももし、またここに来たいと願ってくれるなら、これを貴方に」


 そう言って女は()()()を差し出した。御者は何の花か尋ねたが、女はそれから口を(つぐ)んでしまい聞き出せなかった。


 後ろ髪を引かれながらも、御者は無事に村を出ることができた。気付けば見慣れた通りに出ており、振り返るとさっきまであった霧はなく、山がたくさんあるだけだった。そうして御者は無事に帰って来れたってわけだ。




「邪な者は辿り着けない……それに青い花、か……」


 その言葉が意味するのは、その村に行ける人が限定的であるということだ。邪な気持ちの者――つまり村を害しようとする者や、悪意のある欲を持った者は近付けない場所。逆に言うとそういう人達を近付けたくない場所ともとれる。


 しかしそれから行った人がいないというのはどういうことなのだろう? 何か特別な条件があるのだろうか?


 出入りする際どちらも霧が出ていることから、霧が発生する場所がポイントだと思うが。御者が貰ったという青い花にも、何か秘密がありそうだ。


「その御者はその後どうなったんだ? 子孫とかいないのか?」


「いねぇよ。そいつぁまたその村に行ったっきり帰って来なかったそうだ。ま、所詮言い伝えだ。過度な期待はしてくれるなよ?」


 話を聞く限りでは御者は望んで再び村に向かったようだ。帰って来なかったということは村に無事行けたか、途中で何かあったかのどちらかだろう。


 誰も見たことのない幻の村。それに御者が貰ったという青い花。確かにそこならミティスのいう花畑があるかもしれない。探してみる価値はありそうだ。


「その話に出てきた村ってどの辺にありそう? 御者がその時迷ったって場所でもいいんだけど」


「そうだな……確か()()()()の方だったはずだが」


「ベゴニア? ここからだと結構かかるな……」


 ベゴニアは南部にある国でここからだと2日ほどかかる。途中に町が存在するが今からだと遅い時間の到着になるだろう。どうすべきかと悩む俺の様子に気付いたのか、おっさんが声をかけてきた。


「困ってるのか兄ちゃん。なら、特別に送ってやってもいいぜ」


「良いのか?」


「ま、頂くもんは頂くがなぁ」


 そう言って指で輪っかをつくる。さすが商人、ちゃっかりしている。生憎今は金に困っていない。普通の馬車料金にプラスしてチップをのせる。


「情報料ということでサービスです」


 そういう俺におっさんはニカッと笑った。


「羽振りの良いお客様は嫌いじゃねぇぜ。おい! 行くぞおめぇら!」


 景気のいい掛け声とともに、俺達はベゴニアに向けて出発したのだった。

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