『要撃と逃亡』
西門付近まで来た俺達は遠目に様子を伺う。案の定、西門の検問はなくなったようだ。兵士がいなくなり、行商人が普通に通過している。予想通り東門に行ったと思われているようだ。今のうちにここを通過しなくては。
「行くよ、ミティス」
彼女の手を掴み早足に門へ向かう。大丈夫、誰も俺達のことを気にしてない。だから、大丈夫だ。流行る気持ちを宥める。
門に近づくに連れ緊張が走る。ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打つ。
もう少し、もう少しで――
「待っていましたよ、クロム殿」
「なっ!!」
後ろから声をかけられる。バッと振り替えると先程宿屋にいた青年が片手を上げていた。その合図を皮切りに潜んでいた兵士達があちこちから現れる。嵌められたと気付いた時には既に遅く、退路を絶たれてしまった。
「殿下の指示通り西門を張って正解でした。やはり今や平民とはいえ元貴族、中々侮れませんね」
「! どうしてそれを?」
「さぁ……ですが、私としても不思議なのですよ。何故殿下は貴方に興味を示すのか」
「……俺に?」
(追手の目的はミティスではなく俺ということか?)
嫌な汗が背筋を伝う。この国の殿下といえばセレスト城の皇太子に他ならない。どうやら、会ったこともないのに厄介な人物に眼をつけられたようだ。とにかくこの場をどうにか切り抜けなければ……。
俺の考えなど見抜いているのか男の眼がスッと細められる。
「あまり手荒な真似はしたくありません。どうしてもというのなら、少々痛い目をみることになりますよ」
軍服の男は丸腰に見えるが懐にナイフか拳銃ぐらい仕込んでいるだろう。他の兵士は片手剣を所持しており、いつでも抜き出せるよう身構えている。
掴んでいる手に力が入る。俺の緊張が伝わったのかミティスの身体が強ばったような気がした。チラッとミティスを伺う。
ミティスの青い瞳は不安など一切ないかのように澄んでいた。まるでこちらの意図を見透かされているようだ。そんなミティスの眼差しに背中を押され、腹を括った。
「ミティス、走れるか?」
小声で問う俺に無言で頷くミティス。それと当時に軍服の男に向かって走り出す。何故だか全く分からないが相手の狙いが俺なら殺すつもりはないはず。
案の定懐から取り出した拳銃を俺達に当てないように撃ち続け牽制を行っている。それでも怯む様子がないと分かると、接近してくる俺達から軍服の男を庇うように周りの兵士が前に出てくる。
その僅かにできた隙間から抜け出そうとするが、それに気付いた近くの兵士が食い止めようと剣を振るう。ギリギリのところでかわしながら何とかすり抜けるも、それを見越していたのか顔の真横を弾が掠める。チリっとした痛みに構わず、俺は振り向きざま取り出した拳銃を軍服の男に向かって迎え撃った。
「つぅッ……!!」
運良く狙った通り奴の右腕に命中する。予期していなかったであろう痛みに悶え拳銃を落としていた。
「ッ! 本当に頭が回りますね……。しかし、当てるつもりがないと思ったら大間違いですよ」
今度は左手で拳銃を取り出す。照準は少し後ろの、ミティスに向けて。
「ミティス!!」
咄嗟にミティスを引っ張る。こちらに倒れ込むミティスの翻るスカートに穴が空いたのが見えた。
(本気でミティスを撃とうとした!?)
その事実に驚愕し焦りが生じる。それを狙い澄ましたかのようにもう一度ミティスに向かって弾丸が飛んでくる。倒れ込んでいる俺達がかわすのは不可能で――。
ほとんど反射だった。咄嗟にミティスを抱き寄せ迫り来る弾丸から守ろうとした。襲いかかるであろう痛みに目をギュッと瞑った。
――しかし、いくら待てども痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けてみると光り輝く銀白が視界に映った。
恐ろしいほどに美しい翼。彼女が天使である証拠。翼を拡げたミティスの姿が、そこにはあった。
かつて室内で見た純白は、太陽に照らされ銀色に輝いて見える。その神秘的な光景に、傍にいた兵士はもちろん、巻き込まれないよう遠巻きに見ていた人々まで見とれているようだった。
「天使の翼は固いと聞いていましたが、銃弾は軽く弾くようですね……」
右腕をダランとさせて恨めしそうに呟く軍服の男。どうやら先程の弾はミティスの翼によって弾かれ、彼の右肩を直撃したようだ。指先からはポタポタと血が滴っていた。それだけの痛手を負っているにもかかわらず、銃口はこちらに向けられていた。
「マズい! ミティス、早く逃げ!?」
フワッと身体が宙に浮かぶ感覚がする。
(あれ? ついさっきこんなことがあったような……)
俺は再びミティスに抱えられていた。今度はお姫様抱っこで。
固まった俺を抱えたままミティスは町の外に飛んでいく。その姿を見た人々は天使が現れたことに一種の狂乱状態に陥っていた。基本的に吉兆とされる天使だが、一部の信心深い人は凶兆とみなしているため多種多様な人種がいるここでは当然の反応ではあるが。
(あれ? ということはミティスに何もせず、幽閉していた王はある意味凄い人だったんだな……)
現実逃避をしながらその事実に気が付く。それと同時にミティスが話しかけてきた。
「クロム……ごめん」
「えっ、何が?」
「もう、限界……」
そう言うと身体がガクッと下がった気がした。いや、正確には高度がどんどん落ちていっていた。
「ミティス! 落ちてる!!」
慌てる俺。
「うん、だからごめん」
ただ謝るだけのミティス。どうすることもできず、ただ地上へ落ちていくしかなかった。
「見事に逃げられてしまいましたね……」
空高く去っていく影に向かって逃げられた男はポツリと呟いた。
地上では野次馬と化した人々を兵士が手分けして宥めて回っていた。その間大人しく応急手当を受けつつ、殿下のことを考える。
――殿下は今回のことをどこまで把握していたのだろうか? 周辺の町一帯に検問を置こうとする自分にここだけでいいと言い、追手に気付かれたら西門を張れと指示した殿下。疑問に思いつつも殿下の命令ならばとその通りにしていたがあまりにも的確過ぎる。
そして一番解せないのは、追い詰めてもいながら見逃してもいることだ。お前のことなどいつでも捕まえられる、だからそれまで好きに逃げてみろ、とでも言いたげな様子で。今回の捕縛に関しても『逃がしてもいい』と指示が出ていた。
今の殿下は何をしたいのか全く分からない。
若き日は野心に満ち溢れていた殿下はいつの頃からか陰鬱な雰囲気を纏うようになった。毎日何かにうんざりしている癖に、何かをずっと期待して待っている。まるでそれしか楽しみがないとでもいうように。
そんな殿下が最近では今までの雰囲気が嘘であったかのように上機嫌に過ごしていた。まさに長年待っていたものが漸く現れたかのように。そしてそれは事実なのだろう。現に以前まで何にも興味を示さなかった殿下があの男に固執している。
――かつて野心を抱いていた時と、同じ眼を宿して。
「伝令です、ゼニス様! 『即刻帰還せよ』とのことです!」
「やれやれ……今度は殿下から何を言われるやら」
そう言いながらも思わず口角を上げてしまう。それはかつて己が認めた殿下が帰ってきたからに他ならない。腑抜けた君主などいらない。頂点に君臨する者が下を振り回すのは当然のことである。保守的な奴など、必要ないのだ。
――だからこれは殿下とは何の関係もない私情。自分が受けた雪辱を果たすために、己もまた動くことに決めた。
「……この借りは必ずお返ししますよ。クロム殿」
未だ痛む右腕を抑えながら、そう強く呟いた。




