『潜入と邂逅』
時刻は深夜1時。人々が寝静まりフクロウの鳴き声だけがこだまする頃、噂の城に怪しげな人物が遠目から様子を伺っていた。
――そう、俺である。
深夜とはいえ月明かりもあり、真っ暗ではない。おまけに俺は自分のポリシーでトレードマークであるやや明るいベージュ色の紳士服を着ている。
暗闇に紛れるよう黒っぽい服を着るのが定石だろうが謎の拘りでそうしなかった。
お陰さまで自分が闇からくっきり浮き出ているように見え、道中で寝ていた酔っ払いに幽霊だと見間違われた。
そんなこんなでやっとこさ城まで辿り着いたが、予想通り正門は閉まっていた。
一番警備がありそうでないこの微妙な時間帯を狙ったにもかかわらず、正門には昼と変わらず2人の門番を配置していた。
(用心深いやつめ……)
わかっていたことだがそう悪態をつかずにはいられない。
この城の王は非常に狡猾で絶対に油断などしない。警備も昼ほどではないが要所要所に必ず配置されている。こっそり潜入しても扉は使用できないという訳だ。
じゃあ、どうやって中に入るか? 答えは簡単だ。
「ここなら誰もいないってわけよ!」
懸命に狭い通路を匍匐前進する。当たり前だが誰も通らないところなので蜘蛛の巣や土埃で大分汚い。折角の一張羅がどんどん汚れていくがお構いなしに進む。
ここはどこかって? ダクトさ! ガタイの良い男なら絶対に入れないし、さすがにこんなところまで警備はいない。
俺は残念ながら華奢な方なので、容易に通れる大きさだった。
ズルズルと身体を引きずりながら潜入する中、換気口の柵から眼下の部屋を眺める。当たりは大体つけてあるが、実際はこうやって部屋を確認していくしかない。地道だがこれが一番確実な方法だ。最短な道などないのだ。
(ん? あそこは……)
火が灯っている部屋があるようで何やら話し声が聞こえる。換気口の近くまでにじりよりソッと覗き込む。
中には甲冑を着た兵士達がいた。休憩中なのか皆鉄帽を外していた。
「はぁぁぁ……暇だなぁ……」
椅子に座って頬杖をついている兵士がボヤくように呟いた。
「今日は特に人手が多いしな。もう俺ら帰ってもよくね?」
「馬鹿! バレたら懲罰もんだぞ」
その一言に便乗して悪ノリする兵に、中には真面目な兵もいるのか注意をしている。
「こんなヘンピなとこまで来るやつなんかいやしねぇのに、なんで将軍様は警戒するのかさっぱりわからん!」
(ここにいるんだよなぁ……)
ボヤき続ける兵士達に少し申し訳なく思う。罪悪感にかられながらも聞き耳を続ける。しかし、それからも愚痴ばかりで天使に関する手がかりは掴めなさそうだった。
諦めてその場を離れようとすると、
「特に満月の日は注意しろとか口を酸っぱくして言われるし、なぁ?」
「そうそう! はぁ……早く家に帰りてぇな……」
(……満月の日?)
思わず動きがピタッと止まる。他になにか言わないか待っていたが、話題は愚痴から別の話になってしまった。
彼らはいざというときの伏兵のようなものだろうが、確かにこの城は厳重な警備と将軍が強すぎることから、犯罪者の中でも忌避される傾向にあった。
滅多なことでは侵入者は訪れない。暇をもて余すのもわかる気がした。
もうこれ以上有益な情報は得られないと思い、再び他の部屋を探しに進む。
ただ1つ、兵士達が話していた内容で気になることがあった。
(そういや今日は満月だったな……)
ここに来る途中、爛々と辺りを照らしていた満月を思い出す。
何故将軍は満月の日に警備を増やすのか? まさか侵入者が来ることを予期して?
――いや、ありえない。俺は昨日依頼を受けたばかりだ。たまたま今日が満月だっただけのはず。
(……偶然、だよな)
一抹の不安を覚えながらも、天使の居場所を探すことに専念した。
◇◆◇
彷徨うこと数時間、ようやく依頼の天使がいると思わしき部屋を発見した。
その部屋は他と明らかに違っていた。まず目に入るのは大きな檻。部屋は豪華なのに檻がど真ん中にあるせいで、物々しい雰囲気が漂っている。
檻の中にはソファにテーブル、ベッドといった生活最低限のものが置かれているのみで他には何もなかった。
さらに様子を伺うと、窓のある方に人影があることに気付いた。恐らく件の天使だろう。部屋が薄暗いせいでどんな表情をしているのかは分からなかった。
――ただ、何かを待っているかのように佇んでいた。
部屋にいるのが天使1人だけと確認してから、檻を利用し部屋に降り立つ。
物音に気付いた少女は俺がいる方へゆっくりと振り向いた。
――その瞬間、息を飲んだ。
月明かりに照らされて恐ろしく整った顔が露になる。目、鼻、唇、おまけに眉毛まで、人間ではありえない程バランスが整いすぎている。近づくのを躊躇うほどの美少女が、そこにいた。
言葉を発せずしばし見つめ合う。
「……貴方は、誰?」
先に声をかけたのは少女の方だった。
「あ……お、俺は……ク、クロムだ」
一方の俺はそれを皮切りに硬直が溶け、しどろもどろになりながらも答えた。
「……貴方はどうしてここに?」
透き通った声に淡々とした口調で話す少女は、心底不思議そうに首をかしげる。
圧倒的な存在感に気圧されていたが、普通に話しかけてくれる少女に段々と緊張がほぐれていくのを感じた。
「君を助けにきたんだ。ある人からの依頼でね」
言ってから自分がここに潜入してきた目的を思い出す。早く少女を助け出そうと檻の扉を探す。
「ある人……。そう、貴方が……」
何か納得したような様子の少女に気付かぬまま、扉の鍵穴を見付けたクロムは解錠を試みる。職業柄ピッキングは得意だ。少しの間カチャカチャと弄っていたが、すぐにカチッと音がなり扉が開いた。
「よし、成功! いつもながら仕事が早いぜ」
調子が戻ってきた俺は自画自賛しながら中にいる少女に外へ出るよう声をかける。
ゆっくりとこちらへ向かう少女。
ふと、その姿に何故か既視感を覚えた。誰かの姿と重なるような気がする。でも、その誰かはわからない。なんとなく、前にも同じようなことがあった気がした。
「それで、どうやってここから出るの? 貴方はそこの扉から入ってこなかったけど」
いつの間にか俺の傍まで来ていた少女は、正面にある扉に目を向ける。どうやら俺が真上から来たことに気付かなかったようだ。
「ダクトから出るんだよ。ほら、上に見えるだろ」
そう言って指を上に向けて指す。少女はそれを目で追い、感心したように頷いた。
「誰かに気付かれない内に早く行こう」
近くに置いてあった手頃な棚を檻の側まで引きずり、棚の上にあがる。
「ほら、君もこれに乗って」
少女に向かって手を差し出す。少女はじっと差し出された手を見つめていたが、無言でそっと手を伸ばした。




