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―エピローグ― 『紡がれる物語』

 ――目を開けると見慣れた部屋が広がっていた。テーブルには乱雑に置かれた書類のようなものと淹れてから時間が経っているのか、冷めた紅茶が2つ置かれている。室内に他に人はおらず、古時計がカチコチと静かに時を刻んでいる。


 どうも意識がはっきりしない。先程まで客がいたらしいが話した記憶もなく、思い出そうとすると(もや)がかったように思考が遮られる。


 訳がわからず、どこかふわふわする身体を落ち着けるためソファに腰掛ける。しばらくじっとしていると、徐々に意識がはっきりしてきた。


 ――あぁ、そうだ。そういえば依頼を受けたのだった。


 テーブルにあるはずの書類を手に取ろうとしてその存在に気付き驚く。テーブルに置いてあったのは書類ではなく、大量の天使の羽だった。


 何故天使の羽がと疑問に思ったが、朧気(おぼろげ)ながら思い出してきた。確か依頼主が、報酬だと言って置いていったのだ。――まだ依頼を達成していないにもかかわらず、見ず知らずの俺を信じて。


 ――? 以前もこんなことがあったような気がしたが……気のせいだろうか?


 まだ完全にはっきりしてこない中、何の依頼を受けたのか思い出そうとする。


 ――あぁ……『幽閉されている天使の少女を助け出す』ことだった。


 ――何故幽閉されているのだろう? 彼女は帰ったのではなかったか? いや、そもそも彼女って誰だ?


 再び意識が混濁してきた。おもむろに胸ポケットへ右手を添える。もちろんそこには何か入っているわけでもなく、何の感触もしなかった。


 ――何故かそれを、寂しいと思った。


 俺はテーブルに置いてある羽に手を伸ばし、1枚掴んでそれを胸ポケットに入れた。


 ふぅと溜め息を吐く。何故だかわからないがこれで少し安心した。


 何もする気が起きずボーっとしていると、何かに急かされるかのように依頼のことを思い出した。


 そうだ、助けに行かなくては。早く彼女の元へ行かなくては。


 あの城の地図は頭に入っている。後は夜を待ち、潜入するだけだ。


 彼女が誰なのかとか、何故城の地図を知っているのかとか、そんな疑問はただ助け出すという思考にかき消されていた。まるで最初からそうすることが決められているかのように。


 夜を待ち、手早く城に潜入する。警備のいないダクトを通り、何故か記憶にある道を辿っていく。やがてとある一室、檻のある部屋に到着した。中の様子を伺うと、窓際に誰かが立っているのが分かった。


 彼女だ――。思わず胸が熱くなる。この感情は何なのだろうか? なぜ自分はこうも見知らぬ誰かに惹かれているのだろうか?


 流行る気持ちを抑え、そっと中に進入する。床が軋んだ音で、ようやく彼女は侵入者の存在に気付いたようだ。


 彼女が俺の方を振り返る。誰が見ても文句なしの絶世の美女の容貌に、少しだけ驚きの色が宿った気がした。


 俺は()()()と同じように自分から話しかけられず、狼狽えてしまう。そして口火を切ったのは彼女の方だった。


「貴方は……貴方は、誰?」


 震える声で尋ねられる。今にも泣きだしそうな声音に戸惑ってしまう。


「あ……えっと、俺は……クロムだ」


「……クロム……」


 噛み締めるように俺の名を呟く少女。その声を聴いて俺はより切なくなった。


 知らないはずの少女。でも、どこか懐かしい、大切だと思えるような彼女を、心の底から抱きしめたいと思った。


 ハッとなり、その考えを消すように頭を振る。初対面の少女に対して自分は何を考えてるんだ! 心の中で叱咤(しった)し、彼女を助け出すために扉を解錠する。


「君を助けにきたんだ……さぁ、行こう」


 彼女に向かってそっと手を差し出す。彼女は差し出された手をじっと見つめている。何かを考えているような彼女の瞳からは、何も読み取ることはできなかった。


 やがて恐る恐るといった様子で、彼女の手が伸ばされる。


 ――そうして二人の紡ぐ物語が、再び始まったのだった。

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