『決断』
どうやらあのまま眠ってしまっていたようだ。昨日と違いベッドで眠れたためか身体が少し軽く感じる。スッキリした気分のまま欠伸をし背伸びをしようとして両手が不自由なことに気が付く。
ジャラッと鳴る銀の手錠が、昨日のことが現実であることを否応なく突き付けてくる。
目覚めの爽やかな気持ちから一転、憂鬱な気持ちに侵される。格子の隙間からは光が差し込んでおり、自分の気持ちとは裏腹によく晴れていることが伺える。
時間はもうお昼近くだろうか。日が大分高い位置まで昇っている気がした。
気分転換もままならない中、やることもなく再びベッドに寝そべる。どうせここから出られないのだ。あまりダラダラするのは性に合わないが仕方がない。
どうしようか考えようとした矢先、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞー」
「あぁ、起きていましたか。食事をお持ちしました」
入ってきたのは今ではもう見慣れた男だった。持っていたお盆をテーブルに置き視線でどうぞと促される。お盆にはスープとパンだけでなくサラダにベーコン、目玉焼きまでもが乗せられていた。思っていたよりも豪華な食事に目を白黒させる。
「わざわざすみませんね。でも昨日は部下に持ってこさせるって言ってませんでした?」
「ええ、だから昨晩は持って行かせましたよ。もちろん朝もですが。全然起きる気配がないというので食事のついでに様子を見に来たんです。今はやることがなくて手持ち無沙汰ですし、貴方との会話は良い暇つぶしになりますしね」
「左様でございますか……」
寝入っていたのは仕方ないと思うし、俺自身はあまりこいつのことが得意ではないので少し気が滅入る。暇だということは嘘ではないのか、俺に食事を促したまま立ち去る気配はない。渋々椅子に座り、居心地が悪いまま食事を始める。
「殿下はどれくらい待ってくれるんだ?」
ずっと黙ったまま食べるのも気まずいので適当に会話を振ってみる。
「そうですね……殿下の性格上長くてあと3日程でしょうか? もとよりあまり長く待てない人ですからね」
「長くてって、それより早まるかもしれないのかよ」
「その可能性もあります」
なんてこった。悠長に考えている時間はなさそうだ。モソモソ食べ進めながら思案していると今度は男の方から話しかけてきた。
「殿下の言葉は、どこまでが真実だと思いますか?」
「どういう意味だ?」
質問の意図が分からず首を傾げる。
「ああ言って貴方を懐柔しようとしてますが、その先に何が起こると思いますか?」
「あんた、一応殿下の臣下だろ? そんなこと言っていいのか?」
「単なる世間話ですから。それで、どう思いますか?」
「どうって……」
先、先とはこの世界が続いたときのことを指しているのか? ミティスと一緒にいれるかもしれない可能性としてでしか捉えてなかったが、それにしては大分含みがあるような……。
「私が思うに、殿下は繰り返しを防ごうとしている。そしてそれに、貴方が関与していることまでは突き止めている。しかし、始まりがどこかまではまだ分かっていない」
「始まり?」
「そうです。貴方の始まりです」
「貴方の死による繰り返しが一体どこから始まるのか、殿下はまだ知りません」
「そして繰り返しが、貴方と彼女が会わなければならないのか、出会わなくとも貴方さえ生きていれば良いのか、なども分かっていないはずです」
「それがどこからか分かれば、もう殿下は手段を選ばないでしょうね」
咀嚼していたパンをゴクリと飲み込む。漂った緊張感に一瞬で冷や汗が吹き出る。
「よく考えたほうがいいですよ。これからも、彼女に会いたいのなら」
わざわざ殿下の提案を否定するかのような発言を残して、男は去って行った。部屋からいなくなったにも関わらず残る緊張感を振り払うかのように、俺は残りのスープを飲み干した。
食事を終えて数刻が経過した。
――早く、結論を出さなければならない。
ベッドに寝転びながら、冷静になった頭で考える。殿下の言葉、男の言葉、ミティスの思い、そして俺の気持ちを再確認する。
『貴公とて、あの少女と別れたくないだろう』
当たり前だ。誰が好きでこんなことを繰り返してると思ってるんだ。ミティスを帰さないだけでこの幸せが続くのであれば、願ってもないことだ。これが本当のことであれば、殿下の提案はあまりにも魅力的だった。
しかし男の言葉を思い出すと素直に受け入れることは危険に思えた。結末の先がみたいという殿下の気持ちは本物に感じたが、その裏までは考えていなかった。
続いたとしても俺の死で戻ってしまうのなら、繰り返しの間隔が長くなるだけだ。だが、それでも構わないというのであればどうだろうか? 俺がミティスといたいという気持ちに寄り添うつもりで、実は俺の繰り返し時期を探りたかったのだとしたら?
俺がいつも気が付くのは自分の仕事部屋。ミティスの依頼を受けたところからだ。つまり殿下にそのことを知られたら、
(下手すると監禁エンドが待ってる、か……)
繰り返しの条件によってはミティスと出会わないまま終わる可能性を示唆された上に、生き殺しの生活が待っているかもしれないという事実に気分が沈んだ。
沈む気持ちのまま今度はミティスのことを考える。
ミティスの気持ちはどうだろうか? 一緒にいたいという理由だけで帰りたがっている彼女を引き止めるのは、結局のところ俺のエゴでしかない。
もしかすると俺が頼み込めば帰らないという選択をしてくれるかもしれないが、それも何か違う気がする。
――それに。己の小指を眺める。約束をした。俺が代わりに連れて行くって、指切りして。
ベゴニアでミティスと寄り添って見た夜空を思い出す。彼女は帰りたがっている。覚えがないという天界へ。約束を果たしたいと、帰り道である花畑に行きたがっていた。
彼女は知っているのだろうか? 俺達が置かれた状況を。繰り返しているという事実を。それを知ってなお、帰りたいと、彼女は願うのだろうか?
このまま帰らなかった場合どうなるのか、試しにミティスと過ごす光景を想像してみる。一緒に食事をして、昼間は出掛けたりして、ゆっくり散歩するのも良いかもしれない。
まだ行ったことのない場所に連れて行ってみたいし、今の季節以外の景色をミティスに見せてあげたい。色んな表情を見せる彼女が思い浮かび、思わず顔を綻ばせる。
好きな人と一緒にいられるのは、きっと楽しい。楽しいはず、だが。
――でも、こうも思うのだ。そもそも繰り返しがなければ、ミティスを好きになっていたのだろうか? 出会った当初は話すことさえままならなかったミティスを、最初の俺は好きになっていただろうか?
何度も何度も繰り返して、たくさんの彼女と出会って、少しずつ彼女を知っていった。この繰り返しがなければ、きっと知ることはなかっただろう。
彼女に好意を寄せていると気付いたのは何時のことだったか? 無表情だった彼女の笑顔を見たときか、初めてまともに言葉を交わしたときか。きっかけなどもうすっかり忘れてしまった。
――それでも、忘れていても想いだけは紡がれていった。ミティスを好きだという気持ちを、帰してあげたいと思う気持ちを、約束を叶えたいという気持ちを。
きっと次の俺も、俺と全く同じことをするのだろう。この想いがなくならない限り、ずっと――。
「あれこれ悩んで、馬鹿みたいだ……」
結局、俺がどう思おうと、例えそれが定められたものだったとしても、最初から結論は決まっていたのだ。幾度の俺がそうしてきたように。
ベッドから起き上がり、祈るように天を見上げる。時はもう夕刻に近いのか、綺麗な橙色の夕日が沈んでいこうとしていた。
その夕焼けをジッと見つめ決意する。
どうか結末をみていてくれ。これが俺の選ぶ結末だ。




