『提案と葛藤』
部屋に入った瞬間一気に雰囲気が変わった。先程まで寝転されていた部屋と違い所々に内装が施されている。
サルファーを象徴とする紋様が描かれた壁に、奥から流れるように敷かれている立派な絨毯。その最奥で、件の男が座っている。簡易的だが豪奢に作られたであろう玉座で、待ちくたびれたと言わんばかりの表情で、優雅に頬杖をついて待っていた。
こちらを射抜かんばかりの金の目に射竦められ、今度は一体何をされるのかと、そんな不安と緊張から思わず身体が強張る。
中々動かない俺に痺れを切らしたのか、後ろで控えていた男に近付くよう促される。仕方なく殿下の表情が見えるところまで近付き傅く。
本当ならこんな奴に頭など下げたくはないが、曲がりなりにも自国の次期国王に無礼を働く勇気はなかった。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、殿下は面白そうに話しかけてきた。
「ようやく、だな。随分寝ていたようだが気分はどうだ?」
「……お陰様でこの通りですよ。それで? 人のこと散々甚振っておいて今更何の御用ですか?」
俺の発言に違和感があったのか、怪訝そうに片眉を上げる。しかしすぐに合点がいったのか納得したように口を開いた。
「ほぉ……記憶が戻ったか」
殿下は何が可笑しいのかクツクツと笑っている。こちらとしては今までの行いから不気味にしか映らなかった。
「戻っているなら話は早い。貴公に提案があるのだ」
「提案?」
一頻り笑い気が済んだのか、唐突に奇妙なことを言い出した。もしあれ以上惨い事をしてくるのであれば断固としてお断りだったが、殿下は俺の予想外のことを口にし出した。
「もう知っているだろうが、この世界には終わりがある。言うなれば決められた結末、というやつだな」
決められた結末……それはミティスが天へ帰ることを指しているのだろうか?
「どんなに道順を変えようが、最後は必ず同じ結末に辿り着く。しかし、それを繰り返さなくて済む方法があるとしたら……貴公はどうする?」
「どうって……」
繰り返さなくて済む? それは何に対して言っているのだ? ミティスのことか? それとも俺のことか? そもそも殿下はどこまで知っているのだろうか。いまいち殿下の言うことを理解しきれない。
「何をやっても戻ってしまう世界では何のやる気も起きやしない。だってそうだろう? どんなに素晴らしい統治をしようが最初からになってしまうのだから。だから俺は、結末ではない先を見てみたい」
「結末ではない、先……」
そんなこと、できるのだろうか? ミティスが帰るでもなく、俺が死ぬわけでもなく、続く方法なんて――
「何、簡単な話だ。あの天使の少女を帰さなければいい。それだけでこの世界は続くだろう」
「ミティスが、帰らなければ?」
続く? 本当に? ――いや、冷静になれ。今までこいつが俺に何をしてきた? こいつの言うことを安々と信じる訳にはいかない。
「……俺があんたの言うことを大人しく聞くとでも? 今まで散々な目に合わせてきた癖に虫がいいんじゃないか?」
「それについては素直に詫びよう。この事実に辿り着くまで中々に時間がかかったのだよ。それこそ貴公の死の数と同じくらいに、な」
何だそれは……つまり、俺が殺されたことに意味があったとでも言うつもりか?
「理由がどうあれ、俺は彼女と約束したんだ。必ず連れて行くって。だからあんたの私利私欲のために約束を破るわけにはいかない」
沸き上がる怒りを堪えつつ、努めて冷静に返した。しかし俺の答えは想定済みだったのか、殿下は態度を崩さないばかりか、俺にとって致命的な一言を放ってきた。
「貴公とて、あの少女と別れたくないだろう」
「!! それはっ……」
そんなの、当たり前だ。ミティスと、また別れるのは……。
沈黙した俺の様子に満足したのか、それとも言いたいことを伝え終えたからなのか退室を命じられる。
「少し時間をやろう。色よい返事を期待してるぞ、クロム·シャルトルーズ」
かけられた言葉は、まるで呪いのように俺にのしかかった。
「こちらが貴方の部屋になります」
気付けば部屋の前まで来ていたらしい。案内されるがまま部屋へ入る。先程までいた部屋と違い、少しだけ綺麗に整えられていた。
「結論を出すまではここに居てもらうことになります。必要最低限のものしかありませんが、数日だけなので我慢してください。トイレは備え付けがあるので問題ないでしょう」
男の言うようにテーブルやベッドなど本当に必要最低限のものしかない。元が収容所ということもあり窓には格子が嵌められ逃げ出せないようになっている。
先程の話を聞いていたにも関わらず、淡々と説明する男に少し好奇心が芽生えた。
「ってかさ、あんた全然動揺しないのな。後ろで聞いてて吃驚しなかったのか?」
「もちろん、驚きましたよ。ですが殿下がああも断言するのです。嘘のようですが事実なのでしょう。それならば、私は殿下の判断に従います」
「本当、大した忠誠心だよ……」
「食事はあとで持ってこさせますが、くれぐれも逃げ出そうとはしないように」
俺の縛られた腕を解き、新たに手錠を嵌めながら念を押すように注意する。
「その時は死ぬってことか?」
冗談交じりの皮肉に、
「ええ、今度は苦しまずに死ねるといいですね」
そう言い捨て静かに扉を締め去っていった。俺が拷問されたことは知らないはずなのにまるで知っているかのような言い方に寒気がした。
「……やっぱあいつが一番怖えわ」
フラフラと吸い寄せられるようにベッドサイドへ座るとドッと疲れが押し寄せてきた。ずっと縛られていたから気付かなかったが、手が震え手錠が微かにカチャカチャと鳴っていた。思っていた以上に緊張していたことを知る。
「生きてる……」
安堵とともに溜め息をつく。今回は何とか生かされているが、今後どう転ぶか分からない。殿下の様子からもう変に殺されることはないだろうが、俺の返答次第では首が飛ぶかもしれない。
結末への分岐点、俺がミティスを帰すか、死ぬかの。あの口振りからして俺を殺した後に幾度となく世界が終わった、いや、戻ったのだろう。
俺ですら今までこのことを忘れていたというのに何故殿下だけは覚えていたのか、それだけが気がかりだが。
「ミティス……」
彼女とはまだ1日しか離れていないがかなり長い間会っていないような感覚に陥る。
スオウさんがいるなら無事だとは思うが、きっと今頃心配しているだろう。今までのこともある。早く会いに行って安心させてやりたい。しかし、その気持ちとは裏腹に先程殿下に言われた言葉が付き纏う。
ミティスと別れない選択肢。そんなこと、今まで考えてもみなかった。もしくはそうならないように刷り込まれていたのかもしれない。繰り返しているということは、それ以外の道を許さないということでもあるのだろう。
しかしここに来て、定められた世界に綻びが生じた。いや、そもそも前の記憶が残る時点で、ずっと繰り返すこと自体限界があったのかもしれない。
そこまで考えて、もう一度今後のことを考える。
頭では分かっている。ミティスを帰すべきだと。そのために今まで頑張ってきた。でも、そこに別の道があると言われたら――
「俺、は…………」
約束を守るか、それとも殿下の案を飲むか。惑い揺れる中、俺はすぐに答えを出せないでいる。




