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『再襲と捕縛』

 次の日の朝7時頃、早めの朝食を終えた俺達が外に出るとスオウさんの用意してくれた馬車があった。


 先に乗るようにミティスを促す。ミティスとは昨日のことを思い出すと顔を合わせるのに何となく気恥ずかしさがあったが、当の本人はいつも通りの態度で拍子抜けした。


 昨夜ミティスの見せた儚さが嘘のようだ。そんな俺の気持ちを尻目にさっさと馬車に乗ってしまった。俺は狐につままれたような気分でミティスの後を追い馬車に乗り込んだ。


 ここからは俺とミティスとスオウさんの3人で村へ向かうことになる。


 今日は生憎(あいにく)の曇り空だが、降り出す前には着くと話していたのでそこまで遠い場所ではないらしい。


 このまま何事もなければいいのだが、ウィスタリアの時のことが頭を(よぎ)る。一抹の不安に()られるが町に兵は見当たらなかったし、そもそもウィスタリアからベゴニアまではかなりの距離がある。


 俺達がベゴニアに行くという保証がない限り、ここまで追い付くのは不可能だろう。そう結論を出した直後、一瞬何かが脳裏をチラついた。


 ボンヤリとしたそれは、はっきりと思い出すことはできない。気になって思い出そうとしてみるが、何故か考えようとすると強制的に思考を断ち切られ睡魔に襲われた。


 程なくして(まぶた)が重くなり、逆らえず目を閉じる。視界も思考も暗闇に包まれ意識が完全になくなるその瞬間、それを許さないというかのように、暗がりの中で金色に光る眼を見た気がした。




 ――そしてそんな俺の不安はまたしても的中することになる。


 町を出て少しすると、いきなり馬車が急停止した。眠っていた俺は咄嗟に反応できず椅子から無様に落ちる。ミティスの方は落ちることはなかったが、驚きに目を見開いていた。


「一体何が……」


 外からは微かにスオウさんと誰かの話し声が聞こえる。内容は分からないが何やら緊迫した雰囲気を感じた。中からでは外の様子は(うかが)えない。仕方なく様子を見るために外へ向かおうと扉を開けると、


「出てくるな!」


「っ! うわぁ!!」


 鋭い声で制止されビクついた拍子に思わず手を滑らし、外へ転がり落ちる。


「いってぇ……」


 ろくな受け身も取れず地面に顔面からダイブする。幸いなことに血は出ていないようだったが砂埃だらけになってしまった。折角の男前が台無しだ。


 汚れた部分を払いながら顔を上げると、呆れた顔をしたスオウさんとどこか見覚えのある服を着た男がこちらを見ていた。


「これはこれはクロム殿。またお会いしましたね」


「お前は……あの時の!」


「えぇ、いつかの貴方にまんまと腕を撃たれた者ですよ。覚えていて下さり何よりです」


 皮肉交じりの口調に薄い笑みを浮かべている人物は、紛れもなくウィスタリアで出会った軍服の男だった。


 男の背後にはウィスタリアの時と桁違いの兵の軍団が控えていた。いつの間に、と思いつつ前と違い隙を感じさせない兵達に冷や汗が伝った。


「以前もお伝えしたでしょう? 殿下が貴方に会いたがっていると」


「国のお偉いさんが一般庶民の俺に何の用ですかねぇ。今凄く急いでるんですよ。後でじゃ駄目ですかね?」


「分かっているでしょうに。貴方にはここで捕まってもらいますよ」


 後ろにいる兵達が身構えるのが見える。本気で俺を捕らえるつもりのようだ。


「おい、流石にあの軍勢を相手に逃げられないぞ」


 スオウさんが声を潜めて尋ねてきた。


「……あいつらの狙いは俺だ。だから、先にミティスを連れて村へ行ってくれ」


 きっぱりと言い切った俺に、スオウさんは感心したように頷いた。


「へぇ、見た目の割に案外(きも)が座ってるんだな。天使様が認めるわけだ」


「見た目の割にってなんだよ!」


 確かにちょっと童顔で華奢な方かもしれないが、それなりに筋肉はある……はずだ!


「……村はここから先の山の中だ。霧が出るから分かるはず。その霧を恐れず進め。道標くらいは出してやる」


(村の場所を教えてくれるくらいには信用されたってことかな)


 口角を上げて(うなず)き、素早く馬車に近付き中にいるミティスに話しかける。


「話は聞いてただろ? 必ず追いつくから、村で待っててくれ」


「待ってクロム。行っちゃ、駄目……」


 何かに怯えるように弱々しく首を横に振るミティス。突然のミティスの様子に驚いたが、今ここでゆっくり話をしている時間はなかった。


「スオウさん! 出してくれ!!」


「分かった。……天使様を悲しませることはするなよ」


「クロム!!」


 呼び止めるミティスを無視して扉を閉める。サッと離れた瞬間、馬車は急転換して兵がいる方とは別方向に走り出した。兵がこちらを囲うように迫ってきていたが、何とか抜けられたようだ。


 そのことに一安心していると、取り残された俺の背後から場違いな拍手が起こった。後ろを振り向くと、真っ黒な馬に(またが)った一人の男がゆったりと手を叩いていた。


 男は真紅の甲冑(かっちゅう)(まと)い、大剣を背負っている。紅蓮のような髪が甲冑と合わさって、男の苛烈さを匂わせる。猛禽類(もうきんるい)彷彿(ほうふつ)とさせる鋭い金の眼が、ようやく獲物を捕えたと言わんばかりに三日月の形に歪んだ。


 俺の視線を受けて拍手をやめると、馬から降りて少しだけ近付いてきた。


()()()()()()()()()()()。壮健なようで何よりだ」


 男はまるで旧知の仲のような気軽さで話しかけてきた。


「……おかしいな、初対面のはずだぜ? ()()()()()に立つ方が、どうしてこんな所にいらっしゃるのかねぇ?」


「クククッ……相変わらずだな。やはり()()()()()()()()戻ってないか」


「――何のことだ?」


 心底楽しそうに、可笑しそうに笑う()()()殿()()に焦燥感が募る。相変わらず? 戻ってない? 奴は何を言ってるんだ?


「何、いずれ分かることだ」


 それだけ言うと(おもむろ)に大剣を取り出し、俺に向かって一直線に詰めてきた。


「ッ!?」


 振るわれた一閃を何とか紙一重で避けるが、それすら分かっていたかのように次の剣戟(けんげき)が飛んでくる。


 必死に(かわ)すが力の差は歴然だ。徐々に切り傷が増え、慣れない動きに身体が覚束(おぼつか)なくなる。


「ふむ……あまり手応えがないな。自慢の銃はどうした?」


「あのなぁ、俺は一般人! 軍人じゃないんだから剣振り回す奴に銃で対抗なんかできるかよ!!」


「何を言う? 俺の部下の腕に見事穴を空けただろう? 貴公の腕は確かだよ」


「あれはただのまぐれだし、褒められても何も嬉しくねぇよ!」


 話しながらも剣は止まることを知らないかのように振るわれ続ける。次第に息を切らし始めた俺とは対象的に、殿下は涼しい顔で迫ってくる。


「おわぁっ! おまっ、危ねぇな! もう少しで当たるとこだったろうが!?」


 (かす)って切れた髪が宙を舞う。もう少し避けるのが遅かったら、顔に盛大な傷が付いていたことだろう。


「何、腕の一本や二本失くなっても俺には何ら差し支えなどない。貴公の意識があれば十分だ」


「何言ってんのこの人、頭おかしいんじゃねぇの!?」


「ハハハッ、仮にも自国の皇太子におかしいはないだろう? それに安心するがいい。死なせるつもりは毛頭(もうとう)ないが、もしそうなっても貴公には()()()()


「次? 本当に、何言ってるんだ……?」


 答える気がないのか殿下は笑みを浮かべるだけだった。


 必死に攻撃を躱すがここから逃げ出すことは絶望的だ。手を出さないように言われているのであろう、周りを囲う兵達に動きはなかった。恐らく俺が逃げた時の保険だろう。もしここから逃げ出そうものなら本気で殺されそうだ。


 結局殿下が満足するまで付き合うしかないのだろうが、


(必ず追い付くって、言っちゃったしな)


 そう弱気になる自分を奮い立たせ、どうにか突破口を探そうとした瞬間――


「そろそろか。ゼニス、撃て」


 バァン!


 ――身体に衝撃が走る。突然の出来事に息が止まりかけた。何も分からないまま膝から崩れ落ちる。


 撃たれた。どこを? 震える手で衝撃があったところを押さえる。身体の上半身――胸の辺りを。まさか、心臓を、撃たれたのか? 


 やっとの思いで視線を巡らせると、いつの間に近付いていたのか軍服の男が銃を構えているのが見えた。


「二対一とは、卑怯、だな……」


「戦略、と言って欲しいですね。まぁこれで借りは返しましたよ」


 何言ってんだ。本気で人を殺しに来やがって。


 そう言い返したいのは山々だが、口から言葉を発することはできなかった。身体の感覚が徐々になくなっていくような気がした。


 ザリッと土を踏みしめる音が聞こえたかと思った直後、ガンッと後頭部を何かで強打される。動けない相手に追い打ちをかけるなんて酷い奴だ。


「茶番は終わりだ。さぁ、取引といこうじゃないか」


 言われた言葉を理解できないまま、俺の意識はゆっくりと暗闇に吸い込まれていった。

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