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『既視感』

 結局出発は次の日の早朝になった。今からだと入口に着く頃には夜になってしまうということと、濃い霧が出るせいで危険なのだそうだ。


 一泊することが決まった俺達に、長は寝床と夕食まで用意してくれた。なんと夕食は村の青年――スオウさんの手作りと言われ心底驚いた。出された料理はどれも見慣れないものだったが、口にしてみると絶品だった。


 ただ、生ものっぽいものは食べれなかった。何でもベゴニアの伝統食らしいがそれを食べる勇気はなかった。


 ミティスは好き嫌いがないのか普通に食べていた。それを見た俺の衝撃は誰にも分からないだろう。お茶の時も思ったが、ミティスがベゴニアの文化に馴染んでいることに違和感しか感じられない。


 想像は全くつかないが、もしかすると天上での生活はベゴニアに通じるものがあるのだろうと無理矢理納得してみる。


 夕食後は明日に備えて早く休もうということになった。ミティスと別れ、与えられた部屋に入ると中央付近に何かが置かれていた。


 部屋をサッと見渡すがベッドは置かれていない。床に直接敷かれていることから、恐らくこれが『布団』と呼ばれている寝具なのだろう。先ほど長が布団を用意してあると言っていたから、間違いないはずだ。


 そうは言っても慣れない寝床に抵抗を覚える。恐る恐る入って横になるが、ベッドとは違う感覚に落ち着かず中々眠れなかった。


 早く寝ることを諦め、俺は屋敷内を出歩くことにした。歩いているうちに何となく広いところに行きたいと思ったが、外出するわけにもいかず、どこか良いところはないかと思案する。


 そういえば最初に案内された時、敷地内に庭があったことを思い出した。そこなら外の空気が吸えるし、空も見えて開放的なはずだ。ふと思い出したその場所へ早速向かってみることにした。




 庭に着くと、そこには既に先客がいた。


「ミティス?」


 先程別れたはずのミティスがいることに驚きつつ声をかける。


「クロム……」


 ミティスは俺の姿を認めると静かに俺の名を呟いた。ミティスも寝る前だったのか長い髪を下ろし、薄手の服から覗く白い足を外に投げ出して座っていた。


「……どうした? 眠れないのか?」


 問いかけても横に首を振るだけで答えようとしなかった。暫く沈黙が続く。いつもミティスと二人だとこんな感じだが、今日に限っては何故か居心地が悪かった。


 折角目的の庭に来たのに立ちっぱなしも何なので、少し間を空けてミティスの隣に座る。いつもとどこか雰囲気の違うミティスから意識を逸らそうと空を眺める。今日はよく晴れていたためか星がはっきりと見えていた。少し視線をずらすと近くに満月とは言わないが、やや欠けた月が並んで見えた。


 この綺麗な夜空のどこかに、ミティスが帰るべき場所がある。そう考えると、胸が締め付けられるような感じがした。


 そんな気持ちを振り払うかのように視線をミティスに戻し、もう一度様子を伺う。いつの間にかミティスも夜空を見上げていた。声をかけるのが躊躇(ためら)われ、俺も再び夜空を見つめる。静かに二人で夜空を眺めていると、ようやくポツリと言葉を(こぼ)した。


「……本当、かしら」


「えっ?」


「あの人、村に行けば帰れるって言ってたわ。でも本当に、そこは私の求めていた場所なのかしら?」


 夜空から視線は外さず、まるで独り言のように呟く。


「なんでそんなこと思うんだ? ……帰りたく、ないのか?」


 自分で尋ねておいて一瞬『帰る』という言葉に胸が詰まる。どこかでミティスとの別れを惜しむ自分がいることに今更ながら気付いた。もう別れは、目前だというのに。


「帰りたい、はずなのよ。だからこそ、母様が言っていた花畑を探したかった。でも……」


 ミティスは言葉を区切り、顔を(うつむ)ける。長い髪が顔にかかり、表情は伺えない。


「おかしな話だけど、あまり上に居たときのこと、覚えてないの。母様の顔だって、分からない。でも何故か、花畑に向えという言葉だけははっきりと覚えてるの」


「……ミティスは長くこっちに居すぎたから、記憶が薄れるのも仕方ないんじゃないか?」


 フォローしてみるがミティスは否定するようにゆっくりと(かぶり)を振る。


「それだけじゃないの。母様じゃない誰かとも、約束をしてたはず、なの」


 まるで自分自身に言い聞かせるかのように、自分の言った言葉を一言一句確かめるよう話すミティス。母親以外と約束するような誰かがいたことに、少しだけ気持ちが落ち着かなくなる。


「それが誰かは分からない。確かに()()()()だった、そのはずなのに――なのに私は、その人を()()()()()()


 どこか苦しそうに(しぼ)り出すミティスの声は(かす)かに震えていた。喜怒哀楽の少ないミティスが感情を向ける誰かに、思わずモヤモヤした気持ちが(つの)った。


 そんな俺に気付かぬまま、ミティスは少しだけ声音を和らげた。


「でも、何故だか貴方といると温かい気持ちになる。貴方と出会ってまだ数日しか経ってないはずなのに、不思議だわ」


 そういえば俺もミティスと出会ってから懐かしい気持ちになることがあったことを思い出す。会ったことも見たこともないのに、何故か知っているような既視感。それをミティスも感じているとは知らなかったが。


「ここに落ちて、城に連れてこられて、ずっと一人で過ごしていたはずで、誰とも会っていなかったのに。どうしてか貴方といることが、当たり前のように感じたの」


 俯いていたミティスが顔を上げ、ようやく彼女と視線が交わる。澄んだ青色の瞳は少し(かげ)りを帯び、不安に揺れていた。


「貴方のこと、全然知らないはずなのに」


 先程とは違う意味で、胸が押さえつけられるような気持ちになる。


「貴方が、その誰かだったら良かったのに」


 いつもマイペースなミティスに向けられた本音に動揺しつつ、俺はモヤモヤしていた気持ちが落ち着くのを感じた。冷静になった頭で、今のミティスに俺が何かできないか必死で考えを巡らせた。


『――約束、したのよ』


 ふと昼間にミティスが訴えてきたことを思い出す。俺には全く身に覚えはなかったが、何かの拍子でその約束した人と俺を混同したのかもしれない。――非常に不本意だが。


「じゃあさ、改めて俺と約束しよう。依頼なんか関係なく、必ず君を花畑に連れて行くってさ!」


 その誰かに思いを()せている彼女の気持ちを少しでも払拭(ふっしょく)できたらと思い、気付けば口に出していた。ミティスはそんな俺の提案に驚いたのか、珍しく目を見開いている。


「……貴方が約束してくれるの?」


「あぁ、俺が代わりで良ければな」


 覚えてなんかない誰かに(すが)るより、目の前にいる俺を頼って欲しい。先程自覚したばかりの気持ちを宥めつつ、いつも通りの調子で言ってみる。


「……代わりなんかじゃないわ」


 そう儚げに微笑むミティスに俺は胸が高鳴るのを感じた。


「ありがとう。貴方が……クロムが私を助けてくれた人で、良かった」


 スッとミティスが右手の小指を差し出してきた。その意図を()み、俺も右手を差し出しミティスの小指に絡める。(ちぎ)る言葉はなく、ただ絡ませただけだったが、ミティスは満足そうに顔を(ほころ)ばせた。


 そんなミティスに少しだけ照れ臭くなったが、小指を離さないまま夜空を眺める。ミティスも同じ気持ちなのか、俺に寄りかかり同じように夜空を見上げる。もうミティスと一緒にいられるのも、明日で最後かもしれない。


 目前に迫る別れに今だけはと目を(つむ)り、二人はもう暫くの間月明かりに照らされた庭で寄り添い続けた。

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