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『青い花と約束』

 とんでもない恥をかいた俺は、気を取り直して居住(いず)まいを正す。相手はこの町の長、これ以上失礼があってはいけない。そんな俺の考えとは裏腹に長は穏やかでのんびりとした性格だった。


「ホッホッホッ。そんなに構えんでも良い。それよりお客人、この和菓子はどうかな? 餡の甘さが茶に良く合うんじゃよ」


 そう言って爪楊枝のようなもので一口大に切り分け、口に運ぶ。


「は、はぁ……いただきます」


 俺も見習って小さく切り分け口に入れる。その瞬間餡特有の甘さが口内に溶け広がる。洋菓子と違いやや甘すぎるように感じるが、確かにこの緑茶と飲むと丁度良いかもしれない。


 いつの間にか注ぎ足されたお茶が目に入るが先程の失態を思い出すと手は伸びない。仕方なく和菓子を味わって食べることにする。


 隣にいるミティスは変わらずマイペースに和菓子を食べている。躊躇(ためら)いなく緑茶を飲む様は今となっては少し羨ましい。ゆっくり食べているとはいえそろそろ飲み物が欲しくなってきていた。


 そんなことを思っていると長が何かに気付いたのか相好(そうごう)を崩して話しかけてきた。


「おお! お客人運がいいのぉ。茶柱が立っとるわ」


「茶柱……?」


 よく理解していない俺に、長は俺のお茶を指差した。


「これじゃよ、これ。茎が真っ直ぐに立っておろう? これを『茶柱が立つ』というんじゃ。昔から縁起が良いとされていて、幸運の予兆とも云われているのじゃよ」


 ニコニコと我が事のように嬉しそうに笑う長に、緊張が(ほど)けていくのを感じた。それからは俺も長と他愛ない雑談をしながら和やかな時間が流れる。


 それを年若い男の一声が、俺達を現実に戻した。


「おいおい爺さん、茶会を開くために呼んだんじゃねぇぞ」


 呆れたようにため息をつきながら部屋に入ってきたのは先程の青年だった。




「すまんのぉ、お客人。ついつい話し込んでしまったわ」


 申し訳無さそうに謝る長にかえって恐縮してしまう。ここの長は本当に人が良すぎる。


「それで、この方がお主の言う天使様かね?」


 長は確認するように青年へ尋ねる。問われた青年は黙って首肯した。


「ふむふむ……青い瞳に濡羽色の美しい髪……確かに言い伝えにある天使様の特徴じゃな。まさか儂の代でお目にかかれるとは思わなんだ。改めまして儂はここベゴニアの長、コチニールと申します」


 コチニールは名乗ると丁寧にお辞儀をした。俺と話していた時と違い話し方も少し畏まっている。どうやらこの町で天使は敬う対象のようで一安心した。


「まだ儂が幼い頃より貴女様の噂はお聞きしてましたが、無事にここまで辿り着いてくださり何よりでございます」


「ええ、クロムのおかげです」


 ミティスの言葉を受け、コチニールは俺に視線を移す。


「ふむ、お客人……クロム殿と言ったか。よくぞこの町まで天使様を連れてきてくださった。感謝いたしますぞ」


「いえいえ! 俺は依頼を受けただけですので……」


 純粋な感謝に少し居心地が悪くなった。善意でここまで連れてきたわけではないし、何より依頼料だって貰っている。改まって感謝されると何だか申し訳ない気持ちになってくる。


「何も謙遜することはない。これでようやく、彼らの役目が果たせるのじゃから」


「彼ら、ですか?」


 コチニールは後ろに控えている青年に目を配る。すると今まで静かに見守っていた青年が口を開いた。


「我々は天使様を導くために、天より(めい)を与えられた村の末裔(まつえい)です。現存する地図上では明記されていませんが、ここより南部には確かに小さな村があります」


 最初に否定していたのが嘘のようにはっきりと村の存在を明かす青年。ここに来た時たまたま話しかけただけの人だったが、偶然にも当たりを引いていたようだ。


「天使様、(あかし)はお持ちですか?」


「証……?」


 首を傾げるミティスに青年は丁寧に説明する。


「村へ行くには、限られた条件を満たすか証がなければ入れません。天使様が肌見離さずお持ちになっているはずですが……」


「あっ!」


 それを聞いて閃いた。ミティスがこの前話してくれたことの中に、ずっと持ち歩いているものがあったはずだ。


「これのこと?」


 ミティスも思い当たったのか、そう言って懐から(くだん)の懐中時計を取り出した。青年は差し出された懐中時計をマジマジと見つめ何かを確認する。


「……これで間違いないです。この紋様の花は、()()()()でしか咲きませんから」


 その言葉でピンときた。村でしか咲かない花、それと御者が話してくれた内容を思い出す。


「その花って青色の、ですか?」


「ええ、勿忘草(わすれなぐさ)と呼ばれています。一つ一つは小さいですが、沢山の花をつけるのですよ。今はちょうど開花時期なので見頃ですね」


 どうやらミティスが目指していた青い花畑とは勿忘草の群生だったようだ。ここまで来ればミティスとの依頼を果たすのも終わりが近いだろう。


 そう思うと何故だか胸がソワソワするような、落ち着かない気分になった。そんな気分を紛らわせるために、俺は青年に話を振った。


「そういや末裔って言ってましたけど、何でベゴニアに?」


「あの村にいると、時間の感覚がおかしくなりますから。時代に取り残されないためには、こちらに出て学ばなければならないのです。それに……俺に与えられた役割は、天使様を村へ導くことですから」


 そういえば御者の話に出てきた女の人も、村の外に興味を示していたと言っていた。加護を受けているとも言っていたし、もしかすると本当に時間の流れ方が違うのかもしれない。そんな憶測を抱きながら、本題について尋ねてみた。


「村に行ったら、ミティスはどうなるんだ?」


「村というよりも正確には花畑に行けばですが、元いた場所に帰ることになります。そもそも我々の村が秘匿(ひとく)されているのは、天使様を無事に天上へ帰すためですから」


 何故花畑に行けば帰れるのか理屈は全く分からないが、とにかくミティスが帰れるということは分かった。依頼された花畑の場所も分かったことだし、この青年が村までミティスを導いてくれるというなら、もう俺が付き添う必要はないように感じた。


「うーん……じゃあ俺はもうお役目御免って感じなのかな? 村……いや、花畑に行けばミティスは帰れるんだろ?」


 俺の言葉を肯定するように青年は頷いた。そしてミティスの様子を伺いながら、躊躇いがちに口にする。


「我々としても、あまり部外者が来るのは好まないところですが……」


 青年の言葉を受け、俺はチラッとミティスを見やる。


「クロム」


 いつも通りの無表情で、しかしミティスにしてははっきりとした口調で俺の名を呼んだ。


「クロムは私と約束したわ。花畑にまで連れて行ってくれるって」


「うん? まぁそう依頼は受けたけども」


 約束とは違うよなと考えを巡らせているとギュッと(すそ)を掴まれる。


「――約束、したのよ」


 そう訴えかけるかのように再度乞われる。よく見るとミティスの大きな青い瞳は不安に揺れ、掴まれた指は微かに震えている気がした。まぁ確かに、ここまで来て不要になったんで帰りますっていうのもあれだしな……。


「……そうだな。連れてくって、言ったしな」


 自分を納得させるかのように噛み締めながら呟く。理由は分からないが、このまま離れるのをどこか拒む気持ちがあった。


「悪いけど、俺もミティスに着いてくよ。それがミティスとの依頼――約束、だからさ」


 青年は俺がそう言うことを察知していたのか、苦笑交じりに言葉を返す。


「……天使様がそう仰るのであれば仕方ありませんね。分かっていると思いますが、村のことは他言無用でお願いしますよ」


「分かってますよ。依頼を果たしたら大人しく帰りますって」


 こうして俺達は忘れられた村へ向かうことになる。それを狙い、魔の手が迫っているとも知らずに――。

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