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01





その日は私にとっての厄日だった。


「あんた、また初回枕して晒されてんじゃん!これで何回目?!」

「えぇ?一々覚えてられないよ、そんなの」

「人間として最低」


会話を遮らぬように調整された店内音楽、ほんのりと暗い照明。デカデカと掲げられた店名のロゴに、ナンバーと一緒に張り出されている加工された男の顔写真が並んでいる。

そう、ここは酒と一時の夢を楽しむホストクラブ。

とは言っても不用意な下手ばかりをして私を悩ませる担当、つまりは私の指名してるホストのせいで夢なんか覚めてしまったが。


「もうそんなのいつもの事じゃん、気にしないでよ」

「あんたはもっと気にしなさいよ、その枕が一体いくらの売上になったわけ?指名として返ってきたわけ?」

「残念ながらゼロですね〜……」

「いっそここまでくると清々しい」


私の担当は指名客にもなってないのに不用意に女と性交渉しては、店の掲示板で寝顔を晒されている。

その寝顔の写真をスマホに表示させ詰めているのだが、いかんせん暖簾に腕押し状態で交わされている。

悪びれも否定もしない様子に、呆れて怒りの感情も収まってくる。


「ねぇ、まだ怒ってんの?そろそろ許してよ」

「なんで許されると思ってるの?」

「え、じゃぁ許してくれないの?」

「それは……」


許されて当たり前という顔をする男に釈然としない感情を抱えながら、結局許せないなら一緒に居れないという現実に、許さないという言葉が出てこなくなる。


「俺もさ、何回も深音(みおん)の事悲しませて、申し訳ないと思ってるよ」

「う、うん」

「でもさ、それがいずれは指名や売上に繋がるって思ってやってるんだ。実際深音は俺の事好きになったでしょ?」

「それは…、そうだけど」

「深音が居るから、俺も頑張ろうって思えてんの。いつもありがとうね」


このやり取りだって、何回目か分からない。何度繰り返したかなんて、覚えてない。

普段なら相手にして貰えないようなイケメンが、私の両手を持って真剣に見つめてくる。

そんな風に相手して貰えなくなった時、きっと私はどうしたら良いのかわからなくなる恐怖もある。

だから結局私もこの手を振りほどく事が出来ない。


「でさ、今日は深音に聞かせたくてラスソンに歌える曲、新しいの覚えてきたんだ!」

「え、この流れで私がシャンパン入れると思ってるの?正気?」

「全然正気!お願いだよ〜、深音の為を思って覚えてきたんだよ?聞いて欲しいよ〜!」

「私の為も何も、私以外の姫からラスソン取らせて貰った事が一度としてあるの?」

「ない!」


落ち着いた様子の私を見て許されたと思ったのか、甘えておねだりの姿勢を見せてきた男。

ホストクラブではその日一番売上を上げたホストが、最後にラストソングといって歌を歌う。

それをその売上に一番貢献した姫、つまり指名客の隣で歌うのだ。

つまりはこの男を今日一番売上させなければならないということだ。


(なお)が最近やたらとイヤホン聞きながら真剣な顔してたのって、もしかしてそれ?」

「あ、よく分かったね!流石!」


能天気にケラケラと笑う男。この男こそが、私 一之瀬(いちのせ)深音(みおん)の指名する唯一のホスト(なお)である。

ずっと黒髪だったのにいきなり赤メッシュを入れてみたり、尚の売上の大半を私が補い始めた頃に突然私の家へ自分の荷物を持って住み始めたり、挙句私の化粧品を勝手に使って化粧したり、自宅に帰宅して風呂に入ろうとしたら知らない女と遭遇した事もある。

こいつに人間として期待するのは間違ってると思いながらも、なんだかんだ関係を切れないのは向こうにとっても私がホストとしての生命線である自覚があるからだろう。


「今日は何が飲みたいの?」

「んーとね、久しぶりにヴーヴホワイト飲みたいな!」

「それくらいなら、いいよ」


だからどんだけ怒ってたって、お願いされたらついシャンパンだって卸してしまうのだ。

これが出来なくなったら、私にお金という価値がなければ、尚は私を捨てるだろうから。


「俺やっぱり、深音の事が一番好きだよ」


この言葉だって、金銭が絡んだ嘘だって分かってるのに。

でもそうやって私の目を見て微笑みかけてくれるから。

お世辞にも垢抜けてるとは言えない私を、大切にしてくれるから。

私は今日もホスト狂いを辞められないのだろう。


「素敵な素敵な姫の一言まで、スリィツゥワン__」


「いや、まじで初回枕やるなら晒されないようにしてよ」


ホストクラブでシャンパンを卸すと、シャンパンコールというものを目の前で披露してもらえる。

その際に店内に響くマイクを渡され、一言自由に喋れるのだが、きっと掲示板を見てる人間もここには多いのだろう。

思わず周囲から溢れた笑い声を聞きながら、こうやって虚勢を張ることしか出来ない自分の惨めさに泣きたくなった。




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