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*第97話 愛と青春の旅立ち
「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!
ヒュゥ~~~
ゲホゲホゲホッ!
ンヒュゥ~ゴホオッ!!」
雑居ビルの黒ずんだ廊下を這いずり、伊予はスタジオを目指した。
所々に剥がれた樹脂製の床材の剥離片で、
腕も足も傷だらけだ。
濃い煙で天井は見えない。
床の僅かに視界の保てる空間を頼りに、散らかった部屋に辿り着く。
「グヒュ~~~ゴホッ!ゴッ!
オエッ!ゲェッ!スヒュッスヒュ~」
もう動けない・・・
最後に着る予定だった自慢の最新作を抱きしめ、静々と泣いた。
黒い涙が頬に一筋の白線を曳く。
「ゴホッ!伊予ちゃん!ゴホッ!ゴホッ!」
誰かの声が呼ぶ、そう呼ばれるのが好きだった。
将来は婚姻届けを提出する時に相手の姓を選び、
名を“伊予”に改名しようと本気で考えていた。
それを理解して呉れる人と結婚する。
なんなら相手は男でも良いと思っていた。
養子縁組すれば良いと。
一人・二人・三人。
伊予の元に集った彼らは、そこで力尽きた。
横井は伊予の手を握り締めて死んだ。
柿本は伊予に被さり死んだ。
寺島は伊予の太腿を抱いて死んだ。
伊予はまだ16だけど・・・死んだ。




