*第84話 元大公閣下の微酔
“キーレントの乱”と号された内乱が終結し、
旧キーレント領は王家直轄となり
トキオン砂漠とレオ平原の名を引用して“トキオン・レオ管理区”となった。
討伐軍総大将の任を解かれたゴートレイトは
家督を嫡男に譲り管理区の代官に就任した。
防衛軍再配置と同時進行で、アヘンの流通に関わった商人や
辺境貴族の摘発が行われた。
「老後をのんびりと過ごすには適しておらぬぞ此処は。」
夕暮れに漸くの涼風と、独特の癖を持つ蒸留酒を味わう。
「此処の酒が気に入りましてな、それにこの夕陽も良い。」
ゴートレイトと共にサバンナの夕陽を眺める酔狂な男は、
元王国陸軍元帥ヤーサン・ダンナー。
後進に道を譲り退官した後に防衛軍顧問として辺境に着任した。
蜃気楼に揺れる地平線に沈む太陽を、首の長い野生動物の黒い影が
ゆっくりと横切って行く。
赤道の近い洛陽は大きく、そしてずっしりと重く感じる。
「3年あれば新体制も板に付いて来るでしょう、
それまでバルドーが大人しくして呉れれば良いのですが。」
ヤーサンはバルドーとの決戦を3年後と見越している。
世代交代をするなら今が期限だ。
「あ奴らは植民地蜂起の鎮圧に躍起だ。
当然、此方も傍観などせぬ、
反乱を後押しする。」
ハイラム経由で物資と傭兵団を送り込んでいる。
私掠船に偽装した突撃艦隊も展開中だ。
「奴らの十八番で倍返しですな、
それは愉快々々!」
デカシーランド民主労働者党の党首トム・ヒーヤーと
参謀長ネイサン・パレットが、
王都で新国王アンドリアと謁見したとの知らせが届いている。
「聞いた話ですが、聖女殿の所に彼らの仲間が居るとか。」
スカーレットの事だ。
「元仲間だ、組織は脱退させて姫の家臣に取り立てたそうだよ。」
今はシモーヌである。
「ほぉ家臣に、平民だと聞きましたぞ。」
高位貴族の家臣は下位の貴族で在るのが基本だ。
レイサン家は子爵位であり下位貴族であるが、
エルサーシアはミドルネームに“ダモン”を持ち、
個人として高位貴族である。
しかも聖女の称号を冠して、その地位は精霊教会教皇と同等である。
大公爵とも並び立つ貴人なのだ。
そして奇人であり変人だ。
「あの姫に常識は通用せんよ。」
ここでもキワモノ扱いである。
「デカシーランドでは大暴れしたそうですな。」
「実の所、殆どの功績は姫であろうな。
トムとやらは棚からビタースイートマンボで
デカシーを手に入れようとしておる。」
グラスを傾け、草原の香の酒を口に含む。
「宜しいので?」
どうにも腑に落ちない。
「姫が要らぬと申しておるのだ、
それよりも新しい家臣を優先したのだろう。」
「ほぉ、それ程の人物だと?」
「あくまでも聞いた話であるが。」
「えぇ」
「痴女だそうだ。」




