*第78話 嘆きの盾
開戦から早くも3週が過ぎ、降節を迎え季節は前陰となった。
キーレントからはコラゴ名義にて矢の催促が来る。
「名乗りを許した覚えは無いのだがな。」
とは言え増援が滞っているのは事実だ。
ダモンの壁を突破する事が出来ない。
カヒ・ゲライスと言う男は頭の切り替えが早い。
物事に優先順位を付け、一番の命題以外は何時でも捨てる事が出来る。
ゲライス家の家紋である“天秤”を体現している様な人物である。
「コイントが南下出来ぬのも頷けるか。」
既に2万を超えるテロポン兵を失ってしまった。
ダモンは待ち伏せに徹している、
侵略して来る方が叩きやすいのだが、誘いには一向に乗って来ない。
南の植民地では反乱の狼煙が上がっている。
テロポンやアヘンの製造施設や物流倉庫が破壊され、
甚大な被害に及んでいる。
既に供給に影響が出て居り、新兵を洗脳する事が出来ない。
「もう一押しして駄目なら、今回は引くかの。」
元々キーレントはオバルトの領域だ、失う訳では無い。
それよりも植民地を安定させる方が重要だと、丞相は優先順位を組み替えた。
「“嘆きの盾”をダモンに贈呈せよ。」
何時もの如く、誰にともなく呟く。
「御意のままに。」
何時もの如く、何所からともなく応えが返る。
「ふふっ、さぁダモンよ自慢の鉾で貫いて見せよ!
うふふふっ」
***
トモラ越えの街道に、またテロポン兵団が現れた、数は凡そ千程度だ。
やや少ないが今回は様相が違う。
4つの分隊に分かれ、それぞれの先頭に白い貫頭衣を着た集団が居る。
「お姉様・・・あれは・・・」
魔法隊副長キャロライン・イヨーコ・ゲバゲバンは
狼狽えてしまった。
彼女は特攻聖騎士時代のイライジャの部下で、
今回の戦に当たりイライジャを慕ってダモンの軍門に至る。
「植民地の子供達ね・・・」
いわゆる“人間の盾”である。
最も卑劣な戦術であり、仕掛ける方は勿論、
退ける側も心を捨てねばならない。
「腐れ外道がっ!!!」
わなわなと震える拳の向ける先には罪もなき童の
嘆きが満ちている。
「端たないわよキャロル、落ち着きなさい。」
「ですがお姉様!あ、あれは撃てませぬ・・・」
可愛い孫の顔が浮かぶ、同じような年齢の子供達を
どうして無残に殺せようか。
しかしこれを見逃せば乱戦となり、此方の被害も相当に出るだろう。
キャロラインの思考は迷宮に落ちた。
「貴方は手出し無用よ、だけれども目を背ける事は許さないわ。
戦場に立つと言う事の意味を忘れては駄目よ。」
そう言うとイライジャは詠唱を始める。
爆裂魔法だ。
「お姉様・・・」
「『ドンドンパァ~~~ン』」
「『ドンドンパァ~~~ン』」
「『ドンドンパァ~~~ン』」
三連発の爆裂弾が魍魎の群れと無垢の命を共に粉砕する。
“殲滅の美魔女”の二つ名は伊達では無い。
「!!!」
尚もイライジャの攻撃は続く。
「『ドンドンパァ~~~ン』」
「『ドンドンパァ~~~ン』」
「『ドンドンパァ~~~ン』」
「『ドンドンパァ~~~ン』」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたキャロラインが連弾に加わる。
(同じ罪と苦しみを、お姉様と共に)
正義の印の旗の元に、極悪非道の所業を成す。
それが戦場に立つと言う事だ。
***
「うふっ!“嘆きの盾”を木端微塵にしおった!
うふふふふふふっ・・・
良かろう、潮時じゃ。
ガーレットに伝えよ、撤退せよと。」
「承知致しました。」
コラゴ一族の命運はここに尽きた。




