*第61話 大河の夢
デンデス山脈を源流としバルドー帝国を南北に貫く大河シアラム。
幾つもの王朝が盛衰し、都も度々に流転したが
この大河の辺から外れる事は無かった。
河口付近では対岸が遠く霞み、
何所までが河で何所からが海なのか判らなくなる。
古来よりバルドーの民は内陸部を好み、海風を嫌う。
激しい気象や潮気による腐食を忌避したのだ。
現ガンビ王朝の帝都パーリゾンはバルドー史上初の河口にある都である。
海軍力を戦力の柱に据える為だ。
陸路では軍を侵攻させられる経路は限られる、
敵は各要所で応戦すれば良い。
しかし海路での侵略に対しては何所で待ち構えれば良いのか分からない。
上陸されてからの対応では既に後手なのである。
ハイラムを除く大陸の南部諸国は瞬く間に侵略され属国となった。
「そうか、次はハイラムへ行くのか。」
報告を受けた丞相は考え込む。
何十年も掛けてジョンソン家を抱き込んだ。
王を堕落させ操り人形も用意した。
だが気が付くと全て無駄になっていた。
何時もその中心にいるのは、あの娘だ。
あれが絡むと結んだ糸が解ける様に、
仕留めた筈の獲物が搔き消える。
「一体あの娘は何者だ?」
答えは“聖女”だ、それは解っている。
そうでは無い!そんな事では無いのだ!
ただ強力な魔法が使えるだけでは、こうは成らない。
巡る因果の糸車が紡ぐ、あの娘の物語がそうさせるのだ。
だが邪魔はさせぬ!
一族の夢“千年王朝”を築くのだ!
「黒のジャガーに伝えよ、聖女を殺せと。」
今度は手違いでは無い、明確に殺せと命じるのだ。
「承りまして御座います。」
「シアラムよ、其方に見せて進ぜようぞ!千年の都を。」
***
「へぇ~!聖女を手に掛けるざんすか?下手すりゃ戦争ざんすよ。」
勿論、ハイラムの負けだ。
「応否や如何に。」
使いの者は雑談に興じる事をしない。
「応ざぁ~んす。」
黒のジャガーは終始軽薄な態度で受け答える。
「聖女を弾いた後の絵図をどうするのか丞相と話つけるざんす。」
大事になるのは間違いない、
計画を練って置かないとならない。
「承知した。」
それだけ言うと使いの者は姿を消した。
「本当に聖女の命取れるざんすかい?」
後ろに控えていた手下が不安げに聞く。
「密林はワシらの庭ざんすよ?嬲り殺しざんす。」
「ガキの体じゃあんまり楽しめないざんすねぇ。」
手下は残念そうだ。
「アホタレ!聖女付きの侍女たら女中たら上玉に決まっちょるざんす!」
「あぁ!そうざんすよねぇ~!」
手下はとっても嬉しそうだ。
彼らは知らない、誰の庭であろうとエルサーシアにとっては
何の差し障りも無い事を。




