*第59話 野生の王国
無数の河川と生い茂る大木が極相を成し熱帯雨林を形成する。
ハイラムは野生の王国である。
「小父貴!ワシら舐められとるざんすよ!」
舎弟頭のキーロヒー・マトールカートが息巻く。
「落ち着くざんす、今クリステルの姉御が取り持ちよるざんす。」
顧問のブントス・ガーワラーが宥める。
「ワレは姉御の顔を潰す気ざんすか?」
相談役のケーンサン・トアーカクラがキーロヒーを睨みつける。
「そがぁな事は思うてないざんす!
でも何が悲しゅうてコイントのケツ見らにゃならんのざんすかい?」
聖女の訪問がコイントよりも後回しにされた事が気に食わない。
国王クロビー・ハイラムは叔母であるオバルト王后クリステルに
根回しを依頼しているが、<時期を待て>と返事が来ているだけだ。
パチンと極彩色の扇子を閉じて王后パオパールが口を開く。
「使者を送るざます。シシーオンとヒバリーヌを行かせるざます。」
若頭シシーオンと、お嬢ヒバリーヌを使者にすると言う。
「それが良い!さすが姉さんざんすね!」
キーロヒーが手を打って話に乗る。
「じゃけんど、それじゃぁ叔母御の顔が・・・」
クロビーの表情は渋い。
「姉さんのご機嫌伺いの使者ざます。問題ないざます。」
そのついでに督促をするだけだとパオパールは涼しげだ。
「ワシもそれで良かろうと思うざんす。」
本部長のタッツィーオ・ロメミーヤが同意する。
「タッツィーオの兄貴は話が分かるから助かるざんす!」
「おいこらキーロヒー!ワシらは頭が固いち言いよるざんすか?」
ブントスは普段は物静かだが怒ると手が付けられなくなる
金筋の極道である。
「そがぁに青筋立てらんでもええざんすよブントスの、
ワレも気ぃ付けて囀らんなヘタ打つざんすよキーロヒー。」
ブントスを抑えられるのはケーンサンしかいない。
「へぇ・・・御免なすってざんす。」
ここは素直に頭を下げた。
「話は決まったざんす。」
異論が無い事を確認してクロビーは会議を閉めた。
帰ろうとするケーンサンをクロビーが呼び止めた。
「何ざんすか?」
先代の時には若頭だったケーンサンにとって
クロビーは我が子の様なものだ。
「小父貴も使者として行くざんすよ。」
「ワシが?いや・・・それは・・・」
戸惑いを隠せない。
「叔母御に会えるのは、これが最後かも知れないざんすから。」
「・・・」
帰りの馬車の中でケーンサンはそっと懐からハンカチを出す。
古びた黄色いハンカチは若き日にクリステルから貰ったものだ。
あの日ヤンギーリの川べりで
「連れて逃げてよ」と泣くクリステルに、無理に背を向けて立ち去った。
その背に極楽鳥が糞をした。
滴り落ちる白い糞がまるで涙の雫の様だ。
「あぁ・・・ワシの背中が泣いている・・・ざんす・・・」
ケーンサンは独身を貫いている。
愛する人は生涯に只一人。
男ケーンサン・トアーカクラは任侠であった。




