*第56話 大公閣下の熟考
アンドリア王太子嫡男ナコルキンと
コルト侯爵家公女ビリジアンヌの婚姻が成立し
王宮では絢爛にして豪華な披露宴が執り行われていた。
ビリジアンヌはエルサーシアと同い年であるが、
通例通りに精霊院に入るので一年後輩となる。
「アンヌはエルサーシアとは面識が無いのだね?」
ナコルキンは妻となった娘に話しかける。
「はい殿下、御座いませんわ。」
緊張した面持ちのビリジアンヌは声色も堅い。
「私も数回の顔合わせ程度しかないのだけれどね、
とても大人しい印象だったよ。」
全く当てに成らない印象である。
「仲良く成れますでしょうか?」
精霊王を従えた聖女様と思うと不安で仕方が無い。
「親戚同士に成るんだ、大丈夫だよ。
ダモンは身内を大切にする人達だからね。」
それを言われて余計に緊張した。
そうだ!あのダモンだ!北方の英雄の一族!
「あっ!ほら来た様だね。」
びくっと体が小さく跳ねた、
いよいよ対面するのか!
ざわざわとしていた会場が一瞬静まり、
そして溜息で満たされる。
この世の者とは思えぬ可憐な少女と、
この世の者では無い端麗な精霊が、
この世の者の中でも特に貧相な顔つきの男性にエスコートされて登場した。
控え目な衣装であるにも関わらず
圧倒的な存在感を放つ一人と一柱と一匹。
とてつもない違和感が会場全体を支配する。
駄目だ・・・理解出来ない・・・
ビリジアンヌの脳は処理不能に陥った。
真っ直ぐ此方に向かって来る。
当然だ!主役である自分達に寿ぎを述べるのだ!
三位一体の違和感の怪物が迫り来る!
頭が痺れる、体が硬直する。
逃げたい!逃げられない!逃げたい!
逃げられないぃぃぃっ!!!
あぁ・・・目の前に・・・怪物が・・・
「かっ!」
「か?」
「かいっ!!」
「かい??」
「海賊かっ!!!」フリーデルが躍り出た!
「違いますわ殿下っ!!!」
ビリジアンヌは意識を手放した。
****
「陛下は欠席で御座いますか・・・」
ヘイルマは会場を見廻しながら叔父に尋ねた。
「あぁ、かなり体調が優れぬらしい」
ゴートレイトは本心から心配そうだ。
「ジョンソン候もずっと出仕して居られぬとか。」
噂では幽閉同然であるらしい。
「代わりにキーレントが顔を覗かせておるわ。」
「宰相も随分と肩入れしておられる様ですな。」
宰相カルロッサ・レーダース侯爵は元々第二王子派だが、
ジョンソン候からキーレントに乗り換えた様だ。
「王宮ではあ奴らが幅を利かせておる。」
「此方は此方で準備を整えるだけの事ですよ。」
兵站の備えは十全にしなければならない。
「はぁ・・・其方は胆が太いの、羨ましいぞ。」
「閣下、一つだけお願いが御座いまする。」
ヘイルマの口調が変わる。
「願いとは何か。」
元より否とは言えぬ。
「お部屋様とフリーデル殿下は、我らにお任せ頂きたい。」
あの二人に手出しは無用だとヘイルマは言う。
「ジョンソン親子は無理だぞ。」
「承知して居ります。」
「奥方殿か?」
「我妻が“ダモンの誇りに賭けて守る”と誓いましたので。」
パトラシアがアナマリアの懺悔を拒否したのには訳がある。
聞けばマルキスも保護の対象になってしまうからだ。
あの二人だけがダモンの庇護下に在る。
「左様であるか、是非に及ばず。」
ダモンを敵に回すなど愚の骨頂である。
「忝のう御座います。」
「して、ダモンの鉾を研ぎ終えるのは何時になるのだ?」
「巣の外に居る獣を狩るなら1年、巣を潰すには3年ですかな。」
内乱が避けられないとしても小規模で納めなければならぬ、
いっその事に此方から仕掛けるのはどうであろう・・・
と考えるゴートレイトであった。




