*第48話 恋するスーパースター
そろそろと辺りを見回し、人影が見当たらないのを確認しながら、
こっそりと大使館を抜け出す少女。
バルドー帝国皇女ラミア・ガンビである。
「誰も居りません、今なら大丈夫で御座います殿下。」
信頼の厚い協力者である侍女に促されてラミアは歩を進める。
「ありがとうアビシーゼ。」
まだ薄暗い早朝に二人の高貴な不審者は息を潜める。
ラミアは密命を帯びていた。
フリーデルを誘惑し恋仲になるようにと。
共に留学して来たオレリナとマイロは、お目付け役として丞相が遣わした者達だ。
「御免なさいねアビシーゼ、貴方を巻き込んでしまって。」
「いいえ、構いませんわ殿下。さぁ参りましょう!」
熟れた鳳仙花の実が弾ける様に突然の事であった。
彼女は恋をした。
目の前を颯爽と駆け抜けた彼の姿に体の芯が熱くなった。
彼と話がしたかったがお目付けの二人が居る前では憚られた。
フリーデルと親し気にしている所を見られるのは心苦しかった。
「これは本心では無いのです!」
と告げたかった。
日々強くなる思いの行き場も無く、一人で泣く夜が続いた。
見かねたアビシーゼの勧めで手紙を認めた。
薄い青色の便箋に思いを綴った。
<水色は涙の色だと申します。
この便箋に泣きそうな心を託しておりますの。
あれこれと楽し気な事を考えては、寂しさを紛らわしておりますのよ。
会えない時が積もる毎に、猶更に恋しさが募りますわ。
この手紙をお読みになられましたら、少しで良いのです。
私とお会いして頂けませんかしら?>
速攻で返事が返って来た。
モーリス・ラインバーグはラミアのスーパースターに成った。
フリーデルとエルサーシアがコイントへ向かい、
監視の目が緩んでいる今ならと行動に移したのである。
いそいそと待ち合わせの場所へと小走りに向かう。
果たしてそこにモーリスは居た。
「モーリス様!」
「皇女殿下!」
片膝を付き騎士の礼を取るモーリスの手を取りラミアは言った。
「ラミアとお呼び下さいな。他人行儀は辛う御座いますわ。」
「身分が違います殿下。」
「今の私は只のラミアで御座いますわ。」
「ですが・・・」
「ならば何故初めから突き放して下さらなかったので御座いましょう?
お返事を頂いて心に翼が生えたので御座います!
それを折ると?」
「そ、その様な事は!」
「せめて今だけでも良いのです、でなければ泣いてしまいそうですわ。」
「ラ・・・ラミア殿。」
「あぁモーリス様!お慕い申しておりますの・・・」
堪えきれずにラミアは泣いてしまった。
少し離れて見守っていたアビシーゼもまた目頭を押さえていた。
この道ならぬ二人の恋は程なくお目付け役の知る所となった。
広しと言えども所詮は敷地の中である、隠し通すには人目が多過ぎる。
「ど、どうしよう・・・まさか殿下とモーリス殿が・・・」
マイロは狼狽えるばかりだ。
そんな彼を蔑む様にオレリナは鼻で笑った。
「あら!結構お似合いですわよ。」
「そんな!丞相に怒られますよ!」
「別に構いませんわぁ、殺されはしないでしょう。」
なかなかに胆の据わった少女である。
「こ!殺される?」
全く胆の据わらない男子である。
「だからぁ~大丈夫だと言っているのですわ!
私は公爵家の公女ですのよ!
丞相と言えど滅多な事は出来ませんわ。」
「う、家は伯爵家ですので・・・」
「12歳の小成人に任せて失敗したから処罰しましたなんて、
逆に丞相の恥になりますのよ!
そんな事も分かりませんの?」
これだから男は馬鹿なのよとオレリナはうんざりした。
「大体ラミア殿下にフリーデル殿下みたいな馬鹿王子は勿体無いのですわ!」
「ば、馬鹿王子?」
「この前なんか御自分で穿った鼻くそを食べましたのよ!
考えられませんわ!」
「は、鼻くそ!」
「あら!少し端ないですわね御免あそばせ。」
オレリナとラミアは大の仲良しである。
二人の恋を応援する気で満々なのであった。
降節を目前にして人類は恋の季節の真っ最中である。




