*第44話 初めての経験
コイントの海の玄関口、貿易港スティグリから首都モランまでは馬車で約一日である。
見渡す限りの草原に時折、放牧された羊の大群が移動している。
***
囲まれましたわねぇ~
身動きが取れませんわぁ。
メェ~メェ~と大合唱ですわ。
これは耳に沁みついてしまいますわね・・・
「うわぁ~なんかベタベタしてる~!」
なんでわざわざ触りに行きますの?
見た目はふわふわですけれど、
汚れと油まみれですわよ殿下・・・
「え!ちょっと待って!僕はあっちへ行きたいんだ!おさっ押さないで~!」
殿下が群れに流されて行きますわ。
「はぁ~しょうがないですわねぇ、ラムちゃんお願い出来るかしら?」
「んめぇ~~~!」
十二支精霊のヒツジのラムちゃんが号令を掛けると、
それまで勝手気ままに動いていた羊の群れがピタッと止まり、
全員がラムちゃんの指示に従いましたの。
「んめっ!んめっ!んめぇ~~~!」
「メェ~~~」
体中が油もめしになった殿下が無事に・・・
では無いですけれど御帰還なされましたの。
「お帰りなさいませ殿下。」
「うん!ただいまぁ~エルサーシア!」
それ以上は近づかないで頂きたいですわ!
「少しお待ち下さいな殿下。」
仕方が無いですわね、
私がお手伝い致しますわ。
そう言えば自分で水魔法を使うのは初めてですわね。
何時もは使用人が用意して呉れていますものねぇ。
「お水をお出しますからご自分で洗って下さいましね。」
「うん!いいよ!」
「『ヒネルトジャ~~~!』」
大変ですわ~~~!
消防艇の放水銃くらい出ましたの!
ひとり出初式ですわね。
目を見開いた殿下が飛んで行くのが見えましたわ・・・
「でで殿下ぁ~!何所ですのぉ~!返事をして下さいまし~!」
「此処だよぉ~!エルサーシア~~~!」
あぁご無事でしたわ。
「わぁ~い凄かったね今の!もう一回やっておくれよ!」
二度と御免ですわ!
「お風邪を引いては宜しくありませんわ、
早くお着換えになって下さいましな。」
両手でそっと殿下の右手を包んでお願い致しますの。
「わわわ分かったよ!すぐに着替えるよ!
ちょっと待っててね!エルサーシア!」
ちょ~ろ~い~で~す~わ~~~
西から昇ったお日様が、東へ沈む頃に漸く首都モランに着きましたの。
いいえ、間違ってはいませんわよ。
この世界では西から東へ太陽は渡りますの。
天才バカドンも此処では普通ですのよ!
さて今日の反省点はやはり水魔法ですわね。
「ねぇルルナ、調整は出来ないのかしら?」
「そうですねぇ~呪文を変えたらどうでしょう。」
「どんな風に?」
「『シボルトチョロリ~』なんて良いかも!」
そんな前立腺肥大のおしっこみたいな呪文は嫌ですわ!
「もうよろしいですわ、攻撃魔法だと思えば良いのよ。」
十分な威力ですものね。
さぁもうお休み致しましょうかしらね。
と言いたい所ですけれど、
耳の奥で小さくメェ~メェ~鳴く声が
止まりませんの・・・




