*第39話 王様の耳はロマンの耳
オバルト国王シルベスト・オバルト3世は
近頃めっきり弱くなった足腰に、
決して優しくは無いであろう脂肪と
贅肉を揺らしながら執務室へと向かった。
この10年で二回りは確実に肥えた。
寄る年波に抗う気概は無く、
日常生活に支障が出始めていた。
「この頃は動悸が激しくての・・・
ドキドキするのだ・・・息切れもする、
なにやら頭も冴えぬ・・・
なんぞ良い薬は無いかマルキスよ。」
この世界には無いよぉ~ん。
「侍医長が申していたではありませぬか、
御摂生なされませ陛下。」
飲食が過ぎるのだとマルキスは苦言を呈した。
「そうは言うがなマルキスよ、
マリアの焼いたお菓子の誘惑には勝てぬのだ。
ぐっと嚙みしめるとな、
マリアの暖かい心が口の中に沁みとおるのだ!
甘美な菓子の国から来た便りを読むようじゃ!
夢の国の橇に揺られるような心地なのだ!
モスクピルナスの味なのだ!
解るか?マルキスよ!」
さっぱり解らぬ・・・
と辛党のマルキスは食傷ぎみに答えた。
「精霊は随分と甘党で御座いますな。」
モスクピルナスとは“精霊の生まれ出ずる所”とされている泉の名である。
「ふんっ!其方にはやらぬわ!可愛げの無い奴じゃ。」
生憎だがマルキスはアナマリア手作りの菓子を食べている。
もちろん甘さ控えめで愛情たっぷりのスイーツだ。
実はシルベストの食べている激甘の菓子こそ
厨房の料理人が作っているのだ。
「此度のコイントへの使者をお勤めあそばされますれば、
殿下の御名声も高まりましょう。」
わざわざ聖女と同列の立ち位置に据えたのだ、
そうでなければ困る。
「うむ、あの子は賢い子だ。立派に務めを果たすであろう。」
「その次はいよいよバルドーで御座います陛下。」
そうだ、そこが本丸だ!
「分かっておる。分かってはおるがのぉ・・・
元老院がのぉ・・・」
特に元老院筆頭のナーバル選帝侯は王子の頃から苦手であった。
未だに会うと目を逸らしてしまう。
自分が王の器では無い事など分かっていた。
弟ゴートレイトの方が余程に相応しい。
ナーバル候のあの冷たい目もそう語っていた。
分かってはいたが刻まれた轍から逸れて
我が道を行く勇気を持ち合わせてはいなかった。
何時しか弟とも疎遠になってしまった。
「殿下が功績を積み上げ、和平を望むとあれば
否と唱える者も居なくなりましょう。
後世の臣民はフリーデル殿下を賢王と讃える事でしょう。」
なにせ私の子なのだからとマルキスは背後に魂胆を隠した。
「その通りじゃ!
それが解らぬたわけが多すぎるのじゃ!
其方の忠義を他の奴らも見習うべきじゃ!」
「勿体なきお言葉、このマルキスの命を以って殿下を御支え致しまする。」
シルベストは心地よい言葉以外に、耳を傾けようとはしなくなっていた。




