*第36話 空の彼方に踊る影
白雲殿の最上階、皇宮さえも見下ろす
望楼の床へアバルは額に木目の跡が付くほど強く押し付けていた。
「申し訳御座いませぬ!
何所で手違いが有ったものか、
聖女を襲撃した上に失敗したとの事で御座います!」
「貴様から報告を受けずとも教会からもオバルトからも詰問状が届いておるわ。
事の仔細は分かっておるのか?」
塵屑を見るような目で丞相は視線を落とした。
「こちらの手の者は全滅致しましたので
先方の生き残りの言に頼りますが、
襲撃の直前をダモンに攻撃され、
聖女に突撃を敢行したものの
一瞬で殲滅された由に御座います。」
「聖女が自ら手を下したと申すのか?」
まだ11歳の少女が暗殺者集団を撃退した事に丞相は驚愕した。
「その様で御座います。」
「まぁ良い。後始末にはそれなりの詫びをせねばなるまい。」
すっと片手を肩まで挙げて手首をくるりと返す。
足音も無く現れた一人の男が躊躇う事も無く刃を一閃させる。
「その首と見舞いの品を持たせて使者を送れ。」
もはや興味も無いとばかりに視線を外に向ける。
「承知致しました。送り先は聖女様で御座いまするか?」
いつの間にか現れた数人の“箱持ち”によって死骸は片付けられて、
首だけが素木の折敷に乗せられている。
予め段取りが為されていたらしい。
「ははっ!
さすがに聖女殿に生首は酷じゃろうて。
首は王宮へ届けよ。
宝物は先に目録を聖女殿に献上すれば良い。」
いや・・・
案外平気な顔で検をするやも知れぬな
と考えると可笑しさが込み上げて来た。
「うふっ!後は任せた、良きに計らえ。
うふふふふ・・・」
「委細承知。」
男も首もその場から消えた。
***
「誰だ!誰だ!誰だぁ~!」
ビクトルは手近に在った花瓶を投げつけた。
ガッチャリ~ンと神経質な音が響いた。
「誰のせいでこんな事になったのだ!
いやいやそれどころでは無いぞ、
アバルが捨てられた・・・次は我らぞ!」
「父上!落ち着いて下され!
我らが居なければ丞相も立ち行きませぬ!
我らを守る為にアバルの首を差し出して来たのです!」
教会とオバルトの詰問に対して、
バルドーはアバルの首を使者に持たせ釈明した。
曰く、
ノーランド侯爵は予てより謀反を企てており、
聖女襲撃によりオバルトとの間に紛争を起こして、
その混乱に乗じて挙兵し帝国の簒奪を目論む者であったと。
外相の首と国宝級の贈り物で謝罪されてしまえば、受け入れざるを得ない。
胡散臭さこの上ないが拒否すれば戦となる。
現場を離脱し逃げ延びたモルガンの報告は想像を超えるものであった。
実行部隊は壊滅した。
御庭番の立て直しには時間が掛かりそうだ。
「もうよい。聖女殿には手を出すなと皆に伝えよ。
宜しいですな父上。」
「あ?・・・あぁ・・・其方に任せる。」
焦点の合わぬ目を彷徨わせビクトルは酒を煽った。




