*第30話 甍(いらか)の波と雲の波
南の野蛮人。
南蛮と恐れられ忌み嫌われるバルドー帝国だが、
実際には7つの属国を従えて、
28の民族を纏める強力な統治機構を備えた官僚国家である。
彼らが野蛮人と言われるのは、
その歴史が破壊と再生を繰り返して来たからに他ならない。
国名こそ“バルドー”を冠しているが
王朝は数千年の間に幾度も変わっている。
腐敗した前王朝を革命で以って倒し
新王朝を興しては、また倒される。
現ガンビ王朝は千年前に滅ぼされた王朝が二百年前に再び復活したと言う
珍しい経緯を辿っている。
「これより朝議を始める!
皇帝陛下にご報告の有る者は
御前に参進せよ!」
丞相カヒ・ゲライス公爵が立ち並ぶ臣下達を見廻す。
「では私めから申し上げまする。」
得意げな顔で外相のアバル・ノーランド侯爵が進み出る。
「オバルト王国に御留学なされて居られます
ラミア皇女殿下に置かれましては、
第二王子フリーデル殿下と御友諠を結ばれ、
王宮での交流会に招かれた由に御座います。
また聖女様とも親しく言葉を交わされ
友好を深めつつあるとの事、
万事恙無く運んでおりまする。」
「ラミアは息災かの?」
「はい陛下。皇女殿下は健やかにお過ごしになられて居られまする。」
頭を垂れたままのアバルは薄笑いを浮かべている。
これといった報告も他に無く朝議は終了した。
皇帝は奥の間に戻り、臣下達はぞろぞろと退室する。
「丞相様がお呼びで御座います。」
すっと後ろから囁く声が聞こえた。
“箱持ち”と呼ばれる宮城内の伝令である。
「うむ、承知した。」
振り向く事も無くアバルは答えた。
謁見の間の在る紫空殿を出て
東門を潜ると丞相ゲライス公爵の居住する白雲殿が姿を現す。
白瓦で葺かれた屋根が雲の波の様である。
「アバル・ノーランド参上仕りました。」
楼閣の最上階。
望楼の一角に佇み外の景色に
視線を注ぐ丞相の背中に告知した。
「聖女を殺める事は可能であるか?」
明日の天気でも尋ねるかの様に丞相は言葉を舌に乗せる。
「聖女様を・・・で御座いますか?」
いくらなんでもとアバルは蒼くなった。
「案ずるでないわ、例えばの話である。」
殺せるか否かで選択肢が変わると言うのである。
「なんとも言えませぬ。判断の材料が有りませぬ故。」
「ならばその材料を揃えよ。」
「はっ!畏まりまして御座います。」
(精霊王と契約した本物の聖女を殺せるわけが無い!)
えらい事になったとアバルは嘆いた。




