*第28話 春の裏らの
後宮女官長ボード伯爵夫人は近年に無く神経質になっていた。
数年来後宮を留守にしていた側室が第二王子の精霊院通学に合わせて
戻って来ているからである。
后妃と側室の動線が重ならぬ様に気を配らなければならない。
お互いに顔を合わせても良い事など何一つとして無いのだ。
国王も何かと気を揉んでいる様で
「異変が有れば直ちに報告するように。」
と直々に御下命が為されている。
些細な出来事も見逃すまいと、厳戒態勢を敷いていた。
「ご実家へ・・・で御座いますか?」
侍従次長マルキスの通達に女官長は胃が痛くなって来た。
「左様、週の半分はご実家でお過ごしになられる。」
反論など言える筈も無いが、必要な要求なら許される。
「頻繁に出入りなされるとなれば、
その都度に検閲せねばなりませぬ。
お部屋もその都度に封鎖せねばなりません。
女官の頭数が足りませぬ故、
増員をお願いしとう御座います。」
後宮は気軽に出入りの出来る様な場所では無いのだ。
「うむ是非も無しか、その件は承知した。」
くるりと背を向けて退室するマルキスを見送り、やれやれと首を振った。
「ずっとご実家でいらしたら宜しいのに・・・あら!今のは失言ね。」
傍で控えている女官と顔を見合わせて苦笑いする女官長であった。
***
「どうにか間に合ったな・・・全く無駄骨を折ったものだ。」
ひじ掛けに突いた腕に頭を乗せてビクトルは愚痴を溢した。
「ダモンは中立を通すとの言質を取りましたし、
夫人とは友諠を結べたのですからあながち無駄ではありますまい。
それにしても皇女を寄越すとは、あちらも奮発したものですな。」
精々公爵家あたりが来ると思っていたマルキスが驚きを口にする。
「ふん、聖女に対抗しての措置であろう。
面子に拘る奴らよ。
こちらとしては好都合だがな。」
「あとは殿下との婚姻を整えて。」
「うむ。そうなれば和平交渉が始まる。その時が勝負だ。」
和平の条件としてフリーデルの立太子をバルドー側が要求する。
そして王はそれを受け入れるだろう。
その時こそ正に本願成就の第一歩を踏み出すのだ!




