*第23話 ターターリニの海賊
オバルト王国の大部分は温暖帯に位置している。
中でも王都は南寄りに在り、真冬であっても雪が降る事は滅多に無い。
ターターリニ宮殿のある地域は、多少の積雪があるものの、
行き来が出来ない程にはならない。
***
朝から降り続いている雪が丘を覆い尽くして行きますわ。
それでもこの辺りはまだ穏やかですわね。
ダモンの冬に慣れているからかしら、
この時期に遠出が出来るのは新鮮ですわ。
あちらでは吹雪の中にお出かけなどしませんもの。
「あれがアダーレンのお城かしら?」
丘の上に見える尖塔を指さしてお母様がおっしゃいました。
「そのようで御座いますね。」
ワイナリーと成っている古城が見えて来ました。
離宮はその少し奥にあるそうですので、一刻もすれば着きましょう。
「何にも在りませんのね。お寂しくは無いのかしら?」
町どころか民家も在りませんわね。
「元々は避暑地だったと聞いておりますわ。」
やはり王都には居づらいのでしょうね、
まるで隠遁生活の様ですわ。
「ようこそ起こし下さいました。
この離宮をお預かり致しております
アナマリアで御座います。
ログアード辺境伯夫人ならびに公女様
そして精霊王様、
お初にお目に掛かり光栄に存じます。」
どの様な方なのかしらと思っていましたけれど、
礼儀を弁えていらして好感が持てますわ。
「ご丁寧な御口上を頂きまして感謝を申し上げますわ。
ログアード辺境伯ヘイルマが妻パトラシアに御座います。
こちらは娘のエルサーシア、
お招きに与かりまして参上致しました。」
「ログアード辺境伯ヘイルマが娘エルサーシアに御座います。
お部屋様に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じます。」
部屋どころか離宮様ですけれど。
「殿下にご挨拶致したく存じます。お取次ぎお願い致しますわ。」
「こちらこそ感謝いたしますわ。
フリーデルも待ちかねて居りましたのよ。
私の事はアナマリアとお呼び下さいましね。」
「ではお互い様に致しましょう。」
ご挨拶が済んで些か肩の力が抜けましたわ。
さていよいよ第二王子殿下とご対面ですわね。
人懐っこいですわぁ~
寂しがりやのシベリアンハスキーの子犬くらい懐いて来ますわ。
「君がエルサーシアか!僕はフリーデルと言うんだ!」
知っておりますわ。
「部屋においでよ!沢山おもちゃがあるんだ!
ゲームもあるよ!一緒に遊ぼう!」
おぉ・・・いきなり部屋に連れ込む気ですの?
貞操の危機?
どう致しましょう・・・お母様。
「遊んでおいでなさいなサーシア。
私はアナマリア様とお話していますわ。」
「宜しくお願い致しますわ。
フリーデルには同じ年頃のお友達が居りませんの。」
そんな風に言われたらお断り出来ませんわぁ~
仕方がありませんわね。
私が初めての女になって差し上げますわ!
お友達の!
殿下のお部屋には、これでもかと遊具やらお人形やらが置いて在りますわ。
目が眩みそうですわ・・・
「さぁ!何をして遊ぼう!君のしたい事は何?エルサーシア!」
男の子の10歳はこんなものなのかしら?
チャーミィも同い年ですけれど、もっと落ち着いて居ますわよ。
「殿下のお望みのままに。」
海賊ごっこをさせられましたわ・・・
殿下の侍従が海賊役で私が囚われの姫君に成りましたの。
それを王子様役の殿下が助け出しますの。
本物の王子様ですけれど。
「待て海賊め!姫君を放せ!」
「お助け下さいませ~」
「わははははははは~
返り討ちにして呉れるわぁ~」
「きゃぁ~怖いぃ~ですわ~」
疲れましたわぁ~
あちらの部屋からこちらの部屋へと走り廻りましたの。
途中からは、もう設定ぐちゃぐちゃの大騒ぎになりましたわ。
ですが殿下の楽しそうな笑顔が
拝見出来ましたので良しと致しましょう。
普段は御一人ですものね
少し切ないですわ・・・
昨日はぐっすりと寝ましたわ。
日記を付けるのがとても眠たくて難儀しましたのよ。
<海賊が来てまして殿下ですの。
助けて下しましてよ。私が怖いですわ。>
寝ていますわね・・・書き直しますわ。
今日はワイナリーを見学させて頂きますの。
「王家の甘露が頂けるのよ!」
特別にご配慮を賜りラベリング前の一瓶を御下賜頂けるとの事で、
お母様は大喜びですわ。
「名も無き一品で御座いますわお母様。」
「中身は同じよ!」
お母様、ラベル一枚で味も値打ちも跳ね上がりますのよ。
ワイナリーではマイスターからワイン造りの解説と共に
作業場や仕込み蔵などを見て回りましたの。
貴腐葡萄ってカビの生えた果実を使うそうですわ!
熟成して甘くなるとか・・・
最初に食べた人は自棄を起こしたのかしらね。
「帰らないでもっと遊ぼうよ!ここに住めば良いよ!
ねっ!エルサーシア!」
これが有名な“壁ドン”ですわね!
後ろは何かのタンクですけれど・・・
バヨォ~ンって間の抜けた音がしましたわ。
「昼食が終わりましたらお暇させて頂きます。」
とお伝え致しましたらこうなりましたの。
手が短いからお顔が近いですわ殿下・・・
仕方がありませんわね、ここはひとつ淑女の対応を御披露致しますわ。
すっと人差し指を殿下の唇に当てて、そぉっと押しますの。
「いけませんわ殿下。乱暴になさらないで下さいましな。」
「ごごご御免なさい・・・でも帰るなんて言うから・・・」
慌てて後ずさりながら殿下が真っ赤なお顔で狼狽えておられます。
ちょろいですわぁ~
「年が明けたらまた精霊院でお会い出来ますわ。
いっぱいお話致しましょうね。」
「そ・・・そうだね!きっとだよ!約束だからね!」
甘酸っぱいですわぁ~




