*第121話 コスモスの花を揺らして
不条理は美しい人であった。
微笑みを湛え、今まさに祝福を与えんとする精霊の様であった。
この所業でさえ無ければ。
「貴方がゴリレオ陛下ですの?」
それ程に大きな体躯では無い、寧ろ小柄な方だ。
しかし腰が抜けて見下ろされて居ると、
巨大な威圧に押し潰されそうな気がする。
「そ、そーたい。」
不思議だ・・・
怒りよりも、恐怖よりも、何にも増して、
懐かしく愛おしい・・・
「今すぐに降伏して下さいな。
此処で殺しても良いのですけれど、
ほら、戦後賠償とか色々な手続きが御座いますでしょう?
陛下に玉璽を押して頂けると話が早く進みますもの。」
「い、言う通りにするけん、殺さんでつかーさい。」
この人が望むなら何でもしようとゴリレオは思った。
理由など解らない。
それでも確信している。
(我が一族は彼女の為に存在している。)
と。
***
後に“大陸間大戦争”と呼ばれるジンムーラ国際連盟と
ニャートン・バルドー同盟との戦争であるが、
実際には開戦から一週間で終結した。
本国からの停戦命令にニャートン軍は大混乱となっが、
詳しい状況が伝わると、大急ぎで帰国して行った。
取り残されたバルドー帝国は、暫くの間は戦闘を継続していたが、
戦意を喪失した軍隊は枯れ木の様に脆かった。
陽節まで持ち堪える事は出来ずにバルドー帝国は降伏した。
ニャートン帝国は王国に格下げされ、旧帝都を含む国土の3分の1を
オバルト王国に割譲した。
オバルトはその海外領土をカイエント領と名付け、
翌年の1546年の昇節、レイサン家に封じ、
カイエント辺境伯を徐爵した。
地域を安定させて、尚且つムーランティス大陸に、
精霊教会が進出し布教活動をするには、
エルサーシアの存在が不可欠だからである。
バルドー帝国は国境こそ維持されたが、
かなりの領域を租界として差し出した。
ゲライス家の失脚と引き換えに教会が仲裁に入った。
フリーデルは大公位を徐爵され、
旧キーレント領を封じられてキーレント大公と成った。
元老院の一員としての地位も拝領した。
スカーレットは男爵位とカイエント領に接する地域を封じられ、
スカーレット・シモーヌ・カーミヤマン男爵と成った。
戦後の復興が軌道に乗り始め、
旧帝都に活気が戻りつつ有る後陽の終わり。
街道の路傍に咲くコスモスの花を揺らして、
エルサーシア一行を乗せた隊列が通り過ぎる。




