*第105話 許されざる者
伊予達の十数年に亘る布教活動に依り、
信者の数は百万に届こうとしている。
各国に支部が作られ、都市毎に集会所が在る。
ここ数年は組織作りに追われ、布教は高弟達が担う。
四人は大導師と呼ばれ、聖地の麓の里で暮らしている。
小さな寝息に耳を傾けながら伊予の髪をそっと梳く。
三人で伊予を愛人として共有していた。
「大志さぁ~ん、里長が来てますよぉ~」
ルルベロの間の抜けた声が、情事の後の余韻に水を差す。
「はぁ・・・分かった、直ぐ行く。」
正装に身を包んだ大志が階段を下りて礼拝の間に続く廊下に姿を見せると、
その場に居た信者達が一斉に跪く。
「作業を続けて。」
片手を軽く上げ微笑み掛けると信者達は恍惚の表情を浮かべて
指導者の通り過ぎる背中を見送る。
「すっかり教祖様ですねぇ~」
ルルベロが揶揄う様な口調で囁く。
「うるせえよ。」
「本当の顔を知ったら驚くだろうなぁ~」
「ふんっ、お前も共犯なんだからな。」
「分かってますよぉ~」
精霊は決して“善”なる存在では無い。
契約者の依頼を実現させるエージェントである。
例えそれが人道に外れた事であっても。
礼拝の間で里長からの報告を受ける。
「10人目の愛し子が無事に生まれました。」
赤子では無く“愛し子”と里長は呼称した。
「だいぶ安定して来たな。」
大志は満足そうに頷く。
「はい、術者も手際が良くなって参りましたので、
流産死産もかなり少なくなりました。」
「うむ、母体の数を倍に増やせ。他の愛し子の様子は?」
「お健やかになされております。」
「そうか、明日そちらに行く。」
「承知致しました。」
砂漠地帯に湧く泉の周りに出来たオアシス。
“ミサクの里”と呼ばれるそこの住民は全員が教団の信者である。
そこから更に馬で半日ほど西行した所にも、やや小さめのオアシス村が在る。
そこもまた信者の村であるが、周りを柵で囲われて閉鎖的である。
横井大志は生物理工学部で遺伝子工学を専攻していた。
研究室の手伝いで、助手の助手程度の作業を経験していた。
つまりは、そこそこの知識と経験を積んでいたのである。
彼はその小さなオアシスで人のクローンを誕生させていた。
クローン生成の過程を現象として魔法化し、
必要な器具や装置類を具象化した。
万能細胞の培養槽に刻まれた呪文。
『ドリーさんの羊 羊 羊
ドリーさんの羊 可愛いな』
生まれた個体は伊予と酷似していたが、
ただ性別は女性であった。




