*第99話 天秤棒
天日に晒されて水分が抜け、軽くて硬くなっているので
素手で拾い集める事には造作もない。
二つの桶に山積みにした家畜の糞を天秤棒で担ぐ。
相当に臭い筈だが、気にした事など無い。
毎日をこの匂いと共に暮らしている。
親方の待つ牛車の荷台には素焼きの甕が幾つも積まれていて、
その中に運んだ糞を放り込む。
それを繰り返すのが農奴バルダンの仕事だ。
子供の頃は褒められるのが嬉しくて、色々なアイデアを披露していたが、
その度に仕事が増えて自分が辛くなるだけだと気が付いた。
この木の板を組み合わせて作った桶もそうだ。
只の板よりも沢山の糞を運べる。
肩の痛みが倍増した。
夜に泣きながら後悔した。
「賢い奴隷は早く死ぬ、だから馬鹿のままでいろ。」
じいちゃんの言った通りだと、つくづく思った。
努力が意味を持たない社会。
それがこの諸王国連合カラタック州の在り様だ。
最下層の農奴である彼らは、努力すればする程に命が縮むのである。
『此処で待ってるよ!モスクピルナスで!』
辛くて死にたくなると聞こえて来る声。
20歳の春に精霊の泉で契約を交わす。
生まれた時から知っていた未来の約束。
逃亡した奴隷には直ぐ様に追手が掛かり、その場で殺される。
しかしバルダンは昼間の大通りを堂々と歩き街を出て行った。
此処で殺されるなら、それでも良いと思った。
こんな暮らしはもう沢山だと。
だが誰も咎めない。
一人の追手も姿を見せない。
護身用に持ってきた天秤棒を肩にかけてバルダンこと柿本光一は、
10日めの朝にやっと笑えた。
「わははは!さぁ!冒険の始まりだ!」
西へ、西へ、太陽の昇る地平線の彼方へ。
砂漠と岩山を越えて、大陸の中心へ。
『此処で待ってるよ!モスクピルナスで!』




