*第8話 大公閣下の憂鬱
この世界では精霊との契約が成立する事をもって成人としている。
本人名義での手続きや契約が可能となり、権利と責任を手にする。
但し15歳までは後見人の同意を必要とする。
王宮では精霊の儀を終えた側室アナマリアの長男
フリーデルを祝う懇親会が開かれている。
王都の重鎮達や高位貴族がこぞって参列し、
互いの腹の内を探り合っている。
現国王の弟、ターラム大公ゴートレイトは早くも飽いていた。
(なんと間の抜けた顔だ。)
若かりし頃の凛々しい面影も無く破顔する兄王を寂し気に眺めている。
孫のような歳の娘に手を付けて強引に側室とした際には、
元老院との間に立たされ随分と苦労をさせられた。
「大公閣下、ご機嫌麗しゅう御座います。」
見計らったように話しかけて来たのはシャルマン・スペンド侯爵。
王妃ユミアーラの実兄である。
「これはスペンド侯、元気そうでなによりだな。」
厄介事は持ってくるなよと内心思いながら、
ゴートレイトは手を広げて歓迎の意を示した。
「勿体なきお言葉、光栄に存じます。
しかし何時もにも増して豪勢で御座いますな。
この年になると些か辛ろう御座います。」
と口では言いながら、
言葉通りでは無い事を鋭い目つきが語る。
成る程、誘って来たかと解釈したゴートレイトは少し乗ってみる事にした。
「それだけフリーデルが可愛いくて堪らぬのであろうな兄上は。」
敢えて“陛下”と言わず“兄上”と呼び、
声色にほんの少し嘲笑を忍ばせて答える。
その様子に満足げに頷いたシャルマンはさらに話を進めた。
「ダモンの娘の件、お聞き及びで?」
ログアード領の事は、ゴートレイトの耳にも届いていた。
「人型が現れたとの事であるが、真であろうか。」
俄かには信じられない。
「近々にコネリー枢機卿があちらに出向く様で御座います。
週明けには同行者の選定がなされましょう。」
教会が動くのは当然だ。
むしろ遅いくらいだが、同行者で揉めているという事か。
「陛下がサンドル卿をねじ込んできたようですな。」
一段と低い声でシャルマンが苦々しく告げる。
僅かな間を置いてその言葉の意味に思い至ったゴートレイトは青ざめた。
「まさかフリーデルと・・・
候よ、オリアナ殿は息災かな?
妻が会いたがっておる。」
言外に“この話は場所を変えて”と言う事である。
「はい閣下、我妻へのお心遣い感謝いたします。
では後日改めましてご挨拶に。」
「うむ。」
深々と礼をして立ち去るスペンド侯爵から目を逸らし、
再び兄王を見やる。
(兄上は国を割るおつもりか・・・)
人型の精霊と契約したとなればダモンの姫の価値は計り知れないものとなる。
第二王子のフリーデルと婚姻が成れば王太子のすげ替えも戯言ではなくなる。
そんな暴挙を許せば内乱に成りかねない。
それだけは阻止せねばならない。
(国の行く末を語り合い、若き夢を描いたものを・・・もはや幻か)
胸中に秘めた宝玉がひび割れる様な痛みに体が揺らいだ。




