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婚約破棄されて、しばらく経ちました。

ちょっと長めです。

「イベリス・トラモント! 僕は君との婚約を破棄する!」


 この国の第二王子、ニコラス・スレートが告げた。

 辺りはどよめき、すぐに反応しないイベリスへと視線が向けられた。


「自分が、何をしたのか、分かっているのか。妹をいじめるなんて、どうかしている!」


 睨みつけるニコラスの後ろには、可愛らしい少女が隠れるように立っていた。

 彼女はウェナ・トラモント。イベリスの義理の妹だ。


「申し訳ありません、殿下!」


 そう王子の前に現れて頭を下げたのはトラモント公爵家の当主と夫人である。

 夫人はギロっとイベリスを睨みつけ、「ほんととんだ恥さらしね」と呟くと、顔を上げた。


「殿下にお手を煩わせてしまい、申し訳ありません。どうぞ、イベリスとの婚約は破棄していただいて、ウェナと......」


 当主の言葉はどんどんと遠のいていった。

 苦しい。悔しい。大嫌い。

 イベリスはドレスの裾をギュッと握りしめた。


「私の気も知らないで......」


 そう吐き捨てると、イベリスは部屋から飛び出したーー




「ああ......夢ね」


 目を開けると、見慣れた天井に、見慣れた景色が窓から見えてほっとする。

 イベリスはトラモント公爵家の一人娘だった。

 幼い頃からニコラス王子と婚約し、何不自由なく暮らしていた。

 しかし、母親が亡くなって生活は激変した。

 愛人がいたという父が夫人と、その娘を連れてきた。

 義理の妹となるウェナは可愛いらしくて、愛嬌のある少女だった。

 対して、イベリスは父のきつい印象の顔を受け継いでいるせいか、あまり人付き合いはよくなかった。

 夫人はイベリスを毛嫌いし、父も次第に距離を置いていった。

 家族を失ったイベリスは、ニコラス王子とより一層親しくなろうと頑張った。しかし、それも虚しく、ニコラスはウェナと親しくなった。

 そこで、イベリスは何かが切れたような、そんな感じがした。

 ウェナをいじめ、家族にもきつく当たった。ニコラス王子とも距離をおき、どんどん孤立していった。


 そうして、ついには婚約破棄を言い渡され、家とは縁を切られた。

 あっさり自分を見捨てた父親も、大嫌いな夫人も、全てを奪ったウェナも、薄情なニコラスも全て忘れて、今を生きている。


「みんなー! 朝食の時間よー!」


 イベリスはベルをカランカランと鳴らしながら、部屋に入っていった。


「んんー、ママー、もうそんな時間なのー?」


「まだ寝てたいよー」


 うだうだとベッドから出ようとしない子供たちを起こして、着替えさせる。

 朝食がテーブルの上に並ぶ頃には、みんなの顔はシャキッとしていてクスっと笑ってしまう。


「じゃあ、いただきましょう」


 子供たちが元気にパンやスープを食べ始める。

 イベリスは嬉しそうにそれを眺めていた。



 王国のはずれにある小さな孤児院で、イベリスは働いている。

 初めは、償いのような、そんなつもりで働いていたが、今では子供が大好きなイベリスにとって、これ以上ないくらいの幸せな場所になっている。


「もうここに来て3年になるのね......」


 イベリスが呟くと、近くにいた別のママが笑う。


「ほんと、イベリスが来てから、すっかりみんなイベリスにベッタリになったわよねえ」


「でも、助かるわよ、イベリスちゃん、優しいし、とってもよく働いてくれてるわー」


 ベテランママさんたちともすっかり仲良しだ。

 そして、もう1人、友人がいる。


「ママさんたちー、お疲れ様ですー、イベリスは今日も人気者ですねぇ」


 そう手を振って現れたのは、ヴァン・アスール。

 この孤児院に物資や、子供たちへのプレゼントを持ってきてくれる優しい青年だ。


「あー! ヴァン兄ちゃんだー!」


 男の子が駆け寄ってきてヴァンに抱きつくと、他の子供たちもヴァンに群がった。


「ヴァンも相変わらずの人気っぷりね。荷物私も運ぶわ」


 群がる子供たちをたしなめながら、ヴァンから服が入った包みを受け取る。



 何気ない日常に変化が訪れたのはそれから数日後。

 イベリスが外で洗濯ものを干していると、なんだか周りがガヤガヤしてきた。

 なんだろうと思っていると。


「あれー、お姉さま!?」


 その女の子らしい声にビクッと体を揺らす。

 恐る恐る振り返ると、そこにはニコラスと一緒に立つウェナの姿があった。


「ウェ、ウェナ......ニコラス様も......どうして、ここへ?」


 震える声で尋ねる。

 2人は私がどこにいるかなんて知らないはずなのに。まさか、連れ戻しにきたとでも......


「お姉さまに会いにきたのよ!」


 ウェナはふふっと笑ったが、ニコラスは隣で呆れ顔だ。


「違う。公務に決まっているだろう。でなければ、わざわざこんなところへはこない」


 ニコラスはため息まじりにそう言う。

 相変わらずのイラッとするような態度と、大好きな場所をこんなところ呼ばわりされたことにイベリスは顔をしかめる。


「子供たちがいるところをこんなところとは、失礼ではありませんか」


 イベリスは強気でそう言う。大嫌いな人たちを目の前にして、縮こまるほどやわじゃないと思いたい。


「お姉さま、悪気はないのですよ」


 ウェナがそうイベリスをたしなめる。

 イベリスはこの2人と話していることに耐え切れなくなり、頭を下げて、離れようとした。


「そうだ、お姉さま。私、来年、王妃になるの。お姉さまをパーティに招かないのは失礼だと思うのだけど......来てくれるよね?」


 王妃、という言葉にイベリスの頭がぐわんと揺れる。

 本当は、私がそこに座れるはずなのに......

 思い出すと、止められないほどの嫌な思い出が蘇る。


 面倒そうに話を聞く父に、冷たい言葉を浴びせる夫人......

 ウェナはあどけなくそういうから余計にたちが悪い。

 いまだに張り付いて離れない悲しい言葉の数々は、時折ああやって夢で傷つけてくる。


「もう......私はトラモント家ではないから」


 残念そうなウェナに「ごめんなさいね」と謝ると、足早に立ち去った。


 ウェナを見ると、自分のした罪を嫌でも思い出してしまう。ウェナは私にされたことを忘れてしまったかのように振る舞っているし.......

 それが余計に苦しい。


 イベリスの婚約破棄の話はこの孤児院にいる人たちは知っているが、さすがに王子の公務は断ることはできなかったらしい。

 会わないように配慮してくれていたらしいが、うろちょろと動き回るウェナのおかげで再会してしまった。

 午後中いるのかと思うと気が滅入りそうだった。


 イベリスはため息を吐きながら、部屋の中から王子たちと話す子供たちの姿を見ていた。


「あれが、イベリスの元婚約者?」


 振り返ると、そこにはヴァンが立っていて、イベリスにココアが入ったマグカップを手渡す。

 イベリスが頷くと、ヴァンははあ、とため息をついた。


「そっか......まだ、思い出すと辛い?」


 ヴァンの心配そうな眼差しに首を横に振る。


「じゃあ、この涙は、違う涙?」


 ヴァンはイベリスの目元を指でそっと拭う。

 イベリスは驚いて、目を擦る。泣いていたなんて、思わなかった。


「それにしても、あの王子も、あの女の子も、イベリスの話を聞くと最低なやつにしか見えないなー」


「え......ウェナも?」


 ウェナはイベリスに何か悪いことをしたわけではない。もちろん、精神的に、というのはあるけれど、ウェナに関してはイベリスの方がひどいことをしてしまっている。


「うん。ただの可愛い女の子には見えないよ。だいたい、公務で孤児院に来るなんて聞いたことないよ。それに、見て」


 確かに、と思いながら、ヴァンに言われるままウェナの方を見る。


「あの笑顔は何だかうさんくさく見えるな」


 ウェナはいつものようにニコニコと笑っている。

 イベリスが不思議に思っていると、ヴァンはイベリスの顔を見て言った。


「イベリスの方が何倍も素敵なんだから」


 ヴァンはふっと笑うと、ママたちに呼ばれて部屋から出ていった。


「素敵.....」


 なんだか照れ臭くなって呟くと、こうやってうじうじしているのが嫌になって、イベリスは外へと出た。




 子供たちと遊びながら、気持ちの良い外で過ごしていた。

 目線の先には、召使いにメモをとらせたりしながら過ごす、ニコラスとウェナの姿がある。

 イベリスが外へ出ると、すぐに子供たちが寄ってきたため、2人のそばには子供たちはいない。


 すぐには無理でも、いつか仲良く過ごせる日々が来るかもしれない。

 イベリスはウェナに謝ろうと心で誓いながら、眺めていた。


「ねーねー、お姉さん! 綺麗なドレスだね!」


 5歳の女の子がウェナに駆け寄ったのが見えた。

 手には大きな泥団子とおままごとに使うティーカップが握られている。


「お姉さんにあげる!」


 笑顔でウェナに差し出すのを、イベリスは見守る。

 するとーー


「いやっ、そんな汚いもの、近づけないでよ!」


 ウェナは持っていた扇子で泥団子を叩き落とすと、あろうことか、扇子を振り上げた。

 イベリスは咄嗟に走り出す。


 間に合わない......!


 きつく目を閉じると、ペシン、と肌に叩きつけられたような音がした。

 イベリスが震えながら目を開けるとーー


「女の子に手をあげるなんて、それでも次期王妃ですか? 恥ずかしい」


 女の子を庇うように腕に扇子を叩きつけられたヴァンがそう言ってウェナを睨みつけていた。


「私にそんな口が聞けるなんて、何様なの!?」


 眉間にしわを寄せて、ウェナがヴァンを睨みつける。

 見たことのないウェナの表情にイベリスは思わず立ち止まる。


「さすが庶民ね、未来の王妃への口の聞き方もわからないなんて。それとも、あの女のお友達だからかしら?」


 クスッと笑って、イベリスの方へとその笑みを向ける。


「はあ、公務でここへ来るわけないじゃない。私があなたの罪を許したとでも? あなたが幸せそうに過ごしてるって聞いて、様子を見にきたのよ。あなたが幸せになるなんて許さないわ」


 距離を詰めてくるウェナにイベリスは一歩、後ずさる。


「お姉さまから全てを奪った時は、本当に楽しかったわー、辛そうなあなたを見ると余計に楽しくなっちゃって。正直、あなたの生ぬるいいじめなんて、気にもならなかったわ!」


 ニコラスには聞こえないように、ウェナはイベリスの近くでそう言うと、高笑いをした。


 足がすくんで何も言えないイベリスの代わりに、ヴァンが笑い声を上げた。


「あっはは......! やっと、本性を現したね」


 そう言うと、周りにいたママたちや王子に聞こえるように声を上げた。


「この人は、イベリスを苦しめた最低な人だよー、ママさんたち、いくらでも広めてくれて構わないからね」


 ママたちが了解、と言うようにポーズを取ると、さすがのウェナも怯んで、ヴァンを睨みつける。


「あなた、庶民のくせにどうしてそんな態度が取れるの!? そう、罰を受けたいのね!」


「なんて無礼なんだ、こいつを連れて行け!」


 ニコラスもついに怒って、従者たちに捕まえるよう指示をする。

 すると、ヴァンははあ、とわざとらしくため息をつくと、ニコラスに向きなおった。


「ここまでしないと分からないですか?」


 ヴァンは前髪をかきあげる。すると、ニコラスは目を丸くした。


「ヴァン・アスール......!?」


「全く、宰相の息子の顔も分からないなんて、困った王子様だね。こんな王様と王妃じゃ、この先不安だな」


 思わず、イベリスもえ? と声を上げる。

 すると、ヴァンはイベリスの方へ向くと、「黙っていてごめんね」と頭を下げた。


「さて、僕は、国王とも仲良くさせていただいているんだけれど...... このことを伝えたら、さぞ悲しまれるだろうね。最悪、国王の座は無くなってしまうかも」


 ヴァンが笑顔でそう言うと、ニコラスはひっと声を上げた。


「そして、もちろん、今の会話は全て聞かせてもらったから、君を未来の王妃から引きずり下ろすことはできるだろうね。さすがにトラモント家を潰してしまうのは、イベリスにがかわいそうだと思って......まあ、でもこの話が出回れば、君の家は社会的に終わりだね」


 青ざめるウェナにヴァンは冷たい表情で告げた。

 すっかり震えあがる2人を差し置いて、ヴァンは申し訳なさそうにイベリスの元へと歩み寄る。


「イベリス......きっと、君は貴族に対して辛いイメージが強いだろうから、嫌われるんじゃないかと、言えなかったんだ。こんなことをしてしまったけど......君の気持ちをぶつけられるチャンスだよ」


 ヴァンに背中を押され、イベリスは一歩前へと踏み出す。

 大きく息を吸うと、イベリスは叫んだ。


「私は、あなたたちが大嫌いでした! でも......ウェナ。あなたを傷つけてしまったことは心から申し訳なく思っています」


 ウェナはグッと唇を噛み締めてそっぽを向くと、そのまま、ヴァンの従者に連れて行かれてしまった。



 2人がいなくなると張り詰めた雰囲気から、子供たちの明るい声が響く庭に戻った。


 ヴァンは、宰相の息子ながらも、孤児院や、貧しい家などを回って、様子を見ていたりしているのだと言う。

 衝撃の事実に、まだ混乱中のイベリスに、ヴァンは笑いかける。


「ねえ......僕と、これからも仲良くしてもらえるかな?」


 心配そうに尋ねるヴァンにイベリスは頷く。


「もちろん、本当にありがとう、ヴァン」


「あ、ヴァン様、ですね」とイベリスが笑うと、ヴァンが少し照れたようにイベリスを見つめた。


「僕......子供、大好きなんだ。だから、その......」


 イベリスは首を傾げる。


「僕は、イベリスを愛してる、大好きなんだ! だから、君と結婚したい」


 顔を真っ赤にして大きな声で言うヴァンに、イベリスはブワッと赤くなる。


 誰かに愛されたい、とずっと願ってきた。

 こんな素敵な人と、私が......?


「あの、返事は......?」


 おどおどと、ヴァンが顔を覗き込むと、目を丸くした。

 ぽろぽろと涙をこぼすイベリスにオロオロしていると、周りのママたちが「抱きしめろ」と言わんばかりにひやかしているのが目に入った。


「あー、もう! 本当、愛してる、イベリス。これからは僕を頼るんだよ、ため込んじゃいけないからね!」


 イベリスは何度も頷く。


「ママー、どうしたのー?」


「ママ、ヴァン兄ちゃんとけっこんするの!?」


 子供たちが次々と集まってきて、イベリスは何だか恥ずかしくなって、微笑むと、子供たちの頭を撫でた。


「そう、ママ、ヴァン兄ちゃんと結婚しようかな!」


「イベリス......!」


 さらにギュッと抱きしめられて、イベリスは幸せそうに笑った。




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