婚約破棄されたので、完璧令嬢を目指します。
「ディアナ......もう君とは付き合っていられないよ。婚約破棄させてくれないか」
オロール公爵家の一室で突如告げられたその言葉に、部屋にいた召使いたちが固まった。
「ど、どういうことですか」
ディアナは呆然とした様子でテーブルの向かい側に座るジェフリーに尋ねた。
するとジェフリーは呆れたように顔を歪めると、立ち上がった。
「自分の何がいけないかもわからないほどだとは......とにかく君には次期王妃の資格はない」
ジェフリーはそのまま部屋から出ていってしまった。
状況を理解しきれていない様子のディアナを召使いたちはどこか冷ややかな顔を浮かべている。
「......もう! なんなのよー! このわたくしが婚約破棄されるなんて信じられないわ!」
ディアナは顔を真っ赤にしながら手足をじたばたさせた。そして控えていた召使いたちに鋭い眼差しを向ける。
「あなたたちのせいよ! 今日、わたくしは青色の宝石がついたネックレスにしなさいとあれほど言ったのに!」
召使いたちは内心あきれ返っていたが、それは顔に出さずにこのわがままお嬢様に謝り続けた。
ディアナ・オロールは社交界デビューしたばかりの公爵令嬢である。オロール公爵家は国でも最高峰の権力を持つからすぐにディアナとジェフリー王子の婚約が決まった。
整った顔立ち、綺麗な髪、洗練されたファッション、と美しい令嬢だが、大きな欠点があった。
ディアナは中身が全くなっていないのだ。
わがままで自分勝手な性格で、立場が下の者には当たり散らす。さらに頭もあまり良くない。
ジェフリーをはじめ、周りの者はそんなディアナに呆れ果てていたのだ。
「わたくしの何がいけないのかしら!」
冷め切った召使いたちの目線に気づく気配もなく、ディアナは不機嫌剥き出しで叫ぶ。
きっと、このお嬢様はずっとこのままなのだろうと、誰もが思っていた。
しかし、事件は起きた。
婚約破棄されてもなお、ディアナはそれをすっかり忘れてしまったように振る舞っていた。
そんなある日、学園でディアナはジェフリーと知らない令嬢が話しているのを見てしまった。
自分には見せないジェフリーの笑顔に、一気に怒りが沸点に達した。
ディアナはズンズンとその2人に詰め寄った。
「ジェフリー様! その方はどなたですの!?」
突然現れたディアナにジェフリーはわかりやすく機嫌を損ねた。親戚筋にあたる伯爵家の令嬢だと、さらっと説明すると、ディアナは見下すように令嬢を見た。
「もう君とは婚約を破棄したのだから、僕が誰といようと君には関係ないだろう。君のおかげで僕は早く婚約し直さなければいけないんだから」
そんな様子を見かねて、ジェフリーは肩をすくめる。
「わたくしのどこがいけないのですか!? わかりましたわ、あなたがジェフリー様をたぶらかしていらっしゃるのね!」
半ギレ状態でディアナはわめくと、令嬢に怒りの矛先を向けた。
今にも掴みかかりそうなディアナをジェフリーが止めようとすると、立ちすくんでいたはずの令嬢が声を上げた。
「まさか、ディアナ様がこんなにも、その、残念な方だとは思いませんでした」
一瞬、ディアナもジェフリーも動きが止まる。
伯爵令嬢が、公爵令嬢に対してそんなことを言うのはあってはならないことなのだ。
ディアナはすぐに怒りで体が震えだした。
すると、別のところでまた声が上がった。
「私も前からディアナ様はジェフリー様には相応しくないと思っておりました!」
一度誰かが言ってしまうと、不満は止まらない。
ディアナの無礼な行動、傲慢な態度など、ディアナを取り囲んでしばらくそれは続いた。
やがてディアナは半泣きになりながら、逃げるように去っていった。
言いたい放題言えてさっぱりとしたような雰囲気の中、ジェフリーはディアナの背中を見つめていた。
「わたくし、あんなに嫌われていたのね......」
ディアナは自室で項垂れながら、先ほど言われた言葉を思い返す。
わがまま、無礼、人を見下す態度、優しさ皆無、馬鹿......
今までなんでも許されていると思っていた。だって、こんなにも美しくて、おしゃれなのに......
「やっと、お気付きになられたのですね」
部屋に控えていた召使いの1人がディアナに声をかけた。
ディアナは小さく頷くと、尋ねた。
「わたくし、どうしたらいいのかしら......」
あまりにも自信がないディアナを見るのは召使いたちにとっても珍しくて、召使いたちは顔を見合わせると、ディアナの目をしっかり見て言った。
「ディアナ様、やり直しましょう。マナーも、態度も、人への接し方も。完璧な令嬢になるのです」
「ジェフリー様も、皆さまも見直してくれるかもしれません」
ディアナは「完璧な令嬢に......」と呟くと、召使いたちに向けてぎこちなく頭を下げた。
「わたくし、今まであなたたちにはひどいことをしてしまったわね......本当に、ごめんなさい」
一生懸命頭を下げ続けるディアナに召使いたちは少し見合って微笑むと、ディアナに顔を上げるよう促す。
「がんばりましょうね」
ディアナは大きく頷いた。
それから、ディアナは完璧令嬢を目指して奮闘した。
うやむやになったままの社交界のマナーを全てたたき込んだ。苦手で練習を投げ出していたダンスも、すっかり覚えて男性パートまで踊れるようになった。
感謝の気持ちや、謝罪の言葉は口に出すようになった。自分だったら何をされたら嬉しいか、そう考えたら相手がどう思っているかも常に考えられるようになった。
赤点ギリギリだった勉学も朝早くから夜遅くまで必死に勉強し、試験で上位に食い込むほどになった。
勉強をするとやりたいことや興味が出てくるもので、ディアナにはお裁縫という趣味ができた。
そうしたディアナの努力はすぐに知れ渡った。
そうして一年が過ぎた頃。
「ごきげんよう、ディアナ様」
「ごきげんよう。あら、ハンカチが落ちましたわ」
ディアナはハンカチを拾い上げて軽く手で払うと、優しく手渡した。
「ありがとうございます」と嬉しそうな令嬢にディアナはそうだわ、とハンカチを眺めて言う。
「その刺繍とっても綺麗ですわ。白のレースをつけるともっと素敵なハンカチになると思うのですが......よければわたくしにやらせて頂いても?」
「え! いいのですか!」
ディアナは頷くとハンカチを受け取った。
「では」と歩いて行くディアナの姿を令嬢はうっとりと眺める。
「本当にお美しいですわ......優しくて聡明で......」
「ええ、今ではディアナ様と婚約したいとおっしゃっている殿方もとても多いのだそうよ」
「まあ。それにお裁縫もとてもお上手だと伺いましたわ。うらやましいですわ、ディアナ様の作られるものはどれも本当に素晴らしいですもの」
令嬢たちの間ではディアナはすっかり憧れの的となっていた。
その日の午後、ディアナはジェフリーに呼び出された。
ディアナは王子がわざわざ何の用だろう、と不思議そうにジェフリーを眺める。
一方、ジェフリーはそわそわしながらもディアナを見つめて手を取った。
「君は、本当にすごいね。今やみんな君を尊敬の眼差しで見てる」
「ありがとうございます。あの時ジェフリー様が厳しくおっしゃってくれなければ、わたくしは以前のままでしたわ」
ディアナはわがまま放題やっていた自分を恨めしそうな顔で思い返す。
「それにしても、君はさらに美しくなったね。気品溢れる素敵な令嬢だ......どうだろうか、もう一度僕とやり直してはくれないだろうか」
ディアナは一瞬目を見開く。
部屋にいる誰もがもう一度婚約するのだろう、と思った。
「とても嬉しいですが......お断りさせていただきます」
部屋が驚きに包まれる中、ディアナは申し訳なさそうにジェフリーに取られていた手を離した。
「勝手な理由だとはわかっておりますが......わたくしはやはり王妃には向いていませんわ」
ディアナの手には先程受け取ったハンカチが握られていた。
するとジェフリーは少し残念そうに笑った。
「なんとなく、君はそう言うのでは、と思っていたよ。頑固なところはあまり変わっていないみたいだね」
ジェフリーの言葉にディアナは恥ずかしそうに笑う。
「そうだ、今度僕にも何か作ってくれないかな」
ジェフリーは「君が作るものは素敵だと聞いてるよ」と嬉しそうに言う。
「もちろんですわ」
ディアナはそう答えながら、頑張ってよかったと心の底から思った。




