婚約破棄されたけど、新しい恋見つけました。
「アンバー・ヴィオーラ、今ここに俺との婚約破棄を告げる!」
この国の第一王子、ヴァルト・アイオライトが高らかに宣言した。
王族主催のパーティーに参加していた人々はどよめき、もちろん、婚約破棄を言い渡された当の本人、アンバー・ヴィオーラ公爵令嬢も驚きが隠せないと言った様子で立ち尽くしていた。
「なぜか、理由をお聞かせください」
やっとの思いで、アンバーが声を上げると、ヴァルトは嘲るように笑ってから言った。
「わからないだと? レイラ伯爵令嬢をいじめた罪があるからに決まっているだろう」
アンバーがヴァルトの後ろを見ると、怯えたような目でこちらを見る可憐な少女が立っていた。
「......存じ上げませんわ」
事実だった。レイラをいじめるどころか、レイラとは全く関わりはなかったし、ヴァルトとレイラが親しいこともアンバーは全く知らなかったのだ。
「レイラ、アンバーにいじめられたのだよな?」
ヴァルトが優しくレイラに問うと、レイラは目をうるうるさせて頷いた。
「ほら、こう言っているだろう? さて、どのように償ってもらおうか......」
「ヴァルト様! アンバー様をお許しくださいませ、私はもう大丈夫です...... ヴァルト様が一緒にいてくださるなら......」
ヴァルトにそう声をかけたのはレイラだ。
レイラはヴァルトの服の袖をギュッと掴んで涙を流している。
すると、会場にいた人々は、「なんて慈悲深い令嬢だ」とか「とんだ恥さらしね」とレイラを褒め称え、アンバーを非難する声が飛び交った。
その様子にアンバーは反論する気力さえ失い、ただ立ち尽くしていた。
「......よって、刑はなしだ。レイラに感謝するんだな、アンバー」
ヴァルトはそう言い放つと、周りの使用人に指示し、アンバーを会場から追い出した。
怒涛に過ぎ去った無実の断罪に、アンバーはしばらく呆然としていた。
アンバーとヴァルトは幼い頃に婚約して以来、ずっと仲良く過ごしてきた。
たしかに、アンバーは令嬢としての責任や気品を持ち合わせているべきだと考えていたため、あのレイラのように可愛げはなかったかもしれない。
でも、アンバーはヴァルトを愛していた。
「ヴァルト様は違ったのね......」
そう呟くと同時にアンバーの頬を涙が伝った。
辛くて涙が止まらない。
あんな罪をでっちあげられたことも、周りの人が助けてくれなかったことも、急に現れたレイラに婚約者を奪われたことも、全て辛かったが、一番アンバーを苦しめたのは、愛していた婚約者、ヴァルトに裏切られたことだった。
長年一緒にいた自分よりも、レイラのことを信用したということが、どうしようもなく悲しくて、アンバーはしばらく泣き続けた。
貴族が通う学園で、アンバーはぼーっと中庭を見つめていた。
友人たちが必死に慰めているが、そんなのも耳には入らず、ただ一点を見つめる。
アンバーの目線の先には楽しそうに語りあうヴァルトとレイラの姿があった。
「アンバー、婚約破棄されたんだってね」
さすがにその言葉と話しかけてきた人物が誰かに気がついて、目を向けると、そこにはディラン・アイオライト第四王子が立っていた。
「......傷ついているのでやめてください」
アンバーがはそう言って俯く。
「アンバーも傷つくんだな。いつも冷静だから、そういうのはないのかと思ってたよ」
第四王子といえど、失礼だと感じて、アンバーはあからさまに不機嫌な態度を出した。
「まあ、辛かったら俺に言って。相談くらいならのるからさ」
「ありがとうございます」
ディランのその言葉にアンバーはそんなことを言ってくれるのね、と驚きつつ返事した。
ディランはふっと笑うと颯爽と去っていった。
それから、ディランはアンバーの元へちょくちょくやってくるようになった。
アンバーも最初は素っ気なく対応していたものの、次第によく話すようになっていた。
ディランとはヴァルトと婚約しているときも、何度か会っていたけど、ヴァルト一筋だったアンバーはあまり話したことがなかった。
だからか、ディランの人柄の良さと、不器用ながらも、心配してくれていることが伝わってきて、新鮮で、楽しくて、次第に苦しさも和らいでいった。
そんなある日。
アンバーは学園内の廊下でディランを見かけたため、話しかけようとしていた。
角を曲がったディランを追って曲がろうとしたとき、話し声が聞こえた。
アンバーはその会話に思わずドクンと心臓がなって、立ち止まる。
「ディラン、最近アンバーと親しくしていると聞いたが本当か?」
低い声でそう言ったのはヴァルトだ。
「ああ、そうですけど、何か問題ですか、兄さん」
同じく低い声で答えたのはディランだ。表情こそ見えないが、重苦しい雰囲気が漂い始めていることはわかった。
しかも内容が自分のことだとわかり、アンバーは少し怖くなる。
「一応、俺の元婚約者なのだから、少しはわきまえろ、それに、人をいじめるような女なのだからな」
吐き捨てるように言うヴァルトにアンバーは「違う」と心の中で叫ぶ。
「わきまえろって。婚約破棄をしたのは兄さんでしょう?」
「たしかにそうだが」と怯んだ様子のヴァルトに、ディランは続ける。
「それに、あの、レイラだっけ、あの令嬢のいうことなんてよく信用できましたね」
「なんだと?」
聞き返すヴァルトにディランは呆れたようにため息をつく。
「あの令嬢、調べたんですけど、すごく気が変わりやすいというか、まあ要するに浮気性らしいですよ。兄さんをどう思ってるかまでは知らないけど、間違いなくアンバーのいじめの件は嘘だとわかりましたよ」
「はあ? レイラは俺を愛してると言ってくれていたんだ、それにアンバーにいじめられたとよく泣いていた。どうせ、アンバーにそう言えと言われたのだろう?」
アンバーはそのトゲのある言葉に苦しくなる。
ひどい言われように悲しくなると同時に、こんな男を愛していたことが悔しくなる。
「まあ、どうでもいいけどさ。俺だったら、アンバーの方が断然いいですね。優しくて、気品があって、どんなことも冷静に対処する。兄さんは見る目ないんですね」
ディランがそう言うと、ヴァルトは「勝手にしろ」とどこかへ行ってしまった。
「優しくて、気品があって......?」
思わず口に出してしまった。
まさか、ディランがそういう風に思っていてくれたなんて。
「アンバー、いるんだろ、出てきてよ」
ディランの声にアンバーはびくっとして、角から姿を見せた。
「気付いてたんですね」
「うん、最初からね」と笑うディランに少し恥ずかしくなる。
「聞いてたよね。全部」
確認するディランに頷くと、ディランはすっと跪いた。
「アンバー・ヴィオーラ。俺はずっとあなたが好きだった。だから、こんなタイミングで嫌かもしれないけれど、俺と婚約してくれないかな」
突然ディランの口から紡ぎ出された言葉にアンバーは目を白黒させる。
ディランが私を好き......?
瞳にアンバーをまっすぐ見つめるディランが映る。
その綺麗な青色の瞳に吸い込まれるようにアンバーは頷いていた。
「兄さんより、ずっと幸せにできるよ、俺」
ディランはそう言ってアンバーの手の甲にキスをすると、立ち上がってアンバーを抱きしめた。
アンバーもそっとその背に手を回した。
しばらくして、学園内でレイラの浮気がバレて、ヴァルトが騒ぎ立てるという珍事件が発生したが、アンバーはそれを見てももうなんとも思わなかった。
この国の次期王は国王の指名制のため、珍事件を起こしたヴァルトは指名から外れ、一番優秀なディランが選ばれた。
悔しげなヴァルトを見てたまにかわいそうとも思うが、アンバーはディランと一緒にいられて幸せだと感じていた。